ミディアムテリトリー
起きた。
とても良い目覚めだとは言い難い、眠ったのに疲れが来るような気分だ。
「おはようございます。シルビオ様」
「おはよう、ヴィオレッタ」
相変わらずヴィオレッタは朝が早いな。
......って、違う。そうじゃない。
「まさか、ヴィオレッタ。お前寝てないのか!?」
服を見れば分かる。
俺が寝る前はあんなに綺麗だったのに、今では泥、草、そして魔物のものと思われる血が付いている。
「い、いえ。そのようなことは......」
「その格好で誤魔化せるとでも?」
「......」
ヴィオレッタは嘘が下手だ。
まったく、何をやっているんだ。
俺がゆっくり安全に、安心して眠っている間に、ヴィオレッタはこうして守ってくれていたのだ。
その音で起きなかった俺も、だいぶおかしい。
「ヴィオレッタ......とりあえずありがとうとは言っておく。だが、二度とこんなにことはするな!」
「!?」
「寝るって言ったら寝ろ!俺だけ寝ても目覚めが悪いんだよ!次は俺が見張っておく。お前は休め!」
「......わ、分かりました。申し訳ございません」
分かればよし。
少し怒鳴ってしまったが、こうでもしないとヴィオレッタは言うことを聞かないからな。
まったく、変によく出来たメイドなんだから、扱いに困る。
リーネも起きた頃。
俺達は、みんなで朝食(今が朝かは分からないが)をすませ、早速出発することにした。
探索を再開だ。
「ヴィオレッタ、夜に闘ったのはどんな魔物だったんだ?」
幸いなことに怪我は無いようだが、やはり疲労困憊が隠しきれない様子だ。
だからまぁ、俺がヴィオレッタをおんぶする形で歩いている。
最初はめちゃくちゃ拒否していたが、何とか無理やり背負ってやった。これをセクハラだと言うのなら勝手に言っておけ。俺はそれでもヴィオレッタが大事なんだ。
ヴィオレッタの体力が戻るまでは、俺の背中で休ませる事にした。
これで休まるとはあまり思えないがな。
「マダラスネークの子供......のようなサイズの魔物と、ワイルドウルフです」
ヴィオレッタは恥ずかしそうに、顔を赤らめながら話す。
まだおんぶに慣れないようだ。
時々、なぜかリーネが頬を膨らませてコチラを睨んでくる。
俺が何かやっただろうか?
「......雰囲気が変わったか?」
しばらく歩いて見たものの、なんだか霧が濃くなってきている気がする。
「いえ、私は何も」
「足場は、いつの間にか悪くなっており、さらに時々魔物の咆哮のようなものも聞こえます。シルビオ様、お気を付けを」
「え!?あ、さ、索敵魔法には何も引っかかっていません!」
「シッ」
と、俺は人差し指を口元にかざし、リーネの方を向いた。
静かに。そっと、教える。
「あまり大声を出すな。念の為、警戒していろ」
「は、はい......すみません」
「ッ!シ、シルビオ様っ!」
俺がリーネに注意をしている間に、今度はヴィオレッタが大声を出した。
まったく、今注意したばかりだと言うのに。
「どうしたヴィオレッタ。だから大声は出すなと言って......」
しかしヴィオレッタは俺の注意をちゃんと聞かず、自分に起こった出来事をいち早く教えたそうだ。焦っている。
「この木、ここら辺一帯にある木、私知っております」
なんだそんなことか。
何故そんなに大袈裟になるんだ?相当嬉しかったわけでもあるまい。
「それで......この木、ダーククォーツは──────」
俺は耳を疑った。
一瞬、聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。
いや、そうであって欲しかった。
どうか聞き間違いであってくれと、心から願ってしまうような言葉。
「ミディアムテリトリーです」
この、ダーククォーツという木は、どうやらミディアムテリトリーにしか生えていないそうだ。
つまり、今までいたのはローテリトリーで、環境が変わったと思ったのは、いつの間にかミディアムテリトリーへと踏み入ってしまっていたというわけだ。
ミディアムテリトリー。
ローテリトリーは、下級の魔物しかおらず、学園の生徒のような初心者にはうってつけの場所だった。いわゆる練習場というやつだ。
しかし、それに比べてミディアムテリトリーは全くの別物。
中級の魔物というだけでも、前のマダラスネークなど比では無いくらいの強さなのに、そんなのがうじゃうじゃいる。
ゲームに例えるなら、ローテリトリーの魔物はレベル一から五だとすると、ミディアムテリトリーの魔物は二十から五十レベルくらいに跳ね上がる。
そんな場所に、ノコノコと入り込んでしまい、これでまた生き残れる可能性が減ったということだ。
「ミディアムテリトリー......という事はここは、ハーフテリトリーという事ですかね」
「ハーフテリトリー?」
「はい。通常、ローテリトリーはローテリトリーで隔離されています。しかし、ここはローテリトリーとミディアムテリトリーがひとつになっていて、奥に進むことでテリトリーが変わります」
なるほど。
てっきり、どこでもそうだと思っていた。
ここは特殊なんだな。
という事は、前のドラゴンもそのせいで......?いや、あれは上級の魔物だ。
中級のところにいるのもおかしい。という事は別の理由があるのか。
「どちらにせよ、ここを攻略しないことには外に出られないどころか、魔物に殺されてしまいます」
「出口を探している暇なんてないと。言うわけか?」
出口を探すより、いっそ奥へと進んだ方がいいのかもしれない。
そしたら、いつかは出られるだろうし、下手に動き回って餓死をするよりはマシだ。
「リーネ、索敵魔法は切っておいていいですよ。どうせ何も引っかかりませんので」
「どうしてですか?」
「中級魔物にでもなってくると、そんじょそこらの魔法は効かなくなってきます。隠密、奇襲は当たり前。正面からまともに闘ってくれる魔物なんて、そうそういないです」
マジか......キツイなそれ。
もう今までの経験が、ほとんど頼りにならないというわけか。
「ここを出るには、ある程度ここに慣れておかねばなりません。半端な力でここを生き残れるほど、ミディアムテリトリーは甘くはない」
「......」
たが、それでも。
それでも、前へ進むしかない。
もう帰り道はとっくに見失っている。
今はただ、目の前の光を追いかけるだけだ。
「と、噂をすればお出ましです」
「あわわわわ」
リーネも焦っているな。
変な焦り方だけど。
「グァオオオオァァアア!!」
熊。
大きい熊だ。
俺が三、四人分くらいか?
