811. 巡礼の旅(20)
『あれぐらいのことで、それらの子どもたちは信じるのか~?』
ロッコを頭の上に乗せた海龍は考え込みながら聞いた。
『まぁ、分からん。けど、あんたのお気に入りのあいつはあれでこれからのことを正すことができるだろう。俺たちがいろいろ手伝ったなんだから、あいつはそのぐらいできなかったら、ローズの保護者として失格だよ?』
『ははは、我の息子はきっとできる~それに、あの鳥の子は聖龍の気に入る子でもあるから、無能ではないはずだ~』
『そう願う』
ロッコは短く返事した。
『でも、おまえの動きは自然だったな、海龍』
『ははは、それしきなことぐらいならできるよ~』
『えらいな。成長したね』
『すべてローズのためさ~』
二人は大きな島の前に止まって、下を見渡した。
『ローズのおもちゃが悪さをした以上、土の粒に返さないといけない~土龍が仕事しないから、 我はこんなに苦労している~』
『なるほどねぇ~』
ロッコはため息ついて、下を見ている。龍にとって、人々はただの「ローズのおもちゃ」に過ぎない。
『龍神の思いつきにできたこの世界は、やはりどこかが歪んでいるのかもしれない』
『それを言ったら、我らだって龍神の一部であろうに~?』
『まぁ、な』
ロッコはまたため息ついた。
『初めての試みだったし、歪んでもしかたない~歪みを直せば良いだけのことよ~』
『そうだな。まぁ、とりあえず龍神を寝かさないと、この世界は何もかも滅んでしまう。残ったのは吸収されたローズと俺たちとただの寝ぼけた龍神だけだ』
『それは嫌だねぇ~せっかくローズと出会えたのに、また別れるなんて、絶対に嫌だ~』
『俺も嫌だ。彼女をやっと見つけることができて、そしてここに連れて帰ったからね。どれほど時間がかかったか・・』
ロッコは立ち上がった。
『とにかく、俺はもうローズを失いたくない。何してもだ』
『我もだ~』
海龍もその意見に同意した。
『彼女のことをしばらく火龍に任せて、さっさとやろう』
『分かった~』
海龍はうなずいて、人の形に変化した。そして二人は一瞬で消えた。
「陛下・・」
人々は青い顔でエフェルガンに尋ねた。ケルゼックたちも青い顔でエフェルガンを見て、息を呑んだ。
「人の姿の海龍様だ」
エフェルガンが答えると、人々の顔が白くなった。
「その方らも気づいたと思うが、ここは海龍様が支配する区域だ。皇后に悪い企みがあった時に、海龍様が眠りからお目覚めになった。このようなことは、初めてのことではなかったから、きっと海龍様は皇后のことを心配したあまり、現れたのだろう」
エフェルガンはため息ついた。
「そして、水龍様もお目覚めになった・・。恐らく海龍様の凄まじい力の波動で、つられてお目覚めになっただろう。が、実際のところ、その方らの目で見るまでは余の言うことを信じなかっただろう?」
エフェルガンが言うと、貴族らは思わずうなずいた。けれど、数名の貴族らは再び首を振った。
「その・・ロッコ殿は・・、本当は何者でございましょうか?」
一人の貴族が恐る恐ると聞いた。
「先ほども言った、龍神様は直々に彼の名前をご指名になった皇后の護衛官だ。それに、彼は龍の神々と会話もできるほど、優れた人だ」
「・・・」
「そして、彼はいつも否定したが・・、実は、彼は海龍様と仲が良い。人の身でありながら、彼は唯一海龍様のお背中に乗れる存在だ。そこにいる海軍将軍や南タマラ基地から来た海軍兵士らに聞けば分かる。彼らはそのことを目撃したからだ」
「・・・」
「そして、先ほど暗部の一人が報告した。ロッコ殿は海龍様の頭の上に乗って、隣にいた水龍様の頭を叩いたそうだ・・」
「!」
人々が思わず騒いでしまった。龍の頭に乗って、しかも別の龍の頭を叩いたなんて・・。
「だ、大丈夫でしょうか・・?」
「分からん」
エフェルガンは即答した。
「が、先ほどの様子では、問題なさそうだ」
