城侵入
「昔、まだ俺が物心ついたばかりの頃」
え?
あぁ、過去の話か。
急に言うから驚いた。
「俺は、身体を改造されてしまった」
「......父親にか?」
「いや、ヴァレンティーノ=カールにだ」
なに?前はオーセリーが、自分でそのように改造したかのような言い回しだったが......
「改造ってのは、魔人化出来るようにだろ?」
「そうだ。魔物と俺の体を合体し、無理矢理魔人にさせる。そういう改造だ。だが、実際にやったのはヴァレンティーノだ」
「ならオーセリーは?」
「父さんは、まるで自分がやったかのように言っているが、あれは違う。責任を感じているだけだ。要するに、『私がやったも同然だ』みたいなところさ」
「なるほど」
「むしろ父さんは助けてくれた。俺が完全に魔人化する前に、洗脳で俺を人間の心を戻してくれたんだ。だから、魔物と人間の間である魔人の、さらにそれと人間の間。それに俺はなった」
だから、自ら魔人になることも出来るし、人間の状態にもなれるというわけか。
「ヴァレンティーノの目的は?」
「奴は、魔物に対抗出来る兵器が欲しいんだ。騎士だけじゃドラゴンには太刀打ち出来ないし、やはり安心出来るほどに強い物が欲しかった。武器が欲しかったのだろう」
「いつか来ると言われている『災悪』に備えて」と、フレデリックは後から付け足した。
だから、裏でこっそりと兵器を作っていたというわけか。
「その『災悪』ってのは何なんだ?」
「分からない。俺も聞いただけで、それが何なのかはハッキリと分かっている訳では無い。たが、魔物か何かなのは分かっている」
『災悪』......例えそれが、騎士や魔法師だけでは対抗出来ないとしても、市民を魔人化させて闘わせるだなんて非人道的な行為、やっていいわけが無い。
「イルペの家系は、貴族間で嫌われているからな。お前ほどではないが」
「それはもう、よしてくれ......」
「嫌われ者が何されようが、どうでもいいってことなのだろう」
その言葉は、とても俺に響いた。
「何されようが」か......。
たしかに、そうなのかもしれない。嫌われ者のオルナレン家より先に、イルペ家が狙われたのはおそらく偶然......なのだろう。
次はオルナレンだった。
ただ最初に狙われてしまっただけ、なのだろう。
「だが、その計画は失敗。俺は逃げ出したからだ。ヴァレンティーノの思惑に気が付いた父さんが、俺を助け出してくれた」
それで今に至るわけか。
「だが、本気で捕まえようとすればすぐに捕まえられたんじゃないのか?」
「最重要機密だからな。そう派手には捜索出来ない。だとしても、俺は貴重な兵器サンプルのはずだがな」
「.......」
俺は少し考える。
馬車に乗っている俺達二人。
こうして二人で横に並ぶのも、随分と久しぶりだ。
「お前のことに、あまり興味が無かったんじゃねぇのか?」
「馬鹿言え、お前じゃねぇんだからよ」
ふっ、と俺は失笑してしまった。
つられてか、フレデリックも笑う。
「俺は嫌われている。興味が持たれないやつは、嫌われてすらいないんだよ」
「ジジイに興味なんて持たれてたまるか」
また、俺達は笑いあった。
なんだか、フレデリックと初めて心から話し合えたような気がする。
本当の自分で、話せた気がする。
フレデリックはたしかに俺を騙していた。
だが、それは俺も同じだったかもしれない。
フレデリックは、嫌われている中で唯一出来た友達だった。だから、絶対に嫌われないようにしようと、無意識の内に嘘の自分を見せていたのかもしれない。
自分を偽ってまで作る友達は、友達なんかじゃない。
本当の自分と向き合ってくれるからこそ、友達なんだ。
今なら、心からそう思うことが出来る。
「フレデリック」
「なんだ」
「これからは嫌われ者同士、仲良くなやっていこうじゃないか」
「急だな。ま、いいけどさ」
俺達は、もう一度顔を見合って笑い、拳と拳を軽くぶつけた。
「例えお前がもう一度騙したとしても、その時は無条件で友達でいてやる」
「はっ、意味わかんねぇよ。なら俺は、お前を何度も裏切ってやるよ」
と、俺達はお互いに本音をぶつけあった。
これから、王に会いに行くことも忘れて───────
───────馬車が止まる。
「さて、これからどうやって侵入するかだな」
目の前にはそびえ立つ大きな城。
「正面から、というか上からド派手に突っ込むという計画は、物の見事に誰かさんに阻止されちまったからなぁ」
「あれはお前の父親が悪いだろ。一般市民を巻き込むようなことをするから」
「......まぁ、そのことはこれから無事、ヴァレンティーノを倒すことが出来ればチャラにしてやる」
「なにィ?そういえば、お前が魔人化して俺に襲ってきたことあったよなぁ」
「それは胸の傷でチャラだ」
これ以上言っているとキリがないので、もうこのくらいにしておく。
