802. 巡礼の旅(11) 調査(5)
アクバー・モーガン
その名前を聞いた瞬間、その場にいる全員が耳を疑った。
「うそだろう・・」
シャークは思わず呟いた。
「彼は死んだはずです」
「死んだよ」
オルカが言うと、ロッコは即答した。
「俺がこの手で彼の屍を処理したから、奴は間違いなく、死んだよ」
「ですが、なぜまた・・?」
「さぁ、ね」
ロッコは手元を見ている。アブ・タミンはもうぐったりしている。
「他に聞きたいことはある?」
ロッコが聞くと、オルカは少し迷った。
「彼が言ったアクバー・モーガンは、一体何者か、と聞いて欲しい」
「まぁ、恐らくアクバー・モーガンに憧れてそう名乗ったモルグ人のことだろうが、それでも聞くか?」
「念のためです」
「あい」
ロッコが聞くと、オルカはうなずいた。確信が欲しい、と。
「だが、それは最後の質問にするね。これ以上聞いたら、奴は死ぬよ」
「はい」
「後二つの場所にも行かないといけないから、さくっと終わらせるね」
「はい」
オルカがうなずいた。彼はロッコの毒を理解するつもりだ。毒に犯された相手の目はもうすでに死んだ魚のようになったから、そろそろ限界だということだ。
「なぁ、アブ・タミン、最後の質問だ。そのアクバー・モーガンと名乗った人は何者か知ってるの?」
「・・モルグの王」
「どこのモルグ?」
「・・モルグ・・の・・王・・」
「もうダメだな。回復魔法」
ロッコはため息ついた。
「すまんな、オルカ殿。これ以上やったら、エトゥレ殿がこいつを絞り出す前に、死んでしまう」
「あ、いえ、問題ありません」
オルカはうなずいた。
「これからどうしますか?」
「この部屋にいる奴ら、全員を集めて、まとめてエトゥレ殿へ送ろう」
「はい」
オルカはうなずいて、シャークたちに倒れた全員を連れて来るように、と命じた。ロッコはアブ・タミンの頭から手を離して、そのまま机を調べだした。オルカも本棚を調べて、いろいろな書類を見て、一つ一つに目を通した。
「ロッコ殿」
「ん?」
「この傭兵団を利用したのはアイデンバーグ子爵だけではありません」
「へぇ。リストがあったのか?」
「この本に・・」
オルカは本をロッコに差し出した。
「ふむふむ、・・まじかよ」
「そのようです」
「この本もエトゥレ殿に渡して」
「はい」
オルカはうなずいた。
「なんだか、彼らの動きはかなり計画されているように見えます」
「そりゃ、そうだろう。だって、相手はあんたの皇帝だろう?」
「そうですね」
「しかも、このような場所で、逃げ場も難しいだろうし、しかもこのような寒い場所になると、ローズ様も大変だろう。彼女は寒い所が苦手だから」
「はい」
オルカはうなずいた。
「・・ただ、問題は、彼らはどこで攻撃仕掛けてくるか、まったく分かりません」
「そりゃ、これから調べるさ」
ロッコは即答した。
「そうですね」
オルカはうなずいて、入ってくる暗部隊員らを見ている。
「今夜中に、突き止めることができなかったら、どうしましょう」
「大丈夫だ」
ロッコは微笑んで、集められた傭兵らを見て、うなずいた。
「俺は約束したんだ。必ずローズ様を守る、と」
「約束・・?陛下に?」
「そんなわけがねぇだろう。俺が約束した相手は、あの龍神に、だよ」
「・・・」
「だからきっと、道が開くよ。何らかの形でね」
ロッコはシャークを見て、確認した。全員揃った、とシャークは報告した。
「じゃ、開けるよ」
「はい」
オルカがうなずくと、ロッコは魔法の輪っかを唱えた。
「おーい、誰かエトゥレ殿を呼んでくれ!」
ロッコが輪っかの中に顔を出して、大きな声で叫ぶと、衛兵らが集まって来た。その間、シャークたちは捕らえられた傭兵らを次々と輪っかの向こうへ引っ張り出した。
「ロッコ殿!」
「やぁ!」
「やぁ、って・・」
エトゥレが走りながら近づいた。そしてシャークたちを運んで来た傭兵らを見て、またロッコに視線を移した。
「すまんな、この夜中に、大量な仕事を持ち込んでしまった」
「問題ない。彼らは、モルグじゃなそうだが・・」
「エルゴサンディの傭兵団だ。そいつは彼らの団長、名前はアブ・タミン。一応、少し絞ったけど、念のために一日ぐらい休ませてくれ。じゃないと、死んでしまうからだ」
「はい」
「詳しい報告はオルカ殿に聞いてくれ。俺は喉渇いたから。・・おい、誰か白湯をくれ!」
ロッコが言うと、一人の暗部隊員は急いで白湯を取りに行った。後から来たオルカはうなずいて、大量の資料を持って、エトゥレの足下に置いた。そしてオルカは知っていることをすべて報告した。当然ながら口頭だけの報告だから、念のためにエトゥレはポケットから手帳を出して、書き留めた。
「分かった。これから、どうする?」
「ロッコ殿と一緒に、残りの傭兵団を調べてきます」
「分かった」
エトゥレはため息ついた。そして彼は構えた。オルカも同じ構えをした。二人はしばらくにらみ合いながら、気合いを入れた。ロッコは白湯を飲みながら二人を見ている。
