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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
アフター・ウォーズ
794/811

794. 巡礼の旅(3) 拉致事件(1)

鏡に映ったロッコとジョハルの姿に、エフェルガンは戸惑った。


言うべきか、否か。


というよりか、なぜ二人がエルゴタニエアにいるのか、エフェルガンとローズはその状況に対する答えが分からない。ただ、彼らが知っているのは、真冬のエルゴタニエアは極寒地帯(ごっかんちたい)で、ジョハルのような小さな子どもにとって、大変厳しい環境だ。


その危険な場所で、鏡で映ったジョハルは元気だった。しかも、寝間着姿のままの姿でロッコの足下でハイハイしながらケラケラと笑っている姿が見えた。


「誰か柳殿を呼んでくれ。緊急だ」

「はっ!」


エフェルガンが言うと、一人の衛兵は素早く敬礼して、退室した。しばらくすると、柳とジャスミルが来部屋に入って、跪いた貴族らを見て驚いた。


「どうした? 何があった?」


柳が聞くと、エフェルガンは鏡を柳に見せた。


「ジョハルとロッコ殿が見つかった」

「二人は一緒だったのか?」

「はい。なぜ一緒だったかは分からないが、見つかって良かった」

「なら、俺は彼らのもとへ行くから、魔法を出してくれ」

「それは・・」


エフェルガンは戸惑った。場所がエルゴタニエアの神殿の中だから、柳は神殿の中に入ることができないはずだ。


「うーむ、ロッコとジョハル君は神殿の中(・・・・)にいるの」


ローズが戸惑いながら言った。


「でね、その神殿には、結界に囲まれて、誰も入れないの。私か、エフェルガンの剣だけが鍵なの」

「それはどういうことだ?」


ローズの説明を聞いた柳は首を傾げた。柳は近づいて、エフェルガンの手にある手鏡を見て、再びローズに視線を移した。


「だが、奴は神殿の中にいるよ?あの子どもも奴の足下で走り回っている」

「うん。なぜそうなったのかは分からないけど」


ローズはうなずいた。事情が分からないジャマールたちは瞬いただけだった。


エルゴタニエア神殿。


国の最南端に位置しているその神殿は謎に包まれていた。上陸できていても、長年にわたって調査隊を送っても、彼らは神殿の中に入ることができなかった。というよりも、今でも入ることができない。


けれども、ジャマールはその神殿について、近くの島にいる地元住民から聞いたことがある。その神殿の神様は闇龍で、今はもういない神様だ、とジャマールは思い出した。


その誰もを拒絶した神殿に、自分の孫と国賓のロッコがいるとは、どういうことか、とジャマールは理解できずに、瞬いただけだった。


「じゃ、どうする?」


柳が聞くと、エフェルガンは考え込んだ。


「余が行く。だが、その代わり、柳殿はここにいて、ローズを守ってくれ」

「分かった」


柳の答えを聞いたエフェルガンはうなずいて、鏡をローズに返した。


「だが、注意しろよ。賊は人を殺すことが(いと)わない奴らだった。子ども部屋に侍女や衛兵の死体があった。俺が部屋に入ったときに、暗部たちが彼女達を助けようと応急処置を施したが、遅かった」


柳が言うと、エフェルガンの顔が険しくなった。


「そうなのか?」


エフェルガンがサビに視線を送ると、サビはうなずいた。はい、とサビは答えた。


「ああ、だから敵は危険だ」

「分かった」


柳が言うと、エフェルガンはうなずいた。そしてエフェルガンがローズを見ると、彼が言う前にローズはうなずいた。


「行っていらっしゃい、陛下。小さな子ども故、大人の言葉は分からなくて、ロッコも困っているでしょう。なので、ジョハル君のお父上のジャスミル殿もお連れ下さい」

「そなたをここに置いておくことができない。危険だ」

「私なら大丈夫。ハインズたちもいるし、ラウルやカール、そしてお兄様もいるので、問題ないのです」

「分かった。が、本当に危険だと思ったら、ここを捨てて、里に戻ってくれ」

「はい」


ローズはうなずいた。柳とソラなら長距離移動の魔法ができる、とエフェルガンは思った。エフェルガンはハインズとソラにローズを託して、カールとラウルを見てから、柳にうなずいた。エフェルガンはジャマールたちに向かって立つようにと言って、ローズの警備を頼んだ。そして、エフェルガンは護衛官らとジャスミルとともに外へ出て行った。