エフェルガンが言うと、その場にいる誰もが安堵した様子だった。
「余でさえ、そのようなことができない。本当に、すごい人だ。主に忠実して、皇后にも忠実して、龍神様にも認められる存在だ。そんな偉大な人を、おまえらの企みに関わっているような嘘などなんて、無礼極まりない。国の恥だ。余は許さん!」
エフェルガンは鋭い目で目の前にいる人々を見ている。そして彼はエレキ子爵を睨みつけた。
「失礼致します。陛下、暗部隊員らは戻って参りました」
ケルゼックが言うと、エフェルガンは開いた輪っかに視線を移した。オルカの後ろに、もう元気がないゼスミア・エフラが複数の暗部隊員らに抱えられながら現れた。オルカはエフェルガンに頭を下げてから、ゼスミア・エフラをエルサン・エレキの隣で跪けた。
明らかに拷問を受けた、とその場にいる貴族らは青い顔で息を呑んだ。
「ゼスミア・エフラ男爵、その方らの狩りの計画について、余の前に言うが良い。何もかも、すべてだ」
エフェルガンが言うと、ゼスミア・エフラは弱くうなずいた。彼の口から出て来た真実に、エフェルガンは無言で彼を見ているだけだった。
ゼスミア・エフラはモルグの化け物らが来ることを知っていた。そのために彼は複数の傭兵団に連絡して、応援を頼んだ。ゼスミア・エフラの上にいる上司であるエルサン・エレキも無論、このことを知っていた。むしろ、彼の指示で傭兵団を複数も設置した。万が一計画が失敗したら、彼らはそのままエルゴタニエアにある闇龍神殿を攻撃する準備もした。その仕事はテオドール・アイデンバーグが請け負った。
そして、エフェルガンたちの予定を知っている領主のジャマール・アルウィ伯爵のそばにいたのはアルバート・サザビー子爵だった。その告白に合わせて、暗部たちはアルバート・サザビーを連行して、手荒にエフェルガンの前に跪けさせた。
「グロリア・コルサ・アマデア夫人は・・」
ゼスミア・エフラは息を呑んだ。
「・・あのお方は、皇后様を憎んでおります。彼女はすべての財産を渡した代わりに、皇后様を必ずこの国から追い出すようにと注文をなさいました。そのために、ファビーナモルグがエルゴタニエアに向かわれました」
ゼスミアの言葉を聞いたエフェルガンは首を傾げた。
「なぜだ?余を憎んでもおかしくないが、皇后は何も悪いことをしなかっただろう?」
「皇后様は、我々を見捨てましたから・・」
「見捨てた?」
エフェルガンが聞くと、ゼスミア・エフラはうつむいた。
「あの時、・・オゴルタがここに攻撃した時に、皇后様は私たちを助けないで、そのまま見捨てて、どこかへ行ってしまわれた・・」
あの時か、とエフェルガンはため息ついた。
「ずいぶん昔のことではないか」
エフェルガンが言うと、ゼスミア・エフラは突然泣き出した。
「私どもにとって、それがとても辛かったのです!皇后様さえここにいれば、どれほど民が助かったか・・!」
「そうか・・」
エフェルガンは突然立ち上がって、頭を下げた。ケルゼックたちもビシッと立って、頭を下げた。
「陛下・・」
ゼスミア・エフラは瞬いた。
「皇后は悪くない。彼女は闇龍様の力に呑み込まれた余を助けるために急いで駆けつけた。その結果、ここにいた負傷者のことを手当てができなくなった」
エフェルガンはそう言いながら、再び座った。
「・・闇龍様?」
その場にいる貴族らはざわめいた。
「そうだ。もうすでに遙か昔に亡くなられた闇龍様は何らかの原因で皇后の涙に反応してしまってね、余の意識を呑み込んでしまった。あの時、どうしようもなかった。余はただエルゴシアを攻撃した奴らを許せなくて、一刻も早く打ち負かしたかった」
エフェルガンはため息ついた。
「あの時、余は未熟たった。そのような余を見た皇后は身ごもっているだったのに、懸命に余を止めた。余を止めなければ、この世界が消滅してしまうだろう」
エフェルガンがそういうと、人々はまたざわめいた。
