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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
スズキノヤマ編
80/811

80. スズキノヤマ帝国 キヌア島 (11)

国軍基地の朝は早いのだ。朝日が昇る前に、朝の合図が聞こえてきた。


ラタタ~タタ~♪、のような音に目を覚ましたローズとリンカである。


里の朝よりも早い。そしてその音の後、周りの部屋からドタドタドタ、と軍人達は部屋から出て行った。準備が早い!ローズとリンカもつられて、急いで着替えて、外に出たら部屋の前ですでにエファインとハインズがいた。彼らはもうすでに警護についたのだ。


「おはようございます!」


ハインズとエファインに元気な挨拶をされた。半分寝ぼけてしているローズだったけれど、リンカは相変わらずの声で答えた。


「おはよう。これは朝運動の合図なの?」

「はい。起きられるかと思って、来たのですが、お眠いなら、二度寝しても大丈夫ですよ」


エファインがそう言って、うなずいた。


「ローズはどうする?」

「もう起きちゃったし、やるわ」

「では、殿下の所まで案内します」


ハインズとエファインにエフェルガン達の所に案内した。途中、暗部組のエトゥレ達と会って、彼らはもうすでに軽い運動をしている。ロッコもエトゥレの隣で軽くストレッチしている。上半身裸で、やはり背中の青い鱗が目立つ、とローズが思った。暗部としてやりにくいんじゃないかな、とローズはロッコを見ている。


「おはよう、ローズ」

「あ、おはようございます」


ローズが声をかけたエフェルガンに挨拶した。


「まだ寝ていても良いのに」

「大丈夫。起きちゃったから、仕方がない。それにスズキノヤマの軍人の朝運動がどんな感じも気になる。アルハトロスの衛兵隊の朝運動とどう違うかな~と楽しみにしている」

「そうか。じゃ、僕の隣で」


一定間隔の幅に立って、教官が運動の合図をした。軍人達は一声に「おお!」と返事して、運動し初めた。教官の合図に合わせて、ゆっくりとした動きから、激しい動きまでのウォーミングアップした。そして二人一組の組み手をする。当然、ローズの組み手相手はエフェルガンだ。何をどうやるのか分からないから、まず見真似をする。真似してから、少しずつやっていくと、段々と楽しくなってきた。これはスズキノヤマの武術なんだ、とローズが思った。意外と面白くて、激しい!


まったく手加減をしてくれないエフェルガンもとても嬉しそうな顔している。ローズが彼の相手に、結構手間取ってしまった。


ピー!、と笛の音が聞こえて、今度は全員走りはした。向かったのは軍基地にあるグラウンドだ。十周走るそうだ。これもまたハードだ。グラウンドに小石が多くて、結構走りにくい。しかも全員が全力で走っているのだ。


かなり危ないから、ローズとリンカは横に寄って、走ることにした。するとハインズとエファインはローズの周りをガードしてペースをキープしている。リンカはローズの隣で走っている。


リンカの美しい姿に、ちらちらと一目見ようとした軍人達がいつの間にローズたちの周りを囲んで走っている。それを見た教官が大きな声でその軍人達を叱って、早く走るようにと命じた。軍人達は慌てて走り出して、ローズたちを後にした。


10周走り終わって、水分補給した。今度は武器の練習だ。槍や剣など色々な武器を体験した。やはり国によって武術の動きも違ってくる、と実感した。慣れてないこともあって、なんども動きが間違っている。それにしてもリンカの動きがとても美しい。しなやかな動きで周りの軍人達は動きを止めて見とれてしまった。簡単に束ねられた長い髪は、リンカが動くたびにきれいにゆれて、まるで絵になるような美女戦士だ。見とれられてしまったリンカは何もなかったかのような、彼らを無視している。彼女はこのように見とられてしまったことに慣れてしまったのかもしれない。多分、里でもこんな感じだった、とローズは思った。


