第101話『私達に出来ること《リアム side》』
悪魔の言う通り、詳しいことはエリン本人に聞くとしよう。あの子も『後できちんと話す』と言っていたし……。
一人であれこれ考えてもしょうがないと結論づけ、私は脳裏に思い浮かんだ疑問を振り払う。
さっさと気持ちを切り替えた私の前で、三男はグッと拳を握り締めた。
「そうか……分かった。ありがとう」
どこか浮かない顔をするライアンは、クルリと身を翻す。
兄弟の中で一番エリンを可愛がっていたからか、妹の隠し事にショックを受けているようだ。
拗ねたように口先を尖らせるライアンに、悪魔は『まだまだ子供だねー』とほくそ笑む。
「さて、お子ちゃまの質問にも答えたことだし、いい加減治療を始めようかー!ほらほら、怪我人は前へ出ておいでー!遠慮はいらないよー?」
ピョンピョンと飛び跳ねる悪魔は『早く早くー!』と、こちらを急かす。
ハッと正気に戻った部下達は、慌てた様子で前に出た。
斬りつけられた腕や矢の刺さった足を見せ、『お願いします』とお願いする。
『りょーかーい!』と二つ返事で了承する悪魔は、掠り傷一つであっても丁寧に治療した。
悪魔は治癒魔法と相性が悪いと聞いていたが、そんなことはなかったな。私達より、圧倒的に手際がいいし、コントロールも的確だ。本人は『こんなの大したことない』と謙遜しているようだが……。
慣れた様子でどんどん傷を治していく悪魔に、私は尊敬の念を抱く。
『怪我人のことは任せても良さそうだ』と判断し、ふと上空を見上げた。
美しい夜空をバックに、未だに戦い続けるエリンと理事長は次々と魔法を発動する。
尋常離れした戦闘能力の高さから、我々とは潜り抜けてきた修羅場の数が違うのだと悟った。
今更ながら、『エリンは本当に戦乙女 戦姫なんだな』と実感する。
もうか弱いエリンは居ないのかと思うと、複雑な気持ちになった。
ただ、守られているだけの娘を望んだ覚えはないが、強すぎるのも考えものだな……。せめて、あと数年だけ、弱いままで居て欲しかった。お前のことを守らせて欲しかった。父親としての責務を全うさせて欲しかった……なんて言えば、お前はきっと困るだろうな。でも、これだけは覚えておいてほしい。お前の正体がなんであれ、私は────お前のことを愛している。
絶対不変の愛を抱きながら、私は静かに戦況を見守る。
『無事に帰ってこい』と強く願う中────エリンは相手の攻撃で、怪我を負った。
怪我と言っても頬を少し切っただけで、致命傷とは程遠いが……それでも、胸がざわつく。
言い表せぬ不安に襲われ、今すぐにでもエリンの元へ駆け付けたくなった。
「っ……!エリン……!」
グッと胸元を握り締める私は、必死に感情を抑え込む。
『行っても、足でまといになるだけだ』と言い聞かせ、自分を諌めた。
何とか冷静になろうとする私を他所に、息子達はグニャリと顔を歪める。
滴り落ちるエリンの鮮血に、相当苛立っているようだった。
「っ……!!父上、お願いします!────エリンに加勢させてください!これ以上は見ていられません!」
『兄として、妹を守りたい』と願い出るライアンは、真っ直ぐにこちらを見据える。
生半可な気持ちで言っている訳では、なさそうだった。
「父上、僕からもお願いします。エリンちゃんに加勢させてください」
「エリンは私達の大切な妹です。見殺しには出来ません」
次男のルーカスと長男のウィリアムも、ライアンの意見に賛同した。
必死に嘆願する息子達を前に、私は『どうするべきか……』と迷う。
公正に判断するなら、ライアン達の願いは跳ね除けるべきだ。どう考えても危ないし、エリン達の戦いについていけるとは思えない……最悪の場合、人質に取られて、殺される可能性だってある。でも、息子達の気持ちを踏みにじるのは……。
クッと眉間に皺を寄せる私は、迷うように視線をさまよわせた。
『許可できない』と言わなきゃいけないのに、息子達の目を見ていると、何も言えなくなる……。
未だかつてないほど、優柔不断になる私を他所に─────青髪の男性はこちらを振り返った。
「────お前達では実力不足だ。やめておけ」
血も涙もないと言うべきか、水蓮殿は息子達の願いをバッサリ切り捨てる。