気を使わなくていいのは楽だが、延々と言い合ってしまいそうだ。
「よし、それじゃあ作戦はこうだ」
まず、見つからないように城内に侵入し────
「おりゃ」
パリーンっと、窓ガラスが割れる音がした。
その割れた窓から、リーネが入って行くのが見えた。
それと同時に、作戦も割れた。
すぐに騎士達が駆けつけてくる。
「おい。話聞いてたか?リーネ」
「聞いてないのはそっちですぅ。二人で仲良くしちゃってさ、もう知らないです!」
まじか。全くリーネのいる気配がしなかった。
フレデリックに構いすぎたようだ。
クソ、こんな場所で拗ねられては困る。
「仕方ない。今即興で思い付いた作戦に変更するぞ」
「お、どんな作戦だ?」
「名付けて、アサルト作戦」
「なるほど。つまり突撃だな」
思い付いたもなにも、そうならざるを得ないがな。
「強行突破だ!騎士共を蹴散らせ!」
「了解!行くぞリーネ!」
「はいっ!!」
俺達は、全力で城内を駆け廻った。
「俺の後に続け」
「なぜだ」
「風の反応で大体の敵の位置がわかる」
俺は左腕を振り、風を起こす。
風はどんな隙間にでも入り込めるし、人は必ず呼吸をする。
動物もだ。
生き物なら必ず空気を吸わなくてはならない。
なら、その風を感じることが出来れば、大体の位置を掴むことが出来る。
「便利だな」
「まぁな」
フレデリックの能力、つまり魔人への変身だが、そう何度も何度も気軽に使えるものでは無いらしい。
変身中も変身後も、相当な体力と魔力を使うらしい。
多くても二回が限度だそうだ。
「フレデリックは、なるべく温存しておきたい。だからリーネ、頼むぞ」
「お任せを」
来た来た、騎士のお出ましだ。
「なんだよ侵入者ってガキかよ。ほらほら、さっさと出ていけ」
「ここは子供の遊び場じゃないんだよ」
リーネは、姿勢を低く構える。
「あ、待った!」
が、倒しにかかろうとしていたリーネを、俺が制止しさせた。急ブレーキがかかったように、リーネは止まる。
「そいつらは俺に任せてくれ」
騎士、敵は二人。
ついにコイツを試す時が来たな。
腰にぶら下げている物を取り出す。
銃だ。
「安心しろ、殺しはしない」
騎士の装備は、片手剣と盾にガチガチの鎧だ。
おそらくこの銃なら鎧くらい難なく貫通することだろう。
「なんだぁそりゃあ?舐めてんのかガキが!」
「舐めてんのはそっちだろ」
二回。
トリガーを引いた。
バンバンという音が廊下に響く。
そして、一瞬にしてカタはついた。
騎士二人の足を狙ったのだ。
「なっ!?」
「ぐ、うぅ」
二人はあまりの痛さに屈んでしまう。
ふむ。威力はやはり悪くないな。
ちゃんと狙った方向に飛んでいってくれるし、申し分ない。
「っんだぁ?今のは」
フレデリックが、両耳を抑えてビクッとしていた。
そうか、銃は初めてか。
「魔道具......みたいなものだ。まぁ、これもあまり使うと弾が無くなるからな。そう、ホイホイとは使えないが......」
「そんなものをこんな奴らに使っていいのかよ......」
まぁ試しだし。
俺達は先を急いだ。
ここは敵陣、城の内部だというのに、あまりに敵が少ない気がする。
敵というか、騎士。
王を守る気がないのか?それとも人手不足......いや、それは無いはずだ。
「なにか、おかしいと思わないか?」
「あぁ、侵入が順調過ぎる」
今まであった奴も、雑魚ばかりだったしな。
そろそろ強いやつが出てきてもいい頃なんだが......
っと、俺達は階段を駆け上がったところで足を止めた。
人がいたのだ。
「噂をすれば......ってことかな?」
明らかに他のやつとは雰囲気が違う。
燃えるような赤い鎧。
その真っ赤な兜には、牛のような角が二本付いていた。
そして何より目に入るのが、片手で持った大きな剣だ。
腰に下げても背中に掛けても、自分の身長ほどあるその大剣。
剣先を床に突き刺し、柄を持っていた。
「......貴様らが侵入者か」
「そうだけど、少し通してくれないかな?」
フレデリックは、ご自慢の会話術を使って、安全に通ろうと試みる。
ここは平和に行きたいところだ。
俺達だって、闘わないに越したことは無いのだ。
「ふん。だったら私を倒してみろォ!」
赤い騎士は、大剣を片手で横に大振りした。
すると、風圧が俺達の横を通り過ぎ、後ろの壁に当たった。
振り返ると、そこには切れた壁が見えた。
「マジ......かよ......十メートルは離れてるぞ」
「この壁って最初から斬れてたよね。うん、きっとそうだ」
この期に及んでフレデリックは馬鹿なことを抜かす。
怯えているようだ。
俺もそう。ビビって身震いしてしまっている。
......いや、これは違うな。
武者震いだ。
楽しみで仕方がない。
「少し......ワクワクしてきたな」
「シルビオさん?」
なんだか......
「楽しくなってきたぜ」




