リーネさんを、助けるのでしょう?
「おはようございます。今日から一日一回、魔力抑制剤を投与します。魔力はほぼ残っていないと思いますが、念の為です。食事は一日三食。それ以外は、外には出られませんが自由です」
おはようございます......か。結局、昨日は眠ってしまった。のか?
自分でもよくわからない。ボーッとしていただけかもしれない。
魔力抑制剤。
そんなものもあるのか。
左腕が無いだけで、結構な魔力を持っていかれた。どちらにせよ、今の俺には魔力があろうが何も出来ない。
する気が起きないし、出来やしない。
ただ自分の犯した罪を悔いるだけだ。
女は注射器を俺の腕に押し当て、薬を投与する。
力が抜けていく感覚。
気持ちが悪いな。
「なぁ、いいのか?お前こんなに俺なんかに近付いちまって」
「私は、死ぬ覚悟であなたの面倒を見ています。確かに危険ではありますが、その危険は誰かがやらなくてはならないものです」
「......立派だな」
女は少しも表情を崩さなかった。
褒めても嬉しそうにしないし、俺を見る度冷たい顔をしている。
全く笑うことも無い。俺に向けられているのは、ただの怒り、憎しみだけだ。
「何か、俺にやれることは無いのか......?」
「......?」
「罪滅ぼしがしたい......死んだ方がいいのであれば、俺をこのまま殺してくれ」
「死なせません。罪滅ぼしがしたいというのであれば、そこで一生反省していてください」
反省......か。
俺にはお似合いの言葉だ。
今まで、どれほどの罪を犯して来たのだろう。
人を殺して、殺して殺して、また殺す。
ついには、世界を崩壊させた。
「魔王らしいな......」
ふと、そんなことを呟いた。
魔王。
俺は魔王から、魔王という肩書きを受け継ぎ、魔物と人類の平和を築くためにも闘っていた。まぁ、それは結局リーネを助けるために諦めた事だったが。
しかしリーネも助けられていない。
何一つ、成し遂げられていない。
そう言えば、魔物はどこへ行ってしまったのだろう?
フレンもグィルも見ない。
やはり、皆俺のせいで亡くなってしまったのか。
「......なぁ、この時代まで生きることが出来ているのは、俺だけなのか?」
「はい」
......そうか。
まぁ、期待はしていなかったさ。
リーネ......せめてお前だけでも、助けたかった。
助ける。
助けるだって?
俺のせいじゃないか。
リーネの病気のことを忘れ、アランに頼まず治してもらわなかった。
放置したのは誰だ?
リーネのことを守るとか言っていて、結局放っておいたのは誰だ?
奴隷扱いしない?なら武器のように、道具のように扱うのは良いのか?
全て俺だ。
俺のせいだ。
助ける?自分の尻を自分で拭っているだけで、何を上から目線なことを言っているんだ。
「......はぁ」
寂しい気持ちは、もう痛いほど味わった。
なぜ俺が、こんな目に遭わなくてはならないのか。そんなこと、今更問わない。
自分の責任だ。
大人しくシルビオ=オルナレンとして生きて、死んでいれば良かったのだ。
「......オルナレンさん。あなたは本当に、魔王だったんですか?この時代からは想像も出来ないような事ですが」
「......あぁ」
確かに魔王だったよ。
六年というのは、長いようで短いものだ。
眠っていたにしてはとても長く、科学や人類の発展にしてはとても短い時間だ。
その変わりようと言ったら、まるで異世界。
だなんて、おかしな話だ。
未だにここが、まだあのゲームの世界の延長線だなんて思えない。
「だがもう俺は魔王でも何でもない。ただのモブさ」
ラスボスにも、中ボスにさえもなれやしない。
ただのモブ。
「本当にそうですか?」
「あぁ。もう二度とあんなことはしない。というか、守るものなんて既に何も無くなった」
「もし、守るものがまだ残っていたとしたら......?」
「......?何が言いたい」
「《コードL》......リーネさんは生きています」
「──────ッ!!?」
いや待て、ハッタリだ。
嘘に決まっている。
そんな都合の良い話、あるわけが無い。
俺はリーネを解放出来なかった。
それで終わりだ。
「信じてないって顔ですね。それが出来るのも今のうちですよ。これを見て下さい」
そう言って、女は一枚の写真を見せて来た。
そこには、氷のような結晶の中に閉じ込められた少女の姿が写っていた。
見覚えのあるものだ。
そして心当たりも。
「これは......」
「えぇ、リーネさんは未だ囚われの身です」
「どういうことだ」
「あたが起こした《大破滅》。あれは、リーネさんを助けようとした結果です。そして、一度は助けた。ですがあなたは気絶してしまい、リーネさんは身を守るために再び、今度は自ら結晶の中へ閉じこまってしまった」
「一体何から、身を守るんだ?」
「忘れているはずが無いでしょう?リーネさんを利用して、間違った平和を築き上げようとした者。かつての王、アードルフ=ヴェロニア」
アードルフだと!?
