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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
スズキノヤマ編
82/811

82. スズキノヤマ帝国 キヌア島(13)

ロッコがキヌア島を旅立ってから数日後、エトゥレが帰ってきた。彼が疲れた顔しながら、事細かく報告してくれた。


首都にあるドイパ国大使館によると、ビリナは首都に着いてから、まもなく帰国したという。大使からもらった連絡先を元にロッコとエトゥレは軍用フクロウでドイパ国へ行って、ジャタユ王子と緊急会談した。そしてそこで判明したのはビリナの連絡先は別人のもので、まったく無関係であるとジャタユ王子の調べで分かった。ここからはドイパ国暗部とロッコの連携となるので、エトゥレは帰国して、首都本部へ報告した後、キヌア島へ戻ったわけだ。大変疲れたのでしょう、とローズは思った。


エトゥレが報告した後、彼がポケットから一枚の紙を差し出した。封筒もなく、シンプルな一枚の報告用の紙だった。そこに書かれていたのは初めて見たロッコの文字だった。とても丁寧に書かれていて、きれいな字だった。


「ローズへ。愛している。ロッコより」


それを読んで微笑んでいたローズを見て、相変わらず気になって仕方がないのはエフェルガンである。そんな落ち着かない様子を見せたエフェルガンにエトゥレはにやっとした笑顔で退室した。


