第104話『交渉』
「────ってことで、戦姫の体だけでも手に入れようと思ったわけ〜。理解した〜?」
コテリと首を傾げるテディーは、柔らかく微笑んだ。
晴れやかな笑顔とは裏腹に、私への執着心は凄まじい。でも、不思議と恐怖心は湧かなかった。
嫌悪感すら抱かない私は『話を聞いて正解だった』と、ほくそ笑む。ようやく見つけた交渉材料に目を光らせ、ゆるりと口角を上げた。
「私の死体、か……。そんなに欲しいなら────くれてやるよ」
「はっ……?」
あっさりと手のひらを返した私に、テディーは困惑気味に眉を顰めた。
『どういう事だ?』と視線だけで問うて来る彼を前に、私はニヤリと笑う。
「どうもこうも言葉通りの意味だ。準備があるから、少し待ってろ」
半信半疑といった様子でこちらを見つめるテディーに、私は待機を言い渡した。
無言のまま後ろで両手を組む彼は、こちらに攻撃の意思はないと示す。あくまで一時的なものだが、休戦に応じてくれたらしい。
素直に『待て』をする彼の姿は、まるで犬のようだった。
調教師にでもなったような気分だな。まあ、こんな狂犬を相手にするのは死んでも御免だが……いつ寝首を掻かれるか、分かったもんじゃない。
テディーの様子を窺う私は安全策として、自分の周囲に結界を張った。
神殺戦争の英雄を相手取る以上、念には念を入れておかなければならない。
いつになく慎重に構える私は、ようやく死体の準備に入った。
とある場所を思い浮かべつつ、私は手元に魔法陣を手繰り寄せる。必要な数字と記号を追加し、魔法陣の細かい調整を終えた。
「テディー、よく見ておけ。これから、戦姫の死体を用意してやる」
『目を離すんじゃないぞ』と言い聞かせ、私は一思いに魔法陣を発動させる。
眩い光を放つソレは、“とある場所”とのゲートを開き────白い何かを吐き出した。
吐き出されたものを重力魔法で宙に浮かせ、私は更にもう一つの魔法を展開する。
思ったより、ボロボロだな。まあ、1000年も経っていれば、当然か。骨は辛うじて残っているが、損傷が激しい。完全に修復するのは、難しそうだ。
『中は後回しでいいな』と判断し、私は白い何か────改め、骸骨に触れる。
少し力を入れただけで崩れてしまいそうなソレに、私は時間逆行魔法を掛けた。
すると、骸骨は白い光に包まれ、強制的に時間を巻き戻されていく。
秒単位で変わっていく骸骨を前に、私はありったけの魔力を注ぎ込んだ。
さすがに1000年分の時間を巻き戻すのは、辛いな……。外側だけとはいえ、魔力の消費量が半端ない。でも、無傷でアルフィーとの戦いに挑めるなら、安いものだ。
出し惜しみすることなく、どんどん魔力を消費していく私は、スッと目を細める。
ただの白い塊だった骸骨はやがて、血肉を取り戻し始めた。
しなやかな手足から、膨らんだ胸に至るまで元通りになっていく。
そして────ようやく全ての修復が終わり、白い塊だった骸骨は生前の姿まで巻き戻った。と言っても、息はしていないが……。
さすがに魂まで再成するのは不可能だからな。肉体の持ち主だった私はここに居る訳だし。蘇生など、到底無理だ。
銀髪美女の死体を一瞥し、私は正面に佇むテディーへ視線を向ける。
死体を凝視する彼はかなり驚いているようで、目を見開いて固まっていた。
「え、はっ……?何で戦姫が二人も……?もしかして、幻……?でも、それにしてはリアルすぎない……?」
動揺のあまり呆然とするテディーは、『どういうこと?』と何度も繰り返す。
混乱する彼を前に、私は『どこから、説明したものか』と頭を悩ませた。
「落ち着け、テディー。これは確かに戦姫が死体だ。間違いない」
「えっ?じゃあ、目の前にいる戦姫は何なの……?」
冷静になれと促す私に、テディーは『もしかして、戦姫の娘?』と見当違いなことを言い出す。
オロオロする彼を前に、私は大きな溜め息を零した。
「私は戦姫の娘でも、遠縁の親戚でもない。戦姫の魂が入ったエリン・マルティネスだ」
「戦姫の魂……?それって、どういうこと?」
「一言で言うと、私は転生したんだ」
「て、転生……?一度死んで、生まれ変わったってこと?」
次々と舞い込んでくる情報に目を白黒させるテディーは、何とか事情を把握しようとする。
でも、転生なんて突拍子もない話を簡単には信じられないのか、半信半疑といった様子だ。
グルグルと目を回すテディーに苦笑しつつ、私は説明を続ける。
「ああ、そうだ。前世の私は人生に飽きて、命を捨てた。そして、目を覚ましたら、エリン・マルティネスになっていたんだ。何故、転生したのかは私も分からない」
「へ、へぇ〜……?そうなんだ……」
困惑気味に首を傾げるテディーは、混乱しながらも事情を呑み込んだ。
戦姫の死体をじっと見つめながら、彼はブツブツと独り言を零す。
反論しようにも、目の前に戦姫の死体があって、できないらしい。
転生した証拠こそないものの、戦姫が死亡した証拠はここにあるからな。真っ向から否定もできないだろう。
わざわざ自殺した場所から骸骨を転移させ、時間逆行魔法で修復した甲斐があったな。
博打に近い手段だったため、私は密かに胸を撫で下ろした。
まだ成功とは言えないものの、手応えはしっかりある。このまま上手く話を進めれば、テディーとは戦わずに済むかもしれない。
「これは間違いなく、戦乙女 戦姫の死体だ。私が保証する」
本物だと断言する私は、幻じゃないことを証明するため、死体にそっと触れた。
ひんやりとした感触に耐えながら、私は顔や腕に手を滑らせる。
実体があることをアピールしたおかげか、テディーは徐々にこちらの話を信じ始めた。
「……本当に戦姫の死体なの?」
「ああ、間違いない」
「そ、そう……」
間髪入れずに頷いたせいか、テディーは戸惑いを露わにする。
急に静かになった彼は、右へ左へ視線をさまよわせた。
私の話をどこまで信じるべきか、悩んでいるようだな。アルフィー程ではないにしろ、私もかなり口が立つから……疑うのも無理はない。
まあ、だからと言って、テディーの結論が出るまで待ってやる義理もないが……。
『さっさと交渉を進めよう』と考え、私は周囲の結界を解く。そして、宙に浮いたままの死体をテディーの前まで運んだ。
「さあ、受け取れ。これこそ、お前の望んでいたものだ」