とても強く、なられましたね
目の前に立ちはだかる、三つの影。
一つはメイド服、一つは弓使い、そしてもう一つは氷の剣を手に持っている。
「ヴィオレッタ......それに、グリエラとシュトリーゼも。久しいな」
「お久しぶりです。シルビオ様」
「......まだ俺の事を、そう呼んでくれるのか?」
「はい。せめて最期くらい、メイドの最後の務めとして対峙しようと思いまして」
「......」
そんなことされても、誰も嬉しくはないと思うがな。
しかし俺としても、変わり果てたヴィオレッタの姿は見たくない。まぁ......俺意外は皆変わってしまっているが。
「シルビオ様......なぜあなたは、魔王に魂を売ったのですか?」
「違うな......魔王の魂を俺が買ったのだ。だから俺は、魔王が出来なかったことをする。お前らこそ、なぜリーネを苦しめる?アードルフが何をやっているのか、お前らは知らないのか?」
「......《大破滅》の報いです」
「報いって......お前いくら何でもそれは―――」
「可哀想?」
グリエラが言った。
極めて冷たい口調。氷のように冷たい目で睨んで来る。
「まだ分かっていないの?自分が何をしたのか。一体何人殺したのかを」
「そんなこと、俺がしただけだ。リーネは何も悪くない」
「しかし原因はリーネだろう?リーネも分かってくれるさ」
......シュトリーゼ。
お前はもう少し賢いやつだと思っていたんだがな。とても残念だ。
「申し訳ないが、アードルフ王の元へ行かせる訳にはいかない。今、王を失えば、世界に平和が訪れることが無くなってしまう」
そんな平和は......いらない。
リーネを助けて、魔物達と共存する世界を創る。
例え自分勝手だろうと、自己満足だろうと、誰になんと言われても、どんな手段を使ってでも、俺は自分の信じた道を突き進む。
「......お前らと話すだけ無駄のようだ。ここからは強硬手段だッ!」
高速で近づく。
が、さすがはシュトリーゼ。一歩も退くことなく、氷の壁を張った。俺が近づくよりも素早い魔法だ。
「ふんッ」
だが、片腕の殴り一撃で割る。
この素早さでこの分厚さ。まるで木でできた机を叩き割ったかのような感触だ―――
「ッ!?」
なに!?
「甘いな」
氷を叩き割った先は、また氷の壁があった。
いや、今度は壁ではない。
視界いっぱいに広がる氷。これは、俺そのものが凍ってしまっているのだった。
全身に伝わる冷たい感覚。
「―――!」
氷のせいで、聞き取りずらい。何を言っているのか分からない。
しかし、ボヤけた視界の中で動いている者を捉えた。
この状況で攻撃をしようとしてくる奴。
この状況で、有利に攻撃出来る者。
「ッ!」
バキンッ!と、氷の檻を突き破る。
氷は分厚く、そして硬い。だが、俺の力なら簡単に割れる。
しかし、割った時には既に目の前に矢が見えた。
「そうだと思ったぜ」
飛んでくると分かっているならば、対応することは難しくない。
俺は矢を掴み、へし折って適当に放り投げた。
「シュトリーゼが凍らせ、グリエラの貫通する矢で射抜こうとしたのだろう?それぐらい、俺でも思いつく」
「そうか......てっきり、俺達の魔法なんてもう忘れているものかと思ったよ」
忘れるわけが無い。
お前らは、今の俺にとって結構痛い敵。
俺でも苦戦する敵なのだ。警戒しないわけが無い。
「だが、それが仇となることもある」
バシュッと音がする。
グリエラが、矢を放ったのだ。
この矢は、グリエラの固有魔法によって無差別に物を貫通する。
だが、それも効果範囲が十メートル程度だ。その圏外にさえ出れば、ただの矢となる。
俺はその矢をひらりとかわし、素早く距離を取って一旦体勢を立て直す。
と、もう一発矢が飛んで来ていた。
グリエラはに連射が出来る。だが、今の俺の反応速度ならばこのくらい......
