772. 襲撃の真相(35)
「急な呼び出しにも関わらず、皆さんは良く集まってくれた」
ガーマンは嬉しそうな顔で集まっている客たちを見ている。
「本日、皆さんに会って欲しい人がいる。そう、私の隣にいる人、誰だと思う?」
ガーマンが言うと、人々は首を傾げながら、ざわめいた。
「エルカモルグの悪夢の日で、あの緊迫とした状況の中で、彼はから逃げ出して、4年、いや、5年近くという長い時間をかけて、そんな旅をするまで、彼は必死の思いで我々の元へ来た」
人々は静かにガーマンの言葉を聞いている。その場にいる誰もが知っている。エルカモルグという国は、スズキノヤマ軍によって、滅ぼされた国だ。その国の貴族らが、大人から子どもまで、男女ともに、全員、処刑された。
「まさか、彼は、王家の生き残り・・?」
「王家ではない。だが、彼は貴族、我々の一部で、エルカモルグのフォルテ家の唯一の生き残りだ。皆さん、我々の同志、シルマンタ・フォルテさんを歓迎して下さい」
ガーマンが言うと、人々は混乱して、互いを見合わせた。
「メルケ島のフォルテ家?!」
誰かが叫んだ。人々はロッコをじろじろと見つめている。
「どうやって難を逃れたんだ?あの皇帝は、一人も逃がさなかったはずだ!」
一人の男性が聞いた。
「私は・・」
ロッコは戸惑いながら周囲を見ている。
「彼は海へ出て行った時だった」
ガーマンはロッコの様子を見て、察した。
「海・・?」
「彼は漁師だったんだ」
「漁師・・、信じられない。フォルテ家は貴族だぞ?!」
その男性が反論した。
「間違いなく、彼はあのアート・フォルテ様のご息子だ。しかも、彼の母親は花の精霊で、あのメルケ島の魔女と呼ばれた女性だ」
ガーマンはロッコを見ている。その話は有名な話であって、遠くにあるエスティナモルグまで知られている話だ。
「本当か?」
一人の男性が聞いた。
「はい」
ロッコがうなずいた。
「ですが、父上が亡くなった直後、叔父のエズダ・フォルテは財産を乗っ取って、当時まだ幼かった私を、・・乳母に押しつけて、屋敷から追い出しました」
再びざわめきが聞こえた。エズダ・フォルテを罵った言葉も聞こえている。
「ですが、そのおかげで私は生き延びることができました。あの日、漁から帰って来た私は異変に気づいて、必死に隠れていました。数時間も岩場で隠れて、暗くなってからこっそりとエルカモルグを離れて、・・何度も諦めようと思ったことがありましたが、・・涙を呑んで、なんとかここまで辿り尽きました」
ロッコが言うと、人々は立ち上がって、拍手した。
「小さい時に並々ならぬの苦労をしたな。あなたの苦労、父と母を失って、守るべく叔父にまで見捨てられた。貴族でありながら、満足した教育も受けられず、食べるために漁師をしなければならないことを思うと、とても胸が痛い話だ」
ガーマンはまっすぐな顔で言った。人々もまた静かになって、椅子に座って、二人を見つめている。
「だが、皆さん、これからの時代は、彼の存在は必要不可欠だ。聞いて下さい、実は、彼は陛下が望んでいる大魔法師になるかもしれない!」
「本当か?!」
「本当だ。今日は私と彼が魔法省へ行った。そこで、信じられない物を見たんだ。なんと、彼は一瞬にして、百枚の術紙を作っただけではなく、その内容は・・」
ガーマンはわざと一息を止めて、ロッコを見ている。
「内容は?」
一人の女性が聞いた。
「その内容は、獰猛な巨大雷鳥だった」
「!」
人々が大きくざわめいた。そして彼らは一斉に拍手した。立ち上がる人もいると、次々と彼らは立ち上がって、盛大な拍手をした。ロッコは微笑みながら立ち上がって、モルグ式で感謝を表した。すると、ガーマンは尊敬した目でロッコを見つめている。
「そのようなやり方は、誰に教えてもらった?乳母か?」
「はい」
ロッコはうなずいた。
「乳母は屋敷にいたころ、母上を真似ていたらしいです。母上が父上を感謝をしていた時に使うやり方だった、と教えられました」
「そうか。嬉しい」
ガーマンは微笑んだ。
「その動きは我々貴族らが国王陛下に敬意を示す時に使う動きだった」
「そうでしたか」
「だが、それこそ貴族の証だ。我々はシルマンタさんを歓迎するぞ」
ガーマンは葡萄酒が入った杯を高く挙げると、全員同じことをした。乾杯、と大きな声を出してから、彼らはその杯の中身を一気に飲み干した。そして次々と料理が運ばれて、全員がそれぞれの席に座って、食事を楽しんだ。
