風龍オーヴェイン
「はぁ、はぁ......」
「大丈夫か?リーネ」
「は、はい......お気遣いありがとうございます」
「無理すんなよ」
あれから、結構な日にちが経ったと思われる。
何回か中級魔物と戦闘になり、その度に俺が瞬殺していたが、とはいえやはり披露は大きい。
道はどんどん険しくなり、ついには山を登っている気分になった。
いや、もしかしたら本当に山を登っているのかもしれない。
歩いている場所が平地かなんて、もはやどうでもいいことだ。
「はぁ、はぁ、はぁ......」
「......しゃあねぇ」
「わっ!?」
俺はリーネをヒョイっと持ち上げると、背中に背負った。
「な、い、いいです!降ろしてください!」
「ダメだ。無理やり歩いて死なれでもしたら困る。少し休憩していろ」
......ヴィオレッタより軽いな。
「シルビオ様」
「うおっ!?」
「......」
驚かせやがって。
まるで心でも読んだかのようなタイミングだな。
「な、なんだ?」
「これだけ探しても見つからないということは、恐らくこの先ずっと見つからないでしょう」
なに?そんなことは無いだろう。
いつかは必ず見つかるはずだ。しかし、今のところ全く見つかる気配すらしないのは事実だ。
「これは異常事態です。こんなにも出口が見つからないわけがない」
「あぁ、だが俺達は必ずここを出る。絶対に見つけ出してやる」
「そんなんですが、もしかしたらこれには理由があると思うのです」
「理由?」
「はい。魔法かと」
......なるほどな。
ここまで出口が見つからないとなると、何者かによって隠されているという線が出てくるわけか。
魔法......ね。
一体どこの誰が、俺達をこんな場所に閉じ込めたというのだろうか。
「シルビオ様。こちらに」
「......ッ!!」
ヴィオレッタが指さす方向。
そこには、大木が見えた。物凄く太い木だ。
「なんだ、これがどうかしたの......か......」
違う!これは木なんかじゃない!
霧のせいですぐには分からなかったが、よく見ると青黒く光っている。
これは......見覚えがある。俺には見覚えがあるぞ。
木の表面には、鱗のようなものが無数に生えていた。これは......認めざるを得ないな。
「ドラゴンの尻尾......なのか」
そう。尻尾だ。
つまり、この先には身体があると。そういう事だ。
「はい。これで確信しました。シルビオ様が仰っていたことは本当だったのですね」
「まだ信じてなかったのかよ......」
ちょっと悲しい......
「それはそれとして、これがドラゴンだと言うのもそうなのですが、それよりも見て欲しかったのはこれです」
ヴィオレッタは、ドラゴンの尻尾の表面を指さした。
俺はそれを凝視する。
すると、なんだか白い煙のようなものが、鱗の隙間からプスプスと吹き出ているのが見えた。
「これは、まさか」
「はい。おそらくこの霧の原因は、ドラゴンによるものだったのでしょう」
確かに、初めてドラゴンと出会った時もそうだった。
この森には元々霧はかかっていなかったのか。
そして、この霧が何を意味するかくらい俺にだってわかる。
「こんなに視界を悪くし、さらに方向感覚を狂わせる。まぁ、他にも諸々効果があるんだろ」
「そうです。つまりこの霧は」
「出口を隠している」
と。そういうわけだ。
出口が見つからないのは、この霧が原因だったわけだ。
そして、その霧はドラゴンが出していた。
「だが、原因が分かったはいいものの解決にはまた一苦労しそうだな」
「ええ、お察しの通りです。この霧を消すには、原因を倒さねばならない」
原因。ドラゴン。
「ここに来て、ミディアムテリトリーに来てまだ中級魔物とまでしか闘ったことないんだぞ」
ドラゴンは上級の魔物。
生息地、ハイテリトリー。
しかも、ドラゴンというのは上級のさらに上の方だ。
風龍オーヴェイン。
前にも言ったが、本来ならアランが国に認められるくらい強くなってから出会う魔物だ。
まだ一学生でしかない俺に、こんなのの相手なんか出来るわけがない。
「......けど、相手するしかねぇよな」
俺は覚悟を決めた。
幸い、まだドラゴンはこちらに気がついていない。
不意打ちで倒せるとは思えないが、先手を取って少しでもダメージを与えられたらいいだろう。
背負っていたリーネを降ろし、少し離れさせる。
「先手必勝、ポイズン......」
ドンッ。
何も感じなかった。
痛みはなく、衝撃だけが、俺が吹き飛ばされたという事実だけが分かった。
ほんのコンマ数秒のことなのに、まるで時が止まっているかのような時間。