「なッ!?」
弾いた。
つもりだった。
右手で軽くいなしたはずが、感触を感じない。
そう思った頃にはもう遅い。矢は、そのまま俺の左横腹辺りに命中した。
「ぐッ」
「ほう......心臓を狙ったつもりだったんだが、ギリギリ免れたようだな」
危なかった。
あと少し反応が遅れれば、致命傷だ。
貫通する矢には、盾も鎧も意味をなさない。グリエラの思い通りに貫通し、実体化する。
「なるほどな......その弓、ガシェットってやつか」
「よく知っているな。そう、これによって私の固有魔法の射程距離は無くなった。矢の届く範囲が、有効範囲だ」
......なんて化け物。しかも、無詠唱で矢に魔法を乗せてきやがった。ガジェットを使うことにより矢の数に制限があるようだが、その代わりに固有魔法の有効範囲と無詠唱魔法を得たようだ。
そうか、この矢に予め魔法を仕込んでいるわけか。
これで矢の対策方法が、一択しか無くなってしまったわけだが、かなり動きを読まれてしまうようになる。
それに、敵はグリエラだけではなく、シュトリーゼとヴィオレッタもいるのだ。
「諦めるんだなシルビオ=オルナレン」
「ッ!」
突然、床から氷の槍が飛び出して来た。
何のモーションも無しに、いきなりだ。何とかかわしたが、続け様に放ってくることを恐れ、空中に逃げる。
「この床のタイル、まさか......氷か?」
「ご名答。お前は、そもそも私の氷の上で闘っていたわけだ。つまり、私の手中で」
......そういうことか。
今まで氷だと気が付かなかったのは、氷の膜が薄いからだ。これは......かなり不利な状況だな。
とりあえず、また攻撃される前に先程刺さってしまった矢を抜いておいた。これぐらいの傷なら、すぐに治る。抜く際に鎧も少し剥がれてしまったが、それはドラゴンの鱗を出して塞いだ。
「......化け物だな」
「魔物を従えるには人間であることを捨てるくらい、覚悟が必要ということだ。まぁ、お前らには分からん苦しみだろうが」
「あぁ、分からないな......貴様がどうして、まだ闘おうとしているのか分からない」
「そんなの決まってんだろ」
愛する人を助け出すためだよ。
「ヴィオレッタァァアアア!!!」
急降下。
目標はヴィオレッタだ。三対一など、普通なら簡単に勝てる人数差だ。
だが、今回は訳が違う。一人でも苦戦するような相手が、よりにもよって三人。ここでグダグダしていても、凍らされるか射抜かれるだけだ。
なら、この中で一番実力の低いヴィオレッタを狙う。
「申し訳ありませんシルビオ様。実力差で考えて私を最初に狙って来たようですが、残念ながら私は......」
急降下しながら、真っ直ぐヴィオレッタに向かって飛んで行く。
その勢いに拳を乗せる。ヴィオレッタならこれくらいで死ぬことは無いだろう。
だが、再起不能にはさせてもらう。
「ここの誰よりも強い」
俺の左手による拳を、ヴィオレッタはかわした。
この速度で、俺がどこを狙うのか見極めなければできない動きだ。
そして、
ヴィオレッタの拳が、俺の腹へとくい込む。
のを、ヴィオレッタは想像していたのだろう。
残念ながらヴィオレッタの拳は、俺の右腕によって止められていた。
「......ッ!?」
「強くなったのはお前らだけじゃない」
翼を羽ばたかせ、ヴィオレッタの拳を掴みながら空中で前転。
そしてそのまま勢いをつけ、ヴィオレッタを地面へと叩きつけた。
「がはッ!」
バキィンッという音を立てて、割れる肩の鎧。
また、氷だ。
だが、今度は避け無かった。
鎧が犠牲にはなったが、おかげで氷も割れ、大したダメージは無い。
ビクともしない俺を見て、シュトリーゼは少し驚きを見せた。
「シュトリーゼ!連携だ!」
「あぁ」
その声と共に、三本の矢が飛んで来た。
不意打ちをするなら、声を出さない方がいいと分からないのか?
