依頼
腰に携えた剣を抜く。
安い剣だ。どこでも買えるような、代物。
しかし、綺麗に塗装してしまえば、案外分からないものだ。
それを、逆手に持つ。
普通は、片手剣を逆手に持つことなんてない。
短刀ならまだしも、片手剣なら普通に上向きで持てばいい。
だが、今回は違う。
それは槍投げのように。投擲のように。
遠くに、真っ直ぐ飛ばすイメージ。
「何する気?」
「ま、まさか」
そう、そのまさかだ。
俺は一本、二本歩き、三歩目は足を地面に突き刺し、思いっきり踏ん張る。
そして、力いっぱいに剣を投げた。
「ふん!!」
剣はまるで槍のように、いや、槍よりも数倍も速く、遠くへと飛ぶ。
そして、宙を舞う鳥へ一直線に向かってゆき......
「命中」
剣は見事にレフに当たり、バランスをくずしたレフはゆっくりと落ちてきた。
傷ついてはいないはずだ。
剣を風で包み、威力を抑えていたからだ。
「お、これが本当の一石二鳥か」
なんと、レフは二体落ちてきていたのだ。
まぁ、俺達の人数的にも、二体の方が丁度いいか。
「す、すごい......これが上級冒険者の実力......!」
「けど、どうやってテイムするの?まさか急に言うことを聞いてくれるなんてこと無いだろうし」
「それなら問題ない。少し乗せていってもらうだけだから」
「......?」
気絶して動いていない今のうちに。
チェーンバインド。
レフの体に鎖が巻きついた。
まるでパペットのように、それを動かすことが出来る。
「少し可哀想だが、操らせてもらう。そっちはフレンが操縦だ」
「そ、そんなことも出来るのね......」
そんなことも出来て当たり前でなければ、魔王なんてやっていられない。
まぁ、もちろん鎖を巻き付けただけで操っただなんて言えない。
毎度おなじみ風魔法で、翼を風を当てながら操縦する。
もはや俺の固有魔法は風魔法と化していた。
「さぁ乗れ。さっさと行くぞ」
「お、おう」
「空を飛ぶだなんて初めてね」
「フレン、俺についてくるだけでいい」
フレンは小さく頷いた。
そして、二体のレフが飛び上がる。
バサバサと音を立てながら、力いっぱいに翼を羽ばたかせる。
砂埃が舞い、同時にレフも宙へと浮いた。
「す、すごい!飛んでる!」
と、歓喜の声を無視して、一気に速度を上げた。
急ぐ。魔物達が、別の冒険者に討伐される前に。
──────────
到着。
時計がないので、時間通りかどうかは分からないが、飛んできたので比較的早く着いただろう。
「はぁ......もう二度と乗らないわ」
「そうか?俺は楽しかったぞ!」
「でも、少し怖かったです」
「おい、気合い入れろよ。ここはもう目的地だ。いつどこから魔物が出てくるか分からん」
俺は分かっているがな。
さ、ここからが本番だ。
俺が予め支持しておいた魔物達に、俺達を襲わせる。
そして軽く魔物を倒す茶番をし、作戦を実行する。
そうすれば俺のことを信用してくれるだろうし、まぁ強さは充分分かってくれただろう。
「ん?」
「どうかしたのか?」
「あぁ、いや......」
少し歩いたが、魔物が見つからない。
そろそろここら辺で出てきてもいい頃なんだが
......やはり動物型だと知性が劣るか。
ゴブリンやリザードマンにしたほうが良かったかもしれないな。
「全然見当たりませんね......魔物」
「あぁ、だが確かにここの農園での依頼を受けたんだ」
「でも、作物はあまり食い荒らされてないわよ」
「不思議だ」
「少しだけ食べて帰っちまったのかも!」
「そんな馬鹿な......魔物はもっと欲が深い生き物だぞ。途中退室だなんてありえない」
その通りだ。
ここまで見当たらないとなると、このだだっ広い農園でくまなく探すのは厳しい。
大声で呼ぶというのも、違和感があってあまりやりたくない。
と、考えている時に、フレンが小さく手招きしてきた。
「血痕がある」
そう言って指をさした場所には、たしかに血が落ちていた。
まだ土に染み込んでおらず、光を反射している。新しいものだ。
「こっちだ」
フレンは、楽しげに血の痕跡を辿って行く。
どんな人間か楽しみだと言っているので、恐らく魔物が人間を捕らえたのだと言うのだろう。
まだこの血が人間のものだと確定したわけでは無いってのに。
もしかしたら人間かもしれないが、他の動物かもしれないし、はたまた─────
「......ッ!?」
魔物のものかもしれない。
その予測が出来ていなかったフレンと、俺とでは、「ひっ」という声を漏らすか盛らなさないかという形で差が出た。
俺達が目にした光景は、死屍累々とした魔物に囲まれている人間の姿。
その人間は魔物の首を片手で掲げ、もう片方の手で剣を持ち、その剣先を魔物の首に突き刺した。
「ん?」
こちらに気が付いたようだ。
俺は、落ち着いているように見せ、フレンを片手で制止させる。今にも飛びかかりそうなフレンだったが、何とか食い止めている。
「おっと、ゴメンね。女のコには少し刺激が強すぎたかな?まさかこんな所に小さな子がいるだなんて思っていなくて」
