792. 巡礼の旅(1) エルゴの島々へ(1)
ローズが開けた輪っかは南タマラの海軍基地へ通じた。
実は、この旅はもう数ヶ月間前から計画されて、準備も進んでいた。けれど、アルハトロスがエルムンドと戦争になったことで、計画が先延ばされた。当然なことだけれど、計画が延期になったため季節もずれて、冬になってしまった。冬だから、寒さに弱いローズを含めてアルハトロスとレネッタの者がいきなり寒いエルゴの島々に行くと、気温変化によって健康被害を受けてしまうであろう、と想定された。なので、船でゆっくり南へ向かいながら、寒さを体に慣らせば良い、とローズが提案したところで、反対する人はいなかった。
なぜなら、ロッコたちも、一日も長く彼女と一緒にいたいからだ。
「ようこそ、南タマラへ」
エフェルガンたちに挨拶した後、南タマラ州領主エドムン・ガルチはロッコたちを歓迎した。第一将軍のファリズは今回の旅にエフェルガンとともに行くことになった海軍将軍と空軍小部隊隊長と会話してから、ロッコたちに挨拶した。そしてファリズはロッコたちを船に案内するようにと近くにいる兵士に命じた。柳とソラが後ほど行くと言ったので、ロッコたちは先に船へ乗り込んだ。
「大きな船だね」
ロッコはそう言いながら、デッキで見晴らしが良いところで周囲を見渡した。
「アルハトロスの海軍の船もこのぐらい大きいのか?」
「いや」
ラウルが聞くと、ロッコは首を振った。
「海は、そうだね、やっと最近手に入れたぐらいだったけど、まだ海軍という組織はできていない」
「最近?」
「ほら、エルムンドからササノハ地方に接触した東と南辺りの地域をもらって、それで東の海に面する地域を手に入れた。大した広さじゃないが、まぁ、とりあえず港ができたってことだね」
「あ~、なるほど」
ロッコが説明すると、ラウルとカールはうなずいた。戦争に負けたエルムンドはアルハトロスに莫大の損害賠償を全額払いきれず、結局損害賠償として、北側にある地域をアルハトロスに差し出した。ダルゴダスが里にかかった被害額を50倍に水増しにしたから、エルムンドはかなり傾いてしまった、とロッコは知っている。けれど、そのことはラウルとカールに言わなかった。
「レネッタの海軍船はこの船と比べると小さめだが、それなりの性能がある。それに、小さな港でも入港が可能で、いろいろと便利だ」
ラウルが説明すると、ロッコは興味津々とラウルを見ている。
「ダルスクマイネ商船はこのぐらいの大きな船を持っている。これよりも、もっと大きな船もあるよ」
カールは横から言った。
「へぇ。そのでかい船はどこへ行くの?」
ロッコが興味を示しながらカールを見ている。
「ドイパなど、その辺りの国々へ貿易で行ったり来たりしている」
「ふむふむ。このような大きな船になると、値段も結構高かっただろう?」
「そうだね。だが、それも投資というものだ。造船場で船を作って、そのまま運営するという形になる」
「へぇ・・」
つまり、船は自分たちで作って運営する、ということか、とロッコは考え込んだ。
「造船はやはりダルスクマイネ家の?」
「もちろん」
カールは微笑みながらうなずいた。
「ダルスクマイネ造船社は商船用の船だけではなく、漁船も、そして海軍用の船も作っている。それに貸し船として、数種類の船を所有している」
「へぇ」
「なので、アルハトロスが海軍用の船が必要になる時が来たら、ぜひとも私に声をおかけ下さい。価格も品質も保証する。ぜひお任せ下さい」
「ははは、分かった。帰ったら女王陛下に言っとくよ」
ロッコはうなずいた。後ろからソラが船に乗り込んで、彼らの元へ向かった。
「やぁ、ソラ殿」
「こんにちは。さっきから何を話しているんですか?」
「船の話さ。フィリチアはこのようなでかい船を持ってるの?」
「持っていません。海軍もありません」
ソラは即答した。
「以外だね」
ロッコが言うと、ソラは軽やかに笑った。
「フィリチアは海を持たないからです。大陸のど真ん中にあるのですから・・。まぁ、川を渡るための筏や小舟ぐらいならあるが、この船と比べられないほど、小さい」
「へぇ。じゃ、あんたは船を乗ったことないんだ?」
「ありますよ。ジャザイールでね、ローズ様と一緒に島へ渡る時に船に乗りましたよ。たった十数分間だけでしたが、とても楽しかったです。あの島で、ローズ様と一緒に海に行って、ローズ様の水着姿がとてもきれいで、私たちは二人だけでおよ・・」
「へぇ、水着で・・?」
ロッコ達は鋭い視線でソラを見ている。
「おっと、警備体制を確認しなければならないので、失礼します!」