俺は飛び立ち、矢をかわす。だが、矢は急に方向を変え、俺を追うように飛んで来た。
「追尾か」
壁などにぶつけたとしても、貫通して追ってくる。
逃れる手段は二つ。常にこの速度で飛び続けるか......
「本体を叩く!」
高速移動。
体がむち打ちになるほど、急な旋回。
それらを繰り返し、氷も矢も全て避けて近づく。
力技のゴリ押しで、一気に方をつける。
「グリエラ!来るぞ!」
「分かっている!」
グリエラは弓を構える姿か見えた。と思ったが次の瞬間再び氷の壁が目の前に立ち塞がる。
だが、予想通り。
右腕で氷の壁に指を差し込み、そのまま力いっぱい横へ流した。
右腕の力を使って、無理やり体の方向を変えたのだ。
「なッ!?」
向かった先はシュトリーゼ。
少し離れているとはいえ、グリエラの隣だ。
不意打ちするには、そう遠くない。
「ッ!!」
シュトリーゼの頭を、左手で掴む。するとシュトリーゼは、俺の飛ぶ勢いにって後へ倒れてしまう。
だがまだ離さない。俺はそのまま、シュトリーゼの頭を持ったまま、地面にシュトリーゼを押し付けながら飛んだ。
ガガガガガ、バリバリバリバリと氷の割れる音がする。
その間、背中に何本か矢を受けたが、気にしなかった。痛みなど感じなかったからだ。
そして十分加速すると、勢いを殺さずにシュトリーゼを壁に向かって投げた。
「ぐッはァ」
安全になった地面に降り立ち、背中の矢を抜き取る。
ヴィオレッタ、シュトリーゼはもう再起不能。
残るはあと一人、グリエラだけだ。
「なぜだ......なぜ勝てない!」
「背負っているもの、守るべきものが違うんだよ。お前らと俺とじゃな」
「く......あぁぁああああああ!!!」
グリエラはヤケになったのか、持っている矢を三本づつ連続で放つ。
だが、そんなことでは俺を倒せない。
闘いは、冷静であることが大切だ。
「そう悲しむな......お前らは強かった。ただ、俺が、もっと強かったってだけだ」
グリエラの放つ矢を、全て受けながら少しづつ近づく。
しかし、全弾命中とはいかない。グリエラの集中力が足りていないのか、俺の体をすり抜けて行ったり、変な方向へと曲がったりし、何本もはずしている。
「ッ!?」
「痛てぇな」
十分近づいたところで、左腕を振った。
竜巻。高さ約五メートルほどの小さな竜巻が、グリエラの体を呑み込んで回る。渦の中で、風邪によってズタボロに切り裂かれていくグリエラ。
最後に壁まで吹き飛ばされ、停止した。
「......」
身体中にハリセンボンのように刺さっている矢を、全身に力を込めることによって全て外した。
痛みはあった。だが、この痛みはシュトリーゼやグリエラ、そしてヴィオレッタの痛みだ。
人々を殺した罰。たかが矢をわざと受けるくらいで、許されるような行為ではない。
だがせめて、俺が受けられるだけは受けたつもりだ。
「......ヴィオレッタ、起きているんだろ?なら最後に聞いて欲しい」
「......」
ヴィオレッタは、黙っている。
だが俺には分かる。ヴィオレッタから流れてる風が、安定してきているのだ。
それに、あれぐらいの衝撃でヴィオレッタが気絶するとは思えない。再起不能ではあるだろうがな。
「今まで、ありがとう」
ヴィオレッタだけではなく、メイド達全員に言ったつもりだ。
家を出て行ってから、ずっと言えていなかったこと。
言おうと思っていたこと。
俺はお前達に世話になったんだ。お礼くらい、言わせてくれ。
「......こちらこそ、ありがとうございました」
とても苦しそうだったが、確かにヴィオレッタの声、ヴィオレッタの言葉だった。
俺はその言葉に少し安心し、部屋を出た。
アードルフを倒すために。
平和を作るために。
リーネを......助け出すために。
「シルビオ様......とても強く、なられましたね......」




