トレンツ=ラディチ
「シルビオ様」
「また魔物狩りか?もういいわ......」
「いえ、今度はパーティーへの招待です」
「パーティー?」
「はい。トレンツ=ラディチ公爵によるパーティーです」
簡単に言うと、貴族のパーティーだった。
貴族のパーティーとは、そのままの意味で、貴族達だけが集まる、豪華なパーティーのことだ。
なんのためにやるのかは、その時次第だが、トレンツ=ラディチ公爵は大のパーティー好きで、何かある事にパーティーを開いて、貴族達を招待するのだ。
そしてそれは、最低の貴族である俺も例外では無い。
優しいことに、公爵は毎回のようにパーティーへ招待してくれるのだ。
だが、今はそれどころではないし、行ってもどうせ楽しめやしない。
と、言いたいところなのだが、
「イルペのことについて、他の貴族達はどう思っているのかが知りたいな」
もし、仮にイルペに協力している貴族がいるとすれば、この場で把握しておこうという考えもあっての事だ。
俺は、パーティーに行くことにした。
「では、出席なさるのですね?」
「おう」
「珍しいですね」
珍しい......か。
察するに、いままでシルビオはパーティーなんかに行かなかったのだろう。
なら、他の貴族達も来るとは思っていないかもな。
「リーネと行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」
夜。
俺とリーネは家を出発した。
会場までは馬車で送ってもらい、ラディチ公爵の豪邸へと着いた。
俺はこの家の召使いに、扉を開けてもらい、中に入る。
中は広く、会場内にはいくつもの大きな机が置いてあった。
そしてそれらを囲む沢山の貴族達。
よく見るパーティーのような風景だ。
もうほぼ全員集まっていたからなのか、最後の一人が来るとは思っていなかったようだ。
しかも、それがこの俺だとはな。
全員、ひとり残らず俺とリーネの方を向いた。
そして、驚きの表情を浮かべる。
「お、お、オルナ......レン!?」
「オルナレンだって!?」
「なぜオルナレンがここに!?」
「オルナレン?」
「オルナレン君!」
「......」
どうやら、俺を歓迎してくれているのは一人のようだな。
招待してくれた、トレンツ=ラディチ公爵に深々と礼をした。
「お招きいただき光栄です。公爵」
「うむ。やっと来てくれたか、オルナレン君」
ただ一人だけで、俺を待ち望んでくれていた人。とてもいい人だ。
と思いたかった。
「それはそれは、ありがたきお言葉です」
貴族達は、自己紹介をしてくれた。というか、ラディチ公爵が紹介してくれた。
紹介されている人達は、全員俺の方を睨むように、嫌な顔をして見ていたが、今更気にする事は無かった。
見覚えがある人は、クライブ=ジリアーニ、アンブローズ=サディアス、シュミット=ノルダール、マドレーヌ=ヘダー、エドワール=ヴァロ、そしてトレンツ=ラディチ。
ヴィオレッタに教えてもらって覚えた人も、ガブリエラ=ラザール、エドアルド=ゴタルディ、ルスラノ=プロトコリフ、ディム=シュルプがいる。
「それで?なぜ来た」
「はい?」
「なぜ今まで来なかったお前が!今更パーティーに参加したんだと聞いているんだ!せっかくの美味い飯も台無しだ!!」
そうカッカするなよ。
ったく、これだから貴族は。すぐに怒るのだ。
「まぁまぁ、そう言わないでおくれよ。呼んだのは私だ。是非オルナレン君も一緒に、パーティーを楽しもうではないか」
なぜ、そうまでして俺をパーティーに呼んだのかは定かではないが、まぁそれでも俺を歓迎してくれているという事だけは確かだ。
ありがたいことだ。こんなふうに誘ってくれる人がいるというのは。
「それでは、乾杯」
「「「乾杯」」」
俺も席について、手元のジュースを飲んだ。
一応未成年だったからな。ワインは飲めない。
「んー。美味い」
「やはり、最高ですな」
「あぁ、本当に」
美味しいジュースだ。
「そういえば」
と、近くにいたディム=シュルプが切り出した。
ヴィオレッタに、最低限警戒すべき人の名前として教えてもらった人物だ。
「オルナレン。お前が連れてきたあのメスガキはなんだ?」
メスガキ?あぁ、リーネのとことか。
俺は、部屋に入る前に、リーネを外で待機させてきたのだ。
中には、パーティーに招待された者しか入ることが出来ない。
例え護衛であっても、外に居させないといけないのだ。
「俺の護衛だ」
「護衛?護衛かぁ......」
それから、シュルプは少しニヤっと笑顔を漏らして、
「あの奴隷が?」
と言った。
声には、吹き出しそうな笑いを堪えたようなノリがあった。
「......ッ!?」
こいつッ!!?
