ヴァレンティーノ王
王の部屋。
奥の真ん中には、王の玉座が設置されており、ヴァレンティーノ=カール王はその椅子に腰掛けて待っていた。
見たところ、怪我一つ無く、ピンピンしている。
フレデリックが無事にたどり着いているのなら、無傷で済むはずが無いのに。
「やぁ、オルナレン君。君の予想通り、この城にいる騎士達の人数は少ないよ。なぜなら、必要無いから」
ヴァレンティーノは、俺としか話をしていない。
俺しか、見えていないのだ。
リーネのことなんて、眼中に無いってくれないに。
「おいてめぇ、フレデリックをどうした」
「不届き者は......そう、その君のお友達のように──────」
ヴァレンティーノは指さす。
俺が入ってきた大きな扉の方を。
少しズレて、俺の右側を指さした。
俺も、ゆっくりと首を回す。しかし、後で後悔した。
見なければよかった。
そもそも、一人で先に行かせなければ良かったと。
「グチャグチャだ」
壁に叩きつけられたと、ひと目で分かるような血しぶき。
その壁の下には、見るに堪えない姿の仲間。
四肢は原型を保っていないほどに砕け散り、自らの血を浴びて真っ赤に染まっている友達。
俺は、こんな親友を見たくは無かった。
「フレデリックぅうう!!!!!」
王を目の前にしても、駆け寄ってしまう。
失ってから気付くもの。
それは、今の俺の心には、よく響く言葉だった。
「おい!フレデリック!!」
血の池に飛び込み、フレデリックの目の前に、倒れ込むように座った。
「......あぁ」
「フレデリック!?まだ生きて─────」
「なぁ......初めて会った時のこと......覚えてるか......?」
フレデリックは、虫の息で喋る。
口元に耳を近付けないと、聞こえないくらい。
それほどまでに、ギリギリなのだ。
かろうじて生きている。それが、今のフレデリックによく当てはまる状況だ。
「あぁ、覚えているさ。お前が、俺に『変わったな』と、そう言ってくれた」
「そういえばそうだったな......」
「お前は俺と、弁当を食べてくれた。嫌われ者のお前が、皆に理解してもらえるように。手伝ってくれた」
「そんなことも......したなぁ......」
おそらく、魔人の体のせいだろう。
その力のおかげで、かろうじて生きることを許されているのだ。
そうでなければとっくに死んでいる。
「だが、その時のことは嘘だった......」
「......」
分かっている。
それは、もう既に終わったことだ。決着したことだ。
それでも、改めて言われると心が痛む。
「だがもし......それすらも嘘だったとしたら......?」
「ッ!!フレデリック......お前......」
「なぁ、俺の好きな食べ物......覚えているか?」
目が虚ろだ。
どこか遠くを見つめている。俺のことなんて、とっくに見えていないのかもしれない。
だって、こんなに頬が濡れている俺のことを、笑ってくれないんだから。
「覚えている。覚えているよ。チョコレートだろ?お前は辛いのものより甘いのが好きだって......カカオ八十パーセントのが好きなんだろ......?」
「カカオ......?キクオの間違いだろ......。それと、八十七パーだ......」
「そんなことどうでもいい!それよりも......」
「あぁ、もう気付いてるんだろ......?さっきからお前......治癒魔法かけてるのに一向に治らないこと......」
そうだ......フレデリックの傍に駆け寄った時からずっと、治癒魔法を使っている。
しかし、少しも治らない。
回復したりしないのだ。
「フレデリック......お前......」
「へへ、最後に話しようと思ったんだけどよ......なかなかいい話題が無くて、色々話ズレちまったな......悪い」
「何言ってんだ!それより生きろ!!生きろよフレデリック!!」
フレデリックは、その何も写っていない目で、俺を見た。
見えているわけでもないのに、俺を見た。
「ありがとよ、親友」
「─────ッ!!」
その言葉を言うのと同時に、フレデリックの目は閉じた。
ガクッと、意識が無くなった。
心臓が止まるのが、目に見えるようだった。いや、心臓なんてとっくに止まっていたのかもしれない。
この野郎......言いたいことだけ言って、勝手に一人で行きやがって......
