氷
「なるほど。ついにここまで辿り着いてきたというわけか」
王城の最上階にして最後の場所。
この部屋を越えれば王が待っている。
そんな場所に、一人佇んでいる人がいた。
真っ白なスーツに身を包んだ、氷のような冷たい眼差しの男。
手には何も持っておらず、腰にも背中にも、武器のようなものは見当たらない。
「私がヴァレンティーノ王直属の騎士団団長。シュトリーゼ=ヴァイコフだ。ふむ、ここから見た感じだと、グリエラはそっち側についたようだな」
「いいえ、まだよ。まだ真実を確かめていない。それから私が決めるわ」
真実。
ヴァレンティーノ王の真実。
イルペを魔人にし、兵器として利用しようとしたという疑い。
「あなたなら知っているんでしょう。団長」
「あぁ、もちろんだとも。君達が正解だ」
「ッ!!」
驚いた。
ここで嘘をつかないとは。
「お前はそいつらに騙されている」と、そう言えばいいだけなのに。
王がそんなことするはずないと、説得すればいいだけなのに。
なぜ、それをしない?
馬鹿なのか?それとも、もう諦めたのか?
いや......
「ちょうどいい。どうせ君も片付けるつもりだったんだ。ここでまとめて三人とも倒してしまおう」
やはりそうか。
こいつ、絶対的な自信があるのだな。
自分に自信がある。
まとめて倒せるほどに、確実に勝てるほどに、力を持っていることを確信している。
信頼している。
自分を。
「シュトリーゼ団長!」
「黙れ。お前はもう敵だ。団長と呼んでいいのは、私の団員だけだ」
「それが、あなたの答えなら。私は、全力であなたと闘います」
グリエラの方は、どうやら協力してくれるみたいだ。
「あぁ、どこからでもかかってくるがいい」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
突如、シュトリーゼの背後から素早い影。
リーネだ。
部屋に入った瞬間から、リーネには気配隠蔽で不意打ちを狙ってもらっていた。
だが───────
「......ぐっ」
止められた。
シュトリーゼは、少しも動いていない。
手も使わず、かわしもせず、リーネを見ることもせずに蹴りを受け止めた。
パキパキと鳴る音。
リーネは、シュトリーゼの頭と同じ位置で動きが固まっている。
「不意打ち......そんなものでこの私を倒せるとでも?」
「ふんっ!」
リーネは、思いっきり体を捻り、氷の拘束から足を解いた。そして地面に着地と同時に、氷に向かって手のひらを向ける。
「フレイム・ブラスト!」
手のひらから炎を拡散する魔法。
ファイヤーよりも威力は増し、近距離の範囲攻撃に特化している。
「その程度の魔法で、私の氷は溶かせない」
「なに!?」
シュトリーゼの言った通り、氷は表面すら溶けていなかった。
向こう側が透けて見えないほどの、ぶ厚い氷。
それを溶かすには、全くと言っていいほど火力が足りなかった。
まるで氷山を相手に、マッチで闘っているような。
そんな風に、俺には見えた。
「きゃっ!」
シュトリーゼは、リーネに蹴りを返した。
生身にしては強い威力だったが、なんとか俺が受け止めた。
「魔力を混ぜている。ただの氷では無い」
「そんなことは分かっている。それより、他に情報は?弱点とかは......」
「......」
グリエラは黙ってしまった。
元団員として、何か有益な情報を持っているのではないかと期待したのだが、無理だったようだ。
「知らないならいい」
「いや、知っているも知らないも、無いのだ」
「無い?」
「そう、弱点は無い。氷は固有魔法で作っている。強度はもちろんのこと、持続力も尋常ではない。射程距離は無い。そして、氷は無から作る。その速度も見たら分かるが、手足を動かすよりも早い」
本当に弱点無しって感じだな。
唯一、魔力切れということがあるだろうが、魔力が無くなるまで耐えることは難しそうだ。
その前に凍らされてしまうだろう。
「フレデリック、お前は先に行け」
「は?」
「ここは俺に任せろってことだ」
一度はやってみたかったんだよな。これ。
俺に構うな!先に行け!ってやつ。
まさに、使うなら今だろう。
「お前のその魔人化は、王の時に使うんだ。まだこの先何があるか分からない」
「......」
「それに、こんなやつに時間を食ってる暇は無いだろ?」
「......あぁ」
「お前らも───」
体が、勝手に動いたような気がした。
迫り来る氷。
風を吹かすにも間に合わない。腕を振るより早く、凍っていく。
だが、氷が届くよりも先に、俺の反射神経と体は動いてくれた。
リーネとグリエラを突き飛ばす。
フレデリックは、大丈夫そうだ。先に危険を察知し、離れている。
パキン
っと、音が聞こえた。
それと同時に、音が聞こえなくなった。
視界は真っ白になり、動けなくなってしまった。
「全員凍らせたつもりだったのだがな」
「シルビオさん......?シルビオさぁあん!!!」
──────────
寒い。
冷たい。
痛い。
なんだ?ここは。
俺は、一体どうなったのだろう。
意識だけが、ある気がした。意識だけしかなく、動けない。
真っ暗闇な世界に、ただ一人だけでいた。
『よぉ』
なんだ?誰だ?
