終わり
シルビオ=オルナレン。
君と初めて出会ったのは、いつだっただろう。
......そうだな。まともに会話したこと事態、無かったかもしれないな。
だが、これだけは覚えている。
生徒を虐めているところを、俺が割って入ったんだ。
あの時からだったな。
あの時、もし俺がシルビオを力ずくでは無く、話し合いで説得していたら、魔王何かにはならなかったのかもしれない。
俺がわざと負けるでもすれば、シルビオは満足して大人しくなっていたかもしれない。
......いや、それは違うか。
俺の中の何かが、シルビオを知っている。
あそこで闘いを避けることなんで出来なかったし、シルビオは初めから魔王になりかけていた。
あの時もそうやって、シルビオのことをもっと昔から知っていたような気がしたんだ。
あぁやって闘うことが、始めから決めつけられていたかのような、運命のような、そんな気持ちだった。
「ふむ。それで、二人で私をリンチするつもりかい?正直悪趣味だと思うけどなぁ。そうは思わないかい?勇者アラン君」
「どうせ俺一人で闘うつもりでしたよ。まぁ、もしもの時のために皆も入れましたが」
「もしも......か。ふふ、君からそんな言葉が聞けるとはね」
王......あなたは、なぜそんなに余裕なのです?
まるで追い詰められているようでは無い。
優しくて強くて、国のことを何よりも一番に考えている。
そんなあなただから、ついてきたのに。
「悲しい顔をしないでくれ、アラン。そんな顔の人を......殺したくはないよ」
「ッ!?」
「いけるね?カルラ」
アードルフの言葉に、カルラは
「はい」
と反応した。
まさか......
「ありがとう。そしてさようなら」
「ファイアエクスプロージョン!!」
カルラの目は、既に意識を失っていた。
どこか遠くを見つめている目だ。
あれは完全に、操られている。
「カルラ!!」
くそ!こんな狭い場所で、ファイアエクスプロージョンか!
広範囲に高熱の球を落とす魔法。
溶岩にも匹敵するその温度は、ここら一体を火の海とする。
カルラを選んだか。
操るなら、俺だと思っていた。
アイソレーションルームを消すことも出来る。
しかしそれをしないということは、確実にここで俺を殺すつもりだ。
「私は、君の持っている固有魔法を知らない。だから、一番怖い君から先に排除しよう」
実際、その考えは見事に俺に刺さった。
カルラの魔法を防ぐとは至難の業。
勇者と言われた俺でも、さすがにこの状況から切り返す術は無い。
絶体絶命だ。
「終わりだ」
「がァ!!」
なッ!?
「か、カルラ!!」
魔法が一瞬で消え去った。
驚くことに、カルラの意識が戻っていたのだ。
「申し訳ございません、アラン......こんなこともあろうかと、催眠解除の魔法をかけておいたのですが、固有魔法には打ち勝てません......だから、最後に......これだけは......」
カルラは、苦しそうな声をする。
残った意識を使い、アードルフを睨みつけた。
「カルラ!やめろォ!!」
「ブレイブ・ルミナス!!!」
急に、体が軽くなった気がした。
奥底から力が湧いてきて、どんどん増えていくような。
魔力が高まるのを感じた。
「これは......?」
「あなたに......託しました」
そうか......これは強化魔法。
俺のステータスを上げてくれたのか。
「カルラ......」
最後の力を振り絞って、俺を......!