普通、魔物を殺している人を見れば、歓喜の声が上がる。
それは、大人も子供も魔物が嫌いだからだ。
それが当たり前。
だが、フレンは悲鳴を上げた。
殺されているのは魔物なのにも関わらずだ。
だが、そこら辺は見た目に助けられたようだ。
「えっと、なぜここにいるんだ?ここは魔物がいるから、危険だと言われたなかったのかい?」
「あぁ、見てわかる通り......というか、鎧を着る理由なんてひとつしか無いだろう?」
俺は少し肩をすくめて、自分の鎧を披露するように見せた。
「魔物退治だ。もっとも、その依頼は達成出来ずに終わったようだがな」
「ん?あぁもしかして、ここの魔物退治の依頼? それは悪いことをしたな。たまたま近くを通りかかっただけなのに、頼まれちゃってさ、無償でやってあげたんだよ」
無償......ね。
ボランティアってやつか。そりゃあここの脳炎の主さんも喜ぶだろうよ。
「さすがは有名な勇者候補なだけはあるな」
「あれ、俺のことを知っているのか?」
知っている?あぁ、知っているとも。
「知っているとも」
とてもよく知っている。
「素晴らしき」
憎き。
「皆のヒーロー」
俺の敵。
「アラン=カイバール」
また貴様の名前を呼ぶことになろうとはな。
生きていることを不快に感じるよ。主人公。
「嬉しいな。でも一つだけ違う。俺はもう勇者候補では無い。正式な勇者だ」
「......」
アランは睨むようにして俺を見つめる。
疑っているのか?この俺を。
失踪したシルビオ=オルナレンだという可能性を。それとも、単に警戒しているだけか?素顔の見えない相手を。
「そいつはおめでとう。すまないな、なにせ私はずっと旅をしていたもので、情報には疎いのだ」
「旅ね......その女の子は、娘さんかな?ずっと旅の最中連れ回していたのか?」
奴隷商人を疑っているのか。確かにこんな所まで来女の子を連れ回すのは自然ではない。不自然だ。
「あぁ、この子は旅の途中で保護した子だよ。帰る家すら分からないから、私が世話をしてやっているんだ。この子の家族は......その、色々あったらしくてだな。それを忘れさせてやるためにも、少し危険だが、旅に付き添わせてやっている」
「なら、その鎧を女の子に着せてあげるべきだな」
痛いところを突いてくる。
確かにその通りだ。フレンだから鎧は必要無く、むしろ邪魔でしかなかったのだが、客観的に見ればただの女の子。
「鎧って重たいだろう?私も一応上級の冒険者だ。鎧を買えないことは無い。だが、無理強いはしなくない」
「ふぅん」
まだ納得言っていないのか、適当な返事が返ってくる。
「その頭の鎧、取ってよ」
「すまないがそれは出来ない。人に晒せるような顔ではないし、これは私のまじないのようなもので、申し訳ないが遠慮してくれないか」
「そこまで言うなら仕方ない。別にいい」
「感謝する」
なぜ感謝しなくてはならないんだ。
全く、どこまでも気に障るやつだ。
「よし、伝説の勇者様を見れたことだし、そろそろ帰るとするか」
「うん」
フレンは元気がない。
怒りは静まったようだ。その代わりに、今度は悲しみが襲っているのが分かる。
俺も同じ気持ちだからだ。
「アラン!そろそろ帰りますよ」
と、女の子の声。
なんだ、お前も女の子を連れているじゃないか。
「そうだな、リーネ。帰ったらまた買い物にでも行くか?」
リー......ネ?
リーネ......?
リーネなのか?
「はい!私ちょうど欲しいアクセサリーがあったんです」
振り向くと、そこにはとても見覚えのある顔。
いつもそばにいて、いつも一緒にいた。
しかし、今ではとても遠くに見える。
リーネ。
心臓の鼓動が高まる。息が苦しい。
汗は流れ、手足が震える。
まるで病気にでもかかったかのように、体調が悪くなった。
緊張しているのか?この場面を、チャンスだと思っているのか?
そうだ、今ならまだ......!
「ん」
腕が引っ張られた。
フレンだ。
俺とリーネの関係は、軽くだが話したっけ。
その時は俺を止めてくれと、そう頼んだっけ。
「また繰り返す気?」
「......」
もう、同じ過ちは繰り返さない。
あんな気持ち、二度と味わいたくはない。
だから諦めたんだ。
だから今こうして、俺はここにいる。
もう後戻りは出来ないのだから。
「勇者さん」
「?」
「どうかお気をつけて」
「......あぁ、ありがとう」
そのまま、アランとリーネは去ってしまった。
懐かしい顔ぶれだったな。
実に出席したくない、とても気まずい同窓会だったが。
「フレン......」
「なに?もしかして、今更魔王をやめたいだなんて言わないよね?」
「はっ、まさか」
そんなこと、万が一にあったとしても出来ないだろう。
俺は魔王の運命を背負っている。思いを、願いを背負っている。
それはあまりにも重すぎて、処刑台にも登れないほどに。
「作戦は失敗だ。だが、まだプランはある。あいつらの仇、アランは必ず俺がこの手で殺す」