またピー!、と笛の音が聞こえて、今度は、全員グラウンドの外にあるベンチに向かって座る。地面に座る人もいて、全体的に円になるような形になる。どうやら模擬試合をやるそうだ。今日の特別参加者として、ローズとリンカとロッコの名前が発表された。リンカと戦いたい人がいるかと教官が質問をしたら、その軍人たちがほぼ全員、手をあげていた。何を言えば良いのか、朝日に照らされているリンカの姿はとても美しくて、顔についた汗が朝日の光を反射してキラキラと光っている。もう美女というよりも、女神だ。女性のローズでさえ、目をが離せないぐらい美しい。


「ふん!」


出た!、とローズが笑った。それはリンカの呆れたの猫語だ。結局、教官は一人の男性軍人を選んで、リンカと対戦させた。


リンカは用意された棍棒を手に取り、相手に一礼をしてから構えた。それはアルハトロス式で、彼女がしっかりと守っているのだ。相手もリンカを一礼してから構えた。棍棒対決だ。


始め!、という合図に相手は素早くリンカに向かって動き出して、足をなぎ払いとしたけれど、リンカの方が早く上を高くジャンプして後ろをとって、逆に後ろから相手の背中を突いた。相手は転んで立ち上がろうとしたらリンカの棍棒が一瞬で相手の頭の上に動いて、ぴたっと止まった。


勝負あり。


実戦ならこの人は死ぬでしょう。戦いが終わり、再び一礼したリンカに、相手も一礼した。そしてキラキラ目でリンカに近づき、自分の名前と所属部隊を言って、リンカに握手を求めた。リンカは無表情で握手したら、その軍人は嬉しそうに手を上げた途端、他の軍人達にブーイングされてしまった。けれども、本人がとても幸せな顔している。呆れたリンカはローズの隣に座ってきた。


「ふん!」


ローズの順番になると逆に、手をあげる人がいなかった。周りがとても静かになった。姫様を相手にしてしまったら、後でエフェルガンに怒られる、とひそひそが聞こえている。また万が一痛めつけてしまい、ローズが泣いてしまったら、ロッコに殺される、というひそひその声も聞こえている。昨日の会話を聞いた兵士がいたのかもしれない。


さすがに二人の怖い男性がバックにいる、とやりにくいんだ、とローズは苦笑いした。


「一応アルハトロスにいたころ、将軍と毎日剣の勝負をしていたけど、大丈夫だよ」


ローズが優しい声で言ったけれど、内容が恐ろしい、と言ってから彼女が気づいた。日頃、将軍の相手となると、一般兵士は手が出せないレベルになる。エフェルガンが笑って、国軍隊長の名前を指名した。名前が呼ばれていた隊長は前に出て練習用剣を持ってきた。彼はとても体が大きく、筋肉質である。強そうだ、とローズは思った。


ローズはバリアーを使う許可をもらい、了承された。何かあったら、国際問題になるからだ。ちらっと見えるロッコが何も言わずに、ずっとローズを見つめている。ローズは隊長に一礼をしてから構えた。隊長も一礼してくれた。


始め!、という合図にローズも武器を構えた。自分の練習用剣を持ってこなかったため、事前に武器庫の中で使われていない鞭を発見して、借りることにした。借りている鞭で、隊長と対戦している。剣と鞭がまったく違う形のもので、興味を示した者も多い。


隊長は攻撃に出て動いた。体が大きい隊長と体が小さいローズが当然間合いから見ると、隊長の方が有利だ。腕の長さと武器の長さで、攻撃が当たる確率は隊長の方が高い。しかし、鞭も長さがあって、これを応用すればかなりの脅威となる。誰にも使われていないこの鞭は新品で、ずっと武器庫の中に眠っていた。その鞭がローズの手で、今実戦デビューした。


パン!、というきれいな音を鳴ってくれた。ローズは鞭に力を込めて、動かし始めた。とてもしなやかで、きれいに動いてくれた。鞭は上下へ、左から右へ、彼女の思い通りの動きをしてくれた。腕で操っている鞭が自分の体の一部のように、見物人のざわめきが聞こえていた。