そして、格の違いを見せつけるかのように、治癒魔法と浄化魔法を同時展開した。
無詠唱で発動した二つの魔法はエリンに作用し、頬の傷を跡形もなく消し去る。
時間を巻き戻すがごとく、元通りになったエリンの頬はふっくらしていた。
「これしきのことも出来ずに、加勢とは笑わせる」
『身の程を弁えろ』と冷たく言い放つ水蓮殿は、軽蔑の眼差しをこちらに向ける。
感情に支配され、冷静さを欠くとは愚かしい……とでも言いたいのだろう。
完全に図星をつかれた私は反論できずに、黙り込んだ。
でも、加勢を申し出た息子達はそうもいかないようで……悪足掻きを試みる。
「確かに俺達は貴方に比べれば弱いでしょうが、肉壁くらいなら……」
「無理だ。お前達の反応速度では、間に合わない。戦姫に庇われるのがオチだろう」
「だ、だったら!後方支援でサポートを……!」
「戦いの邪魔になるだけだから、やめておけ。戦姫に迷惑が掛かる」
「っ……!なら、せめて応援だけでも……」
「却下だ。気が散る」
ライアン、ルーカス、ウィリアムの提案を情け容赦なく、切り捨てる水蓮殿は呆れたように溜め息をついた。
『まだ何かあるのか?』と言いたげな眼差しに、息子達は押し黙る。
でも、まだ諦めるつもりはないのか、必死に代案を探した。
ああでもないこうでもないと、思い悩む彼らを他所に────一人の少女は水蓮殿に噛み付く。
「────じゃあ、私達に出来ることを教えてください」
そう言って、前に出てきたのはエリンとライアンのクラスメイトだった。
名前は確か……アンナ・グラントと言ったか?エリンの友人だと聞いているが……。
ライアンに報告された内容を思い浮かべながら、私は事の行く末を見守った。
「最後は他人任せとは……実に子供らしいな」
『幼稚だ』と吐き捨て、水蓮殿は不機嫌そうに眉を顰める。
不快感を露わにする彼に、アンナ嬢は尚も食い下がった。
「お願いします。教えてください」
恥を忍んで頼み込むアンナ嬢は、ガバッと勢いよく頭を下げる。
黙って、彼女の旋毛を見つめる水蓮殿は『はぁ……』と深い溜め息を零した。
「何もしなくていい……というか────何もするな。ただでさえ、ハンデが多いのにお前達のお守りまでしていたら、戦姫は思う存分、力を発揮できなくなる。くれぐれも勝手な真似だけはするな。邪魔立てするなら、問答無用で気絶させるぞ」
脅し文句を付け加えた上で、水蓮殿は『何もしないこと』を指示した。
役立たずの烙印を押された彼らは、悔しそうに顔を歪める。
己の無力さを恥じる彼らに、水蓮殿はやれやれと肩を竦めた。
「俺は『戦姫の力にはなれない』と言っただけだぞ。他のことには、一切口出ししていない」
『視野を広げろ』とアドバイスする水蓮殿は、奥の方に視線を向ける。
私達の背後には、怯える生徒や疲弊する軍人の姿があった。
エリンのことに気を取られて、すっかり忘れていた……私達には、守るべき者達がこんなに居ると言うのに。生徒を安心させるのも、部下に休息を与えるのも全て立派な仕事だ。疎かにしていい分野じゃない。
グッと拳を握り締める私はいつの間にか、忘れていた役割に思いを馳せる。
『もっと、しっかりしなくては……』と自戒する中────アンナ嬢はニッコリ微笑んだ。
「ありがとうございます。おかげさまで、自分のやるべき事を見つけることが出来ました」
素直に感謝の言葉を述べる彼女は、深々と頭を下げる。
そして、棒立ちする息子達に声を掛けると、率先して動き始めた。
「周囲の警戒は私達に任せて、回復に集中してください。いざという時に備えるんです」
魔力と体力を消耗した軍人達に微笑みかけ、アンナ嬢はテキパキと指示を出す。
驚きのリーダーシップを発揮する彼女に触発されたのか、息子達もそれぞれ動き出した。
軍人の指示出しはウィリアムが、生徒達の精神ケアはルーカスが、周囲の警戒はライアンが担当する。
自分の得意分野を見極め、彼らは懸命に働いた。
軍団長である私よりも、優秀だな。将来が楽しみだ。
息子達の成長を目の当たりにし、私は僅かに目元を和らげる。
『引退の日も近いな』と感じながら、息子達の仕事に手を貸すのだった。