裏切り者
「人類側の情報が欲しいな」
ボソッと呟くように、俺は言った。
元奴隷達には、できるだけ衣服を配り、魔物達と仲良くなってもらうために今は放置して来た。持ち帰ったのはミネスだけだ。
いつもの椅子にダルそうに座りながら、人類への対抗策、いや、攻撃の策を考えていたのだ。
「ほう?人類側の情報か」
「そうだ。攻めるにしろ守るにしろ、情報は必要。今の勇者の動きや、人数、そして強さすらも分からないんじゃ、対策の練りようもないだろう?」
「確かにな」
諜報員を送ってもいいのだが、今は魔物の動きが活発で、人類側も防衛を強化しているはずだ。
迂闊に近づけない。俺が直接出向いて、『銀騎士』として信頼され、情報を聞き出すのも考えたが、それだと時間がかかり過ぎる。
よって、逆に考える。
こちらからあっちに行くのではなく、あちらから来てもらう。
近頃『勇者パーティーと』呼ばれる、勇者を中心としたパーティーが結成されたことは知った。
だがそれは、魔王への牽制としてわざと握らせた情報かも知れないし、表面だけではその情報しか手に入らなかった。
その勇者パーティーから、裏切らせる。裏切り者からは、詳しい情報を聞き出せるし、あわよくば味方にもなってくれるはずだ。
相手の駒を奪って、自分の駒として使うか......フッ......まるで将棋だな。
「ミネス、ミネス=カゼーナ。お前を、あの憎き国へ送る」
魔王軍から一人、元奴隷の優秀な女。つまりミネスを勇者パーティーの目につくように置く。
そして、勇者パーティーから裏切り者の噂を流す。すると、こちらの女は勇者パーティーに誘われ、勇者パーティーからは一人追い出されるわけだ。
それを拾い、復讐を煽る。
「おいおい待て」
と、またしてもフレンが口を挟んだ。
「そう都合良く事が進むと思うか?勇者パーティーというものを、そう簡単に崩すとは思えないが」
「崩すさ。ミネスの方が優秀だ。もし、パーティーメンバーの方が優秀だと言うのであれば、俺、『銀騎士』が直々に紹介しよう。糞勇者とは、残念ながら縁がある」
「でも、本当に追い出す......して、くれるので......ます?」
「「本当に追い出してくれるのですか?」か?別に、無理に敬語を使おうとしなくてもいいぞ。ミネス」
「そうね。慣れないことはするものじゃないわ。それで、上手く追い出してくれるの?」
チッという舌打ちが、フレンから聞こえたことはさておき、それも問題は無い。
「そのための悪い噂だ。パーティーを抜けさせざるを得なくさせる」
「そんなに上手くいくものかねぇ......」
「いかせると何度も言っているだろう?上手くいくのかいかないのかでは無い、俺が上手くいかせる。今までもそうやって来たし、これからもそうする」
「......」
理想はいい、行動で示せってか?
あぁ、いいだろう。
早速俺は、「銀騎士」の鎧に着替えた。腰には剣を携え、正義の味方のようなマントを羽織る。
「そう言えば魔王様って、前は「私」だったのひ、今は「俺」なんだ」
「あぁ、大衆の前では一人称を変えることにしているのだ。「私」の方が威厳があるだろう?「俺」では、小物感が出てしまうような気がするからな」
「なるほど」
ふむ。なかなかにズバズバと気になることを言うやつだな。
シュミンとティーヌは恐れおののいていていたが、こいつは俺が怖くないのか?魔王に対してなんの恐怖も感じていないように見える。
脳まで筋肉で出来ているのか......?
