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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
アフター・ウォーズ
796/811

796. 巡礼の旅(5) 拉致事件(3)

「ロッコ殿の具合は?」


ローズを送ってから、エフェルガンは駆けつけて来た護衛隊隊長のジョルグに聞いた。


「お熱がございます、とトダ殿が先ほど報告致しました」

「熱?風邪か?大丈夫か?」

「お薬を召し上がったので、一晩安静にすれば、明日は大丈夫でございましょう」


ジョルグが言うと、エフェルガンはホッとした様子でうなずいた。


「ロッコ殿も人なんだな」


エフェルガンが言うと、ジョルグは首を傾げた。


「と仰いますと?」

「いや、・・そうだな、無敵だと思われたロッコ殿も風邪ひいてね・・、やはり彼も人なんだ、と思っている」


エフェルガンの答えを聞いたジョルグは唖然となった。ジョルグがケルゼックに視線を移すと、ケルゼックは微笑んで、うなずいた。


「仰る通り、陛下。ロッコ殿も人でございます。たまにお風邪もひきますとも。リンカさんもエルゴディナで風邪をひいたのでございましょう?」

「ケルゼックもそう思うのか?」

「はい」


ケルゼックはうなずいた。


「それに、この地域の海となると、一年中暖かいアルハトロスと違って、極寒でございます。短時間とはいえ、海に飛び込んで、海に落ちた兵士ら全員を一人で拾い上げて、無事でいられたのは奇跡でございましょう」


奇跡。


エフェルガンはケルゼックの言葉を聞いて、うなずいた。


まさしく奇跡だ。


訓練を受けた彼らでさえ、長い時間に海に飛び込む行為は自殺行為に等しい。知らないとはいえ、ロッコはためらいなく海に飛び込んで、兵士らを助けた。そう思うと、エフェルガンはロッコに対して、頭を下げることしかできない。