「ありがとう、親友......」
俺も、小声でそう返した。
フレデリックの顔には、いくつもの水粒が落ちていたけれども、それは俺には止めることが出来なかった。
この溢れ出る涙だけは、俺にも止められなかった。
「話は終わったかな?」
「ヴァレンティーノ......俺は、絶対にお前を許さない!!」
「まさか、怒っているのかね?仲間を殺されて。君も私の仲間を殺したくせに」
「一緒にするんじゃねぇ!」
ありったけの力を込めて、跳躍。
前方に向かっての跳躍により、高速でヴァレンティーノに近づく。
左腕。
こいつに全てを注いだ。
まるで抉るように、左腕を縦に振る。
「おっと」
ヴァレンティーノには避けられたが、後ろの玉座は破壊した。
大きな爪で引っ掻いたような傷が付いている。
俺の手が、直接当たったわけでもないのに。
これは風。
風で斬っただけに過ぎない。
「面白い......」
たかが騎士に守られている王に、何か出来るとは思えない。
しかし、フレデリックを殺したということは、フレデリックが負けるような相手がいるという事だ。
そいつが一体どこに隠れているのか。
それが分かるまで王を殺さなければならない。
だが、さっきの攻撃をあっさり避けるとは......
「驚いたか?だが、君のその考えも正解だ。もうここは私一人。私が直々にお友達を殺した」
「はっ、もう騙されねぇよ。お前のどこに、そんな力が......」
「ならば見せよう」
ヴァレンティーノは屈んだ。
体を小刻みにふるわせ、まるで怯えているようだ。
だが違う。怯えているわけじゃない。
すると、ヴァレンティーノの体が、どんどん膨れ上がって行った。
大きく、とても大きく、筋肉が急激に発達しているようだ。
たちまち大きくなったその体は、とてもバランスの良いものとは言えない。上半身がやけに肥大化しており、下半身も大きくはなったが、やはりバランスが悪い。
「これが魔人化だ」
腕はまるで丸太のような太さ。いやそれ以上。
俺が、初めて見た時のフレデリックの魔人化より大きい。
そして、禍々しく黒みがかった色の筋肉は、人ではないことを表している。
「自らをも兵器としていたのか」
「他人を実験台にしておいて、自分はしないほどに性根は腐っておらんよ」
自分にしたことを他人にも勝手にやっていいというわけではない。
それが分からないなら、結局は性根が腐っているも同然だ。
「君もどうだね?魔物と同化するのは」
「嫌だね。それと、既に俺はどうかしている。お前程ではないがな」
「フフ......洒落は嫌いではないよ。しかし分からぬなぁ。魔物と一体化し、魔人となることによって、魔物と対等か、それ以上に闘えるようになるって言うのに......自衛だって出来る」
「なら、お前が闘えばいいじゃねぇか。そのご自慢の体でよぉ」
「私一人で魔物を絶滅させられるならそうしているさ。それが出来ないから、国民には自分の身を自分で守って欲しいのだ」
勝手なことを言う。
そんな体になってまで、自分を守りたいとは思えない。
「そのための実験台か」
イルペと、次は俺。
嫌われ者の貴族なら、例え失敗しようがデメリットが無いからだ。
ノーリスクハイリターン。
まさに素材としてこれほどに適している実験台は無い。
「そして成功した。見事にフレデリック=イルペの魔人化に成功ってわけか......」
「いいや、失敗だ」
なに?
「イルペ君と闘って分かった。これは失敗だ。こんなにも弱いとは、思ってもみなかった」
「弱い......だと?」
あのフレデリックが、弱い......?
「あぁそうだ。だが、計画の変更は無い。例え魔人化した国民が弱くとも、今よりはマシだろう」
「くッ......てめぇ!そんなことで、国民を守った気なのか!!」
「そうだ。私が国民を、国を守っている」
「......この、分からずや!」
「それはこっちのセリフだよ」
もう一度、今度は外さないように腕を振る。
しかし、避けられた。
だけでは無い。
「あ......が......ッ」
ヴァレンティーノの拳が刺さる。
俺よりも大きな拳。それが、俺の腹に直撃した。
前の世界でも車に轢かれたことは無かったが、おそらく、トラックに衝突したらこんな感じなんだろう。
殴られた俺は、そのまま壁へ一直線。
見事に叩きつけられた。
「がはッ」
「弱いな」
「......こうやってフレデリックを倒したのか......?」
「そうだ。イルペ君は一撃でグチャグチャだったけどな......ということは、もしかして私が強いだけなのか?オルナレン君をこうもあっさりと倒せてしまうとは......さすがはハイブリッドだ」
「ハイブリッド......だと?」
魔人化......ではなく?