「皇后様、命に代えても、お守り致します」

「ありがとう、ジャマール殿」


ジャマールが言うと、ローズは微笑んだ。ジャマールは頭を下げてから、他の貴族らと一緒に警護にかかる。


「ローズ、座れ」


柳は椅子を持って、ローズの隣に置いた。


「ありがとう、お兄様」


ローズが言うと、柳はうなずいただけだった。カールが飲み物を持って、ローズの近くに立っている毒味役のアマンジャヤに渡すと、アマンジャヤはその飲み物を確認してからローズに差し出した。


「どうぞ、安全でございます」

「ありがとう」


ローズは飲み物を受け取って、飲んだ。エファインは灯りを片付けて、近くに置いた。


「エルゴタニエアには、何があるのですか?」

「神殿です」


カールが聞くと、ローズは鏡を見ながら答えた。ロッコが周囲を警戒しながら、時にジョハルを追いかけた姿が見えると、ローズは思わず笑った。近くにいるハインズとエファインもその様子を見て、微笑んだ。


「龍の神殿ですか?龍神様?」

「闇龍様です」

「闇龍・・?」


カールが首を傾げながら言うと、柳たちもローズに視線を移した。唯一驚かなかったのはハインズとエファインだけだった。


「闇龍様は遙か昔にお亡くなりになった龍でした」


ローズの隣で立っているハインズは答えた。


「亡くなった?龍の神様が?・・亡くなった?」

「はい」


カールは耳を疑った。龍は死ぬことができるのか、と彼は思った。


「うん、昔のことなんだけど・・、海龍をかばって、斬られて死んだの」

「誰が・・斬ったのですか?」

「分からない」


ローズの言葉に聞いたカールは瞬きながら聞いた。けれど、ローズはただ首を振っただけだった。


「当時は混乱した様子だった・・らしい」

「もしかすると、・・ローズ様は、その時、いらっしゃったのか?」


カールは恐る恐ると聞いた。


「ううん」


ローズは微笑みながら首を振った。


「海龍様が見せてくれたの」

「そうでしたか」

「いくら私が龍神様の娘でも、その出来事はもう数億年前のことだから、分からないよ」

「そうですよね。数億年前だと、随分昔のことですから」

「うん」


ローズが軽く笑うと、カールも微笑んだ。


愛しい。やはり彼女は愛しい、とカールはまっすぐにローズを見つめている。


「それに、当時の人々も、文明も、海龍様に滅ぼされたから、今はもう残っていないと思う」

「そうですね」


ローズの説明を聞いたカールはうなずいた。


「で、俺たちはこれからその神殿に行くんだろう?」


柳は嫉妬した眼差しでローズとカールの会話を中断した。


「うん」


ローズはうなずいた。


「でも、あそこはとても寒い場所なの。見ての通り、私はエルゴシアの寒さでさえ雪だるまのように数枚の厚着をしたぐらい、寒くてね、・・魔法でいきなりそこへ行ったら、多分風邪をひいてしまうでしょうから、ゆっくりと体に寒さを慣らしてから行くと思ったの」


ローズは苦笑いした。


「そうですね。ローズ様は寒さに弱いから」


ハインズが笑いながら言うと、エファインはうなずいた。ソラはそのことについて良く分からないから、ただ黙って彼らの会話を聞いている。


「うん。リンカも風邪をひいたぐらい、とても寒かったの」

「そうか。リンカと一緒に行ったのか」


柳は微笑みながらうなずいた。


「今度行く時に、夏に行けば良い」

「夏はとても暑いらしい。だから陛下は私の身を案じて、ちょうど良い季節に計画を考えたの。春だと、陛下の方がとても忙しいので、秋になったわけです。それに秋だと、風がとても良くて、船旅でちょうど良いと仰いました」