ロッコのことをもっと知りたいという人々が大勢いた。食事しながら、ロッコは彼らの質問を丁寧に答えた。読み書きが得意ではないと知った瞬間、それらの貴族らは哀れな目でロッコを見つめている。
「読み書きは、仕事しながら勉強すれば良いだろう」
一人の男性が言った。
「はい。給料をもらってから、教えてくれる先生を雇いたいと思います」
「私の妻の妹ならいるよ。彼女は読み書きがとても上手で、王女殿下らに読み書きを教えに行くぐらいだよ」
彼はにっこりと微笑んだ。
「そうだ、ドゥワセル嬢にお願いすれば良い、コスタさん。ドゥワセル嬢はまだ独身だろう?」
ガーマンは親しげに言った。すると、コスタと呼ばれる男性はうなずいた。
「はい、彼女は縁談をずっと断っていたんだ。顔が気に入らないとか、魔力が低い男性と結婚したくないとか、まだ仕事したいとか、まったくわがままな女性でね、姉である私の妻も頭が痛いと申していた」
「ははは。だが、シルマンタさんを見れば、考えが変わるだろう。若くて、魔力も高い。唯一の欠点である読み書きさえ解消すれば、完璧だ。それに、陛下が彼と会ったら、きっとお喜びになるに違いない」
ガーマンはコスタと嬉しそうに言った。将来勇猛だ、とガーマンが言うと、他の男性らもうなずいた。
「ドゥワセル令嬢とシルマンタさんが仲良くなれれば、妻も喜んでくれるだろう」
コスタは笑いながら葡萄酒を飲んでロッコを見ている。
「ドゥワセル令嬢が私に読み書きを教えてくださるのですか?」
「ああ、後ほどここへ来させるよ。シルマンタさんはしばらくここで生活するだろう?」
コスタが聞くと、ガーマンはうなずいた。そうだ、とガーマンは答えた。
「それに同じフォルテ家だから、問題ないよ、シルマンタさん」
「授業料は、その毎月おいくらか・・?」
「お金のことは考えなくても良いよ。あなたはちゃんとしっかりと読み書きできるようにしなければならない。なぜなら、他でもない、ダブウェスト閣下を支えなければならないからだ。それに、運が良ければ、シルマンタさんは出世できるかもしれない」
コスタが言うと、他の男性らがうなずいた。
「あれほどの魔力を持つとなると、出世は間違いないだろう」
「私もそう思う」
他の男性らもうなずいた。
「閣下は良くシルマンタさんを見つけましたね」
「運というか、勘だ。シルマンタさんは礼儀正しい人で、あの食事処でお店の人から食事を恵んでもらって、ちゃんと御礼を言った。しかも丁寧に、な。それは人として、ちゃんとできているのだと思って、声をかけてみた。すると、なんと、家名はフォルテだと名乗った」
ガーマンは葡萄酒を飲みながらロッコを見ている。
「偶然同じ名前の人だと思ったが、あの職業支援で記入した情報を照らし合わせてみると、まさか彼はあの偉大なアート・フォルテ様のご子息だなんて、びっくりしたよ」
ガーマンは使用人が持って来た酒のつまみを食べながら言った。
「これは何らかの縁だ」
ガーマンは笑いながら言った。男性らもうなずいた。
「私も、ダブウェスト様と出会って、本当に良かったと思います。ありがとうございます」
ロッコは丁寧に頭を下げた。
「ははは、気にするな。まぁ、飲め。今日はささやかなお祝いだ」
「はい」
それから彼らはまた楽しく会話しながら葡萄酒を飲んだ。
食事会が終わると、ロッコは疲れたという理由で先に休むことになった。ロッコは用意された部屋の中で体を洗って、寝る準備をした。
突然、外から扉がノックされた。ロッコは寝台から降りて、扉を開けた。そこに現れたのは、一人の女性だった。
「はい?」
ロッコは彼女を見て、警戒している様子だった。そんなロッコの様子を見た彼女はにっこりと微笑んだ。
「この夜遅くで申し訳ありません。ダブウェスト閣下から連絡を受けたカリニア・ドゥワセルと申します」
その女性は丁寧に自己紹介した。
「どうも、シルマンタ・フォルテです」
ロッコは自己紹介した。
「中へ入ってもよろしいですか?」
「だが、夜なのに、未婚の女性はここへ入らせるわけには・・」
「私なら大丈夫です」
カリニアが即答した。
「それに閣下のご命令なので、断る訳にはいけません。入ってもよろしいですか?」
「・・・どうぞ」
ロッコはうなずいて、扉を大きく開けた。すると、カリニアがそのまま部屋に入った。
「扉は開けたままにします」
「閉めても構いませんよ」