隊長の攻撃をほぼ鞭でガードしつつ少しずつ攻めに出る。鞭が当たるたびに隊長が顔に変化がある。痛かったかもしれない。でも今試合中だから気にしないことにした。ダルガの教え通り、鞭の間合いを守りつつ、相手の急所を狙う。


しかし、ここは戦闘のエキシパートの隊長だから、当然、鞭の対処も分かっている。急所を狙っている鞭を剣で止めて、素早くその鞭をつかもうとした。けれども、その手はもうダルガに痛いほど教えられた。ダルガに鞭を奪われて、なんどもと蹴り飛ばされたから、体が覚えてしまった。この場合、逆に瞬発力を生かして、体を前に出て間合いを縮めて、武術に切り替えるのだ。突然の彼女の動きに、隊長がびっくりしたけれど、遅かった。ローズの蹴りが先に隊長の顔に当たった。そして鞭を取り戻して、一振りを・・!


「そこまで!」


教官の合図に試合終了だ。ローズは隊長に手を伸ばして起こした。隊長は痛そうな顔でうなずいて、立ち上がった。後で回復魔法をかけると言ったら、隊長が首を振り、笑顔で答えてくれた。一礼をしてから、ローズは自分の席に戻ることにした。


いよいよ、本日最後の試合だ、ロッコが試合会場に入った。彼がとても強そうな体付きをしている、とローズが思わず彼を見つめている。おなかの腹筋が割れている。背中の鱗が朝日を浴びてきれいに見える。とても青い。顔がとても若そうなので、大体の人はロッコを青年だと思っているようだ。けれど、実は結構良い年齢しているのだ。少なくても柳の2倍ぐらいの年齢がある。けれども、顔も姿も青年そのものだ。エフェルガンと並べていても同じぐらいの年齢にしかみえない。昨日のロッコの戦いで、基地全体の噂になったようだ。化け物を一瞬で倒したことで、やはり皆が警戒している。


エフェルガンは手をあげた。彼が立ち上がって、前に進んで、ロッコと同時に一礼をした。ローズとリンカの戦いを見て、彼がその一礼のやり方が分かったようだ。試合の前にアルハトロスの武人達は必ず一礼をする。実は、これは父上の教えで相手に敬を表し、精一杯と堂々と戦うという意志表示だ、とダルガに教えられた。そして最後の一礼は相手に付き合ってくれたことに感謝するという意味だそうだ。


今回の戦いは素手だ。


ロッコはエフェルガンにバリアーをかけるようにと言った。なぜなら、ロッコは武器よりも、実は武術の方が得意なのだ。彼は素手でも人を殺せるぐらいの強さを持っている。


というか、ロッコのオーラだけでも、大量の蛇を殺したぐらいだから、とても強いのだ。エフェルガンは言われた通りに自分の体にバリアーをかけた。


試合開始になると、ロッコが動かない。逆にエフェルガンに来るようにと合図を出した。全力でかかってくるエフェルガンに対して、ロッコはほぼすべて交わして、そして片手でエフェルガンの攻撃を止めている。時に動いて、エフェルガンを蹴り飛ばした。それでもエフェルガンが立ち上がって再びかかってくる。戦いの流れが、つかみとるエフェルガンが持っている技を思いっきり、ロッコにぶつけた。そしてロッコも笑顔で応戦した。


今度はロッコが両手を使って、エフェルガンの技を相手にしている。とても早く、目で追うのに苦労している。エフェルガンもまたとても嬉しそうな顔している。としばらくの組み手が続いてエフェルガンの顔に疲れが出始めた。かなり長々と戦えたエフェルガンはロッコの前で、力の温存ができなくなった。逆にロッコの方がまだ余裕だった。最後にロッコの蹴り一つによってエフェルガンが飛ばされて観客席に当たってしまった。試合は終了となった。ロッコはエフェルガンに手を伸ばし立たせた。エフェルガンは嬉しそうな顔をしていた。再び会場に戻り一礼をしてからそれぞれの席に戻る。これで朝訓練が終わりとなった。


