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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
アフター・ウォーズ

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780/811

780. 戦争の後(1)

エルムンドとエスティナモルグがアルハトロスを攻撃してから一ヶ月間が経った。


エスティナモルグが炎に呑まれたことで、「龍」に滅ぼされたということがあっという間に噂になった。そのことで、エフェルガンもこれ以上軍の派遣は必要ないと判断して、一部をエルムンドに留めて、その他はスズキノヤマへ帰還を命じた。エフェルガン自身はしばらくアルハトロスに留まったけれど、仕事のことで彼は戸惑いながらスズキノヤマへ戻った。





「エフェリューたちは明日から寮に戻る」


ダルゴダスは執務室で書類を見ながら侍女長セシリアに言った。


「フェルザは、ロッコの家に戻るが、護衛官が泊まり込むことを許可する。彼の教育はしばらくヒョーがやる」

「かしこまりました」


ダルゴダスは手を止めて、ため息ついた。


「セシリア、ローズはまだ起きていないのか?」

「はい、まだでございます」


ダルゴダスが侍女長に聞くと、侍女長は首を振って、答えた。


「カール・ダルスクマイネ公爵殿も?」

「はい。まだでございます」


セシリアが言うと、ダルゴダスはしばらく考え込んだ。カールは今でも眠ったまま、ダルゴダス邸の客室にいる。怪我は治ったものの、ずっと眠っているため、病室が限られたため、彼がダルゴダス邸に移動された。


あの日、カール以外、誰一人も龍神が施した封印を開けることができなかった。ローズの夫であるエフェルガンでさえ、龍神の封印を解くことができなかった。


ダルゴダスはカールの腕に刻まれた薔薇の紋章のことが知らなかった。それどころか、誰一人も知らなかった。ダルスクマイネ軍でさえ、そのことについて、知る人がほぼいなかった。レネッタでローズの護衛と知られたラウル・ラウでさえ、カールの体に刻まれた紋章について、知らなかった。


カール・ダルスクマイネはなぜその紋章を隠したのか、とダルゴダスは考え込んだ。


「ダルゴダス様、ロッコ隊長は今どこにいるのか、ご存じでしょうか?スズキノヤマ側が説明を求めておりますが・・」

「いや、分からん」


一人の暗部が聞くと、ダルゴダスは首を振った。あの日でロッコがローズを助けた後、どさくさに紛れて、消えた。時に報告書だけが来たけれど、行方が誰も知らない。


「彼が自由行動だから、わしは彼が今どこにいるか分からない。副隊長であるおまえは適当にスズキノヤマに説明しなさい」

「・・・」


ダルゴダスが言うと、暗部の副隊長は困った顔でダルゴダスを見た。


「どうした?」

「私はロッコ隊長が龍神様とどんな会話したか、説明できないのです」

「わしだって分からん」


ダルゴダスはため息ついた。そう聞かれても、どう答えるのも分からない。


「おまえも知ったように、彼は特殊だ。恐らく古代言語で会話しただろう」

「古代言語ですか?」

「ああ」


ダルゴダスはうなずいた。だから会話の内容が分からない、とダルゴダスが追加で説明した。


「・・それにな、あいつは昔からローズと仲が良いから、古代言語ができてもおかしくないだろう」

「そうですか」

「まぁ、とにかく、龍神は素直にローズを彼に返した。この場合、それだけでも良かったと思う。何にせよ、相手はあの龍神だからな」


ダルゴダスが言うと、全員が納得して、うなずいた。


「もう下がって良い。何があったら、連絡してくれ」

「はっ!」


彼らが全員執務室から出て行くと、ダルゴダスはまた静かになった部屋で一人で考え込んだ。


ローズは古代言語ができてもおかしくない。なぜなら、彼女の「魂」の「親」は、あの「龍神」だからだ。龍神の膝元で起きた裏切りによって罠に落ちた我が子だから、龍神が眠りから目を覚ましてしまった。


龍神はこの世界のすべてを滅ぼすことができるもっとも高位な龍だ。ダルゴダスは彼の姿を見たのは二回だけだった。最初にこの世界に召喚された日と、ローズの魔石の前だった。