ソラは彼らの態度の変化をすぐに気づいて、さっさとどこかへ行った。
「不埒な奴め!」
カールが言うと、ラウルは苦笑いしただけだった。自分自身も、ローズと過ごした日々のことを彼らの前に言ったら、絶対に敵視されるだろう、とラウルは思った。
ラウルは港に視線を移すと、港でエフェルガンとローズが海軍将軍と会話している様子が見えた。ローズたちは和やかな雰囲気で言葉を交わしながら船に乗り込んだ。柳はローズの後ろで歩いて、ファリズと会話している様子も見えた。ロッコは船の上から彼らの様子を見ながら、カールとラウルの会話を聞いている。
「ファリズ様は一緒に行かないのか?」
ロッコは彼らの元へ歩いている柳に声をかけた。港でファリズが手を振って、出向した船を見送った様子が見えた。ロッコは港で残されたファリズに手を振って、笑った。
「仕事があるから行けない、と聞いた」
「ふ~ん」
柳はそう答えて、小さくなっていくファリズを見ている。
「仕事か・・、あいつはなんだかんだまじめだからな」
ロッコが言うと、柳は無言で周囲を見ている。この船には護衛部隊と騎士団部隊もいて、物々しい雰囲気だ、と柳は思った。そして何も言わずに、そのまま船の中に入った。
「柳様は、口数が少ないですね」
「まぁ、昔からそんな感じだ」
カールが言うと、ロッコはうなずいた。三人はしばらく海を見つめながら、軽く会話した。
船は南タマラの海軍基地から出港して、ゆっくりとエルゴの島々へ向かっている。
船旅が順調に進んで、数日間が経った。ローズ達が乗っているこの大きな船の他には、海軍船が4隻あって、この船の周りで航海している。一番前の船は海軍の旗と将軍の旗を掲て、海軍将軍が乗っている。左右の船には寒さに強い鷲が数匹いて、エフェルガンの鳥であるダルセッタもその中にいる。船の旗は海軍と空軍の旗だった。真ん中の船は皇帝であるエフェルガンたちが乗っている船だ。この船には、皇帝の旗の下にローズの旗があって、風に揺られている。そして 一番後ろの船は海軍兵士らが乗っているから、海軍の旗をかかげている。
ローズが心配していた気温変化が原因の体調不良は起きなかった。寒さになれていないはずの柳、ロッコ、ラウル、とカールは意外ととても丈夫で、元気している。元々北国出身のソラはもちろん、この寒さぐらいなら問題ない。もちろんハインズや他の護衛官らも極寒の地で訓練を受けたから、全く問題ない。
暖かい昼間だと、ロッコたちは日向ぼっこしながら船旅を楽しんでいる様子がローズの部屋の窓から見える。ローズ自身が出発して二日目からはずっと部屋の中にいる。
「寒いのか、ローズ?」
「うん」
それを聞いたエフェルガンは笑った。結局、龍の紋章を持つ人々よりも、一番寒がっているのはローズだった。エフェルガンは侍女エリンから厚いコートを受け取って、そのままローズの肩へかけた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
エフェルガンはにっこりと微笑んだ。
「エルゴタニエアへ行くのは、あの日以来だったな」
「うん」
エフェルガンが言うと、ローズはうなずいた。
「エルゴの島々の領主、ジャマールは元気なの?」
「元気だよ。今回の訪問について、彼に事前に連絡した。そして二週間ぐらい前、余を会いに来た。用件は、警備の準備と受け入れ委体制と、そして個人的な理由でね」
「個人的な理由って?」
「ああ。彼の息子が騎士団に入ったから、見学の許可をもらいに来た」
「へぇ?宮殿の騎士団?あのマジャ隊長の騎士団?」
「そうだよ」
エフェルガンはうなずいた。
「すごい!」
ローズは瞬いた。スズキノヤマでは、もっとも入りにくいとされている皇帝所属騎士団と護衛部隊に入ったとなると、間違いなく、ジャマールの息子はエリート中のエリートだ。腕が良いだけではなく、頭も良いという証拠だ。
「でも、騎士団に入ったら、ジャマールの家の後継ぎはどうなっているの?」
「長男がいるから問題ないよ」
「じゃ、入ったのは長男じゃなくて次男か?」
「五男だ」
「子どもが多い・・」
ローズが言うと、エフェルガンは笑った。
「ジャマール・アルウィ家は、八男と一女だ」
「まさかだと思うけど、女の子が欲しくて、ずっと子どもを作ったりして?」
「良く分かったな」
エフェルガンは笑ってうなずいた。ローズは信じられない様子でしばらくエフェルガンを見てから、苦笑いした。
「私は無理よ」
「別にそなたが真似しなくても良い。ゆっくりでも構わないから」
エフェルガンはローズの不安を察したかのように、優しく彼女の髪の毛をなでた。