『貴様の左腕だ』
左腕?俺の左腕は無くなって、今はオーヴェインの左腕をくっ付けている。
『そう。我はオーヴェイン。貴様に殺られたドラゴンだ』
目の前に急に現れたのは、正真正銘等身大のドラゴンだった。
しかし左腕は無い。
『驚いているな?無理もない。今は貴様の中にいるから、こうして話すことが出来るのだ』
俺の中?
『そうだ。ここは精神の中......みたいなものだ。貴様のその左腕に残っている、我の魂。それがこの我なのだ』
なる......ほど。
何となくわかったが、理解は出来ないな。
しかしなぜ急に、俺はそんな場所に?
『貴様、今凍らされていて動けないんだぞ。もう少しで死ぬ』
もう少しで死ぬって......そんな気軽に言うなよ。
『我は事実を言っただけ。貴様に殺され、腕だけ奪われても、こうして話し相手になってやってるだけ感謝しろ』
あぁ、それはありがたいんだが......出来れば俺は生きたい。
生き延びたい。
ここを出て、あっちに行きたい。
『......我は、貴様が作った魂のイメージ。貴様に付与された時、腕にあった魂の破片が、貴様の魔力によって具現化されてしまったものだ。簡単に言えば、貴様のもう一つの精神。心というわけだ』
もう一つの、精神......?
『そうだ。そして、我は貴様を助けるために存在する。ドラゴンとは、本来そのようなものだ。何かを守るために、何かに作られたもの』
それって......?
『いや、それはいい。今はいいのだ。それよりも貴様に、助かる知恵を与えよう。問題は、氷の強度だ』
氷の強度。
それが弱点か?
『違う。あの氷が硬い理由は、魔力を芯とし、そこに氷を張っているからだ。まるで根っこのように、細く、強く魔力が、氷の中に張り巡らされている』
つまり、そこを叩くと。
『そういうことだ。しかし、それにはただの剣や魔法では通用しない』
なら、同じ固有魔法をぶつければ。
『そういうことだ。さすがは我を殺した者だな』
皮肉だな。
『壊すなら内側だ。内側からなら、どんなに分厚くとも壊れる。これで残す問題はあと一つ、どうやって内側へ潜るか、だ』
それならもう解決している。
だから、そこまで教えてくれれば大丈夫さ。
『そうか。なら、その答えを見せてもらおうか』
あぁ、もちろんだ。
──────────
「さて、女二人はもう動けない。なら、先に氷漬けの男からトドメを刺してしまおうか」
「爆破属性付与」
俺の意識は、氷漬けの体へと戻って来た。
しかし、もう氷漬けでは無い。
「なに?」
氷の中で無理やり動く。
すると、その刺激によって爆破属性のついた郡は、みるみるうちに砕けてゆく。
その爆風に、お前も巻き込まれることになるが、この程度なら耐えられる。
ちょうど寒かったところだ。これで暖まるな。
「砕いたか......なら、何度でも凍らせてやる!」
シュトリーゼは、床を思いっきり踏み込む。
すると、とても大きな、まるで津波のような氷が生成された。
床から壁まで、こちらに向かって凍ってくる。
「見た目は派手だが」
俺は銃を撃った。
このぶ厚さでも、銃弾なら少しくらいめり込む。
「それだけだ」
思惑通り、銃弾はめり込み、その勢いを無くした。
しかし、ここからが攻撃だ。
弾に、爆破属性を付与しておいた。
「なっ!?」
爆発音が、室内に鳴り響く。
氷は、まるでガラスのように砕け散った。
爆破属性。こいつには何度も助けられるが、本当に強い魔法だ。
「そんなはずは......ない!!」
