4輪目 人と花
「では、全員揃った所なので早速、この世界に伝わる歌を歌いましょう。では、教科書の八十七頁を開いてください」
音楽室に教科書を捲る音が響き渡る。重い扉を開くようなそんな音に感じた。
そこにはこのような歌が書かれていた。
〈人と花〉
人と出会いし 花の娘は その人想いて どこまでも
思い出忘れず この世に現る
「この歌は花が散っても人は花のことを思い続けると共に花も人のことを思い続けるという意味があるのです。また、……」
へ…そうなのか。授業、難しいな。眠いし寝よう…
「ゆーちゃん、起きてぇ〜」
「なんだ、紅葉か…」
「なんだ〜じゃないよぉ、もう授業終わってるよ。寝ぼけてないで早くご飯食べよ!とーちゃんも待ってるからさ〜。限定メロンパン売り切れちゃうかもよぉ〜早く行こっ」
寝ぼけながら紅葉に引かれて購買部へ向かった。
「きた、きた。遅かったやん」
と、とーちゃんが呆れた顔をしながら言っている。
「ごめん、ごめん、遅くなっちゃって。俺が寝てたから…」
「寝てただと!何、授業も寝てんだよっ全くーもう、限定メロンパン買っておいたから外で食うぞ」
とーちゃんは俺と紅葉に限定メロンパンを渡した。
「先に買っておいてくれてありがとう〜」
紅葉は嬉しそうだ。
「じゃあ、外で食べようぜ」
とーちゃんが元気よく言った。
俺達は学校の中庭に設置されているガーデンテーブルに座りながらメロンパンを食べていた。
「でも、外めっちゃ暑いけど…」
「十二月でこんなに暑いのっておかしいよねぇ…テレビも異常気象、異常気象って言ってるからねぇ」
「この先どうなるのやろうな…暑いのかったるいよな」
「ほんまにそれ思うわ、この暑さ終わればいいのに。去年とかやったら雪めっちゃ降ってたのにな。ゆーちゃんと紅葉と雪合戦したの思い出すわ」
「それぇ、懐かしいよねぇ。ゆーちゃんがボコボコにされて怒ってたっけ?」
「紅葉〜。要らないこと思い出させんなよ…」
「ごめん〜、ごめん〜」
紅葉は俺をほうをみて微笑んでいた。
校舎の時計を見ると昼休みの時間が終わりそうだった。
「紅葉、とーちゃん、時間やばいから早くメロンパン食べよう」
「本当だぁ、急がなきゃ」「豪速球で食べるぞ」
俺達は力強く照らす太陽の下で汗をかきながらメロンパンを頬張った。
「暑いのはたまったもんじゃないよな…」
メロンパンを噛りながら俺は呟いた。表面のザラメが暑さみたいに歯を包み込んだ。かったるいなぁ…
「俺は夏のほうが好きだけどな〜」
とーちゃんは青空を見上げて言った。
「えー、わたしはゆーちゃんと一緒で冬、好きだなぁ〜」
「お前、またゆーちゃんの味方かよ」
「まぁ〜別にいいでしょ!ゆーちゃん関係なしに冬好きだしっ」
紅葉が頬を膨らませている。
「そんなことよりも時間やばいし、早く食べようやー」
俺は早く食べるように促した。
「そんなことって酷いよぉ〜とーちゃんは…」
そんな俺達を校舎から一輪の花が教室の窓から見ていたのは気づいていたが、気づかない振りをしていた。
校舎のほうからは大きな入道雲が空高くまで聳えて青いキャンパスの中で存在感を放っていた。
「では、三時間目はじめるよ〜」
桂先生が一声かけている。俺たちは急いで階段を登り教室へ向かった。
「あ、桂先生こんにちは」「こんにちはー」「かっちゃん、こんにちはぁ〜」
先生に挨拶をした。
「かっちゃん。この手の傷って…大丈夫?」
桂先生の手元を見ると包帯が巻かれていた。
「三人ともこんにちはー。あぁ…この傷ねー。平気、平気。それはそうとして紅葉ちゃん、かっちゃんじゃなくて桂先生でしょ?授業ではちゃんと呼んでって言ったのに…まぁ、三人ともぎりぎりセーフだったね」
「そうそう、三人とも、今日は部活するからねー」
「はいっ、分かりましたぁ〜」
俺達、三人は席についた。
「みんな、席についたので授業、はじめますー。今日は……」
窓の外を見るとさっきの入道雲が音を鳴らしてだんだん学校へ近づいてくる。
隣を見ると転校生してきたばかりの彼女は授業に夢中になって聞いているように見えた。
「では今日は植物と人との関わりについて勉強していきたいと思いますー」
桂先生が黒板にチョークをカンカンと鳴らし文字を書いていく音とカリカリとシャープペンシルと紙が擦れる音が教室中に響き渡る。
隣の彼女は先生を聞いたまま、一向にノートを書こうとはしなかった
「では今日の理科の授業は終わりです〜。有難う御座いました。」
と桂先生はいうと教室から出ていった。
俺が立ち上がったとき、隣に目をやると彼女はノートを広げたまま何処かへ行ってしまっていた。
ノートがたまたま目に入った。彼女が書いた綺麗な字が並んでいた。
『植物は光合成、人は呼吸』
今日の授業のノートか……暫く、眺めていた。
「そ、そこでな、何してるの?」
「……?」
そこに居たのは隣の席の彼女だった。
「な、何、見てたの?」
「君の字、素敵だなぁって……」
「べ、別に君がみ、見られたってどうでもいいんだけどね…」
彼女は素っ気ない態度をとってノートと教科書を鞄の中に片付けてしまった。
「あの……」
彼女は楚々くさと何処かへ行ってしまった。
「ゆーちゃん、ふられたのかぁ?」
とーちゃんが茶化しにやって来た。
「振られてなんかないよ…でもあの人、転校してきてまだ、一日も経ってないしいろいろ混乱してるんだって。多分そう思うんだ…」
「へー。ゆーちゃん、あの子のこと気になってんのか?」
「そ、そんなこと無いし…というより俺は約束した人がいるから……」
「ゆーちゃん!約束した人ってだぁ〜れぇ」
俺ととーちゃんが話している間を紅葉が割って入ってきた。
「俺も誰と約束したか分からないんだよな…」
キーン、コーン……
「もう〜、休み時間終わってしまった…。チャイムいつもいいときになってしまって〜…」
「じゃあ、また次の時間!」
とーちゃんと紅葉は席へついた。