ローズとリンカは女性用の風呂場に行って、体をきれいにしてから用意された服に着替えた。やはり軍人服だ。今日も朝餉を食堂で食べることになって、エフェルガンはもう食堂にいて隊長と会話している。ローズが見えているとエフェルガンは近くに来るようにと合図してくれた。ロッコも見えていて、同じ部屋で食事することになる。リンカは護衛官らと一緒に隣の部屋で食事する。一般兵士も同じ部屋で食事するけれど、机が違うらしい。やはり軍人は階級によって扱いが違ってくる、とローズが思った。


スズキノヤマの軍服姿で現れてきたロッコは用意されている食事を取り食べ始めた。やはりいつ見てもロッコって若い、と彼女が思った。


「ローズ、食べないの?」


食事をはじめてないローズに気づいて、声をかけてくれたのがエフェルガンだった。


「食べる。頂きます!」


ローズが手を合わせて、食べ始めた。


「いっぱい食べて良いよ、お代わりは自由だから」

「殿下、そんなことを言ったら、ダメですよ」


ロッコは笑いながら、そう言った。仕事場以外にエフェルガンのことを「鳥皇子」や「あんた」などと失礼な言い方をしたのに、仕事場になるとエフェルガンのことを「殿下」と呼び、言葉使いまで丁寧になった。


「む」

「それはなぜ?」


エフェルガンが首を傾げて、聞いた。


「ローズはアルハトロス軍の食堂で食べ過ぎて一時的に食堂がパニック状態になったことがある、と軍の関係者から聞かされた」

「むむむ」


ロッコが笑いながら、ローズを見て、うなずいた。


「本当か、ローズ?」

「うむ」


エフェルガンがローズに尋ねると、ローズが困った顔をして、戸惑いながらうなずいた。


「なぁ?」


ロッコが笑いながら、白湯を飲んだ。


「それは一度だけやってしまったの。どのぐらい食べれば良いか、分からなかったから、全部食べてしまったんだ」

「ローズが今より小さかったんだ。アルハトロスで僕と会った時、このぐらいだったよね?」

「うん」


ロッコが聞くと、ローズがうなずいた。


「よく・・食べるんだ」

「うむ。気づいたら全部食べ尽くした」


ローズが気まずそうに言うと、エフェルガンがびっくりして、彼女を見つめている。


「成長期ですよ、殿下」


隊長が困ったローズを助け船を出したつもりで言ったのでしょう。


「そうか。分かった。大丈夫だよ、ローズ。全部食べ尽くしても、構わない。また料理を作らせるから」

「いや、大丈夫です。最近自分の食欲を制御できるようになった」

「そうか。でも、それは我慢をしている、と言う意味だろう?ここでは我慢をしなくても良い。ローズは魔力をたくさん使うとおなかが空くと昨日で分かった。ということは、食事で魔力の回復をするという意味だ。だからおなかが空いたら、いつでもここで食べても良い」

「はい」


エフェルガンがそう言って、ローズに向かって、微笑んだ。


「良かったね、ローズ」

「うん」


ロッコはローズとエフェルガンのやり取りを見て、微笑んだ。多分わざと言ったのでしょう。エフェルガンの反応が知りたいかもしれない。もし笑ってローズが恥ずかしくなるような反応をしたら、ロッコはエフェルガンを殺すのでしょう。


今日の予定は、エフェルガンが領主の執務室に行って、汚職の調査報告と復旧の計画を立てることだ。偽薬の調査はガレーを除いて、エトゥレと暗部達がするそうだ。また行方不明者と発見された遺体の身元調査も暗部に任せている。ローズはガレーの助手として、医療棟で怪我人の手当をする。ロッコは取り調べに集中したいと許可を求めた。念のため、ガレーも一緒に立ち会うことになる、とエフェルガンが判断した。


リンカは猫としてひなたぼっこが許される、とエフェルガンが笑いながら隊長に告げた。隊長が最初はこの言葉の意味が理解できなかったけれど、エフェルガンは隊長に簡単に説明してくれた。リンカは猫として過ごした方が基地の平和が保たれるということだ。まさしく、その通りだ。隣の部屋は今大変うるさくて、リンカに握手を求めている軍人が多い、と飲み物を運んでくれた食堂の人が教えていた。