一瞬、なぜ奴隷だと知っているのか不思議に思ったが、こいつ。
「前の主......か」
「おうよ。その通りだ」
リーネが、俺に引き取られる前の主。
奴隷として、色々な人を回っていた頃の内の一人。
「どったかで見覚えがあると思ったんだがな。そっかぁ、あの時のアイツかぁ。あんなに虐めがいがあった体は、そうそうないぞ?」
それを聞いた途端。
気づいたら、俺はシュルプの胸ぐらを掴んでいた。
息が荒い。心臓の鼓動が激しく唸る。
「てめぇ」
「おおう。なんだよ。奴隷ってのは、そうやって使うんだよ。それが奴隷の正しい使い方だ」
リーネから聞いたことはあった。
ほとんど、非人道的な扱いをしてくる人ばかりだと。痛めつけられ、罵られ、最終的には殺されかけられたことまであると。
リーネは、奴隷として仕方がないと言っていたが、俺はそうは思わない。
そもそも、奴隷という物自体、存在してはならないのだ。
みんな平等じゃなきゃいけない。
そしてその、リーネを痛めつけた本人が目の前にいる。
「おい、やめんか!」
「てめぇも同じ目にあわせ......」
「オルナレン君!!」
......俺は止まった。
ラディチ公爵が大声で呼ぶ声を聞いて、少しだけ落ち着いた。
ゆっくりと胸ぐらを離す。
「チッ」
「すみません。取り乱してしまって」
俺としたことが、ついカッとなってしまった。
いけないな。感情に身を任せるのは。
正しい判断が出来なくなる。ただでさえ、今のところの怪しい人物は一人いるってのに。
怪しい人物。
イルペとの繋がりがあると思わしき人物。
「......ふん」
俺は、誰とも話さないように遠くへ離れた。
そもそもこのパーティーは、俺にとっては敵だらけ。
俺に恨みを持っている人しかいないような場所だ。
いつ誰に刺されてもおかしくはない。
俺は、貴族間でも嫌われているのだ。学園で嫌われていて、貴族達には嫌われていていないなんてわけが無い。
「あのー......」
「ッ!?」
突然声をかけられたので、むせってしまった。
「あぁっ!!大丈夫ですか!?」
「ゴホッゴホッ、だ、大丈夫だ......」
女性だ。
まさかこんなところで、女性に話しかけられるとはな。俺は、また驚いた。
「どうして俺なんかに話しかけるんだ?」
「えっ、い、嫌でしたか?すみません。お一人だったので、寂しそうだなと思って話しかけたのですが、迷惑でした?」
「あぁいや。そうじゃなくて」
なぜ今さっき少し暴動を起こした俺に、そんなに気安く話しかけられるのだと言うことを聞きたかったのだが。
この人、普通に優しい人だな。
「優しいんだな」
「え!?いやいや、そんなことないですよっ!」
顔を赤らめる。
こんな貴族もいるのか。なんだか、久しぶりにいい人を見た気がする。
「やっぱり、分からないな。なぜ俺なんかに話しかけるのか」
「あなた、話しかけちゃいけないほど悪い人なんですか?」
それを聞いて、俺は少し動揺した。
悪い人なのかと聞かれるのは初めての経験だ。
不意打ちを食らった。
「少なくともこうして話している限り、そうは思えませけどね。あそこにいる方々に比べれば、あなたの方がよっぽど良い」
「何か、あったのか?」
「他の貴族の方は、やれ結婚やら子孫がなんやら、そういうことしか言いません。正直言って迷惑です」
「はぁ」
「ですので、逃げて来ました」
なるほど。
確かに、このパーティーを利用して女性貴族と婚約を結ぼうという、俺の世界で言うところの出会い厨みたいなやつは少なくない。
むしろ多いくらいだ。
「あなたは別にそうでも無さそうですね」
「まぁな。俺は婚約には興味無い。もっと別の目的でここに来ているからな」
「他の目的、ですか?」
「あぁ。詳しくは教えられないが、まぁあるんだ。色々と」
別に、巻き込む必要は無い。
無駄に知って、標的にされるようなことがあってはいけないので、教えることはしなかった。
「では、代わりに教えて下さい。なぜあなたは、そんなに嫌われているのですか?」
ブッフォっと、また吹き出してしまった。
なぜ嫌われているか?そんなの俺が知りたいくらいだわ!
まぁ、知ってるんだけど。
「全くそんな風には思えませんけど。先程だって、すぐに謝罪しておりましたし」
「あー......過去に色々あってな。たくさんの人に恨まれているわけだ」
「そうですかね?私は、話していて優しい方だと思いますけど。私分かるんです。こうして話していて、相手がどんな人なのか」
「......いい人だな。アンタ」
また顔を赤らめた。
表情豊かで、可愛いな。
「と、とにかく!私はあなたがそんなに悪い人だとは思えません。みんな分かってないのですね」
「分かってくれないんだ。学園でも、いくら努力しても周りは認めてくれないからな」
それを聞いて、意外。というような顔をした。
「学園に通われているのですか?」
「あぁ」
そういえば、貴族ってあまり学園に通わないらしいな。
金もあるし、わざわざ学園に通わなくたって、偉いからか。
平民と同じことをするのが嫌なのか。
「へぇ......」
なんだ?
