変わらない
「ただいま......」
「「「お帰りなさいませ。シルビオ様」」」
メイド達が総出で迎えてくれた。
いつもご苦労さまだ。
「おう」
「リーネは、ご一緒では無いのですか?」
「なに?まだ帰って無いのか?」
「はい。てっきり、シルビオ様とおられるかと」
「......」
リーネ......一体どうしたんだ。
やはりさっきの学園での......いや、あれはリーネのただの反抗期みたいなものだ。
俺は何も間違ったことをしていない。
していない......はずだ。
なのに......この罪悪感のようなものは、なんだろうか。
「今日は疲れた......食事を出してくれ」
「リーネは、探しましょうか」
「いや、いい。そのうち帰ってくるだろ」
「......そうですか」
──────────
食器に、ナイフやフォークのぶつかる音。
会話は無い。
沈黙。
歩けるほどには回復しているのだが、会話をするほどの気力は無い。それほどに、今は疲れていた。
「......お疲れのようですね」
先に沈黙を破ったのは、ヴィオレッタだった。
食事をしているのは俺の後ろで、ヴィオレッタは大人しく立っていた。
気を使ったのか、ただ気になっただけなのか、ヴィオレッタは話しかける。
「まぁな」
「出すぎた行為だとは存じていますが、何かあったのですか?」
「......アランと闘った」
俺は話した。
ヴィオレッタなら分かってくれると、リーネとは違うと思った。
ヴィオレッタは、メイド長としてとても頼れる存在だ。
何か悩み事を打ち明けたくもなる。
それほどに、しっかりしていると見た。
「俺は、闘いを楽しんでいたのだろうか......」
リーネに言われた。
闘いたいだけだと。
勝ちたかっただけではないかと。
だが本当にそうか?
俺はただ、アランに勝てば俺自信にも勝てるというわけで......自信さえつけば、これから嫌われることは無いと、考えたわけで。
これから嫌われないためにも、アランに勝つ必要があったわけだ。
邪魔者である、アラン=カイバールを。
「......やはり、アランを倒すしか無い」
「............」
ヴィオレッタは黙る。
沈黙を破ったのはヴィオレッタだったが、沈黙を作り出したのもヴィオレッタだった。
しばらく返事はなかった。
「リーネ、あなたの言っていたことが、分かった気がします」
「......? ヴィオレッタ?」
部屋の奥の方から、コツコツとこちらに近づく音。
そしてハッキリとその姿が捉えられるようになると、俺は思わず息を飲んだ。
「......リーネ」
「まだ分からないんですか」
「......」
隠れていたのか。
また、騙されてしまったというわけか。
「本当は、自分でも気付いて......ゴホッゴホッ......いるのではないですか?」
リーネは言葉の途中でむせる。
疲れからか......その原因は分からない。
「だけど、気付かないフリをして......アランさんと戦いたい一心で」
「黙れ。それ以上言うなら、ここから出て行け」
「─────ッ!!」
リーネは、それ以上何も言わなかった。
俺の言葉に驚いたようだが、すぐにその表情は暗くなり、落ち込むように頭を垂らす。
そして後ろを向いて、振り向きもせずに、ただ黙って家を出て行った。
大きな音を立てて、玄関の扉が閉められた音がする。
最後くらい静かに出て行け。
......俺の言うことを聞けないんだったら、ここに住む資格は無い。
出て行って正解だ。
もう二度と、リーネと会うことは無いだろう。
「いいんですか?」
「何がだ」
「......シルビオ様」
「?」
どうしたんだ?改まって。
ヴィオレッタは静かに、俺の目の前へと立ち位置を変える。
俺と目を合わせる。
力強い目だ。思わず俺は目をそらす。
「以前、私はシルビオ様に『変わった』と言いました。しかし、それを訂正させてもらいます」
「......?」
「シルビオ様。あなたは、『変わっていない』」
変わっていない?
どういうことだ。
確かに、『変わった』と聞いたことはある。
それは、俺がシルビオ=オルナレンの身体に転生してすぐの事だ。
前の旧シルビオよりも、俺の方が優しく、そして強かったからだ。
だからヴィオレッタは『変わった』と、そう言ったのだ。
それを、訂正だって?
「何一つ変わっていません。あなたは、以前と同じシルビオ=オルナレン。皆の嫌われ者の貴族にして、最弱の魔法師です」
「......んだと」
「まだお気づきになりませんか?今のあなたの行動は、嫌われないようにと、変わろうとする前と全く同じです」
「......」
全く同じ。
俺がシルビオに転生する前と、同じ......?