朝餉終えたら、全員それぞれの役目に勤める。ローズはガレーの助手として怪我人の手当をした。まだ魔法ぐらいしか与えられなかったけれど、ここにいる医療師たちが丁寧に教えてくれた。包帯の巻き方や体温の計り方など簡単に教えてもらっている。昨日手当したやけどの患者は今朝方意識が戻った。再び魔法をかけて細胞の再生を試みていた。元々体が丈夫なこの兵士は回復が早い。彼が少し会話できるようになったから、ローズがとても嬉しく思った。やはりこの基地ではローズがエフェルガンの婚約者として認識されていて、恐れが多いことと言われた。


他の意識不明の患者は次々と意識を取り戻した。それを見たローズがとても嬉しく思った。はりきって彼らの看病に励んでいるローズを見た黒猫のリンカは、窓辺であくびした。リンカは猫だから、ひなたぼっこするのも仕事だ。


なんだかんだと数時間の忙しい仕事をして、一人で昼餉をしてから、リンカと一休みしていたら、ガレーとロッコが見えていた。二人ともあまり良い顔をしなかった。取り調べがうまくいかなかったのか、分からないから、声をかけづらい、とローズが思った。


ローズを見ると、ロッコは足を止めて、ガレーに少し時間をもらうと言った。ガレーはうなずいて、先に食堂の方に向かうと言った。ロッコはローズの近くに来ると、リンカはどこかに行ってしまった。気遣いなのか、単なる蛇が苦手なのか、ローズは分からない。


「お昼食べたか?」

「うん、さっき一人で食べた」

「俺はこれから食べるけど、食欲があまりないな」

「仕事が大変なんだ」


ローズが言うと、ロッコがうなずいた。


「そうだね」

「暗部の仕事が分からないけど、疲れたなら少し一休みすると良いかも」

「今こうやって、ローズと一休みしている」

「じゃ、こちに向いて」


ロッコはローズの方に顔を向けている。そしてローズは、多分、今まで彼の前で一番の笑顔を見せた。


「大丈夫だ。ロッコなら、うまく仕事ができるんだ」


ロッコは一瞬驚いた顔したけれど、笑顔になった。


「ローズがそういうなら、きっと大丈夫なんだね」

「うん」

「ありがとう」

「うん」

「じゃ、もう少し頑張るか。昼餉食べたら、また奴の口を割らないとな」

「やはりロッコって暗部か警備隊かの仕事に向いているかな」

「なんで急に?」

「なんとなく・・、気にしないで」

「俺に、ローズのことを気にしないという概念がない」


ロッコがはっきりと言った。


「うむ、前にもそう言ったね」

「そうだよ。今度、それについて、理由を聞かないといかないな」


ロッコの言葉を聞いたローズが苦笑いした。


「ロッコ、いつからあなたはエフェルガンになったんだ」

「ん?」

「しつこさが移った」

「あの皇子がしつこいのか?」

「困ったぐらいしつこいよ。特に気になることを正直に言わないと、毎日聞かれるんだ」

「なるほどな。ローズが好きだから、気になって仕方がないんだ。俺もそうだからな」


ロッコが笑って、ローズを見ている。


「いつから彼とそんなに仲良くなったんだ?」

「昨夜から」

「そうか。良かったね」

「良くないよ」

「なんで?」


ローズの質問に、ロッコがため息ついた。


「俺と似たもの同士だと分かってしまったんだ。特にローズを思う心までな。ローズを彼に預けても良いかどうか、と今迷って、考えてしまうんだ。取られてしまうかもしれないと不安になった。だから早くこの任務を終わらせたい、と焦ってな」