「あれから皆が知っているだろうが、オゴルタ国を含めて、大同盟のラタロスモルグ国とその周辺の国々は滅びただろう?闇龍様のお力に呑み込まれた余の一振りで、滅びた」
「・・・」
それらの国々を滅ぼしたのはエフェルガンだった、と記録に残っている。けれど、実際は闇龍だった。が、その事実を知っている人が数名だけだった。前皇帝エフェルザはエフェルガンの功績として記録をさせたからだ。
「ですが、陛下・・、闇龍様を・・その、どのように亡くなられたか、ご存じでしょうか?」
「さぁ・・」
エフェルガンはしばらく考え込んだ。龍神の娘であるローズでさえ分からないことだから、ただの「鳥の子」である彼は知るはずがない。
「数億年前にも起きたことだから、余は分からない。龍神様の姫君である皇后も分からない。それに龍の神々も何も教えてくれない。ただ一つはっきりとしたのは、海龍様がその神殿を支配していることだ。そして、余はその神殿の管理者だ」
エフェルガンははっきりと答えた。
「そのまもなくのことで、モルグ王国が首都を攻撃して、そのために皇后は大怪我した。前皇帝も崩御した。国が混乱して、エルゴシアのことを後回しになった。許せとは言わないが、理解してくれ」
エフェルガンは柔らかい口調で言った。
「余の言い分を言った。それで、その方らの言い分はそれだけか?」
「・・・」
エフェルガンが言うと、貴族らはしばらく顔を見合わせた。
「・・私は、グロリア夫人と会いました。トマス・アマデアは私の親友でした。彼とご子息が亡くなってしまって、そしてアマデア家が廃しされることが決まると、グロリア夫人は泣きながら、不満を打ち明けました」
「その気持ちは分からないでもないが、仕方ないことだ」
エフェルガンは無表情で言った。
「それで?誰がファビーナモルグと結託した?」
「私、でございます」
アルディ・ゼルバはうつむいたまま、はっきりと言った。
「なぜ?」
エフェルガンが尋ねると、アルディ・ゼルバは泣き崩れた。
「私の愛する妻と息子らの敵討ちのためでございます。そして、たった一人の娘のためにでもあるでございます」
しばらくすると、彼は小さな声で答えた。エフェルガンは無言で彼を見ている。
「続けよ」
しばらくの沈黙の後、エフェルガンは命じた。
「・・娘のアスティア・・、彼女が身ごもったまま、家に送り返されました」
「誰に?」
「・・・」
アルディ・ゼルバはまたうつむいて、泣いた。
「ハスタワ皇子でございました」
「・・・」
その名前を聞いたエフェルガンは険しい顔になった。アルディ・ゼルバはただうつむきながら泣いてしまった。
「奴は死んでからでも問題を起こしたのか・・」
エフェルガンはため息ついた。
「グロリア・アマデア様から伺いました。皇后様の護衛官、ロッコという暗部はハスタワ皇子を暗殺した、と」
「ロッコ殿はあやつを暗殺したではなく、余の前で堂々と彼の首を斬った」
アルディ・ゼルバの言葉を聞いたエフェルガンは即答した。
「ハスタワは、その方とはどういう関係?まさか、本当に娘のおなかにいた子どもの父親が彼なのか?」
「はい・・」
アルディ・ゼルバはうなずいた。
「子どもは生まれたか?」
「死産でございました・・」
「そうか」
エフェルガンは険しい顔でアルディ・ゼルバを見ている。もしも子どもが生きていたら、その「処理」を暗部に任せるしかない、と彼は思っている。けれど、この時点では、その子どもは生きているかどうか、確信はない。
「その方は理解していると思うが、謀反したハスタワと婚姻を結んだのは愚かなことだ」
エフェルガンは呆れた声で言った。
「我々は・・、我々は、娘は、ハスタワ皇子とは結婚しませんでした・・」
「ほう?」
「娘は、エルゴシアに身を寄せているハスタワ皇子の世話をして、その、・・」
アルディ・ゼルバの言葉が続かなかった。
「・・娘はただの慰め者に過ぎなかった・・か。騙されたにも気づかずに、哀れだ」