普通、強化魔法は使用者が死亡した場合、効果が消えてしまうものが多い。
しかし、カルラの固有魔法によって、死んでも魔法の効果は続く。
よって、カルラが息を引き取っても、こうしてアイソレーションルームも続いているのだ。
カルラは命懸けで、俺を強化してくれた。
それは、わざと死んだとも言える。
アードルフの駒にならないように、自分自身を殺したのだ。
「かっこいいねぇ。でも、それは私の駒を強化してくれただけに過ぎない」
「それは......どうかな」
そんなこと、カルラだって分かっていただろう。
しかし、それでも俺を強化することを選んだのは、俺を信じているからだ。
勇者である俺なら勝てると、信じているからだ。
「インペリアル・オペレーター!」
「効かないッ!!」
突撃。
地面を蹴り、一気に距離を詰める。
「なッ!?」
ブレイブ・ルミナス。
やはり予想通りだった。
これは、他の体に直接かける系統の魔法を受け付けないというものだ。
つまり、固有魔法だとしても、インペリアル・オペレーターは効かない。
「ぐふっ」
殴る。
シンプルな殴りだ。
腹のど真ん中に、ボディーブロー。
アードルフは、アイソレーションルームの壁に叩きつけられた。
「がっは」
口から吐血するアードルフ。
一撃でくたばるとは思っていなかったが、やはり自分で闘うだけの戦闘能力は持っていないようだ。
「終わりだァ!アードルフ!!」
光の剣を生成し、それを両手で掴む。
もう一度構え直し、アードルフに向かって走った。
───────瞬間だった。
アードルフとの距離が、一気に離れたような気がした。
いや、実際に離れていたのだ。
俺は後方へと何かに引っ張られ、そのままアードルフと同じように壁に叩きつけられた。
「ッ!!?」
「私は......人しか動かせないなどと、いつ言った?物だって動かせるのさ」
「なんだと......?」
カルラは、立っていた。
しかし、グラグラと左右に揺れており、今にも倒れてしまいそうだ。
「貴様......まさか、カルラの死体を!」
「カルラが死んでくれたのは、私にとって好都合だった。おかげで良い物を手に入れられたよ」
「カルラを物扱いするな!!」
あろうことか、アードルフはカルラの死体を操っていたのだ。
死して尚、闘わせられるカルラの気持ちを、あのクズが分かるわけがない。
「グラビティポイント。小規模の重力を作り出す魔法だよ」
その言葉通り、確かに俺は何かに引っ張られるようになっていた。
黒い空感のようなものが、背後に見える。
それに、引力が生まれ、引っ張られているようだ。
「ぐ、ああ!」
上下左右、様々な方向へ叩きつけられる。
カルラは、勇者パーティー随一の魔法使いで、カルラに適う魔力を持つ者はそうそういない。
よって、この魔法も簡単に脱出出来るようなものではなかった。
さらに、恐らくだが......あれはカルラが死んだことによって、威力が随分と増している気がする。
生きている時は、無意識のうちに加減をしてしまっていただろうが、死んでしまった今、ブレーキは外れている。
「それと、あと残りの魔力でどれほどダメージを与えられるか......まぁ、いずれは排除するくら、安心してくれ」
排除......か。
ここで、俺は終わるのか。
既に、シルビオとの戦闘で体力、魔力ともに限界に達していた。
もう、勝てるとは思えない。
思えば随分と長く、険しい道のりだった。
事ある毎に事件が舞い込んで来、戦闘、戦闘と、魔物を殺さぬ日は少なかった。
けど、ここで終われる。
「私は王だからね。必ず平和を作り上げてみせる」
......本当は分かっていたんだ。
リーネは、俺なんかよりシルビオの方が良いのだと。
本当は知っていたんだ。
いつもいつも、シルビオのことばかり心配して、シルビオのことばかりを気にかけているリーネを。
それに、俺はリーネのことを何も知らなかった。
分からなかった。
だから、お前に任せた。
「......任せたんだ」
「ん?」
「だから、簡単には死ねない」
シルビオに全て丸投げして、俺は死ぬのか?
全てを倒し、全てを守る。
それが、勇者のあるべき姿では無いのか?
こんな所で勝手に終わっては、世界はシルビオに......いや、アードルフに支配されてしまうのでは無いか?