そんな馬鹿な。
そんなこと、あるわけがない。
俺は変わったんだ。
優しく強く、そしてカッコ良く。
変わったはずなんだ。
「思い返して下さい。あなたが今までしてきたことを。して来てくださったことを」
「......」
俺がしたこと。
して来たこと。
ヴィオレッタの言う「今まで」とは、俺がシルビオになる以前のこと。
俺がゲームで見たシルビオ。
悪キャラだったシルビオ=オルナレンのことだ。
「して来てくださったこと」
それは、俺がしてきたこと。
シルビオとは違って、メイド達に優しくした。
シルビオとは違って、クラスメイトをコキ使わなかった。
シルビオとは違って、強くなった。
シルビオとは違って、悪人を倒した。
シルビオとは違って──────
「リーネを、俺は────」
「それが分からないなら、出て行ってください」
「......は?」
今、なんて?
「お、おい......ヴィオレッタ?」
「出て行けと言ったのです。シルビオ様、今のあなたに仕えることは出来ません」
「だが、ここは俺の家......」
「あなたのお父様の家です。あなたのではございません。今すぐお引き取り願います」
嘘......だろ......?
なぁ、嘘だと言ってくれヴィオレッタ。
「はぁ......外へ」
ヴィオレッタの指示で、二人のメイドが俺に近付いてくる。
座り込んだ俺の腕を持って、体を持ち上げ、玄関まで向かう。
玄関の扉を開けると、俺をまるでゴミのように放り捨てた。
勢いよく閉まる扉。
俺は完全に、外に追い出されてしまった。
「..................雨が、降っているな」
周りの音がよく聞こえないほどの大降り。
まるで俺の心情を表しているかのようだ。
「リーネ......」
俺は駆け出す。
もうとっくに魔力は切れているし、体力だって完全には回復していない。
それでも走る。
リーネを探して。
「リーネ!!!」
リーネに見放され、ヴィオレッタに追い出された俺は、やることが無かった。
こんな雨の中、傘を代わりに差してくれるメイドはいない。
久しぶりに雨に濡れた気がする。
「リーネッ!!!」
向かうところはただ一つ。
学園だ。
今じゃ馬車は無し、魔力も無しで、一文無しだ。
しばらく走ると、学園へと着いた。ランニングハイと言うやつか、アドレナリンの影響か、疲れを感じない。
門をくぐり、下駄箱へと向かった。
「リーネ!!」
いない。
階段を上り、廊下に出る。
「リーネ!!」
いない。
教室へと向かう。
「リーネ!!」
いない。
誰も、いない。
もう放課後だ。
しかし部活で残っている者はいる。どの世界にも部活動というものはあるらしい。
この学園ではクラブという。
「リーネ!!!」
「どうしたの?さっきから叫んで」
廊下ですれ違った人に話しかけられた。
誰だ?ツインテールの女の人だ。
誰だ?リーネじゃない。
誰だ?リーネでもない。
リーネか?いや、リーネではない。
クソ、頭が混乱している。
「リーネ」
「リーネって、たしか魔法科の......」
リーネは意外と有名人だ。
俺と一緒にいるからってのがほとんどの理由だが。
「それなら、さっき訓練場の方へ向かって行った気がするわ」
訓練場。俺がアランと闘った場所。
凍らされ、リーネにぶたれた。
......アランか。
「リーネ!!」
また駆け出す。
俺は、全速力で訓練場へと向かった。
───────訓練場。
には、まだ氷が少し残っていた。
走った後の俺には、丁度いいくらいの涼しさだ。
そして、リーネはいなかった。
代わりにアランと、知らない奴が立っている。
二人だけで、睨み合っている。
一体、何を話しているのだろうか。
アランと向かい合っているのは、誰なのだろうか。
表情を見ると、アランは怒っているようだ。
そして、アランを前にして余裕で立っている奴は......笑っている。
ニタニタと。笑顔をこぼしている。
敵対しているようだ。
あれは、俺ではない。
アランの敵だが、俺ではない。
なぜ?
アランの敵は俺だろう?
おいまさか......そいつが、ラスボスか?
ラスボスは俺
ではなくて、そいつだってのか?
俺なんて中ボス......いや、脇役だってのか?
敵役にすらもなれない俺は、脇役が適役ってか?
「シルビオ=オルナレンは......もう倒したから用済み......ってことなのか......?」
左腕が震えている。
右腕は震えていないのに、やけに左だけ震えているのだ。
な、なんだ?
まるで、悔しがっているようだ。
気付けば、俺の居場所は無くなっていた。
嫌われるのは嫌だ......けれど、居場所がないのはもっと嫌だ。
なぜこんなことになってしまったんだ。
リーネはいない。
ヴィオレッタもいない。
アランには新たな敵。
俺に、居場所は無くなった。
役目が無くなっていた。
何もすることが......無くなった。
「......」
俺は静かに学園を出た。
雨でずぶ濡れだったので、もうこれ以上ずぶ濡れにはなることがなかった。
例え雨が降っていようが構わない。
そんなこと、どうでもいい。
何もしたくなかった。
何も出来なかった。
行く宛てもなく、途方に暮れる。
特に行先も目的もなく、ただただまっすぐ歩いた。
どこにも向かってはいない。
どこに向かっているのかも分からない。
ただ上から降ってくる雨を見ながら、歩いていた。
「......」
意識は、あるようで無かった。