相変わらずロッコらしい。報告書で恋文は意外だった。しかもそのままエトゥレに託したという大胆なことだ。けれど、それをもらって、ローズはとても嬉しかった。


「エトゥレから何かもらった?」

「おみやげ」

「何のおみやげだ?」

「一枚の報告書」

「あやしい」

「ドイパ国暗部本部の紋章付きだよ」

「見せて・・」

「ダメ」

「気になる」

「我慢しなさい」

「少しだけ見せて」

「はい、こんな感じ」


ローズは裏を見せて、何も書かれていない方の面だった。


「表が見たい」

「ダメ」

「どうして?」

「見せたくない。私宛の手紙だもの」

「手紙なのか」

「一応・・」

「ロッコ殿から?」

「ふふふ」

「エトゥレから直接聞くしかないか」


エフェルガンがそう言って、エトゥレを呼ぼうとした。


「ひどい(あるじ)だな。エトゥレは今疲れていて、休んでいるところよ」

「休んでから聞くとする」

「うむ」


エフェルガンがそう言って、ローズを見つめている。


「そう言えば、ロッコ殿と別れたとき、ロッコ殿のことを「二人とも」、とローズが言ったような気がした」

「うむ」

「聞き間違いかと思ったが・・エトゥレとロッコ殿のことか・・でも何か不自然で・・」

「うむ」

「できれば説明して欲しい」

「エフェルガンってどのぐらい暗部の者たちと付き合っているの?」

「かなり長いが・・どうした?」


エフェルガンが首を傾げて、聞いた。


「暗部の者たちの名前の事情ぐらいは理解している?」

「名前の事情?」

「まさか、知らないの?」

「何のことだ?」

「うむ」


エフェルガンがケルゼックを見て、確認する。


「ケルゼック、分かるか?」

「いや、良く分かりません」


ケルゼックまで首を傾げた。


「うむ」

「どういうことが説明してくれるか?」

「エフェルガンが分からないとは、・・意外だった」


ローズが呆れた様子で言ったら、彼が苛立ちした。


「だから、良く分からないんだ」

「これを知っていても、秘密として守れるの?暗部の者に直接確かめたりしないことを誓う?」

「誓う」


エフェルガンがうなずいた。


「ケルゼックとエファインは?」


ローズの質問に対して、エファインとケルゼックがうなずいた。


「誓います」

「必ず秘密を守ります」


やはり全員知らなかったようだ。


「えーと、世界中の暗部と言っても過言ではないぐらい、暗部の者は大体名前が2つ持っているんだ。日頃彼らが使っている名前と、選ばれた人にしか知らない名前だ」


ローズがそう言うと、彼らが驚いた。


「え?!」


「初耳だ」


「知らなかった」


ローズが苦笑いした。


「仕事上でことはすべて秘密だから、基本的に偽名を使って、行動するんだ。何かあった時に家族や組織を守るためだ」

「エトゥレも?ロッコ殿も?」

「彼らだけではなく、恐らく隣の部屋にいる暗部達も含めて、全員だね」

「では、彼らの本当の名はどうやって知る?」

「暗部本部の長官か、その上なら知っているでしょう。でも基本的に忠誠を誓った相手か、信用できる身内にしか教えない暗黙のルールがある」


ローズがそう答えると、エフェルガンが驚いた。


「驚いた」

「初めて知りました」


ケルゼックも驚いて、彼女を見ている。


「ローズはロッコ殿の本当の名前を知っているのか?」

「うん。秘密だけどね。もう一人のロッコを命令できる人は父上と私だけだよ」

「なるほど。ロッコ殿にとって、忠誠に当たる人物はお父上とローズだけということだな」

「うん。ロッコは父上に忠誠を誓い、今でも忠実な配下であるよ」

「暗部の者は秘密が多いな。僕もいつかローズのお父上のように暗部に慕われている指導者になりたい」


エフェルガンが言うと、ローズが笑ってうなずいた。


「うん。いつかそうなるように、あまり暗部の者を虐めないで下さいね」

「僕は虐めてないぞ」

「うむ」

「本当だって」

「まぁ、今度暗部の者にこっそりと聞いてみようかな。エフェルガンってどんな主なのか、と」


ローズが笑うと、エフェルガンが困った顔をした。


「怖いな。ローズってアルハトロスの暗部に愛されているのだからな。いつかスズキノヤマの暗部の者たちにも愛されるかもしれないな」

「殿下の恋敵が多いですね」

「ケルゼックの言う通りかもしれない」


エフェルガンがうなずいた。確かに、恋敵が多くいると、彼が安心できない、と。


愉快な会話がガレーの登場によって中断された。ガレーは基地から偽薬関連の報告書を持ってきた。偽薬による中毒で苦しんでいるニラの母親は回復に向かっているという嬉しい知らせもあった。不自由な体で生まれてしまった子どもたちは残念ながらどうしようもなかったけれど、これからあの子どもたちが生きていけるように国が教育支援や生活支援をする、とエフェルガンが言った。


ガレーとエフェルガンは妊婦が医療師と相談せずに勝手に市販の薬を飲まないようにというルールを作る。エフェルガンはこの島にも複数の医療施設や教育施設も建設する、と計画を立てている。頼もしい皇太子殿下だ、とローズは思った。


皇帝にも、一連の不正をまとめて、一昨日ケルゼックに頼んで皇帝に直接手渡しをして、返事をもらってきてくれたそうだ。皇帝は宮殿でこの事件と関わりがある人物を捕らえた。またこの島の領主の裁きは、エフェルガンに任せた、と皇帝からの言葉を受け取ったとケルゼックの報告で分かった。


忙しいエフェルガンと同じく、ローズも彼の隣で必死に課題をやっている。やっと教科書の中身を理解して、参考書を見ながら、課題を一つずつ終わらせている。学校に通いたかったのに、皇帝の命令でエフェルガンとともに各地への視察するため、通信教育になってしまった。勉強の内容が分からない時に、医療師であるガレーに聞いて教えてもらった。とても助かっている。ロッコと離れて寂しい思いは、ほとんど一日でこの大量の課題で忘れてしまった。


ロッコもきっとクヨクヨしている自分を望んでいない、とローズは思った。彼も今、どこかで仕事に励んでいるに違いない。だったら自分も一所懸命に勉強して卒業できるようにする。ローズはそう考えて、微笑んだ。


今日の午後の仕事をいち早く終わらせたエフェルガンはローズを連れて、この屋敷にある元領主の図書室に行った。横領や汚職に手を染めた領主だったけれど、そのお金の使い道が図書室にもあるとエフェルガンが気づいた。その図書室で、古い本がたくさん並んでいる。これらの古い本が、とても貴重で高額であるため、一般の人は手が出せない物ばかりだった。エフェルガンはこれらの本を国が管理すると決めたらしい。ちなみにローズが、これらの本を借りることを許すとエフェルガンが言った。読み終わったら郵送で中央図書館に送り返す、というシステムだ。また次の本を借りたい時に、フォレットに頼めば借りに行ってくれるから、安心だ。ローズもエフェルガンも読みたい本のリストを作り、1冊ずつ取り、その他の本を箱に入れた。明日、これらの本を図書館に送る予定だ。