ローズが言うと、ハインズとエファインはうなずいた。その通りだ、と彼らは揃って言った。


「準備も進められたけど、まさかエルムンドと戦争が起きてしまったなんて・・、そのためで今になってしまったの」

「そう言うことだったのか」


柳は優しい声で言った。彼はなんとなく察した。ローズがエルムンドとエスティナモルグとの戦争を思って、とても残念で悲しんでいるだろう、と柳は思った。それに、エルムンドとエスティナモルグの戦争で彼女の護衛官の一人、アナフが殉職してしまったことも、と柳は以前ハインズから聞いた。それでローズが大変悲しんだらしい。


「ロッコが戻って来たら、ゆっくりとその神殿へ向かおう。焦らなくても良い。時間がたくさんあるから」

「そうですよ、ローズ様」


柳が言うと、カールもにっこりと微笑みながら言った。


「我々はローズ様のためなら、時間を惜しまないのですよ」

「ありがとう、カール。お兄様も、ラウルも、ハインズたちも、ありがとう」


カールが言うと、ローズは微笑んだ。柳は何も言わず、ただ微笑んだだけだった。そして部屋の中に入ったジャマールを見て、無言で貴族らのやりとりを見ている。





エルゴタニエアに急遽(きゅうきょ)向かっていたエフェルガンらは真冬の島に到着した。吹雪の中、彼らは急いで神殿に向かった。エフェルガンは闇龍の剣をかざすと、扉がゆっくりと開いていく。


「もう、頼むから、おとなしくしてくれよ」


どこからかロッコの声が聞こえると、エフェルガンらは急いで声が聞こえている方向へ走った。


「ロッコ殿! ロッコ殿!」


ケルゼックが大きな声で言うと、神殿の奥から返事が聞こえた。そして子どもがケラケラと笑っている声も聞こえている。


「ケルゼック殿?!」

「はい!」


ロッコの返事がまた聞こえた。けれど、彼の姿がどこにも見当たらない。エフェルガンは床が濡れていることに気づいて、水滴を目印にして、彼らは神殿の奥へ進んだ。


「お!いた、いた」


奥の部屋にある横の扉からロッコとジョハルが現れた。ジョハルはロッコの腕の上でケラケラと笑って、ロッコの首に手を回しながら、現れた父親を見ている。


「この子があちらこちらへ走り回って、もう追うのに大変だった」

「ははは、そうでしたか」


エフェルガンは笑いながらうなずいた。


「はい、ジャスミル殿、大事な子息だ。名前はジョハルかな?」

「ありがとうございます。はい、ジョハルです」


ロッコがジョハルをジャスミルに渡すと、ジャスミルはジョハルを受け取って、自分の腕に乗せた。


「大丈夫だったか、ジョハル?」

「あった、わわっこしかった」


ジョハルが言うと、ジャスミルは笑いながら首を傾げた。ジョハルは何を言っているのか理解できない。けれど、元気な様子を見ると、大丈夫だった、と彼は安堵した。


「ロッコ殿はびしょ濡れですね」


ケルゼックが言うと、ロッコは苦笑いした。


「仕方がない。海に落ちたからだ」

「海に?!」


この時期の海に落ちたら、凍って死亡する可能性が高い。ケルゼックが直ちにマントを脱いでロッコに渡そうとしたけれど、ロッコは首を振った。


「それよりも早く戻ろう。子どもはこのような場所に長くしてはいけない」

「あ、はい」


ケルゼックはうなずいた。


「ここだと魔法ができないから、エルゴシアへ戻ることができなかった」

「やはり制限がかかっているのか」


エフェルガンはロッコの言葉を聞いて、少し考え込んだ。エフェルガンは場所移動の魔法を唱えても、ロッコの言葉通り、不発した。


「外へ出て、そこで魔法を唱える」

「分かった」


エフェルガンがいうと、ロッコはうなずいた。


「ジャスミル、ジョハルのことをしっかりと守れ」

「はい」


エフェルガンの言葉を聞いたジャスミルはうなずいて、ジョハルをしっかりと自分のマントの中に入れた。準備ができたところで、エフェルガンたちは急いで神殿の門へ向かった。けれども、神殿の扉が開いて、そこから入って来たのは見知らぬ大勢の男らだった。


