95. スズキノヤマ帝国 パララ(1)
「寒い?」
「ちょっとね」
「魔法を少しかけようか?」
「ううん、大丈夫」
「高度をあと少しで下げるから暖かい地域に入ると思う」
「うん」
ローズたちは、朝餉の後、たくさんの町の人々に見送られてパララへ出発した。ガリカからパララへ移動用フクロウで大体六時間ぐらいかかる、とエフェルガンが言った。
今日のお天気はひんやりしているためか、ローズが少し震えている。それを気づいてエフェルガンは操縦を片手にして、もう片手は彼女の体を自分に寄せて魔法をかけいる。ローズがいらないと返事したけれど、やはり心配しているようだ。エフェルガンの魔法でローズの体が少しずつ暖かくなった。
移動用フクロウが進み、少しずつ山の地形から草原が広がる地形となった。上から見える景色がとてもきれいだ。時に商人の馬車が列を並んで移動しているのが見えた。この辺りではいくつかの小さな村や町がある。広い農地や家畜が見えていて、エフェルガンは詳しく説明をしている。この地域の特産品や特徴など、細かい情報を教えている。本当に彼が、自分の国を愛している、とローズが感心した。彼の他の兄弟はここまで自国を理解しているかどうか、分からない。けれど、細かい所まで頭の中に情報が入っている。
ちなみに、ローズはアルハトロスのことがあまりよく知らない。いつか自国の至る所まで知り、見て回りたい、と彼女が思っている。その前に出歩く許可が出るかどうか微妙だ。でもロッコと一緒なら、できるかもしれない。スズキノヤマと比べたら広くないので、その気ならば一周ぐらいできるはずだと思う。
「何を考えているの?」
エフェルガンは少しぼーとしているローズに気づいた。
「ううん。感心しただけだよ」
「何を感心したの?」
「エフェルガンって、自分の国が好きだなと思った。地方のことが詳しくて、すごいな」
「立場上でそうしなければいけないからだ」
「立場上でも詳しく知らない人だっているんだ」
「上に立つ人は前を進むために自分の足下を十二分も理解しないといけないと昔からズルグンに教えられた」
「そうか」
「国の未来や国民の生活や安全を守るために必要な知識なんだ」
「すごいな」
「ローズだって、自国を愛しているのだろう?」
「私は・・・愛しているけど・・」
「あまり外に出してもらえなかったか」
「うん」
ローズが戸惑いながらうなずいた。実際に、彼女は宮殿の外へあまり歩いたことがなかったからだ。
「立場が上でも、ローズは姫だからな・・役割が違ってくる」
「うん」
「もし僕が男でなければ、多分姉や妹たちと同様、政略結婚の道しかなかったのだろう」
エフェルガンがはっきりと言った。それは、この世界の女性貴族の役目だ、と。
「うーん、女の子のエフェルガンを想像できないけど」
「ははははは、僕も考えるのが怖いな。男で良かった」
エフェルガンが笑って、うなずいた。女性のエフェルガンはどんな感じなのか、とローズも想像してしまった。
「うん。私は男ならどんな男になるんだろう・・」
「小さくて、生意気な男の子?」
「うむ」
エフェルガンが答えると、ローズが戸惑った。
「生意気か・・おまけに凶暴で大食い」
「ローズが女の子で良かったな・・」
「そう?」
「女の子だからかわいいし・・」
「それはエフェルガンの個人的な理由なんだね」
「ははは、そうだな」
エフェルガンがまた笑った。二人が雑談しながら、旅を続けている。フクロウはすいすいと前を進む。出発してから数時間が経って、日も高くなった。旅が順調に進むと、昼餉の時間ぐらいにパララに着く。途中で小さな村で休憩して、また出発した。
ガレーが言ったあのパララの名物料理が食べたい、とローズが思っている。魚の揚げものはどんな感じの料理が気になる、と。ローズは息を呑んで、それらの料理を考えるだけでも食欲が出てきそうだ、と。
ぐ~~~~~~~~~~
やはり、魚の揚げものを考えるだけでおなかが反応した、とローズが恥ずかしくなった。
「ローズ、昼餉の時間がまだだと思うが・・」
「うむ」
「そんなにおなかが空いたのか?」
「いや・・あの・・これは・・えーと・・」
「どこかに休んで食事処を探そうか?」
出発したばかりなのに、とローズが思った。しかし、このおなかの音を、どう説明すれば良いか、彼女が迷っている。
「いや・・うむ・・ガレーが言ったパララの名物料理ってどんな感じかな~と考えたら・・うむ・・」
「そうか」
笑いを一所懸命我慢しているエフェルガンの体が震えている。顔に大きな笑みがちらっと見えた。
「いや、ごめん。面白がるんじゃなくて、本当に素直なおなかだなと思っただけだ」
「うむ」
「ガレーがパララに長かったから色々なパララ料理を知っているんだよ」
エフェルガンが言うと、ローズが彼の顔を見て、驚いた。
「そうなんだ。パララ出身なの?」
