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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
アフター・ウォーズ

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773/811

773. 襲撃の真相(36)

一秒もなく、たった一瞬で突然囚われ身になったカヒルは瞬いた。瞬時に、彼は理解した。


喧嘩する相手は間違っている。


けれど、もう遅い。


『ゼルミウス、カヒルの部屋にある書類を、全部、ここへ持って来い』

『御意』

『行け』


ロッコの足下に現れた黒い姿の「人らしき者」が消えた。


「時間がないので、悪いけど、記憶を引き抜くよ」

「ちょ・・」


ロッコはそう言って、カヒルの頭をつかんだ。カヒルは何かを言おうとしたけれど、ロッコの動きの方が早かった。突然強烈な痛みを味わった後、彼はぐったりと倒れた。ロッコは倒れたカヒルをそのまま地面に落とした。そしてその近くで震えているもう一人のモルグ人の頭をつかんで、記憶を引き抜いた。


『ザルズ、こいつらを縛って、一般の牢屋へ移動しろ』

『御意』


ザルズは彼らを包み込んで、どこかへ消えた。ロッコは牢屋から出て行くと、人の気配を感じた。


「青蛇か」

「ファリズか」


ロッコが言うと、ファリズはうなずいた。


「先ほど連絡を受けた。どうやら里は現在、攻撃されている。相手はエルムンドとモルグのようだ。俺はこれから里に向かう」

「分かった。俺もまたこれからモルグに戻る。牢屋に、二人のモルグ人を捕らえた。後でも良いから、絞ってくれ」


ロッコはファリズの後ろにいる第一将軍所属の暗部らを見ている。彼らは緊張した様子で立っている。


「分かった」

「あと、里に、モルグのスパイがいる」

「は!怖い物知らずめ!奴の身元は分かってるのか?」

「ああ、俺が捕らえたあのモルグ人が教えてくれた。奴はあのそば屋の店主だ。そこの店主がモルグに通じている」

「あの病院の前の屋台か?」

「そうだ。けどな、証拠はない。だから奴を捕らえて、絞ってくれ。カヒル・ジャサンが自白した、と言えば良い」

「誰だ、そのカヒルという男は?」

「エスティナモルグの魔法省の所長、恐らく大臣だろう。奴は今牢屋にいる。後で確認すれば良い」

「なるほど」

「これ以上奴らを野放しにしたら、何をするか分からないから、慎重に対応してくれ」

「分かった」


ファリズは険しい顔でうなずいた。


「それに、あのそば屋のせいで、俺の身元はもうすでにモルグ側にばれている」

「なんだと?!」

「けど、まぁ、俺はどうしてもモルグへ戻らなければならない。どうやら彼らはこれぐらいじゃ終わらないだろうし・・」

「だが危険だ!」

「ああ、分かっているよ。極めて危険だ」


身元がばれたとなると、敵は恐らく彼を排除する動きをしてくるだろう。ロッコはうなずいて、ポケットから飴玉の大きさのきれいなビー玉を取り出した。ロッコはそのビー玉をファリズに差し出した。


「すまんが、これをフェルザに渡してくれ」

「ビー玉?」

「ああ」

「こんな非情事態なのに、なぜビー玉?」

「親心だ」


ロッコは恥ずかしそうに笑った。


「まぁ、一応、フェルザは俺の弟子だからな」


ロッコはファリズの後ろにいる暗部達を見て、微笑みながら説明を足した。


「伝言は?」


ファリズはロッコの言葉を理解して、うなずいた。


「こんな時なのに、そばにいなくて、ごめんな、と伝えてくれ」


ロッコの言葉を聞いたファリズはそのビー玉を受け取って、まじめな顔でロッコを見つめている。


暗部が、生きて戻ることができないかもしれない、そういう覚悟だ。だからせめて愛する人のために最後の言葉を託す。ファリズはそのことを痛いほど理解している。


「分かった、すぐに届けに行くよ」

「ありがとう」


ロッコは微笑んだ。


「だが青蛇、お前も絶対に死ぬなよ」

「努力するよ」


ロッコははっきりと答えた。まるで自分の死を覚悟しているかのような言い方だった。ファリズの後ろにいる暗部達はことの重大さを理解しているかのように、緊張した顔で無言でロッコとファリズの会話を見ている。縁起でもないことを・・、と誰もが言いたかったけれど、暗部の命は使い捨てであることも事実だ。だから、彼らは何も言わずに、ただロッコを見つめている。