「止まれ! 身分を明かせ!」


護衛官タルマンが急いでケルゼックの前に出て大きな声で言うと、それらの男らは足を止めた。


「なんだ、お前らは?」


彼らはエフェルガンらを見て、驚いた。


「誰だ、と聞いている! 答えろ!」


タルマンが言うと、一人の男は機嫌悪く前に出て行った。


「お前らは先に名乗れよ」

「なんだと?!」


その男がそう言うと、タルマンは威嚇しながら相手を睨みつけた。


「余はこの神殿の管理者、この国の皇帝、エフェルガン・クリシュナだ。貴殿らは?」


エフェルガンはタルマンの後ろから前に出て、相手をまっすぐに見ている。ケルゼックたちは直ちに守りの体制に動いた。


「ファビーナモルグから来た。我はオクタ公爵といい、占者(せんじゃ)が明かした神のお告げによって、この神殿に参上した」


モルグ。その名前を聞いた途端、ケルゼックたちは一斉に武器を抜いた。


「この神殿に、勝手に入ってはならない」

「なぜ?」

「ここはスズキノヤマ帝国の領土だからだ」


エフェルガンが言うと、オクタ公爵と名乗った人は一瞬固まってから、笑い出した。


「神がそのことを告げた記憶はない」

「神々がそう告げなくても、この土地は人が支配するところであることは確かだ」

「笑止」


オクタ公爵は笑いながら言った。


「そう言われても、古くからの神殿はスズキノヤマ帝国の領内にある。それに、余は聖龍様と海龍様からこの神殿を管理するように命じられた。その権限で、貴殿らをここに入る許可をしない」

「ここは闇龍様の神殿だ。他の龍がなんと言おうとも、我々が聞く耳を持たない」

「そうか」


エフェルガンはため息ついて、剣を抜いた。その剣が黒いオーラに包まれて、禍々しい圧迫感が周囲に漂っている。


「ならば、力尽くでここから追い出す」

「それは仕方がないことだ」


エフェルガンがいうと、オクタらも剣を抜いた。ジャスミルたちは後ろで状況の悪さを理会して、揃って剣を抜いた。幼いジョハルは父親のマントの隙間から彼らを見て、瞬いただけだった。


「ごめんな、ローズ。これから先は、あんたに見せたくない」


ロッコは突然そう言いながら手を挙げて、何かを潰した仕草をした。そして、ロッコは前に出て、オクタを見ている。ロッコの様子を見たケルゼックたちは驚いた。びしょ濡れだったはずのロッコは一瞬にして乾いた。エフェルガンは息を呑んで、ロッコを見ている。


「ロッコ殿、彼らは・・」


エフェルガンの言葉が続く前に、ロッコは手で合図した。


静かに、という合図だ。


「なぁ、オタクとやら、オクタとやら、一つだけ質問するから、答えてね」

「誰だ、貴様は?」

「外にいるはずの海軍部隊はどうなった?」


ロッコは彼らの質問を無視して、まっすぐにオクタを見て、質問した。


皇帝であるエフェルガンはこのような場所で護衛官らだけで現れるはずがない。けれど、神殿の中にいるはずのロッコがエフェルガンらが海軍部隊と一緒にこの島に来たことなど、ロッコがなぜ知っているのか、とエフェルガンは耳を疑った様子でロッコを見ている。