「失礼致します。ミレーヌ様が謁見を求めております」

「通せ」

「はっ!」


衛兵が扉を開けると、ミレーヌが部屋の中に入った。


「どうした、ミライヤ?」

「母上とレネッタ軍をレネッタへ帰還させようと思います」

「分かった。カール・ダルスクマイネ殿はどうする?」

「カール殿はしばらくここにいます。まだ眠っているし・・。彼の世話役としてダルスクマイネ軍の数名をここに残します」


ミレーヌが言うと、ダルゴダスはうなずいた。


「可能なら彼の占者(せんじゃ)に聞いて欲しい。どうしたら良いか、尋ねたい」

「分かりました。後ほど母上にお願いしますわ」


ミレーヌはうなずいた。


「ですが、私自身が占者のことはよく知りません。ダルスクマイネ家でも占者のことを知っている人はかなり限られていて、なんとも言えません」

「ふむ」

「でも、後ほど、母上と相談します」

「ああ、頼む」


ダルゴダスはうなずいた。


「あと、あの親子もレネッタに連れて帰ります」

「親子?」

「ロッコ殿が連れて来たダルタ・ホサダと娘のスルティ、そしてエッゼルが助けた幼い子どもも一緒にレネッタへ連れて帰ります」

「ああ、なるほど。だが、その子どもの親や親戚はいるのか?」

「全員死んだ、と暗部から聞きました。権力者によって、生きたまま焼かれたらしい」

「そうだったのか」


むごい、とダルゴダスはため息ついた。


「分かった。許可する。それに、エルムンド側も今、そのことを気にしている場合じゃない。これからエルムンドが大変だ」

「自己自得だと思いますけど?」

「わしもそう思う。たっぷりと損害賠償を払ってもらおう」


ダルゴダスはミレーヌが出した書類を確認してからサインした。


「伯父上、ロッコ殿はどこに行ったか分かりません?」

「わしも分からん。どうした?」

「ちょっと確認したかっただけです」


ミレーヌが小さな声で言いながら、持って来たカバンからノートを取り出した。


「実は、結構前にね、ローズから古代言語を教えてもらったんです」

「ほう」

「あの時は、彼女は記憶喪失してしまってね、新しい記憶がほとんど消えたんです」


ミレーヌはそのノートをダルゴダスに差し出した。ダルゴダスはそのノートを受け取って、目を通した。


知らない言語だ、とダルゴダスは思った。


「新しい記憶というのは、彼女は留学したときか?」

「いいえ」


ミレーヌはため息ついた。


「彼女がここで生まれて、私のところで過ごしたことでさえ、何もかも忘れたのです」

「・・・」

「さきのぼって、数億年前の記憶で、彼女は女神テアとしての記憶だけだったのです」


ミレーヌが言うと、ダルゴダスは無言で彼女を見ている。


「で?」

「ふむ、あの時、ドイパ国の図書館にある古代言語の解読をしてくれたけどね・・、それでその辞書を作ってみたのです」


ミレーヌが困った顔をして、またため息ついた。


「しかし、あの日、ロッコ殿と龍神様の会話を聞いたところ、私が知った古代言語よりも、なんだか違う気がして・・」

「違う?」


ミレーヌはダルゴダスに別のノートを見せた。


「これは?」

「ロッコ殿と龍神様の会話です。私が覚えた範囲ですけどね」

「ふむ・・さっぱり分からん」

「ですよね・・」


ミレーヌが苦笑いした。そして彼女は分かる範囲の言葉を説明すると、ダルゴダスが真剣に彼女の説明を聞いている。


「・・アルトゥニウンは龍神のことか?」

「はい」

「テアはローズで・・、要するに、ローズが危なかったから、龍神は起きた」

「はい」


ミレーヌがうなずいた。


「その後の会話は良く分かりません。恐らくローズの周囲の男達のことを察していることでしょうけど」

「ふむふむ」

「他に分かった単語はアルタイルで、・・多分闇龍のことを言うのかもしれない」

「アルタイル・・?」


ダルゴダスが考え込んだ。


「なぜアルタイルが出て来た?」

「それも分かりません」


ミレーヌが首を振った。


「この辺りの単語は、良く分かりません。ただ、これは「・・なかった」という否定文だから、恐らく龍神様がアルタイルに対して何かをしなかった、あるいは何かをしたくなかった、と思います。ですが、何か「なかった」が分かりません。それはロッコ殿に確認したかったわけです」