「ムーンベアーですね。中級の中では小さい方ですが、戦闘能力は高く、その機動性を活かした攻撃が特徴です」
それだけ分かっていれば上出来だ。
それだけでも、初見よりはマシ。
「機動性なら......リーネ!」
「はいっ!」
リーネは短剣を抜き出し、一直線に熊に向かって行く。
熊は立ち上がり、その巨体でリーネを受け止めようとする。
が、リーネの方が速度は上手だ。
俺が付与魔法を得意とするだけあって、リーネは強化魔法が得意だ。
「はぁっ!」
ザシュッ、ザシュッと熊の足を二回斬った。
と、思ったのだが、なぜか熊からは血が出ていない。
「なんだ?」
「すみません......当たりませんでした」
当たっていない?確実に捉えていたと思ったのに。
「ギリギリでかわされました」
という事は、リーネよりもさらに一枚上手だったわけか。なんて速さだ。
二足歩行であの攻撃をかわすとは。
「なら、二人がかりだ」
俺も靴に速度上昇を付与する。
俺達は分散し、左右から攻める。
すると、熊は大きく振りかぶって、地面を叩いた。
俺にもリーネにも、攻撃は当たらなかった。
いや違う。これは当ててこなかったのか。
攻撃ではない。
「グォオオ!!」
その瞬間、地面が揺れた。地震だ。
「これは......魔法か!?」
俺達は後ろに飛んで避けたので、ちょうど地面に足をつけて着地した瞬間だった。
だから、地面が揺れただけでも衝撃は大きい。
二人とも思わず体勢を崩してしまう。
その隙を、熊は見逃さなかった。
熊はその鋭い爪で俺の方を振り払うように引っ掻いてきた。
「ぐっ」
身体を丸めて、なんとか衝撃を抑えた。
少し吹き飛ばされてしまったが、かすり傷程度で済んだ。
「あっぶね......服に防御魔法を付与しておいてよかったぜ......」
ヘルメットならぬ、付与が無ければ即死だったってやつだ。
「シルビオさん!」
「大丈夫だ......それよりも注意しておけ。速さだけじゃなく、力も十二分に強い」
何より、魔法を使ってきた事に驚いた。
まさか魔物も魔法を使って来るとはな。
恐らく、さっきのはグランドシェイクだろう。
だが今思い返してみると、ゲームでもそれっぽいものを使ってくるやつはいたな......
そもそも魔物ってのは、魔力を帯びた動物た。
魔法が使えないという方がおかしい。
「シルビオ様。遊んでいる暇はございません。あまり長く戦闘していると、他の魔物達も集まって来てしまいます」
「そうか」
なら、さっさと済ませよう。
中級ってのは一体どんなものかと思ったが......
「動きがいくら素早くて機動性に優れていたところでなァ」
手袋に、まだ爆破属性が残っていることを確認する。
よし。問題は無い。
「範囲攻撃は避けられないだろ」
前回同様、毒を混ぜた爆風をお見舞する。が、今回はひと味違う。
空中での爆発を、何回も何回も繰り返し、渦巻く。そうすることで、竜巻を作り出せる。
「ヴィオレッタ!リーネにも全開の魔法防壁だ!!」
「了解しました」
くらえ!!
「グオオオオオオ!!!!」
大きな竜巻は熊を飲み込み、熊は為す術なく吸い込まれていった。
そして、竜巻が終わる頃には、熊はズタズタになって出てきた。
傷口から毒が漏れ出ている。
なんだかすごく残酷だな、これ。もうやめよ。
熊だけではなく、辺り一面まっさらさらな更地になってしまった。
「......」
「......」
「ん?」
「ん?じゃないですよ!てっきり、もう勝てないものかと思いました!」
と、リーネは怒る。
あぁなるほど。二人がかりで、やっても当たらないんじゃ、もう打つ手が無いと思っていたのか。
「余裕ならもっと初めからサッと倒しちゃって下さいよ!」
「いやぁ、中級魔物ってどんなものかと思ってね」
「して、感想はどうでしたか?」
「んー......」
やっぱり毒の付与が強かったのか、威力が強かったのか、分からないがそこまで苦戦はしなかったな。
魔物にしてはたしかに強かったが、俺の方が強かった。まだ俺の魔法は通用するという事だ。
「今回は俺の方が強かったな」
「......シルビオ様らしいですね」
らしい......か。
それは、昔のシルビオらしいってことだろうか。
いや、今の俺か。
どちらにせよ、一応褒め言葉と受け取っておこう。
「それじゃあ、行こうか」
「はい」
「まだ見ぬ新天地へ」
「いや出口だよ!!」
何が新天地だ。行ってたまるか。
ヴィオレッタは、謎のボケをかましてきた。なんだろう、口数が多くなった気がする。
「......」
「なんでしょう?そんなにジロジロ見つめないでください」
「いや、なんでも」
少し嬉しい俺だった。