「ジャンケンポン!」
いきなりエトゥレとオルカがジャンケンしたら、勝負が決まった。オルカの勝ちだ。
「くそっ・・、また負けた!」
「と言うわけで、閣下。取り調べをお願いします」
「ふん、分かった」
エトゥレは落胆した様子で言った。それを見たロッコたちは思わず苦笑いして、再び輪っかを跨いだ。
「じゃぁ、また行って来るよ」
「行っていらっしゃい」
ロッコが手を振ると、エトゥレは丁寧にうなずいて彼らを見送った。
「やはりオルカ殿はジャンケンが強いな」
「ははは、良く言われます」
ロッコが言うと、オルカは笑いながらうなずいた。ロッコも笑いながら、周囲を見て、そのまま外へ出て行った。
「さて・・」
ロッコは気を直して、オルカたちが全員揃ったところで、合図を出した。
「・・気を直して、行こうか」
「はい!」
ロッコが言うと、オルカたちは揃って返事した。ロッコはザルズを呼び出して、次の場所へ送ってもらった。
「早速だが、次はオルカ殿の服に付いた血で探そう」
「はい」
ロッコがオルカの手を雪の上に置いて、魔法陣を描こうとすると、シャークは前に出て、自分がやりたい、と言った。
「・・んー、良いけどよ、シャーク殿の魔力がごっそりとなくなるよ?」
「大丈夫です。私は魔力がなくても戦えます」
シャークはまっすぐにロッコを見て、言った。
「まぁ、それなら良いけど。どうぞ」
「ありがとうございます」
シャークは丁寧に頭を下げてから、雪の上に魔法陣を描いた。
やはり暗部だからか、記憶力が良い、とロッコは思った。完璧だ。
『汝に命ずる。この小さな存在の仲間の元へ、我を導いたまえ』
シャークが呪文を読み終えると、光が現れた。それを見たオルカはすぐさま光を確認して、素早く合図を出した。彼らは無駄口を叩くことなく、そのまま走った。そして一つの建物の前に止まった。
『終了』
シャークが白い顔で言うと、光は消えた。予想以上に魔力と体力が消耗してしまった。
けれど、誰もシャークの様子に気にする人がいなかった。ロッコも険しい様子で建物を見ている。
なぜなら、エフラ男爵がその建物の前にいるからだ。
ロッコは素早く地面に手を当てると、広い範囲で黒い文字が多数出て、地面に沿ってまっすぐに建物に向かった。文字は雪の上でも素早く、命があるかのような動きだった。そして途中で二つに分かれて、それらの文字らは音もなく、静かに建物全体を囲んで、一気に広がった。
まるで鳥籠のようだ、とオルカは思った。
オルカはロッコをチラッと見て、息を呑んで、再び前を見ている。今は余計なことをいうことではない。気になっても、今の彼はロッコの合図を待つしかない。
「行け、オルカ殿。エフラ男爵を殺すなよ」
「はい!」
ロッコが小さな声で言うと、オルカはうなずいて、手でシャークたちに合図を出した。オルカたちが突入すると、その建物の前にいるエフラ男爵は急いで逃げようとしたけれど、彼の魔法は不発だった。広い範囲で、魔法が封じられた。けれど、オルカたちの魔法は影響を受けなかった。オルカは思わず後ろへ振り向いて、ロッコの姿を探した。けれど、そこにはもう誰もいなかった。
「閣下、こいつは俺が押さえた!」
「分かった。そこは任せた。他の人は中へ!」
シャークは逃げようとしたエフラにすぐさまエフラの背中に飛びかかって、そのままエフラの首に針を刺した。即効性が高い眠り薬で、エフラがそのままぐったりした。オルカはそのエフラの様子を確認してから、他の隊員らに、中へ突入するように、と命じた。
思った以上に大きな建物だ、とオルカは思った。中では、混乱している様子が見えた。
数で言うなら、相手の方が多い。計算上、無謀にも突入したオルカたちの勝ち目はないに等しい。けれど、オルカはなぜか負ける気がしなかった。
ロッコが施した術は発動している限り、今の彼らの方が有利だからだ。オルカは戦い相手を倒してから、周囲を見て、息を呑んだ。不思議な文字らしき物は10センチ感覚でタテに並んで、天井の高さまで高く伸びている。
まるで鳥籠のようだ、とオルカは思った。相手を逃がすつもりはないだろう、とオルカはまた周囲を見て、奥の部屋へ進んだ。
しばらく戦いが続いて、上の階に進んでもあの謎の文字も二階にも現れた。しかし、オルカたちが二階へ進むと、敵がいない。
敵は一階にいる者だけだったのか、とオルカは思いながら、次々と扉を開けた。
いるのは倒れた傭兵らしき人々だった。
まさか、とオルカは思って、奥の部屋の扉を破壊した。
その部屋にあるのは空いている隠し扉と数名の傭兵らしき者ばかりだ。
「生きている」
一人の隊員が小さな声でいうと、オルカはうなずいて、慎重に隠し扉の向こうへ足を踏み入れた。
階段がある。
オルカたちは顔を見合わせてから、うなずいて、階段を上り始めた。そこにまた扉があった。
バーン!