カリニアがにっこりと微笑んだ。ロッコが扉を閉めて、その部屋にある応接室へ案内した。ロッコは椅子に座って、カリニアを見ている。夜中に男性の部屋に駆けつけて来たとなると、彼女はただ者ではない可能性が高い。
「ご用件は?」
「シルマンタ様の教育だ、とダブウェスト閣下が仰いました」
カリニアはロッコを見つめている。穴が開きそうなぐらい、強い視線を送っている。
「教育なら、明日でも良いと思いますが・・」
「それともう一つのことを頼まれました」
カリニアは服を脱ぎ始めた。ロッコは鋭い視線で彼女を見つめている。
「魔力が高いあなた様の種を頂かなければなりません。モルグの栄光のために、閣下は私にその役割を命じられました」
「・・・」
ロッコは無言でうなずいた。モルグ王国へ忍び込んだことがある。確かに魔力が高い男性はとてももてると聞いた。だからアクバー・モーガンは毎日違う女性を抱いても、まったく問題にならなかった。女性にとって、魔力が高い子どもを生めば、贅沢に暮らすことができるから、互いに損することはない。
けれども、子どもを産むことができなくなったら、彼女達を待っている最終処分場は魔石だ。しかし、高位な女性であればであるほど、少しの慈悲が与えられる。子どもが成人して孫が生まれた後でも許されるため、少しは寿命が延びる。そしてカリニアは将来勇猛なシルマンタ・フォルテを聞いて、迷わずその役割を受けただろう。
「扉を、閉めないと・・」
「あら」
ロッコが言うと、カリニアはにっこりと笑った。ロッコは立ち上がって、扉に鍵をかけた。彼は応接室を見ると、カリニアの姿がいない。彼女はもうすでに寝台の上にいる。ロッコはカリニアのそばに座って、彼女を見つめている。
きれいな人だ、とロッコは思った。
「エルカモルグではこのようなやり方はないのですか?」
「あるかもしれないが、私は田舎で育ったため、無縁でした」
「あら、だからエルカモルグが滅んだわ。徹底的にやっていなかったからです」
カリニアは笑みを含みながら言った。
「それに、これは大王陛下の直々のご命令ですよ。優れた種を持つ男性は、少しでも魔力を持つ女性に分けなければならない、ってね」
「そうでしたか」
「より良いモルグ人を産むための方法です」
カリニアはロッコの寝間着のボタンを一つずつ外しながら言った。
「あなた自身は、その命令を受けて、どう思いますか?」
「私はどう思うのかと関係なく、その命令を実行しなければなりません。義務なので、ね」
「例えそれは始めて会った人とでも?」
「はい」
カリニアはうなずいた。ロッコは灯りを消して、彼女を抱きしめた。ロッコはカリニアの背中を触れると、カリニアが燃えるほど熱く感じた。ロッコは微笑んで、カリニアの唇、胸、そして首を口づけした。そしてその隙に、カリニアの首を噛みついた。しばらくすると、カリニアがぐったりとなった。
『ゼルミウス』
ロッコは眠っているカリニアを見ながら、彼女の首にできた噛まれた跡を消した。
『はい』
『ガーマン・ダブウェストとは何者だ?』
『この国の宰相でございます』
宰相か・・、とロッコは考え込んだ。通りで彼の一言でカリニアが夜中でも来て、体を差し出した。
『カリニア・ドゥワセルとイブラヒム・ジョナスとの関係は?』
『彼女はイブラヒム・ジョナスと交渉しました』
『暗部か?』
『はい』
ロッコはカリニアの頭を触れて、彼女の記憶を引き抜いた。
『カンタ・フィデル、何者だ?』
ロッコがその名前を一度エルムンドのイブラヒム・ジョナスから聞いた。そしてその名前もカリニアの記憶にもあった。
『彼は彼女の上司でございます』
『彼は近くにいるのか?』
『いいえ』
闇の暗部であるゼルミウスが首を振った。
『カンタ・フィデルはエルムンドにおります。イブラヒム・ジョナスからの連絡をもらったあの日のうちに移動しました』
『行き違いだったか』
『はい』
ゼルミウスがうなずいた。ロッコは少し考え込んだ。カンタ・フィデルがエルムンドへ行っても、彼と交渉できる人はもういない。手ぶらで帰ってくるだろう。それにアルハトロスの各地で潜伏しているエルムンド軍の処理は、恐らくダルゴダスがヒョーかリンカを送るだろう、とロッコは思った。
けれども、アルハトロスへの襲撃は恐らくただのおとりだ。狙いはローズ、ただ一人だ。ロッコがそれだけはどうしても気になって仕方がない。アクバー・モーガンが死んだのに、今でもモルグは危険だ。不死の分子である闇龍のかけらはほとんどロッコが回収したにもかかわらず、モルグは今でもローズを求めている。
何のために?