図書室から他の部屋を見て回ることにした。異常な贅沢さで、びっくりした。エフェルガンはこれらの品々を競売にかけるそうだ。次の領主のために、最低限必要なものだけを残して、これらの贅沢品を売って、島の復興支援にあてる予定だ、と彼が言った。また子ども達が安心して学校に行けるように、生活が苦しい家庭に特別手当も出すと計画にも入れたそうだ。そのための財源は、これらの贅沢品やこの一族の財産をすべて没収されることになった。彼らは長い間島民を苦しめたから、今島民のために、財産を使われることに文句を言わせない、とエフェルガンが言った。ローズが気に入った物があれば、エフェルガンが買ってくれると言ったけれど、元々贅沢品にあまり興味がないローズは首を振っただけだった。


競売の告知は予定通り明後日で行われる。ちなみに、雷鳥石も磨いてもらって、光輝く美しい宝石になった。これらの雷鳥石も競売にかけることになる。首都でも話題になった美しい雷鳥石に、キヌア島で行われる競売の告知も首都で出した、とエフェルガンが言った。これで間違いなく宝石商人や貴族達がこの島に来て買い物するでしょう。


執務室に戻ると暗部達が帰ってきた。手元に魔石があった。懸命な捜索が実って、これで助かった人は7割になる。早速エフェルガンは魔石を破壊し、中に閉じこめられていた人を解放した。衰弱していたが、全員無事だった。早速ガレーに任せて、国軍基地に運んでもらった。


順調にことが進み、残りの課題は次の領主選びだ。まだ見当も付かないため、しばらく保留する。その代わり、汚職に関わりがない役人を選んで、領主代理として仕事をしてもらうことにする、とエフェルガンが言った。明日はどの役人にするかじっくりと話し合ってから決めるそうだ。この島に滞在する期間もいよいよ終わりに近いと思う。


夕餉の時間に久しぶりに借りている家に戻り、リンカとオレファがもうすでに台所で忙しく料理を作っていた。そして、その夜は久しぶりの食料争奪戦が起きて、とても賑やかな夕餉だった。





数日後、競売が無事に行われていた。思った以上にお金が入って、予定通り学校や医療施設を建てることができようになった。首都からの調査員はまだしばらく滞在するそうで、エフェルガンはその中から一人の担当者を選び、エフェルガンに直接報告を行う係とする。また国軍基地にいるニラの母親は回復次第村に帰すそうだ。ニラは苦しい生活のためやったとはいえ、人さらい一味に関わりがあるため数年の間に牢屋に入り、再生するための教育を受けることになった。


元領主とその家族は死罪となった。見せしめのために、斬首された首は広場で数日間置かれることになる。人さらいに関わっている警備隊の隊長とその数人の幹部も死罪となった。もちろん、人さらいと人売りに関わりがある領主の息子の仲間も死罪だ。偽薬を作っている者も死罪だ。また罪が比較的に低い使用人や販売人は数年の牢屋送りと強制労働の罰が与えられていた。人売りや人体実験を行った魔法師らも死罪だ。当然、人を魔石にした魔法師らも死罪だ。犯罪現場にされた建物まですべて取り壊し、更地にされた。ちなみにジェンは重い罪に課せられて、やはり死罪となった。ジェンの死罪報告はアルハトロスに通達されることになる。


汚職の件も、罪によってそれぞれの裁きを下したエフェルガンであった。一番重い刑罰はやはり死罪だ。その他の者は役人の仕事から解かれ、仕事を辞めさせたり、身分を落とされた者もいる。反省して横領したものを国に返した者には慈悲がある。給料を減らし、身分も落とされるけれど、重い刑罰から逃れることができる。また今まで元領主の一族関連の商人や問屋の一部による買い占めや圧力もすべて廃止して、公正な取引が義務づけされることになった。これで、村の農民たちが生活できるようになる。また健全な商売もできるようになる、とエフェルガンが言った。


大量の死罪判決を下した裁判だったけれど、島民にとって救いの光だった。町や村が祭り状態になり、人々が踊って喜びを表した。領主がまだ決まっていないけれど、担当する役人が決まって、エフェルガンに定期的に連絡や報告を行うように、と義務づけられている。


島民らの笑顔で見送られながらローズたちはキヌア島を後にした。目指すはスズキノヤマの一番西にある領土、パララだ。


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