ミレーヌが言うと、ダルゴダスは静かにうなずいた。考えてみると、彼はロッコのことを何も知らなかった。


「最後に分かった単語は神殿です。これは都の神殿を意味するかどうか、良く分かりません」

「神殿か・・」


ダルゴダスは考え込んだ。


「その辞書、後で良いから、もう一冊作ってくれるか?手書きでも構わない」

「良いですよ。後で作りますね」

「ああ、頼む」


ミレーヌはうなずきながらノートを受け取った。


「わしは古代言語について何も分かっておらん。だから、ロッコが帰って来たら、そなたを会いに行くようにと命じよう」

「ありがとうございます」


ミレーヌはダルゴダスから数枚の書類を受け取って、にっこりと微笑んだ。彼女は一礼をしてから、退室した。ダルゴダスはまたしばらく仕事してから、昼餉の知らせを受けて、執務室を後にした。


「兄上」


ダルゴダスは声がした方向へ見ると、妹のソライヤが現れた。


「今日はレネッタへ帰りますわ」

「ミライヤから聞いた」


ダルゴダスはソライヤの隣で歩きながらうなずいた。


「ダルスクマイネ公爵の占者のことは後ほどダルスクマイネ家に聞いていきます。ですが、その存在がかなり秘密なので、彼らが素直に答えてくれるかどうか分かりません。でも、とりあえず聞いて見ますね」

「頼む」


ダルゴダスはうなずいた。


「母親がずっと寝てると、子どもたちも元気がない」


ダルゴダスは足を止めて、向こうの絨毯の上で座っている(だん)やエフェリューたちを見て、ため息ついた。エフェリュー達が静かになると、檀まで元気がなかった。


「カール・ダルスクマイネ公爵殿も眠ったままだし、ダルスクマイネ家にとって、一大事でしょう?」


ソライヤも足を止めて、食堂の入り口から見えた客人用の扉を見ている。数人の衛兵とダルスクマイネ家の人がいる。


「そうだな」


ダルゴダスはうなずいた。


「頼むよ、ソライヤ」

「はい」


ソライヤはにっこりと微笑んで、頭をさげて、先に座っているフレイと菫の元へ向かった。ダルゴダスはヒョー達の元へ歩いて、食事しながらシリアスな顔で会話している。





食事の後、ミレーヌに見送られながら、ソライヤは2人を連れて、レネッタへ帰った。レネッタの暗部のエッゼルはソライヤと一緒にレネッタへ帰って、その子どもを抱きかかえた。


「あの、ここはレネッタ王国ですか?」


ダルタは恐る恐るとソライヤに聞いた。


「ええ、そうね。ようこそ、レネッタ王国へ」


ソライヤはにっこりと微笑みながら答えた。スルティはただ瞬いただけで、状況を理解していなかった。彼女がエルムンドで怪我して、気づいたらアルハトロスの病院にいる。そして今はレネッタにいる。一瞬の早さで彼らは場所を移動した。