「ふん、あの部隊か」


オクタは鼻で笑って、ロッコを睨みつけた。


「・・寝てもらった」

「そうか」


ロッコは顔色を変えずにそう言って、一瞬の早さで次々と相手を倒して、凄まじい強さで彼らを神殿の外へ飛ばした。


すべての攻撃はほとんど素手だった。


「なら、お前らも外で寝ろ!」


ロッコは最後の相手を手で外へ飛ばした後、何もなかったかのように、神殿の外へ向かって歩いた。


「まったく、この神聖な場所は何だと思ってんだ。血で汚さないでくれよ。ローズが泣くからだ。エフェルガン殿、その禍々しい剣をしまいな」

「あ、はい」


エフェルガンは素直に剣を鞘に戻して、ロッコの後を追った。ケルゼックたちはそのまま外へ出て行った。


外は悲惨な状況だった。海に投げ出された海軍兵士らがいるとしたロッコはためらいなく、海に飛び込んで、彼らを拾い上げた。


エフェルガンと一緒に行動したトダはもうすでに応急処置をし始めた。エフェルガンは魔法の輪っかを開けて、ジャスミルとジョハルを先に返した。連絡を受けた柳とローズたちは駆けつけて行ったものの、柳に止められた。


「ローズ、エルゴシアに戻れ。俺が彼らを向こうまで運んでやるから」

「あ、はい。お願いします、お兄様」


ローズがうなずいて、すぐさまエルゴシアで医療体制を整えた。ローズとアルウィ家の医療師らと一緒に、次々と運ばれた海軍兵士らを手当したところで、トダが戻って来た。彼の後ろにびしょ濡れのロッコがいる。


「ロッコ!こんなに濡れて、大変!」

「まぁ、海に入ったからな、・・ハクション!」

「早く着替えて、暖かくして、誰か、ロッコを手伝って!」

「良い。俺はなんとかなるから、心配しなくても良い。それよりも、あの兵士らを助けてくれ。ほとんど海に落ちたからだ、・・ハクション!」


ロッコはまたくしゃみすると、一人の護衛官は毛布を持ってロッコに渡した。ロッコは首を振って、そのままその部屋から退出した。ローズたちは急いで運ばれた兵士らに手当てした。


「何かあったの?」


ローズは傷口を縫いながら隣で包帯を巻いているトダに聞いた。


「敵が現れて、神殿の外で待機していた兵士らを斬りつけて、海に投げ捨てたのです」

「敵?」

「はい」


ローズは手を止めて、首を傾げた。


「この場所まで敵はいたの?」

「はい」


トダは回復魔法をしてから、次に運ばれた人に脈を確認した。大丈夫だ、生きている、とトダは思った。


「どこの人?」

「ファビーナモルグと名乗った者だったが、その真偽と目的は暗部隊がこれから調べるでございましょう」

「そうなんだ」


聞いたことがない国名だ、とローズは首を傾げた。ローズは輪っかへ向かったサビたちを見てから、目の前にいる兵士に回復魔法を唱えた。これで良し、と。


「ジョハルは?」

「元気でございますよ。不思議なぐらい、ジョハル様はまったく恐れる様子もなく、本当にお利口なお子様でございました」


トダは手を休まずに答えた。ローズは微笑んで、また次の兵士を手当てした。アルウィ家の医療師や町の医療師も負傷した兵士らの手当てに加わって、仕事が早く終わった。


「大丈夫か?」


エフェルガンが来た時に、ローズはちょうど最後の兵士の手当ては終わった。


「はい。陛下も、もう大丈夫ですか?敵は?」


ローズが心配そうな様子で尋ねると、エフェルガンは微笑んだ。


「ただのごろつきだ。たまたまファビーナモルグから来たらしいが、我々と戦って、海に落ちた」


エフェルガンが言うと、ローズは眉をひそめた。最近エフェルガンは良く嘘をつくようになった、とローズは思った。けれど、ローズはその理由が分かった。他の貴族らに聞かれたくない事情があったのでしょう。


「じゃ、サビは今現地で調べているの?」

「いや、彼は今回の任務に外して、エトゥレに返した。半時後に向こうから代わりの暗部隊は柳殿が連れて来る」

「サビ、かわいそう」


ローズが言うと、エフェルガンは微笑んだ。彼はサビとローズの仲を知っている。けれど、仕事に失敗したサビはこの任務から外すしかない。


「お願いだから、サビをいじめないで下さい」

「いじめていない」


エフェルガンは即答した。


「ただ、彼はこの任務に適していなかっただけかもしれない」

「うーん、だって今までサビはずっと一人で行動していたでしょう?いきなり隊長になって、彼はきっと慣れていないし、大変でしょう?だから、大目に見てあげて下さい。お願いします」