「もう一つ質問。文字も読めず、敬語も使えない私が、世間知らずの私が勇者パーティーに入れるのでしょうか?」
「むしろその方が良い。その方が、教える甲斐があるってもんだ。あとは、こちらの情報を絶対に話すなよ」
「それは、もちろん分かっている」
適任だ。
これほど適任な奴は、他にいないだろう。
だが、少し心配だ。誰か魔王軍から付けておこう。
これで完璧。
あとは実行するだけだ。
──────────
噂の流し方は、簡単である。
前回、ギルドでそこそこ名が知られた「銀騎士」。
ギンギラギンにさり気なくない鎧に身を包んだロリコン冒険者としてか、空高くを舞う鳥に向かって剣を投げて撃ち落とした上級冒険者か。
どちらで名を馳せているのかはさておき、俺を知っているということで良いのだ。
まぁ、出来れば後者が望ましいが。
「久しいな」
「あ!あの時の、派手な鎧の冒険者様ですか。お噂はかねがね、オレグさんから聞いております」
オレグ?オレグ、オレグ......ダメだ思い出せん。
一体誰なんだ、オレグとは。
「よぉ、久しぶりじゃねぇかギン!元気してたか?」
と、俺が記憶を呼び起こしている最中、後ろから肩を叩かれた。
「オレグか!久しいな」
「俺のこと覚えてくれていたのか?嬉しいね」
お前がオレグか。
一か八かかけてみたが、そうか、お前がオレグか。
たしか「野良」の冒険者である俺を拾ってくれたパーティーリーダーだったか?
「あの時は世話になったな!残念ながら依頼は達成できなかったが......まぁ、勇者様に取られるのはしょうがねぇ。とにかく久しぶりだな!」
「あぁ、久しぶりだな。まさかまた会えるとは思っていなかったよ」
「ほんと久しぶりだな!おい、久しぶりだな。今回はなんだ?久しぶりに依頼か?また久しぶりにパーティーに参加するか?」
お前、いくらなんでも久しぶり言い過ぎだろ。
気持ち悪いぐらい久しぶりって言うじゃないか。
凄いな。
「あぁ、今回は依頼というか、少し気になっていることがあってだな。嫌な噂を耳にした」
「噂?」
オレグは、その表情豊かな顔をしかめた。
ギルドの受付のお姉さんも、俺の話を聞く。
「どうやら勇者パーティーの中に、怪しいヤツがいるらしい」
「怪しいヤツ、ですか?」
「まだ噂だから分からないが、人を騙して金を盗んだ......?とかなんとか」
「それってもしかして、あいつか?フェランドってやつ。この前」
「なぜその人だと?」
「前ギルドで聞いた話なんだけどよ、奴隷の女と一緒にいたらしいぜ。もしかしたら人身売買かもな」
ふん。容易いな。
このように、少しの疑いで誰も彼もが疑い始める。
ましてや、勇者パーティーからの怪しい人物など、面白い噂話に決まっている。
皆楽しんでデマをでっち上げることだろう。
適当に言っても、別のところからそれっぽい話が出てきたり、ただの悪口ですらも、まるで本当にあったことのようになる。
噂ってのはこんなものだ。
「それの真意を確かめるために、私はここへ来た」
「ひゅぅ、頼もしいぜ」
「......」
そうだった。
こいつ結構馬鹿なんだった。
「それで、最近勇者パーティーが受けた依頼は?」
「えーと、確かにギルド同士での依頼受託は共有しておりますが、勇者様のパーティーとなるとさすがに分かりません」
「ん。ギルドから受けていないのか?」
「はい、勇者様のパーティーとなると......王様から直接の依頼を受けておられると思われます」
そうだったか......まぁいい。ここでこの噂を広められたことは大きい。
後は、この噂が勇者様という名の糞に届くまで待つだけだ。
「なら、普通に依頼を受けよう。ミネス」
「あ?」
「あ?」じゃねぇよ。
何どんどん態度悪くなっていってんだよ。
そんなんじゃ実力があっても、社会に出てから大変だぞ。
「そちらの方は?」
「ミネスだ。私の弟子で、その実力は私以上だ。勇者様にも匹敵すると思われる」
「な、ゆ、勇者様に!?」
それは言い過ぎだったが、売り文句だ。
多少盛ってもバレやしない。
だが、問題はその実力で。確かに強いは強いが、俺よりも遥に劣る。
監視役の魔王軍を数体手配したので、そいつらに多少は助けてもらうので、なんとか実力をごまかしたい。