エフェルガンが言うと、アルディ・ゼルバは悔しそうな顔で泣いた。
「ハスタワはどこの家にいた?」
「・・・」
エフェルガンの質問を聞いたアルディ・ゼルバは迷って、しばらくだんまりした。そして重い口を開いた。
「アルバート・サザビー子爵の屋敷でございました」
「うそだ!」
アルディ・ゼルバが言うと、彼の横にいるアルバート・サザビーは強く否定した。けれど、暗部の一人は彼を押さえて、頭を床に付けた。エフェルガンは無表情でアルバート・サザビーをみて、再びアルディ・ゼルバに話を続けるようにと命じた。
「で、その方の娘がサザビー家でハスタワの世話をしたついでに、子まで身ごもったか」
「はい」
「あやつは皇子でもないのに?」
「私どもは・・、彼は皇子だと知らされておりました。後から知りましたが、ハスタワ様が謀反をなさった、と」
「誰から知った?」
「グロリア夫人からでございます」
アルディ・ゼルバは小さな声で答えた。
「・・娘のおなかに謀反人の子どもがいたとなると、選択が謀反を手伝うか、自害するか・・」
「そしてその方の選択は謀反か?」
「申し訳ありませんでした」
アルディ・ゼルバはうつむいた。
「私どもは残されたたった一人の娘とおなかにいる孫の未来を守るしかできませんでした。グロリア夫人の言付けを受けて、モルグの国へ参りました。化け物を、こちらに来るようにと手配致しました・・」
「なるほど」
エフェルガンはため息ついた。
「どこのモルグの国へ行ったか?」
「ファビーナモルグとエメラルドモルグでございます」
「それらの国々は、どこにある?」
「ここからずっと東におります」
アルディ・ゼルバははっきりと答えた。
「エルゴシアを攻撃した化け物らは、ファビーナモルグとエメラルドモルグからか?」
「本当のことは存じません。私はただサザビー子爵の手紙を渡しただけで、それからのやり取りはサザビー子爵がなさいました。モルグ側と話を付けたら、娘がハスタワ皇子とのご結婚に話を付ける、という約束でございました」
「で、結婚は認められたのか?」
「いいえ」
アルディ・ゼルバは首を振った。
「結婚を認められる条件であるおなかの子は、私どもが戻った時に、もうおりません。死産でした、という話を伺いました」
「なるほど。では、結婚はできなかったね?」
「はい・・」
「すると、どうやってその方の娘がアルウィ家の乳母になった?」
「私どもが戻ってきた時、娘はすでに当時生まれたばかりのジョハル様の乳母になっております。乳が出ているから、ちょうど良い、とサザビー子爵が仰いました」
アルディ・ゼルバが答えると、エフェルガンはただ彼を見て、ため息ついた。
「その娘も死んだ。ジョハル・アルウィを拉致して、国賓の一人、アルハトロスのロッコ・アルトを攻撃して殺そうとしたから、返り討ちになった」
「・・・はい。話は伺っておりました」
アルディ・ゼルバはうつむきながら答えた。
「実に愚かだ」
「申し訳ありませんでした」
エフェルガンはサザビー子爵にまた視線を変えた。アルバート・サザビーは必死に首を振った。けれど、彼は何もできなかった。彼の体を押さえている暗部隊員はまったく彼の動きを許さなかった。
「トダ、エルフィナはどうなった?」
エフェルガンが聞くと、トダはエルフィナを座らせた。
「大丈夫でございます。回復魔法をかけております」
トダはそう答えながらしっかりとエルフィナの体を支えた。
「では、その方が知ったことを、すべて言うが良い」
エフェルガンが命じると、エルサン・エレキは必死に「ダメだ!」と叫んだ。けれど、暗部隊員の一人がエルサン・エレキの頭を地面に押しつけた。その様子を見たエルフィナは青い顔で自白した。
簡単に言うと、エルフィナはブルニ・エレキになりすまし、毒入りの手紙を差し出した。それだけではなく、ブルニを悪者に仕上げた褒美として、良い縁談を約束された。
「誰と結婚する予定?」