「じゃ、な」

「ご武運を」

「あんたも、な」


ファリズが言うと、ロッコはうなずいて、そのまま魔法を唱えて、消えた。ファリズはそのビー玉をポケットに入れて、暗部達に指示を出してから、そのまま里へ戻った。





里が攻撃された報告を受けたファリズは真っ先に配下をスズキノヤマへ送った。エフェルガンを連絡するように、とファリズはそう命じて、事前に待機していた第一将軍所属第一陸軍隊と第二陸軍隊を召喚した。たった二隊だけれど、それらの部隊はエリート中のエリートだ。元々異世界で第一将軍だったファリズが自ら訓練した部隊だからか、スズキノヤマ軍の中では大変強いと評判の部隊だ。


里に着いたところで、ファリズを待っているのは激しい戦いだった。ファリズはダルゴダスと一緒に戦ったあと、屋敷へ戻って、エルムンド王の生首を包んでからダルゴダスに渡した。それからローズ達はダルゴダスと一緒に首都へ向かうと、ファリズは衛兵らに指示を出して、屋敷の隅々まで調べさせた。万が一潜伏している敵がいたら、大変だからだ。


「もう大丈夫ですか、ファリズ様?」


侍女長の声が聞こえると、ファリズは振り向いた。


「もう大丈夫だ。が、屋敷内の掃除が必要だ。玄関に傷付いたレネッタ軍の兵士がいるから、そうと部屋へ移動してくれ」

「はい。医療師を呼びます」

「ああ。ついでに言うと、ローズは玄関で彼を手術したから、念のために医療師に見てもらえ。絨毯も全部剥がして洗わないと、痕が残る」

「かしこまりました」


侍女長が頭を下げてから、他の侍女達に指示を出した。ファリズはそのままフレイの部屋の前に行って、その扉の前にいる衛兵にフェルザとの面会を求める。衛兵が中へ知らせに行って、しばらくしてから、フェルザが寝間着のままで二人の護衛官らと一緒に外へ出て来た。


「どうしましたか、伯父上?」


フェルザは大きなファリズを見上げながら聞いた。ファリズはフェルザを見て、微笑んだ。まだ5歳にもなっていない幼い子どもなのに、フェルザは大きなファリズに恐れている様子がない。しかもファリズの体に、敵の返り血がかかっている。


慣れているとはいえ、大したものだ、とファリズはかわいい甥を見ている。ローズの顔にそっくりだ。


「朝早くすまない。届け物があってな、起こしてしまったようだ」

「ううん、大丈夫ですよ」


フェルザは首を振った。ファリズはポケットから小さなビー玉を取り出した。そしてそのビー玉をフェルザに差し出した。


「これは?」

「ビー玉だ」

「ビー玉?」


フェルザがそのビー玉を見つめている。


「ロッコ殿から預かった。そなたに渡してくれって」

「師匠から?」

「ああ」


ファリズはうなずいた。あの時、彼はフェルザを見た瞬間にすぐに理解した。フェルザの本当の父親はロッコだった。けれど、エフェルガンはそれを否定して、三つ子を全員、自分の子どもとして育てて、皇位を与えた。


全員、ローズの子どもだからだ。エフェルガンは三人に対して、変わらない愛情を注いでいる。だからファリズも、エフェルガンに敬意を示した。そしてロッコに対しても、彼はロッコの心の痛みを理解した。一生、父親として名乗ることが許されないロッコはきっとつらいだろう、とファリズは複雑に思った。


「師匠はなんて?」

「この時なのに、そばにいなくて、ごめんな、と彼は言った」


その言葉を聞いた瞬間、フェルザはうつむいて、手の平に転がっているビー玉を見つめている。フェルザの目から涙がポタポタと落ちると、護衛官らが慌ててハンカチを出して、フェルザの涙を拭いた。