死んだとばかり......いや、俺が勝手に思い込んでいただけか。
きっと、奴の手に渡るくらいならと、リーネは利用されないことだけを選んだんだな。
「しかし、なぜお前がそこまで知っている?そしてなぜ俺に話すんだ。......何を企んでいる?」
「申し遅れました、私はフローリカ=イルペ。フレデリック=イルペの妹です」
「ッ!!」
イルペ......フレデリック=イルペ!!
懐かしい名だ。
忘れるはずもない名前。
憎き相手でもあり、良き友人でもあった。
「今では、カッツェローネ家に養子として住まわせて貰っているため、フローリカ=カッツェローネですが」
「た、たしかに、妹がいるとは聞いていたが......」
まさか、こんな所で出会うなんて。
それなら、俺が気絶した時の情報を知っていてもおかしくは......いや、おかしい。
俺達の闘いに、フレデリックは既に関係ない。
その妹となれば尚更だったはずだ。
「私は、あなたを救いたい。兄がそうしたように、私もあなたの力になりたい」
「だが、俺は......」
「いくら罪を背負っていようと、もう手遅れだろうと、やるべき事だけはやって下さい」
「やるべき事......」
「リーネさんを、助けるのでしょう?」
「......ッ!!」
確かにそうだ......情けない。
俺としたことが、こんな少女に言われてしまうとはな。
「だが、まだその情報源を聞いていない。その写真もな」
「まだ信用してくれませんか......まぁ構いません。今から行く所に、全て答えが揃っています。詳しくはそこで」
そう言うと、フローリカは俺の部屋を開けて、枷を外してくれた。
「......いいのか?こんなことをして。ヴィオレッタは優秀だ。すぐにバレるぞ」
「ええ、存じております。ずっと見てきたので」
「......そうか」
身体的に自由になると、フローリカはすぐに部屋を出た。
「裏ルートは知っているので、黙って着いてきてください」
「あ、あぁ」
しっかりしているなぁ。と、感心してしまう。
外には警備がたくさんいたはずだったのだが、いつの間にか俺達はそれらを全て抜けていた。
上手いことやるものだ。
こんなの、前々から計画していなければできない。
俺は終始感心していると、最後には車にまで乗ってしまった。
完璧だ......というか車?もう既に俺の知る世界では無くなってしまっているな。
「これお前のか?というか運転出来るのか?これからどこへ?」
「質問が多いと思ったので、黙っていて欲しかったんですが......まぁ、一つだけ答えます。これか別の施設へと向かいます」
「施設?」
「あなたの腕を取りに行きます」
──────────
車に揺られ、しばらくたつ。
ここまでしてくれる奴が、俺を騙しているとは思えない。
フローリカ=イルペか......名前を出せば俺は信用する。
そう思ったのだろうか。
「そろそろ魔力は回復して来ましたか?」
「ん?あぁ、どうだろうな」
「あれは本物です。あなたがまた暴走されると、困るので」
......俺もあまり信用されて無いみたいだな。
それもそうか。
人類を破滅へと導いた奴の信用なんて、あるわけが無い。
「一つ質問してもいいですか?」
「なんなりと」
「兄さんは......どんな人でしたか?」
「フレデリックか。懐かしいな......あいつは、初めから俺のことを騙していたんだよ」
「騙していた?」
「あぁ。目的のために、俺が邪魔だったんだ。でも、最終的には本物の友達ってのになれた気がしてな」
そこからは......語る必要もあるまい。
学園に通っていた頃から、俺の友達なんてフレデリックくらいしかいなかった。
でも最後は結局、俺の代わりに......。
「良い奴だったよ。本当に」
「そうですか......私は、あまり家族とは接することが出来なかったので。家族というものが、よく分からないんです」
「家族なんてただ一緒に住んでるだけだ。だが、それだけじゃない。たとえ離れていても、喧嘩しても、家族は家族なんだ。だから、俺はリーネと、今も家族だと思いたい」
そう信じている。
それが、今の俺を動かす、唯一の原動力。
リーネを助ける。
何としてでも。
「着きました」
「ここが、その施設とやらか?」
「はい」
車を降り、外へ出る。
靴は施設を出る際に、拝借してきたが......そう言えば俺、右足が無かったよな?