「・・あの、エルク・ガルタ様と・・」
「ははは!」
エフェルガンは思わず笑い出した。
「その方はそのことを誰に言われた?」
「グロリア夫人に・・」
「ほう?なぜ?」
「グロリア夫人はエルク様の父方の遠い親戚だそうで、彼女が言ったら何でも叶えて下さる、と」
「そのような嘘で操ったのか・・」
エフェルガンは呆れた様子で言うと、エルフィナは首を傾げただけだった。確かに、スズキノヤマで一番の美男と言われるほどのエルク・ガルタとの縁談は国中の女子たちにとって大変魅力的な話だ。私生児であるエルフィナもその一人だった。
格好良くて、しかも身分が高い。
「誰かズルグンとエルク・ガルタを呼んでくれ。扉をそのままに開く」
「はっ!」
エフェルガンが言うと、一人の騎士団の兵士はエフェルガンが開けた魔法の輪っかをくぐった。向こうで彼が突然現れたことに驚いた青竹屋敷の執事のラカはチラッと輪っかを覗いた様子だった。エフェルガンの姿を見た瞬間、ラカは手を胸に当てて、慌ててズルグンとエルク・ガルタを呼び出すように、と配下らに命じた。しばらくすると、二人が見えて、騎士団の兵士と一緒に輪っかをくぐった。
「ズルグン・スズヤマは偉大なる皇帝陛下の召喚に参りまして、ご挨拶を申し上げます」
「エルク・ガルタは偉大なる皇帝陛下の召喚に参上致しました」
二人は丁寧に頭を下げて、挨拶した。
「突然の召喚だが、早速だが、エルク・ガルタ侯爵、グロリア・コルサ・アマデア夫人は知っているか?」
エフェルガンが聞くと、エルク・ガルタは首を傾げた。
「申し訳ありませんが・・存じ上げません」
エルク・ガルタがはっきりと答えると、エルフィナは信じられない様子で彼らを見ている。
「その方の父方の遠縁だそうだ」
「私は小さい時から父上と別れて育てられたので、父上の親戚など、あまり良く分かりません」
エルク・ガルタははっきりと答えた。
「その方はどこで育った?」
「タマラのタゴエでございました」
「その時、父親は?」
「オスカナ州におりました。母上がなくなってから、私は祖父の下へ預けられました。しばらくすると、父上は再婚して、私をタゴエに残して、新しい夫人とともにオスカナ州で生活しておりました」
「それで、父方の親戚と接触はないのか?」
「ございません。父上は元々軍人で、前皇帝陛下から男爵の位を賜っていたが、人間関係はさほど広くありませんでした。彼は仕事人間で、仕事と関わりのない者とはあまり深く関わらないような人でございました。自分の子どもたちにも、そんな感じでございました」
「なるほど」
エフェルガンはうなずいた。
「それで、エルフィナ・エレキ子爵令嬢と結婚する話はあるのか?」
「ございません。初耳でございます。それに、エルフィナ令嬢とは会ったこともございません。第一、私は菫・ダルゴダス公爵令嬢と婚約しており、これからも彼女とともに未来を築きたいと存じます。他の女性との関係は、龍神様や聖龍様に誓って、一切ございません」
「分かった」
エルク・ガルタの答えを聞いたエルフィナはあまりにもショックで、そのまま泣き崩れた。けれど、エルク・ガルタは彼女に見向きもしなかった。
「では、ズルグン・スズヤマ」
「はい」
「エルク・ガルタの3ヶ月間分の行動をここで報告せよ」
「かしこまりました」
ズルグンはうなずいて、細かくエルク・ガルタの行動を報告し始めた。海外基地の将軍になったエルク・ガルタは多忙で、アルハトロスの周辺にある同盟国に飛び回ることも多々ある。
「・・そして、今日は久しぶりに菫・ダルゴダス公爵令嬢と昼餉をなさいました。それを終えてから、お二人は数学を勉強致しました」
「数学・・?」
エフェルガンは呆れた顔で笑った。ズルグンも微笑んで、うなずいた。
「はい、菫様が三角関数の計算方法をお尋ねになったので、お二人が軽く会話してから、そのまま勉強会になさっておりました。私どもはお邪魔にならないように、少し離れた場所で見守っておりました」