エルカモルグの場合、アクバー・モーガンの孫である国王フィリアンはローズを保護するために彼女を賞金首に依頼した。アクバー・モーガンの妃として、と。
けれども、今回は違う。エスティナモルグの目的は今でも読めない。
これは暗部の勘だ。とても嫌な予感がする、とロッコは思った。
『分かった。引き続き、情報を集めよ。特に彼らの動き、いつアルハトロスへ向かうか、気づいていたら、直接俺の頭に送れ』
『御意』
行け、とロッコが命じた。すると、ゼルミウスがロッコの前から消えた。
『出でよ、地獄の門番、マルズ』
ズズズ、とロッコの影に目玉が開いた。
『俺の代わりにここで寝ろ。寝たふりで良い。誰かに尋ねられたら、適当に答えてな』
『御意』
ロッコは黒いオーラを放った。マルズはもう一人のシルマンタとなって、裸のまま布団に潜って、カリニアの隣で横になった。ロッコはうなずいて、黒いオーラとともに消えた。
ロッコが現れた場所はやはりあの魔法省だった。変化を解いた彼は半透明のしもべであるザルズから服をもらって、着替えた。そして彼は素早く魔法省へ入って、あの術紙を作るための製造機がある場所へ向かった。
ない。
ロッコは瞬いた。あの部屋にあるはずの機械がない。それどころか、魔石を作るための魔法陣でさえ、ない。
どういうことだ?
ロッコは周囲を見渡した。この時刻だから、誰もいないのも当たり前だ、と彼は思った。けれども、奥へ進むと、人の声が聞こえていた。
魔法省の所長のカヒル・ジャサンと一人の男性が会話している。二人がしばらく会話してから、相手の男性は外へ出て行った。ロッコは彼の顔を確認して、その男性を素早く押さえて、そのままザルズに渡した。男性はザルズに引きづられて、闇の中へ消えた。
ロッコがカヒルの部屋に入ると、カヒルはまだ机の前で仕事している。ロッコの気配に気づいて、カヒルは鋭い目でロッコを見ている。
「ついに来たか」
カヒルが言うと、ロッコは顔色を変えず、カヒルを見つめている。
「俺は誰だか分かってんの?」
「ロッコ・アルト、アルハトロスの暗部、だろう?」
カヒルが瞬きせずに言った。
「なぜ分かる?」
「里の中で消えた暗部は限られている。その中の一人は、とびっきり凄腕の奴がいる、という報告を受けた」
「なるほど」
里に、モルグのスパイがいる、ということだ。
「それに、海外へ良く出かけたのは、ロッコ・アルトしかいない。正しいのか?」
「さぁ、な」
ロッコは黒いオーラを展開しながら前へ進んだ。
「随分と細かい情報を手に入れたな」
「戦争するからね」
「そうか」
パチパチと部屋の中に火花がなった音がした。カヒルは魔法を発動した物の、その魔法がロッコの動きを止めることができなかった。ロッコは素早くカヒルの手をつかんで、一瞬にして、二人がその場から消えた。
地獄の神殿へ直行だ。