「そう・・なんだ」

「俺は早くローズと二人でどこかに行きたい。一日中、ずっとロースの笑顔を見て過ごしたい」

「でも、慎重にやらないと危ないよ。ロッコの仕事は命かけなんだから」

「仕事になると集中するから、大丈夫だ」


ローズの心配に、ロッコがうなずいた。


「うん」

「じゃ、ガレー殿の所に行くよ。昼餉食べてからまた頑張る」

「仕事がうまくいったら、エフェルガンに時間をもらってロッコと二人で出かけられるように許可を取るか?」

「いや、任務中だから、今中断したら調子が狂ってしまう」

「もう狂ってしまったんでしょう?」


ロッコの波動がとても乱れている。いつもの調子じゃない。


「・・・」

「当たり?」

「まいったな」

「じゃ、これから私とどこかで食事をしよう」

「いや、殿下は今領主の執務室にいるって」

「リンクでお願いする。短時間なら、二人でも大丈夫だ」


ローズはエフェルガンに事情を説明して、短時間だけロッコと二人で時間をもらうことにした、エファインに説明して、万が一の場合、リンクで呼び出すという約束をして、許可してもらった。念のためガレーとエファインにも連絡した。


「でも私はお金を持っていないから、ロッコが払ってね」

「あいよ」


ローズとロッコが国軍基地の外に出ると周囲にとたくさんの屋台がある。


昼餉の時間なので、屋台のあちらこちらで昼餉を求めてくる人々で賑わっている。ロッコが気になった食べ物と、ローズが気になった食べ物を一つずつ買って、半分にして食べた。隊長クラスの首飾りしているロッコを見て、屋台で食事をしていた兵士に敬礼された時もあった。とにかくとても賑やかだった。南国らしい雰囲気を味わう、とローズは笑いながら思った。