「大丈夫だ。そなたの師匠は強い人だ」

「うん」

「だから、きっと彼は無事に戻って来るよ」


ファリズは優しい言葉でフェルザに声をかけた。


「心遣い、感謝します。ビー玉を確かに受け取りました。ありがとうございます」

「ああ。では、失礼するよ」

「はい」


フェルザはうなずいて、ファリズを見送ってから、再び部屋の中に入った。


「どうしたの、フェルザ?」


エフェリューと柊は起きて、フェルザの元へ駆けつけた。


「ファリズ伯父上が師匠からの伝言を伝えに来たの」

「なんて?」

「この時なのに、そばにいなくて、ごめんって」

「優しい師匠なんだね」

「うん」


エフェリューが言うと、フェルザはうなずいた。


「俺も師匠欲しいな」

「俺も欲しい」


柊が言うと、エフェリューもうなずいた。けれど、これだけはどうしようもないことだ。空を飛ぶことができないフェルザはやはり別の能力がある、と以前ダルゴダスは二人に説明した。フェルザの能力は特殊だから、そのためにレベル鑑定も受けることができなかった。なので、ロッコという里の暗部が師匠になる、とエフェリューはガレーから教えてもらった。


「師匠は任務に出かけたのか?」

「うん」

「暗部としての任務だから・・」


エフェリューは戸惑った。暗部は任務に出かけると、いつ戻って来るのも分からない。それ以上に、大体危険な仕事をするためだから、生きて帰れるかどうか、その保証すらない。


暗部の命は使い捨て。


エフェリューは小さいころからガレーに言われたことがある。職業として、護衛官と並んで危険な仕事だ。だから今、フェルザの師匠であるロッコが危険な仕事をしている、とエフェリューはフェルザを見て、彼の不安な気持ちを理解している。けれども、これ以上、言葉は出なかった。そんなエフェリューを見て、柊は何が起きているか一瞬で理解した。何も言わずに、柊はフェルザを抱きしめた。


大丈夫、心配するな、と柊は優しく言った。フェルザはうなずいて、腕でまた涙を拭いた。エフェリューはハンカチを探したけれど、自分が寝間着だったことに気づいて、慌てて自分の護衛官を見た。護衛官が気づいて、エフェリューに自分のハンカチを差し出すと、エフェリューはその護衛官からハンカチを受け取って、フェルザの涙を拭いた。





そのような健気な子どもたちの様子を知らずに、地獄の神殿から戻ってきたロッコはまっすぐに宮殿へ向かった。ゼルミウスのおかげで、この町の地図がロッコの頭の中に入ったから、彼は問題なく宮殿へ入った。


けれども、宮殿に入っても、王の気配はない。ロッコはしばらくその周囲を確認しながら歩いた。


宮殿なのに、王がいる気配はない。けれど、ロッコはそのことを深く考えていない。目指すは暗部機関だ。


「誰だ!」


ズサッ!


その部屋の中にいる暗部隊員らがあっと言う間に倒れた。ロッコは猛毒の毒を空気中に混ぜたから、その場にいる全員が気づく前に倒れた。


ロッコはその部屋に入って、物色した。けれども、魔法省で見たそれらの魔法装置の行方が見当たらなかった。


『ゼルミウス、この部屋にある書類を全部地獄へ運べ』

『御意』


ゼルミウスが消えると、書類が消えた。ロッコは一番奥に座っている男性の頭をつかんで、一瞬にしてその記憶を引き抜いた。けれど、欲しい情報を得ることができなかった。


やはり王しかないのか、とロッコはもうぐったりとした男性の体をそのまま床に捨てた。


『ケルズ、王を探せ!』


けれども、ケルズは動かなかった。


『王はここにいないのか?』


ロッコの問いかけにケルズはうなずいた。近くの海や島ならケルズは動く。けれども、遠くにいる場合、ケルズは動かなかった。


王は海外にいる。しかも、遠くにいる。


『ロッコ様、部屋に誰かが入りました』


突然ロッコの頭の中にマルズの声が聞こえた。ロッコはうなずいて、ケルズを召還してから、一瞬にして、マルズの元へ戻った。マルズとロッコが入れ替えた瞬間に、寝室の中に人の気配がした。ロッコは身を起こして、現れた人を鋭く見ている。


執事のアルフレッドだ。


「おはようございます」


アルフレッドが丁寧に挨拶した。


「おはようございます。何かあったですか?」


ロッコが尋ねると、アルフレッドはロッコの隣で裸で寝ているカリニアを見て微笑んだ。


「朝早く起こしてしまい、申し訳ありません。閣下のお呼びでございます。準備ができた次第、お連れ致します」

「分かりました。ですが、このような有様ですから、風呂も入りたいし、服も着替えたい・・」

「お手伝い致します。少々お待ちください」

「はい」


ロッコがうなずいて、床に落ちた寝間着を取ろうとした。けれど、アルフレッドが真っ先にその寝間着を拾って、ロッコに差し出した。そして数人の侍従らが入って、ロッコの願い通りの風呂を用意した。


それにしても、カリニアがぐっすりと眠っている。彼女の衣服が床に散らばって、体は毛布一枚だけで包まれている。けれども、侍従達はまるで何も見ていなかったのように無表情だった。


何だ、この違和感は・・?