ジェフィが扉を破壊したと同時にオルカたちはその扉の向こうの部屋に入った。
「やぁ!」
「ロッコ殿!」
オルカたちは驚きを隠せなかった。
「どうやって・・、どうしてここに?」
「まぁ、どうだって良いだろう」
ロッコは軽く微笑みながらオルカたちを見て、一冊の本を差し出した。
「ここの傭兵団の謀反の証だ。そいつは団長のアカルタ・タエン、依頼者はエフラ男爵だった」
ロッコはそう言いながら床の上にすでに倒れた一人の男を示した。その男の口から泡が出ている。
「あの男は生きていますか?」
オルカは本を受け取って、目を通しながら聞いた。
「一応生きてる」
ロッコは即答して、次々と入った暗部隊員らにうなずいて、床の上に倒れた人々を集めるようにと指示した。
「一応って・・」
「まぁ、ちっと絞っただけだよ」
ロッコの答えを聞いたオルカは思わず苦笑いした。
「けどな、奴らの行き先はあのエフラしか知らないらしいから、一刻も早く自白させないとね」
「はい、彼はシャークが捕らえました」
「それは良かった」
ロッコがうなずいて、再びその部屋にある机を調べた。
いつの間にかあの文字が消えた、とオルカは壁を見て、気づいた。ロッコにそのことを尋ねたいのは山々だけれど、聞きづらい、とオルカはそう思いながらまた息を呑んだ。
「本当に、この人達は謀反する気ですね」
「そうだね。そこにあんたの皇帝の殺害計画を書かれているけどよ、こいつらは本当にあいつを殺せるのか?」
「あいつだなんて・・」
オルカは思わず苦笑いした。公の場でなくても、他の隊員の耳に入ったら、問題発言だ。恐れも多く、スズキノヤマの皇帝陛下だ、とオルカはロッコを見ている。
「彼らの力では無理でしょう。陛下はとても強いお方ですから」
「まぁ、俺もそう思った。やつらだけなら、無理だろうね。モルグ人傭兵を含んでも、千人でかかっても無理だね」
「はい」
「それに、護衛の雷野郎と鳥野郎、おまけに火狐とあの生意気な狐貴族もいるから、この程度の傭兵らだけでは無理だろう。そもそもこいつらが近づく前に、ローズ様の兄貴らに睨まれただけでも、この謀反は終わり」
ロッコが言うと、オルカはまた苦笑いした。
「そうですね。しかし、負けることを前提にして、謀反なんてありませんが・・、もしかすると、私たちがまだ知らない第三者がいるかもしれませんね」
「俺もそう思った」
オルカが言うと、ロッコはうなずいた。
「とりあえず、ここの連中を、全員エトゥレ殿の元へ送ろう」
「はい」
「この資料もエトゥレ殿へ渡してね」
ロッコはオルカにまた一束の資料を差し出した。武器の情報や武器商人からのやり取り記録だった。
「以外と、ここの団長は几帳面ですね」
「ああ。あまりの細かさに、自分たちの首を絞めるほどの情報が揃っている」
ロッコは床に転がっているアカルタ・タエンを見て、ため息ついた。そしてオルカの近くで資料を集めているジェフィに、彼を広い部屋に運ぶように、と指示した。
「あ、またやっちゃった。あいつのボスはオルカ殿なのに、勝手に指示しちまった。すまん」
「あ、問題ありません」
オルカは床に積み重ねられた資料を持ち上げて外へ出て行った。
「ロッコ殿、先ほどの術はどんな術でしたか?」
「ん、まぁ、相手の魔法や術を一時的に封印する奴でね」
「はい」
「窓からでも逃げることができないように、そういう術だ」
「とても良いですね」
「ん、まぁ、ね」
「ぜひ教えて下さい」
「ん・・、考えとく」
ロッコは笑いながら階段を降りた。隠し部屋の前にある部屋の中に次々と気絶した傭兵らが次々と中へ運ばれて行く。
以外と前のと比べると数が少なかった、とオルカは気づいた。他の人はもうすでに行ったかもしれない。その行方を知った人物は扉から入って来たシャークが運んだエフラ男爵だった。
「これで全員か?」
「はい」