「ジョルグ、トダに伝えよ。何しても、ロッコ殿を元気にするようにせよ」

「はっ!」

「引き続きここの護衛を任せた。皇后の安全は第一だ。全力で守ってくれ」

「はっ!」


ジョルグが敬礼すると、エフェルガンはうなずいて、ケルゼックたちと一緒に部屋の奥へ向かった。


「陛下・・」


エフェルガンが部屋に入ると、ジャマールは緊張な顔をしながらビシッと立っている。


「夫人たちの具合は?」

「大丈夫でございます」

「今夜は夫人たちの部屋の護衛をしっかりせよ。その(ほう)にとって、信じられる者にするが良い」

「はい」


ジャマールはうなずいた。彼の隣でジャスミルは緊張した父親を見て、息を呑んだ。


「ところで、何か分かった?」


エフェルガンはソファに座りながらジャマールに尋ねた。


「正直のところ、我々も何が起きているのか把握しておりません。死亡した執事や衛兵らの検分でさえ許されておらず、我々は何が起きたか存じません・・」

「今暗部が検分中だ。少し待て」


エフェルガンは部屋に入ってきた海軍将軍とオルカの部下を見ている。二人が敬礼した後、暗部からの報告がある、と将軍は言った。


「シモン、オルカは?」


エフェルガンはオルカの部下であるシモンに聞いた。


「閣下はロッコ殿と行動する、と申し上げております」

「ロッコ殿は風邪ひいて、寝ているのではないか?」

「お熱がございますが、本人は大丈夫だ、と仰いました」


シモンが答えると、エフェルガンはため息ついた。


「後でオルカに伝えよ、トダと騎士団の者を連れていけ、と」

「はっ!」

「その前に、何が起きたか、死亡した執事や衛兵たちの検分結果も聞かせよ」


エフェルガンが命じると、シモンは報告書をケルゼックに差し出した。ケルゼックはその紙を受け取って、エフェルガンに差し出した。


「ほとんど剣でばっさりと斬られた、か・・」

「はい」


エフェルガンはパラパラと報告書を読んだ。


「・・だが、侍女の一人、短剣で斬られた」

「はい」


シモンはうなずいた。


「その侍女は、自分が斬った、とロッコ殿が仰いました」

「待って・・、ロッコ殿がその侍女を斬った?」

「はい」


シモンはうなずいた。


「なぜ?」

「ロッコ殿は晩餐会の後、お手洗いから戻られた途中、異変に気づいて、そこで遭遇した賊に斬られそうになって、反撃した、と申し上げました」

「その侍女は、賊の仲間か?」

「そうだと思われます。侍女の手に刃物がありました」

「侍女の名前は?」

「アスティア・ゼルバ、ゼルバ男爵家出身でございます」


その答えを聞いたエフェルガンはジャマールに鋭い目で見ている。


「アスティア・ゼルバは何者か、ジャマール?」

「乳母でございました」

「乳母なのに、なぜこの時に謀反を起こした?」


エフェルガンが聞くと、ジャマールは困った顔をして首を振った。


「私どもも存じ上げておりません」


ジャマールが答えると、エフェルガンはため息ついた。


「アスティア・ゼルバとゼルバ男爵の関係は?」

「親子でございます」

「今日の晩餐会にゼルバ男爵がいなかった。何か聞いたか?」

「連絡によりますと、彼は具合が悪いので、今夜の晩餐会に欠席となっております」

「顔を見て、確認したか?」

「いいえ。連絡を受けただけで、問題ないと思っております。ゼルバ男爵はこの二年間、健康状態は思わしくおりませんでしたから」

「医療師はゼルバ男爵の健康状態について、何か報告した?」

「・・いいえ」


ジャマールは首を振った。そして彼は健康管理について、基本的にそれぞれの家に任せている、と説明した。島が多い地域なので、貴族たちがエルゴシアに集まったのは年に数回だけだ、とジャマールは説明した。


「なるほど」


エフェルガンはうなずいて、再び視線をシモンに移した。


「それで、ロッコ殿はなぜエルゴタニエアに?」

「賊の一人が突然魔法を唱えて、ジョハル様を連れて逃げようとしたが、ロッコ殿が素早く動いて、ジョハル様を助けようとしたものの、輪っかに落ちてしまって・・、それで・・」


シモンは息を呑んだ。


「それで?」


エフェルガンはまたシモンに聞いた。


「・・それで、着いた場所は船の上でございました。賊との戦闘が起きて、ロッコ殿はお泣きになったジョハル様を抱きかかえながら戦って、いきなり魔法が放たれて、避けようとしたところで、お二人が海に落ちてしまって、・・そしていきなり眩い光りが現れて、気づいたら神殿の中にいる、と仰いました」


光。


エフェルガンはその言葉で一瞬で気づいた。


龍だ。


そもそもエルゴタニエア神殿は結界で閉ざされた神殿だ。龍以外、鍵を持っているエフェルガンとローズしか入ることができなく、神聖な場所である。


となると、二人を神殿の中に入れたのは「龍」しかない、とエフェルガンは確信した。


「海龍様が、二人を助けたのであろう」


エフェルガンの呟きを聞いたその場にいる全員が凍り付いた。


「・・海龍様でございますか?」


ジャマールは震えた声で尋ねると、エフェルガンは小さくうなずいた。


「それしか考えられない。それに、場所は海の上だから、間違いなく、海龍様だ」


エフェルガンが言うと、ジャマールたちの顔色がますます青くなっていく。海龍の凶暴さはその辺りでは有名だ。数年前に東にある大きな大陸、エルサナードが海龍に滅ぼされてしまった。幸い、エルゴの島々には被害があまりなかったけれど、しばらくの間、海が瓦礫や浮いた死体で埋め尽くされることになった。


「その方らは知っているかどうか知らぬが、ロッコ殿は、海龍様と仲が良いと聞いている。彼は唯一、海龍様のお背中に乗ることが許された人だ。タマラに行けば、誰もが知った事実だ。ここに待機している海兵隊らに聞けば、誰もがそのことを知っている」