恐る恐るズボンをめくって見てみる。
すると、妙にゴツゴツとした皮膚の、黒っぽい足が生えていた。
「どうしました?」
「いや、足が生えたんだなって」
「あぁ、そう言えば右足もドラゴンのものだったらしいですね。切り離すことを考えてたようですが、どうせ生えてくるとのことで、やめたと言っていました」
あぁ、だろうな。
この足は、後から生えてきたものだ。
今は人間のものに近づいた形だが、違和感なく使えている。
便利な体だ。
「左腕は生えないんですか?」
「生えないだろうな。あれはオーヴェインのものだ。足だってオーヴェインが生やしたものだろうから、その源となる左腕の居場所は無くならないだろうな」
全てはそこから始まった。
左腕を失い、オーヴェインの物となってから。
「で、この施設に腕が?」
「いいえ」
え?
腕を取りに来るって言ってたじゃないか......。
「これを着てください」
フローリカは、自分が着ている物と同じ服を手渡して来た。
なるほど、これで変装ってことか。
「シルビオさんはもちろんお呼ばれしていません。先程の施設の監視カメラには、私とシルビオさんが映っている動画を繰り返し流していますが、実際に見られれば一瞬で警報が鳴り、捕まります」
こんなにも用意周到だとは......これで確信した。
協力者がいる。
ここまでのことを、全てフローリカが一人で計画し、実行出来たとは思えない。
何かしらの団体や人物がバックにいることくらい、分かる。
「フローリカ以外にも仲間はいるんだろ?誰だ?どこにいる?」
「詳しいことは後で話します。とりあえず中に入りましょう。この施設の中ほど、安全な場所は無いですよ」
「......?」
普通、逆じゃないか?
施設の中こそ危険な場所だと思うのだが。
「入ってみれば分かります」
フローリカはそう言って、正面のメインゲートから足を踏み入れた。
やはり警備はとても厳重で、思えないがいた施設と変わらないくらいの人数。そして武装。
そこまでして守りたいものがあるのかと、問いたいくらいだ。
まぁ、あるのだろうけど。
「行きましょう」
「え?」
さっきから何か、カウンターの所で話しているなぁとは思っていたが......案外呆気なく通れるものだな。
俺なんて何も検査されなかった。
「意外に甘い警備だったな」
「そんなわけがありません。私のスキルです」
「スキル?」
「お父さんと同じ、『目を直接見ることで、催眠をかける』スキルです」
お父さんと同じ......イルペの目か。
何だか、懐かしいな。
リーネもかけられて、何とか助けたんだっけか。
「しかし私も職員ですし、対策くらいされているでしょう」
「あぁ。そう言えばさっきの人、サングラスしてたな」
「はい。それだけで私のスキルは通じません。しかし、サングラスくらいなら貫通するように、魔法を付与してもらいました」
「付与?確かに俺の固有魔法だが......そんなことをした覚えなんてないぞ?」
貫通......の魔法なのか?
固有魔法は、誰にでも使えるようなものでは無い。
俺以外に使えるやつなんて、いないだろう。
「いるじゃないですか。もう一人」
「......?」
「着きました。この部屋です」
しばらく廊下を歩いて、立ち止まった場所はとびらの前。
監視もおらず、鍵も無い。
というか、ここしか扉が見当たらない。
広さ的にも、まるでこの部屋のために施設があるようだ。
するとフローリカは扉を数回ノックし、部屋の中にいると思われる人に向かって話しかけた。
「フローリカです。シルビオ=オルナレンを連れて来ました」
「......」
「入りますね。アランさん」
アラン......?
おい、今アランって......!
「なっ」
扉を開けると、そこには真っ白な部屋が拡がっていた。
ソファーとベッド。
小さな机に、椅子。本棚。
それ以外には何も無く、まるで少しだけ生活感のある監獄のよう。
そして、そのベッドに座っている男。
とても見覚えがある顔だった。
かつて敵として闘い、そして共に手を組んだ。
勇者、アラン=カイバールだった。
「シルビオ」
「アラン......」