やけになったのか、氷を大量生産してくる。
尖らせて槍のようにしたり、矢のように氷柱を飛ばしたり、剣のようにして切り刻もうとしてきたり。
しかし、どれも銃弾が命中したと同時に爆散する。
氷の破片は、それぞれが光を反射し、綺麗な景色を作り出す。
自分で言うのもなんだが、それまるで、ダンスを踊っているようだった。
「綺麗......」
六発撃ち終わると、すかさずリロード。
リボルバーの弱点として、リロードに時間がかかるというのは、把握済みだ。
俺の銃は、中折式。ブレイクアクションリボルバーだ。
銃を折り、シリンダーと呼ばれる銃弾を入れる物を出す。
中折式なら、折るのと同時に出すことが出来る。
再装填には、スピードローダー。
弾を、一度で六発装填することが出来る。
これをどれだけ練習したことか。
「なぜ......なぜだ!!なぜだ!なぜだ!なぜ!?」
相当焦っているな。
自分に自信があっただけ、その分絶望も大きいことだろう。
おそらく、今までほとんど負けたことが無いんだろうな。
それが絶対的な自信に繋がり、今こうして枷となっている。
氷のように冷たく、冷静な思考を、出来なくさせている。
「くそぉおおおお!!!」
「落ち着けよ団長さん。お前の負けだ」
「この私が、負けるなど......ありえないいぃいいぃいぃぃい!!」
また氷の壁だ。
ただガムシャラに、デタラメに攻撃してきている。
俺のことを狙ってすらいない。
暴走だな。
これじゃあ城が崩壊してしまう。
にしても、何なんだ?この魔力量は。
多いにも程がある。こいつの魔力は底なしか?
これだけの範囲、高威力の固有魔法を連発しても、魔力が切れる気配すらない。
「エマクリリスぅうう!!私に魔力を!力をぉぉおお!」
「エマクリリス......?」
まさか、それがこいつの魔道具か。
俺の勘が正しければ、おそらくあいつが首から下げてるアクセサリー。
胸元のペンダントだ。
紫色に光っていて、いかにも怪しい。
撃ってみる価値はある。
「属性付与は解除しておこう。死体が爆散するのは避けたい」
放たれた銃弾は、ペンダントに向かって一直線。
いくら氷の速度が速いとはいえ、俺の銃弾は音速を超える。
風を利用することが出来るからな。
そんな弾を、かわしたり弾いたり防ぐことなんて......
「ぐっ」
出来るはずがない。
弾は見事にペンダントを貫通し、胸へと命中した。
ペンダントが砕けると同時に光は消え、氷も止まった。
「かはっ......はぁ、はぁ、何なんだお前......それは一体なんだ」
「......?」
「その武器は!一体なんなんだと聞いているんだ!!」
「銃のことか?これはお前が知る必要は無い。そうだな、強いて言うなら、弓の小型版......かな」
それならクロスボウの方が近いけどな。
「グリエラ、動けるか?」
「あぁ、私は大丈夫だ」
「悪いがこいつを頼む。俺はリーネと、フレデリックの所へ行く」
「分かった。王を......王を止めてくれ、シルビオ=オルナレン」
「......当たり前だ」
そのためにここまで来た。
フレデリックと、リーネと共に。
しかし、フレデリックの様子が分からない。
もっと派手に闘っているものかと思っていたのだが、もしかしたらもう片付いてしまったのかもしれない。
「大丈夫か?リーネ」
「は、はい......これくらい、問題ありません」
「無理はするなよ」
俺達は急いで、奥の部屋へと走って行った。