「今回の旅はエルゴタニエアにお参りして、ゆっくりとテア神殿へ行って、最後にパララへ向かおう」
「パララ?アカディアにも行くの?」
「そうだ」
エフェルガンはうなずいた。
「帰りにゲオ島を寄って、狩りでもしよう。その後、パララで少しゆっくりしてから帰るとしよう」
「わ!楽しそうね」
ローズは嬉しそうにうなずいた。
「皇子たちはもう少し大きくなってから、今回のような神殿巡りの旅をさせよう」
「うん」
ローズはその意見に同意した。いくらなんでも、エフェリュー達がこのような旅にはまだ早い。なぜなら、危険すぎるからだ。
その日、エフェルガンはずっとローズのそばにいて、食事も部屋の中で取るようにした。ローズが外へ出て行ったのは船がエルゴシアに到着したときだった。数枚のコートを着て、彼女はエフェルガンににぎられながら、ゆっくりと船から降りた。
「ようこそエルゴの島々へ。領主のジャマール・アルウィ伯爵でございます。こちらは妻のアミナ・エンドヴァ・アルウィでございます」
港で領主ジャマールは妻と一緒にローズ達を迎えに行った。ローズはにっこりと微笑んで、二人に丁寧に挨拶を交わした。柳やロッコ達も丁寧に挨拶してから、ローズ達と一緒に軽く港で散歩してから、馬車に乗って、領主の館に向かった。
「やはり真冬だと、ここは寒いね」
「それは仕方がないよ」
「うん」
ローズは雪で白くなったエルゴシアを見つめながら言った。彼女の前に座ったエフェルガンは、微笑みながらそんなローズを見つめている。
「オゴルタ王国がエルゴシアを攻撃したときに、ジャマール伯爵は大怪我したよね?」
「そうだな・・」
エフェルガンはジャマールが大怪我したことを、記憶にない。なぜなら、彼は、その時、闇龍に体を乗っ取られてしまったからだ。
「あの時、夫人はどこにいたの?」
ローズは数年前に起こった出来事を思い出して、エフェルガンに尋ねた。
「報告によると、あの時彼女はちょうど子どもたちを連れて、パララへ里帰りしたらしい」
「なるほど。だから難を逃れたのね」
ローズは納得して、うなずいた。あの時、エルゴシアは壊滅的なダメージを受けた。ジャマールは民を守るため、大怪我してしまった。ローズたちが遅かったら、ジャマールは気を失って、瀕死状態だった。ローズがジャマールに手当てした時に、当時闇龍に体を乗っ取られていたエフェルガンが魔力をローズに与えてくれたおかげで、ジャマールは助かった。
馬車はしばらく雪道を走った。護衛官と騎士たちは馬車の周囲で連れて来た馬の上に乗って、護衛している。ロッコたちはエフェルガンとローズの馬車の後ろに乗っている。
ローズ達はエルゴシアで三日間ぐらい滞在する予定だ。エフェルガンの命令で、ローズにとってなるべくあまり負担にならない公務がスケジュールされている。
馬車はやがて門をくぐって、広い屋敷に到着した。先に到着したジャマールとアミナは急いでエフェルガンたちの馬車の前に立って、二人を屋敷の中に招き入れた。中に入ると、アルウィ家の息子たちと娘がもうすでに彼らを待って、丁寧にエフェルガンたちに挨拶した。長男のジャスミルと彼の妻子のエルミナとジョハルも丁寧にエフェルガンたちに挨拶した。挨拶が終えると、ジャマールは彼らに応接室へ案内した。その間に、ソラたちは部屋の安全を確認する。ロッコと柳たちも細かくチェックして、部屋の安全を確認した。
「やはりここまでしないとダメなんだね」
「そうだね」
カールが言うと、ラウルはうなずいた。
「ダネッタで彼女が風呂場で拉致されたこともあったから」
「ダネッタだったか」
「ああ」
ラウルはうなずいた。あの事件で、レネッタは首都を失ったことになった、とラウルが言うと、カールはその事件を思い出した。彼はそのことを自分の情報網で知った。
「実は、トロッポと西メジャカの堺の町に、彼女が拉致された」
柳は周囲を見てから部屋の外へ出て行った。ラウルとカールも外へ出て行った。
「ローズ様が?拉致されたのか?」
「ああ」
柳は扉を閉めたハインズを見て、うなずいた。
「風呂場ごと、転移魔法で東メジャカへ飛ばされた。その時、二人の妹も一緒に拉致された」
「それはまずい・・、よくも恐れ多いことを・・。下手したら、国ごと龍に滅ぼされるところだっただろう」
柳の説明を聞いたカールは呆れた様子で言った。
「良かったことに、拉致した奴はバカだった。逆に彼女に捕らえられて、あっという間で終わった」
「それは良かった」
カールは安堵した顔でうなずいた。そして彼らは部屋の周囲に各自の位置に着いた護衛官らを見て、そのままローズがいる応接室へ向かった。