「俺は......!」
思いっきり手を、壁に叩きつけた。
爪を立てて、指をめり込ませる。すると、動きが止まった。
「なんという馬鹿力......」
「ぐ、がっ」
重力の根源を、魔法で叩き割る。
すると、重力から解放され、俺は地面へ落ちた。
「アードルフ......ここで貴様を倒す!」
「頑張ってくれたまえ。勇者アラン」
シルビオ......リーネはお前に。
リーネと、この世界の皆を......救ってくれ。
──────────ありったけだ。
ありったけの魔法を、自分の体に付与しろ。
全て。
全てを付与するんだ。
「ぐ......くっ!リーネ!!」
俺が助ける。
絶対にだ。
必ず助けて戻ってやる。
「リーネ!」
結晶へとまっしぐらに飛ぶ。
しかし、結晶からは絶え間無く魔力の光線が放たれており、下手に近づけない。
「リーネェ!!」
体が痛い。
軋む音する。
悲鳴をあげている。
だけど構わない。
既に限界には達していた。しかし、そんなことを気にしている暇は無かった。
この状況、どう見ても最悪だ。
もはや俺の仲間がどれほど残っているのかすらも把握出来ていないほど。
フレンが、ちゃんと生きているのかも分からないほどに、戦場はぐちゃぐちゃだ。
「クソッ!リーネ!!」
光線をかわす。
けれども、圧倒的な魔力の圧に押し返されてしまう。
だがそれでも、俺はドラゴンの翼を羽ばたかせ、少しづつ前へ前へと進んで行く。
誰に何を言われたって構わない。
仲間は死んでもいいのかと言われても。
どうでもいいのかと言われても。
お前のせいでそうなってしまったんだと、素直に受け入れろと言われようと。
自分が最低なことは知っている。
そんなこと、誰よりもわかっている。
しかしそれでも......俺は......!
「助ける!!」
体からメキメキと音がする。
突然、右手の鎧が砕けた。
指が、まるでドラゴンの爪のようになっていた。
左腕だけではなく、右腕までがオーヴェインに近づいているということか。
次々と剥がれていく鎧。
リーネの魔力に耐えられなくなったのか、それとも俺の変化によるものなのか。
どっちでもいい。
リーネに近づくことさえできれば。
「ぐおぉぉおおおおお!!!」
手で掻き分け、風で押し寄せ、翼で強く羽ばたいて。
ついに辿り着いた魔力結晶。
「来たぜ、リーネ」
しかし、ここからが本番だった。
結晶越しにリーネが見えると思ったら、次の瞬間にはもう吹き飛ばされそうになっていた。
必死に結晶へ張り付く。
「ぐ......うぉおお!!離さねぇ......絶対にもう離さねぇよ!!」
まるで拒否されているようだ。
近づくな。
お前の顔なんて、もう見たくない......と。
「リーネ......俺が悪かった」
全ては俺が、悪かったんだ。
魔王の願いであった、『魔物も人間も仲良く』というものは、俺のせいで達成できなさそうだ。
みんなに迷惑かけてばかりだな、俺は。
......そう、思えば俺は最低な奴だった。
最凶最悪。
自分勝手で、傲慢で、上からしか言えなくて、弱くて、他人任せで、怒りっぽい。
そして、嘘つきだ。
リーネを俺が拾う?助ける?
馬鹿を言うな、助けてもらっていたのは、俺の方だろ。
使えるだけ使って、そのくせ普段は構ってやらない。
優しかったつもりだ。
面倒をみてやったつもりだ。
......見ていてやったつもりだったんだ。
「俺は......お前に酷いことをしたな」
嵐の中のような、激しい衝撃波。
俺が起こした風では無い。無意識か意識的かは分からないが、リーネの拒否反応による魔力壁だ。
俺を押し出そうと、引き離そうとしている。
しかし、俺は必死にしがみつく。
爪を立て、堪える。
「怒る気持ちは分かる。許してもらおうとも思わない。だが......!」
その時、俺の左腕に痛みを感じた。
痛みなんて、最初からずっと感じている。
左腕から首まで。右手の指先と、右足まで、オーヴェインの血が流れているからだ。
だが、それとは違う痛み。
「こ、これは......!」
結晶が、俺の右手の平を貫いていた。
どうしたものかと、そんなことを考えさせる暇をも与えないかと言わんばかりに。
次々と結晶は変形し、俺の体に襲いかかって来る。
「ぐ......」
沢山の棘が、体中に突き刺さる。
鎧なんて無いに等しい。
腕から足から、パキパキと音を立てながら、グサグサと刺さっていく。
「がはっ」
口から赤い液体。
血が飛び散る。
しかし、そんなことに構っている余裕は無い。
血が出る?だから何だ。
引き換えに、人を助けることが出来るのなら、俺は苦しむことを惜しまない。
「うおっ!?っと、危ねぇ......」
目の前から、結晶の槍が飛び出てきた。
もう少しで顔面に当たるところだったが、ギリギリかわせた。
当たり前だが、本気で殺しに来ている。
けれど、俺だって本気だ。
本気でリーネを......お前を助けるつもりなんだ!
