表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/115

第104話『交渉』

「────ってことで、戦姫の体だけでも手に入れようと思ったわけ〜。理解した〜?」


 コテリと首を傾げるテディーは、柔らかく微笑んだ。

晴れやかな笑顔とは裏腹に、私への執着心は凄まじい。でも、不思議と恐怖心は湧かなかった。

嫌悪感すら抱かない私は『話を聞いて正解だった』と、ほくそ笑む。ようやく見つけた交渉材料に目を光らせ、ゆるりと口角を上げた。


「私の死体、か……。そんなに欲しいなら────くれてやるよ」


「はっ……?」


 あっさりと手のひらを返した私に、テディーは困惑気味に眉を顰めた。

『どういう事だ?』と視線だけで問うて来る彼を前に、私はニヤリと笑う。


「どうもこうも言葉通りの意味だ。準備があるから、少し待ってろ」


 半信半疑といった様子でこちらを見つめるテディーに、私は待機を言い渡した。

無言のまま後ろで両手を組む彼は、こちらに攻撃の意思はないと示す。あくまで一時的なものだが、休戦に応じてくれたらしい。

素直に『待て』をする彼の姿は、まるで犬のようだった。


 調教師にでもなったような気分だな。まあ、こんな狂犬を相手にするのは死んでも御免だが……いつ寝首を掻かれるか、分かったもんじゃない。


 テディーの様子を窺う私は安全策として、自分の周囲に結界を張った。

神殺戦争の英雄を相手取る以上、念には念を入れておかなければならない。

いつになく慎重に構える私は、ようやく死体の準備に入った。

とある場所を思い浮かべつつ、私は手元に魔法陣を手繰り寄せる。必要な数字と記号を追加し、魔法陣の細かい調整を終えた。


「テディー、よく見ておけ。これから、戦姫の死体(・・・・・)を用意してやる」


 『目を離すんじゃないぞ』と言い聞かせ、私は一思いに魔法陣を発動させる。

眩い光を放つソレは、“とある場所”とのゲートを開き────白い何かを吐き出した。

吐き出されたものを重力魔法で宙に浮かせ、私は更にもう一つの魔法を展開する。


 思ったより、ボロボロだな。まあ、1000年も経っていれば、当然か。()は辛うじて残っているが、損傷が激しい。完全に修復するのは、難しそうだ。


 『中は後回しでいいな』と判断し、私は白い何か────改め、骸骨に触れる。

少し力を入れただけで崩れてしまいそうなソレに、私は時間逆行魔法を掛けた。

すると、骸骨は白い光に包まれ、強制的に時間を巻き戻されていく。

秒単位で変わっていく骸骨を前に、私はありったけの魔力を注ぎ込んだ。


 さすがに1000年分の時間を巻き戻すのは、辛いな……。外側だけとはいえ、魔力の消費量が半端ない。でも、無傷でアルフィーとの戦いに挑めるなら、安いものだ。


 出し惜しみすることなく、どんどん魔力を消費していく私は、スッと目を細める。

ただの白い塊だった骸骨はやがて、血肉を取り戻し始めた。

しなやかな手足から、膨らんだ胸に至るまで元通りになっていく。

そして────ようやく全ての修復が終わり、白い塊だった骸骨は生前の姿まで巻き戻った。と言っても、息はしていないが……。


 さすがに魂まで再成するのは不可能だからな。肉体の持ち主だった(・・・・・・・・・)私はここに居る訳だし。蘇生など、到底無理だ。


 銀髪美女の死体を一瞥し、私は正面に佇むテディーへ視線を向ける。

死体を凝視する彼はかなり驚いているようで、目を見開いて固まっていた。


「え、はっ……?何で戦姫が二人も……?もしかして、幻……?でも、それにしてはリアルすぎない……?」


 動揺のあまり呆然とするテディーは、『どういうこと?』と何度も繰り返す。

混乱する彼を前に、私は『どこから、説明したものか』と頭を悩ませた。


「落ち着け、テディー。これは確かに戦姫が死体(・・・・・)だ。間違いない」


「えっ?じゃあ、目の前にいる戦姫は何なの……?」


 冷静になれと促す私に、テディーは『もしかして、戦姫の娘?』と見当違いなことを言い出す。

オロオロする彼を前に、私は大きな溜め息を零した。


「私は戦姫の娘でも、遠縁の親戚でもない。戦姫の魂が入ったエリン・マルティネスだ」


「戦姫の魂……?それって、どういうこと?」


「一言で言うと、私は転生したんだ」


「て、転生……?一度死んで、生まれ変わったってこと?」


 次々と舞い込んでくる情報に目を白黒させるテディーは、何とか事情を把握しようとする。

でも、転生なんて突拍子もない話を簡単には信じられないのか、半信半疑といった様子だ。

グルグルと目を回すテディーに苦笑しつつ、私は説明を続ける。


「ああ、そうだ。前世の私は人生に飽きて、命を捨てた。そして、目を覚ましたら、エリン・マルティネスになっていたんだ。何故、転生したのかは私も分からない」


「へ、へぇ〜……?そうなんだ……」


 困惑気味に首を傾げるテディーは、混乱しながらも事情を呑み込んだ。

戦姫の死体をじっと見つめながら、彼はブツブツと独り言を零す。

反論しようにも、目の前に戦姫の死体があって、できないらしい。


 転生した証拠こそないものの、戦姫が死亡した証拠はここにあるからな。真っ向から否定もできないだろう。

わざわざ自殺した場所から骸骨を転移させ(取り寄せ)、時間逆行魔法で修復した甲斐があったな。


 博打に近い手段だったため、私は密かに胸を撫で下ろした。

まだ成功とは言えないものの、手応えはしっかりある。このまま上手く話を進めれば、テディーとは戦わずに済むかもしれない。


「これは間違いなく、戦乙女 戦姫の死体だ。私が保証する」


 本物だと断言する私は、幻じゃないことを証明するため、死体にそっと触れた。

ひんやりとした感触に耐えながら、私は顔や腕に手を滑らせる。

実体があることをアピールしたおかげか、テディーは徐々にこちらの話を信じ始めた。


「……本当に戦姫の死体なの?」


「ああ、間違いない」


「そ、そう……」


 間髪入れずに頷いたせいか、テディーは戸惑いを露わにする。

急に静かになった彼は、右へ左へ視線をさまよわせた。


 私の話をどこまで信じるべきか、悩んでいるようだな。アルフィー程ではないにしろ、私もかなり口が立つから……疑うのも無理はない。

まあ、だからと言って、テディーの結論が出るまで待ってやる義理もないが……。


 『さっさと交渉を進めよう』と考え、私は周囲の結界を解く。そして、宙に浮いたままの死体をテディーの前まで運んだ。


「さあ、受け取れ。これこそ、お前の望んでいたものだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