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靄の図書館  作者: 松房537
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第壱話 その童はまるで鉄紺の様で

新連載始めるからといって今書いているのが失踪した訳では無いのであしからず。

俺は覚束無い足で自分の部屋の鍵を開けた。

築五十年、木造のボロアパート。

慣れ親しんだ畳の上に寝そべり、スマホを見ると表示されていたのは3月25日午前1時という日時で、そう言えば自分も来年には卒業なのだと現実を突きつけられた様な気がする。

酔った勢いでそのまま寝てしまおうと目を瞑ると耳元のスマホに付いたAIのマネジメント機能がひとりでに喋った。

『3月25日。金曜日。午前1時です。もう春。出会いの季節ですね。ジョウシンさんに何か新しい出会いはありましたか?』


・・・ある訳が無い。


元々、俺の人生の目標は大学入学の地点で止まっているのだ。

普段から卒業に必要な最低限の講義にしか参加せず、これといってサークルに入っている訳でもない。

他の真面目で将来有望な生徒達とは違い俺自身には特段、夢も無いし、唯一の楽しみと言えば悪友と呑む酒と、たまの贅沢で遊ぶ女くらいだろうか。


・・・なんて碌でもない人生何だろう。


酔っ払いながらにそう考える。

だけど、その事に反省する気力も何か行動を起こそうというやる気も出ないまま今日も夜が終わって行く。

そしてそのまま俺の意識はまどろみへと引き摺られて行った。


気が付くと俺の目の前には青と黒を隔てる地平線が広がり、何処からか吹いてきた焦げた臭いが鼻腔を擽る。

意味が分からない。

360度見渡す限り確認出来るのは大規模な爆発でもあったかの様な黒く荒い惨状とその中にポツンと佇む1軒の石造りの建物のみ。

俺は吸い込まれる様に建物へ向かうと中へ飛び込んだ。


建物の中は薄く靄の様なものがかかっていて中がどれだけ広いのかは分からなかったが、規則的に並べられた本棚を見てここが図書館である事は何となく分かる。

そして、俺はここが何処なのか誰かに聞く必要があった。

もし大規模な爆発が家の近所、否、一帯を焼き払ったのだとしても石造りの図書館など、見た事が無い。

俺以外に人がいないのだろうか。

俺の足音が延々と響き渡る。

そもそもエントランスは何処にあるのだろう?

すると俺の中にある直感の様なものが強くなり身体が突き動かされた。

それから約1分程。本棚で遮られた視界が広がり、漸くエントランスへ辿り着いた。

受付と思しき場所には大正時代を思い起こさせる着物で身を包んだ女性が座っていた。

その手に収まり、女性が目を通しているのは

『華氏451度』

と背表紙に書かれた本。

女性はこちらを見ると少し驚いた様な表情をして口を開いた。

「何か御用ですか?」

こちらを見つめるその瞳はとても綺麗で、思わず息を飲んでしまう。

「いえ、私には分かっていますよ。そしてその目的をあなた自身が覚えていない事も」

目的・・・か。

「別に今急いで思い出せとは言いません。何故ならあなたはその目的を探す為にここにいるようなものなのですから」

瞬きをする間に俺の顔に急接近した女性は優しく微笑んだ後、少し後ろへ下がりこう質問してきた。

「ところで、外の様子はどうでしたか」

外とはあの燃え尽きた街の事だろうか。

「真っ黒に焦げて特に人もいなかった」

「そうですか」

女性は少し思案した後、少し真剣な面持ちでこちらへ提案する。

「上甲さん。いえ、上甲律。あなたにお願いがあります。私に色を、人を教えてはくれませんか?」

「え?」


全く意味の分からない事だらけな1日だ。


結局あの後、

「ところで、上甲さん。今良い所なので仕事を手伝ってはくださいませんか?」

と言われ、仕事を押し付けられてしまった。

にしても、人を人に教えるなんてどうすれば良いのだろうか。

俺は薄く靄のかかった道を歩いて行く。

女性の話では、この図書館には古今東西、誰かの日記から果ては『るるぶ』の様な旅行誌まであらゆる本が収められているらしい。

・・・プライバシーとか諸々大丈夫なのだろうか。

仕事というのはこの図書館に迷い込んだ子供を見つける事だそうだ。

そこで俺は耳を澄ませた。

本のページを捲る音が聞こえてくる。

方向は俺から見て右側。

目を向けるとそこには少し開けたスペースに幾らかの机と椅子、そして小学生程の子供が一人座っていた。

「おい、何読んでんだ?」

少年が読んでいる本は異様に薄い。

チラッと見せてくれた背表紙には

『走れメロス』

と書いてあった。

成程、『走れメロス』は確かに短い。

作者はたしか太宰治だったか。

俺はこの先何をすれば良いのか分からなくなった。

そう言えば、見つけた後何をすれば良いのか聞いていない。

俺が席に座り悩んでいると、少年が問いかけて来た。

「ねぇ、おじさん。メロスみたいな人って本当にいると思う?」

「ん~、いないことは無いんじゃないか?」

「そっか」

いくら友人の命が懸かっているとはいえ、血反吐を吐きながらも殺されに走るメロスはおよそ狂人の域だろう。

少年の横には辞書が置いてあり、少年は分からない漢字や、言葉を調べながら読んでいるようだった。

「おじさん。聞いてくれる?僕の後悔の話」

「・・・」

俺は返事こそしなかったが、少年は語りだす。

「僕ね。家族とか、友達とか、同じ街に住んでいた人達を見殺しにしてしまったの」

相槌を打ったりはしない。

「いつもいる筈の軍人さん達が一斉に車に乗って逃げて行くのが見えて・・・僕も一緒に逃げちゃった」

少年の目尻に涙が溜まる。

「・・・戻ってきたら街が無くなってて・・・ごめん。おじさんには関係の無い話だったね」

暗い感情が表情にも出てしまっていた様だ。

少年が『走れメロス』を棚に戻し去って行く。

何とか少年を慰めたいとは思ったが何もかけてやれる言葉が見つからなくて。

いかに自分が浅学で、内容の薄い人生を送ってきてしまったのか突きつけられてしまった様でとても悔しい。

せめてもの思いで後をつけてみるがもう既に少年の姿は無く、結局その後暫く少年に出会う事は無かった。

「ブックマークとかしてくれると嬉しいかな~って」By女性

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