あとは、俺が魔法を付与した装備に武器。
先日やった模擬戦では、基本の形を身につけただけでも、フレンの人型なら何とか同等くらいで闘えた。
まぁ、何とかなるだろう。
「そう言えばその怪しい奴ってのは、男なのか?」
「そうだ。勇者様を除いて、勇者パーティー唯一の男。フェランド=コーグル」
「フェランド=コーグル......」
その名前を俺は復唱した。
しっかりと頭に刻んでおくために。
──────────
それから、やるだけのことはやった。
フェランドのみを魔物と頻繁に接触させ、それをわざと他の人に目撃させたり、魔物同士で「あいつ、サイキンメダってきてるな」「そろそろバレてしまうかもな」などと話させる。それをまた偶然を装い目撃させ、噂を確信へと変えていく。
「簡単じゃないか。これだけ疑える理由があれば、人々は不信に思うはず」
それと、ミネスの方も順調に腕を上げていった。
いつものギルドでは名が高く、勇者パーティー候補生として、期待されるようになってきた。
そして、ついに───────
「ユウシャが、フェランド=コーグルをツイホウしたそうです」
「来たか」
この日が。
ついにこの時が来たようだ。
「急ぐぞ、フェランドを拾うんだ。場所は?」
「スデにオウトをデられたモヨウです」
「フレンとグィルは俺に続いて空中から捜索、地上部隊は王都付近を見張れ!追手が来たら報告のみだ。手は出すな!」
急いで飛び出す。
この気を逃せば、勇者パーティーの情報は得られないどころか、むしろ一人で魔王基地まで乗り込んでくる可能性もある。
それならそれで迎え撃つまでだが、どうせなら仲間に引き入れたいところだ。
問題は、勇者に対して怒っているか、それとも追い出されたことを悲しんでいるか、だ。
「いた」
まだ王都を出たばかりで、馬車にも乗らずにトボトボと歩いている人の姿。
フェランド=コーグルだ。
「よぉ」
フェランドの目の前に降り立つ。
フェランドは、サッと構え、腰に手をかざす。しかし腰に剣は無く、そのことにハッと気が付くと、素手での戦闘態勢へと移行した。
「まぁ待て、こちらに闘う意思はない。話し合いをしようじゃないか」
「黒い鎧に黒いマント......そして何より、ドラゴンのような鱗の付いた左腕......!間違いない、貴様が魔王か」
「ご明察。その通り、私が魔王だ」
「ッ!き、貴様が!!」
「おいおい落ち着けって。ここで会ったのも何かの縁だ。ゆっくり話し合おうじゃないか」
「縁......か。そんなものは......」
なんだ?糞勇者様に何か言われたのか?
「何か、あったのか?暗い表情だな。私で良ければ相談に乗るぞ」
「魔王が......相談に?はは、俺疲れてるのかな。それともこれは夢か?さっきから信じられないことが多すぎる」
「なら、夢でもいいから私に事情を話してみろ。私は好奇心旺盛なのだよ」
フェランドは苦笑する。
疲れ果てたような笑いだ。今にも死んでしまいそうな、消えてなくなりそうな笑顔。
あぁ、お前はその顔をよく知っている。
信じていた人が、家族だと思っていた、誰よりも分かってくれると思っていた人に嫌われた時に見せる表情。
悲しみに満ちた顔だ。
俺はその顔を何度も見た。雨に濡れる地面。そこにできた水溜まりを反射させて、俺が何度も睨みつけた顔。
フェランドは、全てを諦めたかのように、近場にあった岩に腰掛けた。
続けて俺も、倒れていた木に腰掛ける。
正直、こんなにあっさりと応じてくれるとは思っていなかったが......それだけ堪えているということだろう。辛くて悲しくて苦しくて、もう何もかもが嫌になった時、自暴自棄になって投げ出してしまう。
そんな状態であれば、例え魔王にでも慰めてもらいたくなるということか。
どうせ、闘っても勝てないとのことを知ってだろう。もしかしたら、自分の命を守るために、相手の言うことを聞いているだけかもしれないがな。
「......俺は、勇者を夢見ていた。小さい頃から、人のために何かをしたいと思っていて、それができるのは勇者だと思った」
フェランドは、地面を見ながら語る。
まるで、世の中から目を背けているようだ。