「リーネ......ちゃんとお前のことを見る。これからは、お前だけを見るよ......だから!」
『武器としか思っていない』か......確かに、こんなんじゃあそう言われても仕方ないな。
病気にも気付かず、見て見ぬふりをして、自分のことばかり。
一番近くにいてくれたリーネ。
そんなお前を、道具としか見ていなかったのかもしれない。
いや、きっとそうだろう。
目を瞑り、意識を失っているリーネ。
お前の声は、果たしてちゃんと届いているのだろうか。
「ごめん......」
リーネ、本当は俺は気付いていたんだ。分かっていたんだ。
だが、だんだん俺は前のシルビオに近づいて行き、気が付けば元の意地悪なシルビオとなっていた。
いや、きっと初めから何も変わってはいなかったのだろう。
この世界に、シルビオ=オルナレンとして転生した時から。
俺は、良い人だった。
当時は、少なくとも俺自身は、そう思っていたんだ。
ゲームの悪役であるシルビオよりも、俺の方が良い奴だと。
だから、中身だけが俺になったシルビオは、突然良い人になる。
優しくて強くて、誰にでも好かれるような男に。
そうなれると信じていた。
けど違った。
実際には何も変わってなどいなく、外見も中身もシルビオそのもの。
むしろ、前のシルビオのほうがまだマシだったのかもしれない。
シルビオとは違って、メイド達に優しくした。
つもりだった。
シルビオと同じで、クラスメイトをコキ使った。
シルビオと同じで、強くなかった。
シルビオと同じで、格好つけていた。
シルビオと同じで──────
けれど、一つだけシルビオと違うことがある。前のシルビオとは違う、変わったことが。
いや、もしかしたらそれさえも、その気持ちさえも、前のシルビオと同じかもしれない。
けれども、これだけはどうしてもやりたいんだ。
俺は───────
「お前を助ける」
結晶はとてつもなく硬い。それに、触れる度に攻撃してくる。近づくだけでもこんなに血だらけだ。
けれど、忘れたとは言わせねぇよ。
俺の付与は、何も魔法を物に付与するだけの能力では無いってことを。
この左腕を、俺自身に付与した時のことを。
忘れたとは言わせない。
「結晶......付与!!」
体中に突き刺さっていた結晶の棘。
これを、自身に付与することによって、体の一部と化した。
出血が抑えられ、俺の体も硬化出来る。
「随分と気色悪い感触だ......だが、これで終わりじゃねぇ!!」
魔力を高めろ。
こんな極限状態で、集中なんてできっこない。
でもやるんだ。
やらなくちゃ、殺られる。
「うぉおおおおおおお!!!!!」
ドラゴンに......オーヴェインに近づくのが分かる。
俺の全ては、オーヴェインに染まった。
おそらく、人の形ですら無い。
─────どうでもいい。
体中の痛みはなく、もはや感覚など。
─────どうでもいい。
助けられれば、どうだっていい。
「リーネ......俺は、お前のことを......!」
覚醒。
そう、それは覚醒だった。
オーヴェインの力を全て出し切り、オーヴェインすらも凌駕する力で、結晶を砕いた。
そして、魔力の塊である結晶を破壊したことにより、その場は......いや、世界は強い光に包まれた。
俺はリーネを閉じ込める結晶を。
世界を。
全てを──────────壊した。
「シルビオさん──────」