「暗部の者は出身地を明かないから分からない。が、ガレーは仕事でパララに長かったのが確かだ」
「そうか」
そういえば、ローズもロッコの昔話もあまり知らない。やはり暗部は秘密が多い、と彼女が思っている。
「やはり暗部の仕事だったの?」
「そうだったな・・あれは・・」
エフェルガンは言葉を止めた。しばらく前を見ながら考え込んだ。
「言いたくないなら、言わなくても良いよ」
「いや、今言葉を選んでいるんだ・・」
「うん」
「権力争いの関係でね・・」
「うん」
「姉上の結婚した相手はパララの領主だったんだ」
姉上・・、とローズがその言葉を聞いて、考え込んだ。異母の姉か、と。
「うん」
「あの領主はとても誠実な人だったんだ。僕にとても優しかった。とても良くしてくれたんだ」
「うん」
「皇帝陛下も気に入って、姉上を彼の妻として与えたんだ」
エフェルガンが顔色を変えないで、離した。
「うん」
「だが。姉上の弟・・僕にとって兄上でね、僕を殺そうとしたんだ。暗殺者を送って、かなり大変だったんだ。僕がまだ小さかったから、身を守る術もままならなかった。ズルグンの体の傷跡を見たことがあると思うが、その中からの数カ所は僕を守った時にできた傷跡だったんだ」
「そうなんだ」
ズルグンの体に、そのような歴史があったのか、とローズが思った。小さなエフェルガンにとって、とてもハードな子供時代だったのでしょう。
「オレファも・・その時に負傷したんだ。僕の護衛官の中にオレファが一番長くいてくれているんだ」
「そうなんだ」
「オレファはずっと昔から僕を守ってくれて、彼がためらいなく僕の盾になってくれた。兄上が送った暗殺者をオレファとズルグンの働きによってすべて排除できたが、大切な近衛二人も負傷してしまってね・・」
「うん」
大変だったのでしょう、とローズが思った。
「しかも何の証拠もなかったんだ。うすうす分かっていたが、証拠がなかったから、訴えることもできなかった」
「大変だったね」
「そうだな。大変だった。一週間後にまた別の暗殺者が送られていたんだ。今度は数が多く、死ぬかと思ったぐらいきつかった」
「エフェルガンは当時いくつだった?」
「八歳だった」
「まだ八歳で・・あんなに怖い体験したのか」
ローズが信じられない様子で聞くと、彼が彼女を見て、うっすらと微笑んだ。
「暗殺者は僕が生まれて来た時から、毎回送られて来たんだ」
「・・・」
それはどうかしている、と彼女が信じられない様子で彼を見つめている。
「ズルグンの傷跡はほぼ僕を守ってきた来たにできた傷跡だよ」
「そうなんだ」
「話を続けるね」
「うん」
ローズがうなずいた。
「僕が死ぬ覚悟で、武器を取り、暗殺者を相手にしたところで、ガレーが現れたんだ。本当は、ガレーがズルグン達の傷を診にきたんだけど、訪問したところで状況が緊迫していて、参戦してくれたんだ。あれで命拾いした。恥ずかしいぐらい、当時の僕がとても無様だった」
「そうなんだ」
ああ、とエフェルガンが言った。彼が苦笑いして、自分の過去を語っている。
「ずっと普通の医療師だと思ったガレーは実は凄腕の暗部だったとは知らなかったんだ。ガレーは自分が暗部であることも一度も明かしたことがなかったから、ズルグンでさえ、分からなかった」
「そうなんだ」
「彼は皇帝陛下の勅命で動いていたんだ。医療師としてやればどこでも出入りが可能だからな。事実上、ガレーは本物の医療師だから嘘にもならないし・・」
「うん」
「ズルグンが負傷したという話が皇帝陛下まで届いて、ガレーを送った。ガレーは傷を治療しながら調査するつもりだったが、訪問したところでまさかの修羅場だったとは・・。まぁ、でもガレーが来てくれたおかげで僕が生き延びることができた」
「ふむふむ」
「で、ガレーが調査をしてくれたんだ。どうやってしたか詳しく分からないが、パララまで足を伸ばして調査をしてきた。彼はパララで普通の医療師として働きながら、情報収集してきたらしい」
「そうなんだ」
「情報や証拠品まで数ヶ月間かけて集めてくれた・・」
「うん」
「そして兄上の企みが明かされた。陛下の命令で兄上が・・処刑された。そして側室である彼の母親は捕らわれて、毒の瓶を与えられて、皇帝陛下の前で、その毒を飲んで自害してもらった」
「・・・」
どういう神経をしているのか、疑いたくなった、とローズが思った。しかし、それは、この国のやり方だ、と彼女も理解している。
「問題は当時パララの領主と結婚した姉上だった。いくらなんでも繋がりがなかっただろうと思ったが・・」
「まさか」
「そのまさかだった。暗殺者を手配したのは姉上だった。結婚相手の元領主はそのことについて何も知らなかったが・・。でもガレーが集めていた証拠が確かだったんだ」
「そんな・・」