基地の周囲を散策して、浜辺まで歩いて来た。何もない、誰もいない昼間の海を見ていたら、ロッコが近づいてきた。


「ローズ」

「ん?」

「実は、俺は親方様にお願いしたんだ」

「父上に?何を?」


ローズが首を傾げた。


「この任務が完了したら、ローズと結婚前提でお付き合いがしたい、とお願いした」

「父上はなんと?」

「終わってから、考えると」

「そう・・」

「だからどうしても終わらせたい。あの皇子がローズを奪う前に・・」


ロッコがそう言いながら、ローズを見つめている。愛しい、とロッコは思った。本当に、彼が彼女を失いたくない、と。


「女王様は私とエフェルガンの婚姻は反対している。だから、今、とても難しい立場にいるんだ」

「スズキノヤマからみると、ローズはもう皇子の婚約者になったみたいだ」

「うん、皇帝陛下がそういう風に認識しているから、ほとんどの政府関係者と軍は私が皇太子の婚約者だ、と認識しているんだ」


ローズが戸惑いながら言った。


「アルハトロス的には、ローズをスズキノヤマへ渡したくないんだね」

「うん。でもアルハトロスはスズキノヤマから色々な支援をもらっている。物資も、金品も、本も、留学生受け入れ枠も増やされているし、空軍まで配備されているし・・」

「政略結婚前提の支援じゃないか?」

「皇帝陛下は多分そう思っているでしょう。エフェルガンは純粋に私を愛して妃にしたいと言った。けれど、私がまだ自分がどうしたら良いか、分からない」


ローズが言うと、ロッコは彼女の手をにぎった。


「あの皇子は本気だ」

「多分、でもそうなると姉上と対立することになる」

「ローズがどうしたいか、これからじっくりと考えるしかなさそうだね」


ロッコの言葉にローズがうなずいた。


「だから、それが悩みの種となる」

「あの皇子のことが好きか?」

「良い関係であることが確かだけど、まだこれからの関係が分からない。でもあの人は私を守るために、ご自分の兄上を切り殺したまでしたの」

「まじか」

「うん。つい最近の話だけどね」

「何があったか話してくれる?」


ロッコがローズを見て、尋ねた。


「エフェルガンの兄上は私をものにしようとさらって来たの。でもリンカとエフェルガンが助けてくれて、エフェルガンは私をさらったご自分の兄上を切り殺したの」

「当然だ。それは無礼極まりないことだ」


ロッコがそう言って、ローズの手をぎゅっとにぎった。


「でもこれは秘密にして欲しいんだ。戦争を起こしたくない」

「分かった。ローズがそう言うなら、俺は誰にも言わない」

「ありがとう」

「ここの事情が大体分かった。が、俺も本気だ。あの日以来・・俺がローズを認識して、望んでいる」


ローズの唇に、自分の唇を重ねた時だった。


「こんな私は・・ただの4歳児・・あ、もうすぐ5歳かな・・」


ローズが複雑な様子で言った。


「いや、ローズは立派な大人の女性だ。だから俺は親方様に、正直に自分の気持ちを伝えた。ダルゴダス様は結婚前提で、付き合いの条件として一つの任務を与えた」


ロッコが言葉を止めた。


「極めて危険な任務・・」

「そうだ」

「なぜそこまで・・」

「大切な娘を易々と俺にやるつもりがない、ということだ」


ロッコがはっきりと答えた。


「そうなんだ」

「それでも俺は本気だ」

「それはどういう任務か知らないけど、私はロッコの無事をいつも願っている」


空気が変わっていることに気づいた。今目の前にロッコではなく、フェルトだ。


「今はフェルトなんだね」

「気づいたか」

「うん」

「ローズに言おう・・」

「何を?」

「俺の本当のことを・・」

「え?」

「ロッコはただの暗部下っ端役員だが、フェルトは違う。ダルゴダス様の直属配下だ。リンカさんと同じ立場だが、リンカさんとは関わらない仕事している」

「そうなんだ・・」

「俺の仕事は里の中にあるすべての機関の監視役だ。無論、暗部も監視するから暗部隊員になったわけだ」


フェルトがそう言いながら、彼女の顔を見つめている。


「でも、監視役のあなたは、なぜ危険な任務に・・」

「それは俺の元の仕事と関係あるからだ」

「元の仕事?」

「ダルゴダス様と出会う前の俺は・・・暗殺者だった」

「・・・」


フェルトが微笑んで、ローズを見つめている。


「当時はまだ若かった俺はダルゴダス様を暗殺に来ただが、負けた。ダルゴダス様の方が俺よりもずっと強かった」

「そうだったんだ」

「でも、俺を殺すどころか、再生する道を与えて下さった。俺を配下にして、とても良くしてくれた。異世界に行くと言われた時に、俺も迷わずついて行くと決めた。だから今ここにいる」

「フェルトはとても父上に忠実しているのね」

「俺にとって、親方様はすべてだからだ」

「そうなんだ・・」

「だが、俺はローズを好きになってしまった。身分が合わないと分かっていても、俺は自分の気持ちを押さえきれず、親方様にローズと正式に、結婚前提のお付き合いの許可を申し込んだ」

「そうか」


ローズが彼を見つめている。


「フェルトにしかやれない任務を与えられた」

「もしかすると、・・人を殺す仕事なの?」


フェルトもしばらく黙っている。答えるかどうか迷っているようだ。


「そうなる可能性がある。あるいは、その逆の可能性で、俺が殺されることになるかもしれない。だから極めて危険な任務だということだ。内容は、教えられない」

「フェルト、私のためにそこまでしないで下さい」

「俺に届きそうで届かないローズが、この任務さえ終われば、届くかもしれない。俺にとって唯一の道かもしれないんだ」


フェルトがそう言うと、ローズが首を振った。


「フェルトに何かあったら、私は自分自身を許せなくなるんだ」

「ローズ・・」

「フェルトは・・ロッコは・・私にとってとても大切な友達だから、不安でたまらないの・・」

「俺は大丈夫だ。必ず無事に帰ってくるから。いつになるか分からないが・・」

「もし、その時、私はもう他人のものになってしまったら、フェルトはどうするの?」

「俺が力が足らなかったということで諦めるよ。もっと早く帰って来られなかった自分が悪い、としか言おうがない。ローズが幸せでいれば、俺はロッコとしてローズの友達でいて、影で支える」