なんだか、少しだけ違和感があった。
まぁ、いいか。
「お嬢様。お時間でございます」
「あら、もうそんな時間なの?残念ね。今日はここまでみたい」
「何かこれから用事でも?」
「婚約相手候補のご挨拶です。私は全くその気では無いのですけれど、両親が早く結婚しろと言うので、婚約相手を探し中なんです」
そうですか。と、俺は少し残念がる。
残念だ。この人は、話していて楽しかった。
俺をちゃんと見て、話してくれる人。
フレデリックとは違って、ちゃんと純粋に心に向き合ってくれている。
この人は、本物だ。
「そういえば、まだ自己紹介していませんでしたね」
帰ろうとして、止めた足でまた俺の方へ引き返した。
その長いスカートの両端を、少しだけクイッと上げて、礼をする。
「私は、アマリア=ウェンデル。よろしくお願い致します」
「俺は、シルビオ=オルナレン。まぁ、知ってると思うがな」
「はい。存じております。オルナレンさんの噂は、悪いものばかりですがいくつも聞いたことがあります」
オルナレンさんか。
なんだか、そうやってラストネームで呼ばれるのは慣れないな。
「シルビオでいいよ」
「では、シルビオさん」
「おう」
そう返事をすると、
「なら私もアマリアでお願いします」
「アマリア」
「はい」
ニッコリとして返事が帰ってきた。綺麗な笑顔だ。闇の無い、純粋な笑顔。
「それでは、またお会いしましょう」
「おう。じゃあな」
俺は、その美しい後ろ姿を見送った。
まだパーティーは終わっていないのに、祭りの後みたいな、どこか寂しい気分だ。
......ん?
てか、ウェンデルって言ってたか?あの人。
ウェンデルって、確か有名なお嬢様じゃ......
「どうだいオルナレン君。楽しんで貰えているかな?」
と、ラディチ公爵が話しかけて来た。
「ええ。とても」
「それは良かった。君はなかなか来てくれなかったからね。今日は来てくれて嬉しいよ」
「俺も嬉しいですよ。まさかこんなところで知ることが出来たなんて」
ラディチ公爵は、ん?と首を傾げる。
「どういうことかね?」
「そのままの通りですよ。こんな早い段階で、関係者を知れて良かったなぁということです。ねぇ?イルペの協力者さん」
「!?」
やっと。
やっとだ。やっと表情を崩せたな。
ずっとニコニコ笑顔で、俺のことをまるで歓迎しているかのような振る舞いをしていたが、それは嘘だった。
俺は、両手袋をして完全に左腕のことは隠し通せていた。
なのに、ラディチ公爵は俺と会った途端に、俺の左腕をチラチラと見ていた。
なんでも無い腕を、知りもしないはずの伯爵が見ていた。
それはもう、不自然。
「......なぜ?」
それに、
「俺が飲んだ飲み物。あれ、刺激強いですね」
「なっ......!?」
「なぜ、死なないのか?ですか?」
そう。あの俺が飲んだジュースには、毒が盛られていた。
それも、即効性のある毒。
初めは気が付かなかったが、飲んでしばらくすると、なんだか口に違和感があったのだ。
「残念ながら俺に毒は効きません。やっとのことでパーティーに来てくれて、やっと毒で殺せると内心思っていたようですが、その願いは叶いませんでしたね」
「き、貴様ァ!!」
しかし、トレンツ=ラディチは怒るだけだ。
悔しそうに、計画が失敗したことを悔やむだけ。
直接的な攻撃は、してこない。
「俺はもう帰らせてもらいます。もうここには用は無いので」
「くっ」
それじゃあ。と、俺は勝手に帰った。
他の貴族達も俺がいないくらいむしろ喜ぶだろう。
トレンツ=ラディチ公爵は、戦闘能力が低い。
だから、恐らく直接バトルになることは無いだろう。
ふむ。たしかにラディチがバックにいるのであれば、ドラゴンの一匹や二匹を捕獲することぐらいは容易いだろう。
「リーネ。行くぞ」
「はい」
俺達は帰った。
歓迎は嘘で、もちろん帰りは見送ってくれるはずもなく、ここで戦闘にならなかったことだけが幸いだ。
「リーネ」
「はい」
「恐らく明日は戦闘になる。覚悟しておけ」
「......はい!」
リーネは気を引き締めた。
ここが正念場だ。