「!」


エフェルガンが言うと、ジャマールたちはますます不安な顔になった。


「だから、謀反が本当にあったなら、我々は全力で潰さなければならない。龍の神々が気づく前に・・、でないと、次に滅ぼされるのは我々だ」

「はっ!」


エフェルガンが言うと、ジャマールたちはビシッと答えた。エルサナードのようになるなんて、考えるだけでも気分が悪くなりそうだ、とジャマールたちは思った。当然、彼らだけではなく、エフェルガンでさえ頭痛がする。


「カスダ将軍、海軍は今どうなっている?」

「怪我した兵士ら以外、全員待機しております。空軍部隊はダルセッタを連れて、まもなくここに到着致します」

「引き続き注意せよ」

「はっ!」


エフェルガンの指示で海軍将軍はビシッと答えた。エフェルガンはうなずいて、シモンを下がらせた。薬を飲んだとはいえ、熱を出したロッコが休まずにオルカと一緒に行動したら、ますます具合が悪くなるだろう、とエフェルガンは心配した。


「ところで、他の貴族らは、今宵はここに泊まるのか?」

「いいえ、エルゴシアで屋敷を構えている人は順次に帰らせます。宿に泊まる人もいるので、その人々も帰らせます」

「ここに泊まる人もいるのか?」

「はい。サザビー子爵ご夫妻とエルキ子爵ご夫妻でございます」


ジャマールの答えで、エフェルガンは考え込んだ。


「あの二組はなぜここに?」

「サザビー子爵の屋敷はただいま修理中で、一週間前に強風で屋根が飛ばされてしまって、宿を探すには遅すぎました。なので、私どもの屋敷でこの間だけを泊まっても良いと連絡を出しました」