「二人の様子は?」
「とても穏やかでございます」
ズルグンが答えると、エフェルガンは微笑んだ。
「なら、そのままで良い。ズルグン、菫・ダルゴダス公爵令嬢が求める本があれば、直ちに用意せよ。また、二人のことも頼んだぞ」
「かしこまりました」
ズルグンはうなずいた。
「では、ズルグン・スズヤマとエルク・ガルタ、二人ともアルハトロスへ戻って良い」
「かしこまりました」
エフェルガンが言うと、ズルグンとエルク・ガルタは頭を下げてから、再び輪っかをくぐって、アルハトロスへ戻った。エフェルガンは輪っかを閉じて、そのままエルフィナを見ている。
「これではっきりしただろう。気の毒だが、その方は騙された。しかし、いくら私生児でも、その方はエレキ子爵の子どもだろうが・・」
エフェルガンはため息ついた。彼はなんとなくこれから先に何が起きるか想像できた。
本物のブルニを殺した後、遅かれ早かれエルフィナはグロリア夫人の嘘に気づいてしまって、いつか殺されるだろう、とエフェルガンは思った。グロリア夫人の嘘に気づかなくても、邪魔者として、人知らずなところでいつか抹消されてしまうだろう。哀れだ、とエフェルガンは泣いているエルフィナを見てから、暗部に合図を出した。暗部隊員の一人がトダの代わりに立つ。
「他国と結託して、国賓の前で化け物らを送って、余を侮辱した。それだけではなく、余と皇后を亡き者にしようと試みた」
エフェルガンが重い声で言うと、人々は一瞬で緊張し始めた。
「皇后に危険を晒すことは最も重い罪だ。余はその事について、龍の神々に約束した。それは皇后の安全を必ず守ることだ。でなければ、世界その物が龍の神々に滅ぼされる」
エフェルガンはため息ついた。
「その方らはこれから海龍様の怒りを鎮めなければならない」
エフェルガンが言うと、人々は緊張のあまり息を呑んだ。
「グロリア・コルサ・アマデアは死んだ。そしてこの謀反を企んだ者と実行する者は、貴族の位は剥奪し、財産没収する。そして、全員、死罪。タマラと同じく、海に向かって、斬首を行い、その方らの首は海に献げられる。グロリア・コルサ・アマデアの首も、海に献げらる。これで海龍様の怒りが鎮まると良いんだが・・」
エフェルガンはため息ついた。エルサン・エレキやアルバート・サザビーらはただうつむいただけだった。けれど、その罰を聞いた女性らは気絶した。夫が謀反したら、妻を含む家族も同罪、ということになっているからだ。
「民は、身近に存在であるその方らを必ず見ている。なぜなら、その方らは貴族だからだ。余の手と足の代わりに、この地方を治めている。それなのに、最もやってはいけないことをしたなんて・・」
エフェルガンはまたため息ついた。
「エルゴの島々の領主、ジャマール・アルウィ伯爵、言いたいことはあるか?」
エフェルガンが尋ねると、ジャマール・アルウィは険しい表情でエフェルガンを見上げている。
「私はこの地域の領主でございます。知らないとはいえ、ことが私の領土で起きてしまいました。ただ、孫のジョハルはなぜ誘拐されていたか、良く分かりません」
ジャマール・アルウィがそういうと、エフェルガンはもう力尽きたゼスミア・エフラに視線を移した。
「失礼いたします。陛下、報告したいことがございます」
突然部屋に入った一人の暗部隊員がいうと、エフェルガンはうなずいた。
「なら、報告せよ」
「はっ!」
その暗部隊員は前に出て、報告書を読み始めた。そして最後の一枚をみて、彼は読まずに、そのままケルゼックにその報告書を渡した。ケルゼックはうなずいて、報告書をエフェルガンに差し出した。エフェルガンは黙って、その報告書を読んで、ため息ついた。
「要するに、その方が騒いでいたら、ジョハルを殺す、と脅しをかけたわけか。分かりやすい、実に分かりやすい犯罪だ」
エフェルガンが言うと、ジャマール・アルウィの顔に怒りが見えた。