「その領主を、公務の理由で皇帝陛下に呼ばれて、事実が明かされた。その夜、彼は首都からパララへ帰った。そして自分の妻を、自分の手で殺した。その後、彼は自害したんだ。その時、姉上が身ごもっていたんだけれど、おなかの子も死亡した」
「・・・」
「彼は・・子が生まれることをとても望んでいた。楽しみにしていたんだって。僕になんども楽しそうに話してくれたんだ」
「悲しかったね」
ローズはどんな言葉をかければ良いのか、分からない。彼の人生が壮絶すぎるからだ、と彼女が思った。
「ああ。でも僕の人生ってこんなのばかりだった。ローズと出会うまでは・・」
「私と出会ってから暗殺が減ったの?」
「いや。相変わらずだけど」
「最近も?」
「そう・・だな」
「え?!」
何も知らない自分が情けない、とローズが彼を見て、耳を疑った。
「誰も言わなかったか」
「何も知らないよ?」
ローズが言うと、エフェルガンが微笑んだ。
「まぁ、問題なかったから心配しなくても良いよ」
「いや、私も知る義務がある」
「なぜ義務?」
「あなたのそばにいる以上、私は知らなければいけないんだ」
「そうか」
「エフェルガンは私を信用しなかったのか?」
「心配をさせてしまうと思ったから、言わなかった。ごめんなさい」
「理由が分かった。では最後の襲撃はいつだったの?」
「ローズが風邪をひいた時だった。町長の屋敷から帰ってきた時に、待ち伏せされたんだ」
「・・・」
「でも大丈夫だったから、問題なかった。ちゃんと対処できた」
「それって三日か二日前だったんじゃないの?」
「ぬいぐるみを持って帰った時の日だった」
「なんで・・」
「ごめん。ローズの苦しんでいた姿を見て言えなかった」
「でもこれから・・ちゃんと言って」
ローズが心配そうな様子で彼を見て、言った。
「はい」
「エフェルガン、さっき言ったこと・・私と出会うまでって・・どういう意味だった?」
「ローズと出会うことによって、僕はローズのために生きると決意したんだ」
「うん」
「僕の命はロースのために使うから、ローズのものだ。暗殺者ごときに命をやらないと決めたんだ」
「エフェルガン」
「ローズをずっと愛し続けるためにも、生きていかなければならない。ローズと出会ってから、僕は例え兄弟でも、ためらいなく、殺せるようになった」
「まさか・・」
「・・・暗殺者の中に・・」
彼が言葉をためらった。
「エフェルガン・・もう分かった。言わなくても良いんだ」
辛すぎる。なんで彼はこのような辛い日々を遭わなければいけないのか、分からない。ローズが聞いているだけで、こんなに辛くなってしまった、と彼女が思った。
「ごめん。また泣かしてしまったな・・」
「なんで・・こんなに辛いんだ・・」
「大丈夫だ。エトゥレが片づけてくれたんだ。陛下にも報告した」
「そんな問題ではない」
「ローズと出会ってから、僕はちっとも辛く感じないよ。毎日が忙しいけど、大変だけど、僕は幸せを感じている」
「こんな私であなたを満たされることができるのか」
「僕は欲張りだ。本当のことを言うと、今のローズでは、僕が満足しない。僕はローズのすべてが欲しい、身も心もすべて僕のものにしたい」
「でも・・今の私が・・それが難しい」
「分かっている。だから、今は小さなことでも大切にしたい。ローズが与えてくれた小さな幸せのかけらを一つずつ集めて、僕の宝物にしたい」
彼がローズをぎゅっと抱いた。
「エフェルガン」
「そのうち、これらの小さなかけらが大きなかけらになると信じて、頑張れるんだ。ローズの笑顔を見るために、未来を向けて、どんなことがあっても、諦めないで、頑張れるんだ」
エフェルガンがローズの温もりを感じながら、そう言った。
「あなたがいつも見せてくれた笑顔は・・あれは本心からの笑顔だったのか?」
「無論、本心だ。ローズを見るだけで、痛かった僕の体も、心も、すべて消えてなくなるような・・、幸せを感じる」
「私はそんな単純な生きものではない」
「分かっている。だが、この気持ちも抑えきれないほど、ローズを愛しているんだ」
ローズの心に、痛みを感じる。今の彼女が、その気持ちを応えることができないからだ。
「その気持ちを、・・いつか応える日が来ると願っている」
「そう、だな」
「いつか、あなたの心臓の音をお聞かせ下さい」
「喜んで・・」
エフェルガンはぎゅっと片手でローズを抱きしめた。二人がとても切ない気持ちになった。
「殿下!パララの町が見えましたよ!」
ケルゼックは隣に接近して、大きな声で知らせてくれた。ケルゼックは涙を拭いていたローズを見て驚いた顔していたが、何も言わなかった。エフェルガンはうなずいた。状況を理解してくれたらしく、ケルゼックはそのまま先導の体制になり、ローズたちを誘導している。
涙を拭いて、前を見ると、目の前にきれいな町が見えた。青い海に白いビーチがあって、とても美しい。海の向こうに二つの小さな島々も見えた。これがパララか。
「ローズ、ようこそ、パララへ」