ローズが言うと、エフェルガンは微笑んでうなずいた。けれど、彼はなぜかサビに嫉妬している。


「分かった」


エフェルガンの口から出て来た答えはそれだけだった。


「ところで、ロッコ殿は?」

「うーん、くしゃみを出したから、とりあえず着替えて、暖かくしてもらいます。大事をとっていると思うから、多分部屋で休んでいるでしょう。後ほど薬を届けに行こうと思います」

「ロッコ殿は風邪をひいてしまったのか?」

「多分ね」

「そういえば、リンカもあの時、寒さで風邪をひいたな」

「あはは、そうでしたね」


ローズは微笑みながらあの時の出来事を思い出した。可能なら、二度と体験したくない、と彼女は思った。


「陛下、聞いたところで、ロッコは海に入ったって?この季節の海に?」

「ああ。あの海兵隊全員を拾い上げたのはロッコ殿だった。あの寒い海なのに、誰一人も死ななかったのは不幸中の幸いだ」

「すごいわ」

「それに、敵も全員彼が倒した。後ほど礼を言わねばならない。それに、ジョハルを拉致されたこともあったから、彼に尋ねないといけないことがいくつかある、と暗部から聞いた。ロッコ殿はジョハルの拉致事件に巻き込まれてしまったのだろう」

「きっとそうでしょう。ロッコはこの辺りに詳しくないし、ここに来たのも始めてです」

「余もそう思った」


エフェルガンはうなずいた。


「だが、そう言わなかった者もいる。衛兵と侍女を殺したのはロッコ殿だ、と証言した」

「ありえない。それはデタラメで、嘘よ。ロッコは今回の旅で、国賓ですよ?いくらなんでも、それは彼に対する侮辱であって、父上とアルハトロスに対する侮辱でもあります。そして私に対する侮辱にもなります」

「余に対する侮辱でもなる。とにかく、そのようなことを言った人は捕らえられたから、心配しなくても良い」

「はい」


ローズはエフェルガンの手を取って、一緒に歩いている。向こうからジャマールとジャスミルがローズたちの方に駆けつけた様子が見えると、エフェルガンは足を止めた。


「陛下・・!」

「どうした?」


ジャマールが青い顔でエフェルガンに駆けつけて来た。


「このような手紙が、妻の部屋から見つかりました」


ジャスミルは恐る恐ると紙一枚を差し出した。ケルゼックはそれを受け取って、エフェルガンに差し出した。


「恋文?」


エフェルガンは眉をひそめた。


「ローズ、心当たりは?」


エフェルガンがその手紙をローズに渡すと、ローズは手紙を読んで、首を振った。


「ないわ。これはデタラメです。彼はそのような人ではない、と断言できます」


ローズは怒りを込めて、手紙をエフェルガンに返した。


「それに、あれはロッコの文字ではありません」


小さいころからずっとロッコと一緒にいたローズだから間違いない、とエフェルガンは思った。同時に、彼は嫉妬した。けれど、その気持ちは顔に出さなかった。


「真犯人はどうしてもロッコ殿を犯人として仕上げたいのでしょう。そうすれば、皇后様の失脚に繋がりますが、・・死人を出した拉致事件となると、なおさらですね」


ずっとローズの周囲を見ているカールは言った。


「余もそう思った」


エフェルガンはうなずいた。


「本当の犯人を分からなくするための小作だ」

「まさしくその通りですね。その手紙、拝見しても宜しいですか?」

「ああ」


エフェルガンが手紙を差し出すと、カールはその手紙を受け取った。そしてカールは内容を読んで、何かに気づいた。


「陛下」

「何か分かったか?」

「毒です。この紙に、毒が・・」


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