フェルトがはっきりそう言った。けれど、彼の心がなぜか痛い。


「うん」

「でもローズが苦しんでいると判断したら、フェルトとしてその相手を殺す」

「私のために、そう簡単に人を殺さないで下さい」

「俺は、ローズの悲しい涙を見たくない」

「だったら、私はできるだけ笑顔でいるよ。これ以上、フェルトを苦しまないようにする」

「ローズ」

「私にとって、フェルトもロッコも大切な人です。だから、私のために苦しい思いをさせたくない」


フェルトはローズを強く抱きしめた。彼の気持ちがとても伝わってきた、とローズは感じた。


「ローズ、男は一度決めたことを必ずやり遂げないといけないんだ。この任務もローズの命を守るためでもあるんだ。だから俺は精一杯それを全うするつもりだ」

「私を・・守る?」

「そうだ。ローズがこれからさき、これから未来、安心して生きていけるためにも、ダルゴダス様が頭を下げて俺にこの任務を託した」

「フェルト・・」

「だから、例え危険極まりない任務と分かっていても、俺しかやれない仕事だ。ローズのためであるが、俺自身のためでもある」

「フェルト・・苦しませてしまってごめんなさい」

「泣かないで。お願いだから。泣かないで」


ローズがフェルトの胸で思いっきり泣いてしまった。自分の存在でこんなに大切な人を苦しませてしまったと思うと、とても悲しい。


フェルトは優しくローズを抱いた。けれどローズは彼の気持ちを痛いほど理解しているけれど、答えられない。なぜなら、ローズには、答える権利がないからだ。


「ローズ、もう泣かないで」


ロッコは指でローズの涙を拭いている。自分の肩掛け布を外して、ローズの顔を拭いた。彼はとても優しい目をしている。


「・・・」

「俺が大丈夫だから、これからジェンからの情報をどんな方法でも聞き出して、早くことを終わらせる。任務を終わらせて、早くローズの元へ帰ると約束する。また美味しいシチューを食べて、二人で狩りでも行こう。海に泳ごう、ローズが行きたいところに連れて行ってあげる。約束する」

「フェルト」

「安心して欲しい。俺は強いんだ。あのレベルSSSは異世界で俺がダルゴダス様に負けたときのレベルだ。あれからもうどのぐらいの年月が経つか分からないから、今はもっと強くなっているはずだ。現在のレベルを確認して来なかった俺が悪いが、俺は強いんだ。敵が強くても、俺は負けていないと思う」

「本当に?」


ローズがロッコを見つめて、聞いた。


「本当だ。だからもう泣かないで、俺がとても辛くなるから」

「うん。ごめんね」

「ありがとう。ローズの笑顔が一番だからだ」


少し不自然だが、ローズが笑みを見せた。まだ目から涙が落ちているが、フェルトは優しく拭いてくれた。しばらくして落ち着いてきた。


「ねぇ、フェルトって今何歳?」

「分からない。自分の誕生日すら分からない」

「そうか・・じゃ、今日はフェルトの誕生日にする」

「なんでいきなりそう決めたんだ?」


フェルトが呆れて、聞いた。


「あ、ロッコになった」

「ローズってすごいな」

「二人で一人だから、慣れてきたんだ」

「で、なんで今日は俺の誕生日になるんだ?」

「そう決めたから。今日はフェルトの話をいっぱい聞かせてくれたから、御礼に今日は誕生日にする」

「ははは。御礼に誕生日か」


ロッコはまたローズを抱いた。そして彼女の頬に口づけした。


「ありがとう。俺の人生の中で初めての誕生日だ」

「うん。お誕生日、おめでとう、ロッコ」

「ローズに祝ってもらって、嬉しいな」

「うん」


ローズがうなずいた。


「そろそろ基地に戻ろう。俺たちがいないと、あの皇子がローズを探しに、全軍出動命令出すかもしれないな」

「あはは、そうなりそうなので、戻ろう」


ロッコは服を直してからローズの手を引いて、基地に戻った。何かあったかと心配したエフェルガンは、やはり基地にいた。少し涙の跡が残ったローズの顔を見て、心配していたが、ローズはロッコの昔話を聞いて感動してしまったと嘘をついた。そして今日はロッコの誕生日だと伝えたら、エフェルガンがロッコに祝福してくれた。


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