1輪目 出会いのアカデメイア
もう一度君に会いたい…
辺り一面に咲きほこっている花畑の中、寝転び白の斑点が疎らに散っている宇宙を見つめながらこう呟いた。
独り言かも知れないが、それは次第に大きく叫びとなって宇宙へ飛んでいく。
赤、黄、オレンジ、緑、青、水、紫……言葉で表わせないぐらいの花に囲まれてやさしい春風の中に生き生きと自分自身を輝かせている一種の花のようだった。
宇宙には白く霞んだものが疎らに見え、その奥からは強い力を秘めた火の玉が隠れている。
色とりどりの斑点の奥に煉瓦造りの風車が聳え立ち、その根本に薄っすらと誰かがいるように見えた。
あっ…あ!
募り募った想いが花びらのように舞い上がり、突風と共に走り出す。
もう一度君と話したい…
光の如く走り出した自分を君が呼んでいるように感じられた。
磁石のように引き寄せられ風のオーラを纏いと花びらに包まれた今の自分に怖いものなんてない。
君と話したい、その一心で…
もう一度君を包みたい…
あの時みたいに強く、固く…包んでいたかった。
大きながプロペラが近づくにつれて春風の勢いが増し、前が見えないほどの花びらが体に纏っていた。
君が呼ぶその声を頼りに…前へ、前へ
君の前に立った時、自分を纏っていた花びらが崩れ落ち、靡いていた風の勢いが無くなった。
えっ誰…?咄嗟に出た言葉だった。
私はね…君の中で生きてるんだよ、と君は言った。
ちょっと…言っている意味が分からない…
分からなくてもいいんだよっ、君はそう言い花畑の向こうへ消えてゆく…………
待ってー、待ってー、待ってー…
ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ…朝に一番聞きたくないあの音が花畑の宇宙から聞こえてくる。
咄嗟に音を止め、頭の中に平穏が戻り安らぎの時間…ん?
このまま、ここに居て大丈夫なのか?という囁きが脳裏を過った。
まだ、時間あるぜ!目を瞑っていようじゃないか、と悪魔の囁き。
早くしないと学校に遅れてしまうわよ、と天使の囁き。うーん?今なんと…学校とな?
そうだった、学校に行かなければ!しかし、まだ、この布団から脱出したくないんだ。ここから一歩出ると凍え死にそうだ…心の中で、天使と悪魔が天秤にかけられどちらを優先したら良いのか審議が成されている。
よし、ここは天使の言う学校とやらに……学校?そうだ、学校に行かなければならないのか。
布団をはぎ捨ててやろうじゃないか!
時計を見るなり焦りが込みあげてきた。天使と悪魔を戦わせている場合では無かったのだ。
五分で準備をし、パンを加えて外に出る。
太陽が力強く照っている。ギラギラと存在感を放っている。
もう十二月だというのに外は夏と変わらないぐらいの暑さだ。
小走りでバス停へ向かう。汗が滴り落ちてゆく。火の玉に照らされてキラキラと心地よく体を伝って流れていく。
並木道の銀杏は青々と力強く立っている。そのトンネルを抜けた先にバス停がある。
「よぉー!ゆう、今日も遅いなぁ〜バス来てるぞ」
「とーちゃんも遅いじゃねーか…」
二人は笑いながら乗車した。
一番奥から二つ目の席に二人は腰を下ろした。天井部分からはゴーゴーとクーラーが勢いよく冷風を吐いている。
「とーちゃん、今日も暑いな〜このバスめっちゃ涼しいわ」
「十二月に入ったっていうのに今日も真夏日らしいなぁ」
「いつになったら気温、下がるんや…勘弁してほしいよな」
「本当にそう思うわ」
同時にため息をついた。窓からは炎天下に晒された建物が反射でギラギラと光り、苦しそうに悲鳴を上げているように見えた。
暑さのせいか少しぼーっとしてから話し出した。
「とーちゃんが遅いのって珍しいな。昨日、何していたんや?」
「今日は数学のレポートあっただろ?俺、全然やってなかったから終わらしていたんだよ」
「うっわ…やってなかったわ…」
焦りが募る。
「先生、怒ったら怖いぞぉー」
とーちゃんは少し俺を脅して来た。
窓からは建物が流れていく。どんどん学校へ近くなっていく。このバスを止めてほしい…
「どうしよ…」
「バスが学校に着いたらすぐ点呼だから時間なさそうだな、宿題どうするんだよ?」
「まぁ、明日出せばいいだろう、大丈夫だろう」
「怒られても知らないぞー」
まもなく〜山成高校〜山成高校…
憂鬱なアナウンスが聞こえた…
「ほら、行かないと遅刻するぞ」
とーちゃんが張り切って人をかき分けてバスの出口へと進んでいく。それに俺も付いていった。無言で坂を登る。
昇降口に着いたとき、とーちゃんが切り出した。
「ゆうちゃん、知ってるか?」
「ん?なんや?」
「今日、転校生が来るみたいやで」
昇降口から急いで靴を履き替え、階段を駆け上がりクラスルームへ向かった。
部屋に入るとクラスメイト全員が俺たちを見ている。
…今日もやってしまったか…
「柊ぃー、お前、また遅刻だぞぉ。早く来る努力しろよぉ」
「す…すみません」
「先生!遅れてすみません」
「菫田が遅刻なんて珍しいなぁ、まぁいいお前早く席につけ」
二人は黙って席についた。
少し間をおいて先生が切り出した。
「今日は皆、知っての通り、転校生が来るぞぉ」
「どんな子かな?」
「楽しみ〜」
「ぜってー俺、友達になりてー」
クラスのあちこちで雑音が聞こえる。
「柊、お前も楽しみだよな?」
前の席の杉田が話しかけてきた。
「いや、俺は別に…」
「なんだよ、つまらないやつやな」
「皆、静かにしろよぉー、今から転校生入ってくるからなぁ」
クラス全体が静かになりさっき、口々に話していたやつらが固唾をのんでいる。
扉がゆっくり開いた。
隣のガラス板からは太陽が雲の隙間から覗いていた。