オルカが聞くと、シャークたちは揃ってうなずいた。ロッコは無言でうなずいて、再び魔法の輪っかを唱えた。そして先ほどと同じく、エトゥレを呼ぶように、と大きな声で衛兵らに知らせた。
「やぁ!」
ロッコが言うと、エトゥレはうなずいて、ロッコの元へ駆けつけた。
「ロッコ殿、彼らは、また謀反する傭兵らなのか?」
「そうと思った。証拠はオルカ殿が持っている」
ロッコが言うと、輪っかの向こうから入って来たオルカはうなずいた。そして彼がまた細かく報告すると、エトゥレは細かく手帳の中に記録した。
「そうだ、魔力回復薬はまだある?」
「あります」
ロッコが聞くと、エトゥレはうなずいた。
「なら、シャーク殿に少し飲ませてくれ。魔力がすっからからだ」
「はい!」
ロッコが言うと、一人の暗部隊員が走って魔力回復薬を取りに行った。そしてしばらくすると、一箱を持って戻って来た。
「はい、ロッコ様も」
「俺は良いよ、みんなに飲ませて」
「皆の分はありますので、問題ございません」
「そう?」
「はい、どうぞ」
「じゃ、遠慮なく」
ロッコは瓶を開けて、そのまま飲み干した。ほんのりと甘みのある魔力回復薬は意外と結構飲みやすい、とロッコは思った。
ローズが発明した物だ、とロッコは瓶のラベルを見てから空き瓶を返した。その暗部隊員がもう一本を差し出そうとすると、ロッコは丁寧に断った。もう十分だ、と彼は言った。
「ロッコ殿は疲れませんか?」
「俺は大丈夫だ」
エトゥレが聞くと、ロッコは微笑んで、首を振った。
「それよりも、エフラを大至急絞ってくれ。奴は謀反軍の集合場所を知っている」
「はい」
「できれば、朝日が見える前に連絡してくれ」
「努力します」
エトゥレはうなずいた。責任重大だ、と彼は理解している。
「奴が喋ったら、この紙に書いて、燃やしてくれ。すぐさま情報は俺の手元に届くから」
ロッコはポケットから紙を二枚エトゥレに渡した。何も書かれていない紙だ、とエトゥレはその紙を確認した。
「どうやって・・」
「まぁ、術が書かれている。俺宛にな」
「便利ですね」
「まぁ、ね」
ロッコは笑ってうなずいた。
「あと、この針を一本あげよう」
ロッコは別のポケットから皮のポーチを出して、針を出した。エトゥレは慌てて別の容器を用意させて、その針を受け取った。
「まさかと思うけど」
「そのまさかだ」
エトゥレが言うと、ロッコは即答した。
拷問の時に使われている針だ。相手に途轍もない痛みを与えるための毒薬が塗られている針だ。
「奴は魔法ができるから、要注意だ。可能なら魔法師の立ち会いが必要と思う」
「分かりました。ありがとうございます」
エトゥレはうなずいて、まだ気絶しているエフラを見て、うなずいた。彼の部下たちはうなずいて、無言でそれらの傭兵らをどこかへ運んで行った。
「んじゃ、エトゥレ殿。エフラ男爵の聞き取りを任せたよ。・・あっ、なんか来た」
ロッコは空中で突然現れた炎に気づいて、手を伸ばした。その炎は消えて、紙になった。エトゥレとオルカはロッコに近づいて、興味津々とその紙を見ている。
「・・エフラ男爵が逃げました」
エトゥレがその紙に書かれている文字を読むと、オルカはうなずいた。
「まぁ、魔法であの傭兵たちがいる所へいたもんね。なんて言う町だったっけ?」
「エルゴナリ、エルゴシアの西辺りにある港町です」
ロッコが聞くと、オルカは答えた。
「その情報は誰から来ましたか?」
「第一将軍所属のアルミナ殿からだ」
エトゥレが聞くと、ロッコは即答した。
「先ほどのように、燃やした紙が俺の元へ来るので、できるだけ早くエフラに情報を聞き出してくれ」
「はい、必ずそうします」
「ありがとうな」
ロッコはエトゥレにその紙を渡してから魔法の輪っかを開けた。すると、オルカたちが輪っかを跨いで、最後にロッコが入った。
「じゃ、行って来る」
ロッコは彼らを見送ったエトゥレに向かって微笑んで手を振ってから、魔法の輪っかを閉じた。