ふと、目を横にやる。
あぁ、よかった。リーネとヴィオレッタは無事だ。
やられてるのはどうやら俺だけのようだ。
尻尾にやられたのか。
「シルビオさんっ!?」
木を何本か貫通し、やっとのことで止まったのは、相当離れた場所だった。
尻尾の一振で、こんなにも遠くまで吹き飛ばされたのか。なんて威力、なんて破壊力。
「即死......の方が楽だったかな......」
まだ痛みは感じない。アドレナリンがちゃんと働いている証拠だ。
立ち上がれる。骨は折れていないようだ。
「防御系の魔法をフルで付与しておいてこれか......」
ギリギリって所か......これ以上は受けられないな。
重量と速さが合っていない。
「ッ!......よぉ、オーヴェイン」
オーヴェインは、ゆっくりとこちらに向き直る。
そして目が合った。
その巨体は、もはや森の木々よりも大きい。
霧の外で、二つ光っているものが、おそらく目だ。
青く、暗く、まるで台風のような威圧を感じる。
「さっきはお前に殴りかかって悪かった!話が分かるかどうか知らないが、この霧を止めてくれると助かる!」
俺は大声を出して、会話をしようと試みる。
ドラゴンに話が分かるはずないのだが、せめて戦う意思がないくらいは察して欲しい。
まぁ、殴りかかっておいて都合が良過ぎるか。
「なぁ、どうだ?」
オーヴェインは何も言わない。
ただただこちらを見つめている。
ふと、風を感じた。
フワッと、全身が風に包まれる。
「なんだ、案外優しいやつじゃな────────
また、スゥっと風が通り過ぎた。
今度は包み込むというより、通り過ぎた。
通過したのだ。
風が。
ただそれだけなのに。
ただ、それだけだったのに。
なぜ。
「腕があぁああああぁあああああああぁああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」
重心が右へ傾いた。
その瞬間、水分の吹き出る音を左耳で拾った。
ベチャッと、何かが遠くに落ちた。
痛みはない。衝撃すらも、ない。
感じなかった。
「あああああああああああああああああああぁぁぁあああああああああああああ!!!!!」
それほどまでに、綺麗に切り取られたのだ。
痛くもないのに、俺は左腕があった場所を握った。
熱い熱い熱い熱い熱い。
焼け焦げそうだ。まるで燃えているみたいに熱い。
誰かこの火を消してくれ。
「ぐッ......」
今度は、オーヴェインに触れてすらいなかった。
いつの間にか、気付いたらいきなり腕が吹っ飛んでいたのだ。
恐らく、攻撃方法は風。
「クソ......クソ......クソ......!」
血が止まらない。
死にそうだ。
もうダメだ。
俺はここで死ぬんだ。
「シルビオさんっ!!!」
「シルビオ様!!!」
お、お前ら......ここまで走ってきたのか。
「傷は治せませんが、応急手当だけでも」
「私が囮になります。ヴィオレッタさんはシルビオさんを連れて逃げて下さい!」
「だから、それはダメですって何度も......」
「それしかないんです!あんなのに......勝てるわけがない!!」
そうだ。
勝てるわけがないんだ。
「ただ布で結んで血を止めただけですから、絶対に動いてはいけません」
言われなくても動けない。
ヴィオレッタは、俺を背負う。
これじゃ、この前と真逆の立場だ。
「リーネ......必ず戻って来なさい!」
「はいっ!」
リーネは走って、俺の傍を離れる。
動くものに反応するのか、オーヴェインはリーネを目で追っている。
そんな......リーネ.......俺は、そんな命令を出していない。
そんなことしなくてもいいんんだ。
今度はお前が......死んじまうかもしれないんだぞ。
「少し揺れますが、我慢してください」
ヴィオレッタは、リーネと反対方向に走る。
「誰が、逃げるなんて言った」
「はい?」
「一体誰が、逃げるだなんて言ったんだ?」
ここで逃げれば、リーネは死ぬ。
例え勝てないと分かっていても、ここで逃げるのは違う。
「ヴィオレッタ、降ろしてくれ」
「ですが......」
「いいから」
地面に着地。
少しよろける。まだ、左腕のない感覚になれていないのだ。バランスが難しい。
「すぅ......オーヴェイン!!」
大声でオーヴェインを呼んだ。
背中に響いて痛かった。叫ばなきゃよかったぜ。
リーネはまだ攻撃を受ける前だったようだが、危ないところだった。
オーヴェインはゆっくりとこちらを向く。
「俺はまだ、殺られていないぞ」