ロッコは言われたままに風呂に入って、着替えた。そして、彼はまだ眠っているカリニアを見て、アルフレッドを見た。


「彼女は、その・・」

「大丈夫でございますよ。そうとお疲れのようで、今日はゆっくりと休ませましょう」

「私がいなくなっても、問題になりませんか?」

「はい」


アルフレッドはうなずいた。


「では、閣下のところへご案内します」

「はい」


ロッコはアルフレッドの後ろで歩いている。向かった先は意外とダイニング・ルームだった。二人が入ると、しばらくすると、隣の部屋からガーマン・ダブウェストが入って来た。アルフレッドが頭を下げてから、ロッコに椅子を示した。ロッコは素直にそのまま従って、椅子に座った。


「知っているかどうか、分からないが、今朝方、宮殿から知らせが来た。エスティナモルグは本日からアルハトロスという国と戦争になった」

「・・・」

「そこで、陛下からご命令を承りました。我々もこれから戦場へ向かう、ということだ」

「はい」

「エルカモルグから難を逃れたばかりが、また次の戦争に突入してしまうなんて、・・これも運命だと思う」


ガーマンはロッコを見て、微笑んだ。アルフレッドは朝餉を持って、二人の前に並べた。


「だが、安心するが良い。万が一のことも考えられるから、カリニアを送ってやった」


体を差し出したカリニアの気持ちを無視しても、役目を命じた。ガーマンは何も食わない顔でそのまま朝餉を食べ始めた。


「彼女は・・、その、疲れて・・今も眠っています」

「そうか」


ガーマンはうなずいて、コーヒーを飲んだ。


「モルグ人として大事な仕事だ。よりよいモルグ人を生み出すための義務を全う。だから、これから彼女は未来館へ移動することになった。シルマンタさんの種を、大切に育てるためだ」

「未来館・・」


そこで優秀なモルグ人を作り出す施設だ、とガーマンは言った。ロッコはうなずいて、朝餉を口に入れた。


毒が入っている。


けれども、ロッコは何も言わず、与えられた食事を食べきった。ロッコが食事を終えると、ガーマンは待機した馬車でロッコをある場所へ送り出した。馬車はしばらく町に走って、とある施設に入った。しばらくすると、馬車が止まって、外から待機した数人の男らがいる。


「エスティナモルグのために、しっかりとやってくれ、シルマンタ・フォルテ殿」

「はい」

「栄光なるモルグに!」

「栄光なるモルグに!」


ロッコは頭を下げて、馬車から降りた。ロッコが降りると、馬車はまたどこかへ行った。一人にされたロッコは、その男らと一緒に施設の中へ入った。中に入ると、とても広い部屋へ案内された。そこで、ロッコの他にも数十人の男女がいる。けれども、彼らはほとんど眠っている状態だ。


そして、魔石の製造機があった。


どうやら、魔法省にあったそれらの設備はここへ運ばれたようだ、とロッコ葉周囲を見て、理解した。


そして同時に、なぜ彼らが自分をここまで連れてくる理由も理解した。


ロッコを、魔石へ入れるために、と。


「私は、その石の中に入るのですか?」

「はい」


一人の男が丁寧にうなずいた。ロッコに椅子を示して、数人がまたどこかへ行った。


「確実に戦争を勝つために、陛下は全国から優れた魔力をお持ちの方々に特別命令を発令なさいました」


その男性はロッコに丁寧に説明した。だからあの朝餉に眠り薬が入っているわけか、とロッコは思い出した。機械が次々の眠っている人々を魔石にした。残りの最後となったロッコはまだ眠る様子がないので、一人の男性がお茶を差し出した。


「お眠りになれば、まったく苦痛を感じませんので、どうぞお飲みください」


その男性が言うと、ロッコはそのお茶を受け取って、ゆっくりと飲んだ。甘みのあるお茶だ、とロッコは思った。


けれど、強力の眠り薬が入っている。


「美味しかった。ありがとう」


ロッコはカップを置いて、楽に座った。


「栄光なるモルグ・・」


ロッコがそう言って、そのまま気を失った。


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