「例え孫や娘、息子、妻、私の家族全員が人質にされても、私はそれらの謀反した者に絶対に従いません!私は皇帝陛下に忠誠を誓いました。ずっと昔から、この忠誠は変わりません。例え家族全員が殺されても、私自身が死んでも、屈しません。私は生きているかぎり、このエルゴの島々を守ります。それは昔から、今も、そして未来にも変わりません!私は、私はこの雪に覆われているこの大地が愛しい・・、大地だけではなく、この地に住んでいる人々も、すべて愛しく思っております。それなのに、・・どうして・・」
ジャマール・アルウィが言うと、貴族らはうつむいただけだった。
「陛下、私も罰して下さい。私の監視不届きで、この領土で謀反が起きてしまいました。なので、私も同罪でございます」
「分かった」
エフェルガンは短く答えた。そして一人の男性を呼び付けた。その男性は騎士団隊員であって、ジャマールの息子だ。
「騎士団、ハミド・アルウィ」
「はっ!」
「エルゴの島々の領主に、余の剣を渡してくれ」
「はっ!」
ハミドは複雑な表情でエフェルガンの剣を受け取ってジャマールに差し出した。ジャマールは困った表情でその剣を受け取った。
「ジャマール・アルウィ伯爵」
「はい」
「その剣で、その方の孫を殺しなさい」
「孫?ジョハルでございますか?」
「そうだ」
エフェルガンは言った。
「ジョハルがアスティア・ゼルバの息子だ。その方の息子、ジャスミルの妻、エルミナの本当の息子は死産した。同じ頃に生まれた子どもはそのジョハルだ」
「私は・・知りませんでした」
「だろうな」
エフェルガンはため息ついた。
「暗部、この件について、誰が調べた?」
「ロッコ様でございます」
「いつ調べた・・?」
「二時間ぐらい前にロッコ様は私の前に突然現れて、その紙を差し出しました。念のために、そこに書いてある人物らを急いで調べて参りました。ほとんど全員健在で、産婆もそのときの元侍女らもまだ健在で、全員同じことを仰いました」
「アミナ夫人やエルミナ夫人はこのことを知っているのか?」
「いいえ、誰も気づいておりません。アミナ夫人の場合、ちょうどその時、タマラからの船に乗ってエルゴシアに戻る途中でございました。これは港で確認いたしました。ジャスミル小伯爵はジャマール伯爵とともに別の島で視察しておりました。これもたくさんの民が目撃しておりました。エルミナ夫人は、当時、多量の出血によって気を失いました。産婆と侍女たちは急いで赤ん坊の遺体をすり替えて、乳母としてアスティア・ゼルバを推薦した、と自白致しました」
「その侍女らと産婆は今?」
「もうすでに捕らえました。陛下と皇后様のご様子を見張って敵側に教えたエルミナ様の侍女一人を捕らえました。彼女はエフラ男爵家出身でございます」
「なるほど。ところで、その方はどこの班か?」
「オルカ班のタスカでございます」
報告をした暗部隊員が答えると、エフェルガンはしばらく考え込んだ。
いつ、どこで調べたのか、誰も知らない。ロッコの行動は謎が多い。けれど、エフェルガンはその行動に助けられた。
「分かりました」
ジャマールはうなずいて、配下の一人にジョハルを連れてくるようにと命じた。エフェルガンが自分の剣を彼に渡したのは、エフェルガンの異母兄弟であるハスタワの息子であるジョハルを殺すためだった。
皇帝の剣で殺すのだから、皇帝はその人を殺すという意味だ。
これはアルウィ家にとってせめての慈悲だ、とジャマールは気づいた。ジョハルを拉致した輩はこの事を知っているかどうか彼は分からない。けれど、ジョハルを拉致する目的が彼を押さえるためで、アスティア・ゼルバも一緒に行動したとなると、彼らはこの事実を知っているだろう。
知らないのは自分たちだけだ。あまりにも腹立たしいことで、ジャマールは怒り心頭だ。
知らないうちにアルウィ家が謀反の渦に引っ張られてしまった。そして、エフェルガンはただ静かにジャマールを見守った。