「あの、あなた様はミレーヌ姫殿下でございましょうか?私はダルタ・ホサダと申します。こちらは娘のスルティでございます」


ダルタが聞くと、ソライヤは軽やかに笑った。


「あら、違いますわ。ミレーヌは私の娘。私はソライヤ・ダルゴダス・プラーニャよ」


ソライヤが言うと、エッゼルは子どもを抱きかかえながら丁寧に説明した。ソライヤは亡き第四王子の妃、とエッゼルが言うと、ダルタとスルティは青い顔で謝罪した。


「問題ないわ。お二人はとりあえずしばらくエッゼル殿と一緒に行って下さい。これからの生活も、大変でしょうけど、頑張ってね」


ソライヤがそう言って、二人をエッゼルに任せた。エッゼル達は宮殿から離れて、町を案内してから、一軒の家の前に止まった。


「ダルタさんとスルティさんはこの家を使って下さい」

「こ、この家ですか?!」

「はい」

「お、大きすぎます」

「この家はローズ様からの贈り物ですよ」


エッゼルは扉を開けて、中へ入った。新しい家ではなかったが、感じが良い家だ。小さな庭があって、台所も、寝台も、全部備えられている。


「ローズ先生が?!」

「はい」


エッゼルは子どもを降ろしてから、次々と部屋を開けて、中を確認した。エッゼルの部下が書類を持って、机に置いた。


「これは二人の新しい身分と名前です。よく読んで、覚えて下さい」


エッゼルがその書類を確認してからダルタに差し出した。


「これは家の所有権利の書類。新しい名前でサインして下さい。明日、部下が取りに来ます」


エッゼルがそれらの書類をダルタに渡すと、ダルタは震えた手で受け取った。


「あの、聞いても良いですか?」

「私が答えられることなら、良いですよ。どうぞ、座って下さい」


エッゼルが座ると、ダルタとスルティもおとなしく座って、エッゼルを見ている。子どもはエッゼルの部下が代わりに抱きかかえて、外へ出て行った。


「ローズ先生は、本当は何者ですか?ミレーヌ姫殿下の知り合いと言っていましたが・・」


ダルタが聞くと、エッゼルは微笑んだ。


「実に言うと、従兄弟同士のご関係です。ローズ様はソライヤ妃殿下の姪ですね」

「姪・・」

「ついでにうずうずと分かっていると思うが、彼女の夫はスズキノヤマ人でね」

「はい。貴族だと聞いたが、アルハトロス側の人は多く語りませんでした」


里の暗部にとって、その事実があまり誇らしいことではなかった、とエッゼルは思った。だから里の暗部であるソーマはダルタに詳しく教えなかった。


いや、里の暗部だけではなく、レネッタの誰もが同じ気持ちだ。エッゼルも、同じだ。エッゼルは今になっても、ローズを愛している。


「あの鳥皇帝は彼女の夫です」

「皇帝?」


ダルタは耳を疑った。


「そうです。彼女は今、スズキノヤマ帝国、皇后、ローズ・ダルゴダス・クリシュナです」

「・・ですが、彼女は医療師で・・」

「彼女が仕事したいと言ったから、彼女の夫がその願いを叶えた・・。それだけですね」

「皇后なのに?」

「まぁ、それは彼女が望んだ道ですからね」


エッゼルはにっこりと笑った。


「ついでに言うと、彼女はスズキノヤマとアルハトロスに行ったり来たりしていますよ」


そう聞いたダルタが息を呑んだ。恐らくそれはソライヤとロッコが使う魔法と同じ方法だろう、と彼は思った。


「他の質問は?」


エッゼルが聞くと、ダルタは首を振った。ロッコのことが気になるけれど、エッゼルに聞くのをやめた。なぜなら、ロッコは暗部だからだ。そして目の前にいる人も暗部だ。元暗部であるダルタはそのことについて、理解している。


「ありません。答えてくださって、ありがとうございます」

「そうですか。では、次はこれをダルタさんに渡さなくてはならない物があってね」


エッゼルが微笑んで、ポケットから袋を出した。


お金がたっぷりと入った袋だ。


「生活費と別に、これはロッコ殿からの贈り物です」

「ロッコ殿から?」

「ささやかだが、新生活に役立てて下さい、と彼はこの袋を私に託しました。中身は、金貨200枚、銀貨100枚、そして銅貨100枚。数えても良いですよ」

「・・・」


それを聞いた瞬間、ダルタは泣いてしまった。エッゼルは微笑みながらその袋を置いて、立ち上がった。


「新しい身分と名前は、できれば今日中に覚えてもらいたい。明日の午前中、私の部下はここの生活について教えに来ます」

「はい」


ダルタは涙を拭いて、うなずいた。


「生活の基盤が整えるまで、半年間ぐらいの生活費が出ます。その時、私の部下が届けに来ます」

「はい。ありがとうございます」

「どういたしまして。では」


エッゼルはそう言って、外へ出て行った。そして清々しい顔で、子どもを抱きかかえて、どこかへ行った。


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