「だが、お前には無理だった。世の中には俺よりも勇者にふさわしい人なんて沢山いて、俺なんかが勇者になれるわけがなかった」
ふん。ありがちな設定だな。
どこかで見たことあるような夢に、どこかで見たことあるような挫折。
なんの捻りもなく、なんの面白味もない。テンプレというやつだ。
「しかし、本物の勇者は、俺を拾ってくれた。勇者パーティーに俺を入れてくれたんだ。なのに......」
「なのに?」
「疑われて、裏切りもの扱いされ、そして追い出された。『お前なんか仲間じゃない』だってよ......笑っちまうだろ?信じて俺をパーティーに入れてくれたのはお前だってのに」
フェランドの目には涙が浮かんでいた。
俺が自分で仕掛けた、仕向けたことなのに、可哀想だと同情してしまう。
勇者とは、言わば「天然の正義」。
自分の中の正義のためならば、どんなことであれ実行してしまう。
徹底した自分勝手。エゴイスト。
正義の押し付けだ。
そしてそれに気が付かない天然っぷり。
「なら、お前はどうしたい?」
「え?」
「これから、その勇者に対してどうしたいかと聞いているんだ。もう一度仲間になりたいと頼みに行くのか。このまま追放された身として、一生何もせずに暮らしていくのか。それとも、復讐か」
「......俺は」
「必要であるなら、手を貸そう。人助けに理由がいるか?魔王にだって手伝いたい時もある。それが復讐だとすれば尚更だ。俺と、目的は一緒なのだから」
「復讐......か。疑いだけで追放してきた勇者、それに同意する仲間達。ただの噂に流されて、正義だと言い張るような奴らには」
「「復讐を」」
俺達は、立ち上がった。
フェランドの顔には、少しだけ明るさが出てきた気がする。
「魔王。どうかあなたに、協力させて欲しい」
「いいのか?そんな簡単に夢と真逆のことをして」
「いいや。だが、今だけはそれでいいのかもしれない。俺が勇者を、みんなの目を覚まさせてやる」
「そうか」
これで、フェランドも魔王軍に加わることとなった。
俺達は再び基地へと帰る。
フェランドには、一応目隠しの魔法を使い、帰り道を分からないようにさせておいた。
情報を吐かせ、コキ使ったあと、いずれこいつも殺すことになるがな。
「フェランド、今日はもう休め。お前の部屋を用意しておこう」
「ありがとう魔王。感謝するよ」
「装備は、明日中に用意する。その間に、色々と聞かせてくれ。またお前の話が聞きたい」
「あぁ、もちろんだ」
そう言って、フェランドは部屋へと案内されて行った。
「クク......ふはっはっはっはっは!!!成功だ成功だ大成功だ!まさかこんなにも効果があるとはな!良くやったぞティーヌ!」
「は、はいぃ!お褒めに預かり、こ、光栄でしゅっ」
噛んだ。
「それにしても、まさかそんな便利な固有魔法を持っていたとはな」
「す、すみません!早く言えなくて......奴隷の時には、使えなかった能力でしたから......」
相手の気分を強くする固有魔法。戦闘系ではなく、俺のように強化系でもない、精神に干渉する能力。
『気分転換』、とでも呼ぼうか。
「ど、奴隷の時は、ご主人様の気分はいつも怒っていたので......強くしても意味なかったのです」
「一瞬でも変えられればいい......なら、俺が説得すれば少しは復讐心に火がつく」
そしてこのまま、フェランドは復讐心を燃やし続ける。
例えるなら、油を注ぐ能力だ。
復讐心を一度、少し燃やせば、そこに油を注ぎ続ける。それで気分は固定される。というものらしい。
「そしてシュミン、お前の能力も使える時が来るだろう。その時は頼むぞ」
「ん。お任せ下さい魔王様」
やはりこの三人は連れてきて正解だったな。
念の為を思って、残り二人も連れて来たのだが、まさかこれが大当たり。
思ってたよりも有能な奴らだったようだ。
「それにしても、まさか本当に成功させてしまうとはな」
「おいおいフレン、俺を誰だと思っているんだ?」
「それもそうだな、私としたことが、お前を見誤っていたようだ」
そう、俺は魔王シルビオだ。
俺に出来ないことなど無い。
「マオウサマ」
「なんだ?」
「ギンノキシサマアテに、おテガミがキております」
なに?『銀騎士』宛にだと?
差出人は────
「冒険者ギルド......」




