第103話『最愛の人《テディー side》』
1000年前の交流を最後に、戦姫は痕跡を一切残さず、姿をくらました。
どれだけ探しても会えないことに、焦りを覚えた僕は早くも絶望する。
愛しい人の顔すら見れず、気が狂いそうだった。
極限状態に陥った僕は食事量も睡眠時間も減り、徐々に疲弊していく。それでも、戦姫を諦めることは出来ず……ひたすら、探し続けた。
気づけば長い年月が経っており、僕の心もいよいよ限界を迎える。『もういっその事、自殺でもしようか』と考える中、僕の前に現れたのは────アルフィーだった。
『飲みに行こう』と誘われるまま、居酒屋にやってきた僕は浴びるようにビールを飲む。
久々に顔見知りと会ったせいか、それとも人生に絶望したせいか……僕はお構い無しに本音をぶちまけた。
「も〜!戦姫ってば、酷いよね〜!?1000年も音信不通なんだよ〜!?せめて、連絡くらいしてくれてもいいのに〜!」
出来るだけ、軽快な口調で喋っているものの……僕の心は絶望に染まり切っていた。
言葉で言い表せぬほどの渇きと行き先を失った愛情に、どう接すればいいのか分からない。
満たされない心を、溜まっていく欲望を、不安しかない未来を……僕は捨てたくなった。
でも、心のどこかで『生きていれば、また戦姫に会える』と思う自分が居て……余計苦しくなる。
再会できたところで、戦姫の心は手に入らないというのにね……。嫌な顔をされて、『早く帰れ』と急かされるのがオチだ。
「あーあ……どうせ、手に入らないなら────戦姫の死体だけでも、傍に置きたいなぁ」
冗談半分にそう呟くものの、好きな人の死体なら一生大切にする自信があった。それくらい、戦姫のことを愛しているから……。
ドロリとした黒い感情が芽生える中、隣に座るアルフィーはニッコリ微笑んだ。
「そう。なら────殺せばいいんじゃない?」
人の良さそうな笑みとは裏腹に、耳を疑うようなセリフを吐く。
『僕の聞き間違いか?』と驚くものの、本人は至って真剣だった。
「欲しいものは奪うに限るよ。所詮、この世は弱肉強食なんだから」
『自然の摂理だ』と説明するアルフィーは、当たり前のように僕の気持ちを肯定する。
平和主義のアルフィーなら、否定すると思ったが……1000年の間に、彼も変わってしまったらしい。あれほど理想の実現に奮闘していたと言うのに……。
でも────不思議と悪い気はしなかった。むしろ、心地良いくらいだ。
「このままだと、君は一生戦姫を手に入れることができない。なら、いっそ────戦姫の心は諦めて、体だけでも手に入れたら、どうだい?」
悪魔の囁きとも言える言葉を口にし、アルフィーはここぞとばかりに僕の心を揺さぶる。
愛とも呼べない黒い感情に水と肥料を与え、彼はようやく本題を切り出した。
「ねぇ、テディー────戦姫の暗殺を手伝ってあげるから、僕の計画に協力してくれないかい?」
僕一人の力では戦姫を殺せないと踏んで、アルフィーは取り引きを持ち掛けてきた。
思わず、飛び付きたくなるような条件に、僕の心は大きく揺れる。
でも、残り少ない理性を掻き集めて、何とか平静を保った。
相手は“深淵の知者”と呼ばれる、アルフィーだ。きっと、何かを企んでいるに違いない……ここは慎重に考えないと。
「戦姫の暗殺を手伝ってくれるのは有り難いけど、相手の居場所が分からないんじゃ意味ないよ」
『タダ働きでもさせるつもりか?』と問い掛け、僕はアルフィーの出方を窺う。
酔いもすっかり醒めてしまい、警戒心を強める中、彼はスッと笑みを深めた。
「戦姫の捜索には、僕も手を貸すよ。最強の戦乙女を一人で探すのは、無理があるからね。僕は顔も広いし、役に立つと思うよ」
「……それでも、見つからなかった場合は?」
「そのときは取り引きを中断するよ」
「具体的には何年で中断するの?捜索の範囲は?」
戦姫に関わることなので、僕は一切妥協せず、しつこく言及する。
取り引きの内容を明確化させようとする僕に、アルフィーは一瞬だけ顔を顰めた────が、直ぐに笑顔を取り戻す。
ニコニコと機嫌良く笑う彼は、『じゃあ、こうしようか』と様々な条件を提案してくれた。
ようやく本格的な取り引きが始まり、僕はホッと息を吐く。
やっぱり、舐められていたか〜。戦姫のことを餌にして、僕の労力を搾取しようとしてたんだね〜。アルフィーってば、本当に性悪だな〜。
油断できない相手だと再確認した僕は、一時間ほどかけて、取り引きの内容を決めた。
何度も何度も内容を確認し、僕はようやく納得する。こうして、僕達は正式に取り引きを交わした。
「それじゃあ、これからよろしくね〜」
「うん、こちらこそ」
どちらからともなく、握手を交わした僕達は互いに頷き合った。
アルフィーとの交渉に疲れてしまった僕は、テーブルに突っ伏す。
猛烈な眠気に襲われる中、僕は『本当にこれで良かったのか?』と自分に問い掛けた。
正直、戦姫の暗殺にはまだ抵抗がある。体だけでも自分のものにするためとはいえ、好きな人を殺すのは嫌だった。だからと言って、失恋したまま虚しく終わるのも辛い。
複雑な心境に陥る僕は『どうすれば、いいんだろう?』と考えた。
でも、いくら考えても答えは出なくて……結局、思考を放棄する。
「僕はきっと────戦姫に愛される希望を捨て切れないんだろうな……」
虚しい片想いだと分かりきっていながら、僕は一縷の望みにかけた。『1000年の間に戦姫の考えも変わっているかもしれない』と、思いながら……。
もし、戦姫と両想いになれたら、僕はきっと大喜びするだろう。ひたすら、戦姫を甘やかして、愛し尽くす筈。戦姫の気分を害するものは全部排除するし、視界にも入れない。逆に戦姫の欲しがるものは何がなんでも手に入れて、プレゼントする。だって、戦姫の喜ぶ顔が見たいから。
戦姫のためなら、僕はなんだって出来るよ。だからさ────僕を好きになって。僕を愛して。僕を離さないで。
好きな人に縋ることしかできない僕は笑っちゃうほど、女々しい男だろう。でも、戦姫と両想いになるためなら、男のプライドなんてどうでもよかった。
溢れる想いを抱え、僕は『戦姫に早く会いたい』と強く願う。
最愛の女性を脳裏に思い浮かべながら、僕はそっと意識を手離した。