その様子だと、魔人化に個人差があるわけではないのか......?
「私は魔人化に個人差があると思っていてね。しかしどうやら違うようだ。これは、おそらくサンプルの魔物の差。魔物との適合率なのだろう。まぁ、そう考えるとやはり個人差ってことになるわけだが......」
「体にあった魔物を......選べってか?」
「もっとも、私は自分の体に合うようにしたのだがな。魔人を素材とすれば、人の体に適合しやすくなるし、こうして意識を保つことが出来るからな」
「魔人を......素材に?」
つまり、魔物ではなく、魔人と合体したということか?
既に、魔物と人が合体されている魔人と、さらに合体した......?
「そんなこと......」
「あぁ安心しろ。私と合体した魔人は国民では無い。私の妻だ」
「ッ!?」
こいつ......正気の沙汰では無い。
いや、そんなことはとっくに分かっていた。
分かっていたのだが......
「お前......自分が何をやったのか分かっているのか!!」
「もちろん分かっているとも。あの日、君が訪ねてきたあの後に、実行した」
「そんなことが......許されるはずがない!娘はどうなんだ!知っているのか!?の事を!」
「知っているとも。娘には手伝ってもらったしな。だから記念にと、あの実験で使った部屋をくれてやったのだ」
娘が?手伝った!?
......あの部屋、俺がアマリアと闘ったあの場所は、ヴァレンティーノが自らの妻を実験体とした場所。
それに、娘であるアマリア自身も加担していたというのか。
「......」
「どうした?」
「いや、知りたいことをほとんど話してくれて、ありがたいと思ってな」
「それはそれは、どういたしまして。では......」
「死ぬのはお前だ」
ヴァレンティーノの背後から、人影が近づく。
小さな影は、短剣を逆手に持ち、どんどん距離を詰める。
ヴァレンティーノの巨体が振り向くよりも速く、首元へとその短剣を付けた。
「な、なにィいい!!?」
「やはり、ステータスは高くても、闘いなれしていないようだな。氷野郎には通じなかったが、お前には通じたな。......良くやったぞ、リーネ」
「シルビオさんがやられているのを、見ているだけというのは辛かったです」
そうか......だが、本当によくやってくれた。
ヴァレンティーノの焦りようから察するに、弱点は人間とほぼ変わらないようだ。
これで首をかっ切れば、こいつは死ぬ。
「ま、待て!人殺しをするつもりか!?王であるこの私を、殺すつもりか!!」
「そうだ。悪いが、俺は正義の味方じゃないんでね」
今まで、騙されて騙されて、また騙される。
その度に人を嫌い、憎んできた。
だから、殺す。
誰であろうと殺す。
邪魔する者は、殺す。
大丈夫さ、嫌われるのには慣れている。
「最期は意外と呆気なかったな......さよならだ」
リーネに、GOサインを出した。
それと同時に、ヴァレンティーノは最後の足掻きをする。
力いっぱい、体を振ったのだ。
その思いは叶い、リーネを振り落とすことに成功した。
「お前は死んでもらう。安心しろ、娘は生きているさ」
「なに?娘が......」
俺は、懐からゆっくりと銃を取り出す。
そして、バンッ。
銃声は、静かに響いた。
そして......
「ぐぁあああああ!!!」
破裂。
血肉が飛び散った。魔人の血肉など、もはやなんとも思わない。
「行くぞリーネ」
「で、でもフレデリックさんが......」
「もう死んでいる......どうしようも無い」
「......はい」
気持ちは分かる。
だが、死体を持って行っても、どうすることも出来ないのだ。
俺達はただ黙って、家に帰るだけ。
現実では、ラスボスを倒したもエンドロールが流れなければ、アイテムや金貨が手に入るわけでもない。
何も、得るものは無い。
残るのは虚無感だけ。
そして、家に帰るところも、スキップは出来ない。