「ふむ、なるほど。で、エルキ子爵は?同じように、屋根が吹っ飛んだのか?」


エフェルガンが聞くと、ジャマールは首を振った。


「エルキ子爵は私どもの遠縁(とおえん)で、久しぶりに会うので、しばらくここに泊まる、ということでございます」

「なるほど」


遠縁だから仕方ない、とエフェルガンは思った。


「ジャマール伯爵」

「はい」

「ゼルバ男爵を捕らえて、ここに連れて来い」

「は、はっ!」


エフェルガンはそう言いながら立ち上がった。


「誰が敵、誰が味方か分からないこの状況では、余はその(ほう)らを疑いたくない」

「陛下・・」

「だが、その方の息子が余の剣になった以上、忠誠を尽くせ!」

「はっ!」


エフェルガンは無言でうなずいて、屋敷の安全を将軍に任せてから、部屋の外へ出て行った。


「陛下」


道の向こうからトダとジョルグが見えた。エフェルガンは足を止めて、彼らを見ている。


「トダ、なぜここに?」


エフェルガンが聞くと、トダは頭を下げた。


「申し訳ありません。私はシモン殿から連絡を受けて、ロッコ様の部屋に駆けつけたところで、ロッコ様はもういらっしゃいません」

「いない?」

「はい」


トダはうなずいた。


「オルカは?」

「オルカ殿もおりませんでした。恐らく二人で出かけているのではないか、と存じております」

「ふむ」


エフェルガンは考え込んだ。


「陛下、発言する許可を頂きたく存じます」

「許す」


護衛官パトリアが言うと、エフェルガンはパトリアに視線を移した。


「一つご確認したいことがございます」

「なんだ?」

「あの時、神殿の中で、ロッコ殿はいきなり空中で何かを潰して・・、濡れた服も一瞬にして乾いた、と認識したのは私だけでしょうか?」

「何かを潰したとは?」


エフェルガンが聞くと、パトリアはうなずいた。


「何か潰したか存じませんが、確かに左手を挙げて、プチっとにぎり潰したかのように見えております」

「ふむ。余は見ていなかったからなんとも言えないが・・、確かに服も一瞬で乾いたことが見えた、・・あの状況だったから」


エフェルガンが言うと、ケルゼックたちは互いの顔を見ながらエフェルガンと同じ意見を言った。


「後で皇后に聞いてみる。彼女が何か分かるかもしれない。だがパトリア、それは他言無用だ」

「はっ!」

「ケルゼックたちも、他言無用だ」


エフェルガンが言うと、その場にいる全員はビシッとした。


「まぁ、トダ、二人とも暗部同志だから、問題ないだろう」

「ですが、ロッコ様は眠り薬入りの風邪薬を召し上がりました。正直に言うと、不安でございます」

「ふむ。多分大丈夫だろう。ロッコ殿はあらゆる毒に耐性を持っているから、眠り薬ぐらいは問題ないだろう」

「そうでございますか・・」

「ああ。ごくろう、下がって良い。休め」

「はっ!」


エフェルガンはうなずいてから再び歩き出した。遅い夜なのに、走り回った暗部隊員らと衛兵があちらこちらで見かけている。しばらく歩くと、エフェルガンは自分の部屋の前に着いた。部屋の前にはラウルとエファインたちがいる。ラウルは部屋の前にある椅子に座りながら目を閉じている。けれど、彼が寝ていない、とエフェルガンは直感で分かった。離れたところで、カールと彼の付き人たちは暖炉の前で会話しながらお茶を飲んでいる姿が見えた。そして柳は反対側の通路で護衛官サリムと一緒に座っている姿が見えた。サリムがエフェルガンに気づいて立とうとしたけれど、エフェルガンは合図を出して、そのまま部屋に入った。そしてしばらくしてから、ハインズとソラは静かに外へ出て行った。


寝室に入ったエフェルガンはまっすぐに寝台へ向かった。寝台に付いているカーテンをめくると、背中を向けているローズがいる。


「毎回こんな感じになってしまって、許せ、ローズ」


エフェルガンはローズを抱きしめながら言った。けれど、聞こえてきたのは彼女の寝息だけだった。





その夜、とても静かな夜だった。けれど、朝日が見えていると、トントン、と部屋をノックする音がした。


「失礼いたします。朝早く申し訳ありません、陛下」


ケルゼックは部屋に入って、挨拶した。


「なんだ?」


エフェルガンは身を起こして、座り込んだ。隣でまだ眠っているローズも目を覚ました。


「エルキ子爵の三女、侍女ブルニ・エルキ嬢は、今朝方死亡が確認されました」

「なんだと?!」


エフェルガンは驚いて、ため息ついた。ローズも身を起こして、エフェルガンの隣で瞬いた。


「死因は?」

「手首を切って、自害した、と思われます」

「なぜ自害?彼女もジョハルの拉致に関わったのか?」

「今のところなんとも言えませんが、暗部はただいま調査中でございます」

「ことが分かったら、また連絡してくれ」

「はっ!」

「そうだ、オルカとロッコ殿は?」

「未だに行方が分かりません」

「ふむ」


エフェルガンは考え込んだ。


「下がって良い。今日は予定通り、医療機関や学校に訪問する、と伝えよ」

「はっ!」

「下がって良い」

「では、失礼致します」


ケルゼックが外へ出て行くと、エフェルガンはローズを見て、軽く口づけした。


「あ、おはようございます」


ローズが言うと、エフェルガンは微笑んだ。


「おはよう」

「今日は、予定を変更しないの?」

「ああ」


エフェルガンはうなずいた。


「ところで、ロッコはどこかに行ったの?」

「さぁ」


ローズの質問を聞いたエフェルガンは軽く答えた。


「多分自分にかけられた疑いを晴らそうとしているのではないか、と思う。だからオルカを彼のそばに行かせている」

「うむ」

「大丈夫だ」


エフェルガンは優しい声で、またローズの唇を求めている。


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