761. 襲撃の真相(24)
「ミレーヌ姫殿下、本国からの部隊が到着致しました」
「分かったわ。彼らを休ませてちょうだい」
「かしこまりました」
一人の兵士がミレーヌに知らせに来た。ミレーヌはエッゼルから分かったことを書いて、しばらく考え込んだ。とても突然なことだから、準備する暇もなかった。だから仕方なく、彼女は本国から問い合わせをして、部隊を派遣してもらうことにした。
レネッタ新王、ノルガザーを守るためだ、とミレーヌは思った。ノルガザーは今アルハトロス宮殿で治療を受けている最中だ。長年、モルグの魔石に入れられて、終いにその魔石が敵の攻撃を受けてしまって、ひび割れていた。ローズは自分の命を削って、繋ぎ合わせたものの、元々のダメージが大きかったか、解放される瞬間に体がバラバラになる、とアルハトロス女王鈴は言った。実際のところ、ノルガザーの健康状態がとても良くなかった。二年間も起き上がることすらできず、やっと最近座ることができるようになった。あと数年、ノルガザーは完全に治るまでアルハトロス宮殿から出ることができない。ついでに、何から何まで生活に必要な水分は神水を使わなければならない。レネッタでの政治は今のところ新王の父、大王のトルガザーが代わりにやっている。
「・・特に首都エルムンディアにいる貴族ら全員の首を執ってちょうだい」
「分かりました」
エッゼルはうなずいた。
「先ほど、ヒョー殿から連絡を受けた。敵がもう来ている。できるだけ早く実行して下さい」
「はい!では、失礼します」
エッゼルはうなずいて、ミレーヌの部屋から出て行った。
「失礼します!」
一人の兵士がまた駆けつけて来た。
「ミレーヌ姫殿下、カール・ダルスクマイネ公爵と所属部隊も来ております」
「ん?」
頼んだ覚えがない。
「カール公爵殿は来ているの?」
「はい。こちらにご案内致しますか?」
「うん、連れて来て」
「かしこまりました」
兵士が退室した。しばらくしたら、兵士がまた現れて来た。後ろにカール・ダルスクマイネは凜々しい顔でミレーヌの部屋に入って、丁寧に頭を下げた。
「ミレーヌ姫殿下にご挨拶を申し上げます」
「挨拶は良いわ」
ミレーヌは呆れた顔でカールを見ている。
「ローズが心配でしょう?」
「はい」
カールはうなずいた。
「私も一緒に行くわ。あなただけ向こうに行くと、伯父上がびっくりして、攻撃してしまうかもしれないから」
「そうでございますね」
カールはにっこりと微笑んだ。
「占者の言う通りでございますね」
「あなたの占者は腕が良すぎて・・、いつか私にも紹介して下さいよ」
「それはご遠慮願います。ローズ様なら良いのですが・・」
「あら、あの子は占者のことを知っているの?」
「存在自体はご存じですが、その正体は残念ながら・・」
カールは軽く笑って、首を振った。
「あら」
「まぁ、いつか分かるでしょう」
「そうね。じゃ、行こうか?」
「はい」
ミレーヌがうなずいた。彼女は杖を取って、そのままカールと一緒に外へ出て行った。
「ミライヤ!」
「バリアー!」
突然出て来たミレーヌがとっさにバリアー魔法を唱えた。まさか市場が戦場になったことを、ミレーヌは思ってもしなかった。ダルゴダスが急いで敵に向かって剣を振り降ろした。一瞬にして、敵兵が一気に消滅した。
「ミライヤ! なんで来た?!陛下は大丈夫なのか?!」
ダルゴダスは走りながら姪のミレーヌに聞いた。彼は今になっても、ミレーヌのことをミライヤと呼んだ。
「今のところ、大丈夫ですよ、伯父上」
ミレーヌがうなずいて、輪っかからカール・ダルスクマイネとその部隊が現れた。
「カール・ダルスクマイネ公爵とその所属部隊がここの防衛を手伝いたいと申し上げておりますわ」
ミレーヌが言うと、カールは丁寧に頭を下げた。
「お久しぶりでございます、ダルゴダス様。カール・ダルスクマイネでございます。あの頃以来でございますね」
「ああ、久しぶりだ。挨拶は良い。助太刀、感謝する」
ダルゴダスはうなずいた。
「敵が次々と来る。さすがにきつい」
ダルゴダスが言うと、ミレーヌもうなずいた。毎回敵を倒すために、魔力がたくさん使われてしまうからだ。ミレーヌは倒された敵兵を見て、ため息ついた。この調子だと、里がいつか落ちてしまうでしょう、と彼女は思った。
「伯父上、魔力回復薬を持っている?」
「いや、今手元にない。ダイに全部飲ました。彼の方が必要だから」
ダルゴダスが首を振った。ダイとオノデラのカバンの中には空き瓶しかない。前線でたった三人で頑張っているとみると、ミレーヌが不安になった。
「私どもの魔力回復薬をお飲みください。30箱を持って来ました。おい、誰か魔力回復薬一箱を持って来てくれたまえ!」
カールが言うと、一人の兵士が箱一つを持って来て、開けて、ダルゴダスに差し出した。ダルゴダスがうなずいて、素直に飲んだ。
甘い。
けれど、魔力が回復したことは分かるほどだった。
これがローズが作った物かと思うと、ダルゴダスは思わず涙を流した。けれど、彼がすぐさま顔を袖で拭いた。汗だ、と。
「馳走になった。感謝する」
「お役に立って、良かったでございます」
「敬語は良い。その方が楽だ」
「かしこまりました」
カールは微笑んだ。部隊は動き出して、破壊された門を魔法で封鎖した。
「カール公爵殿、伯父上を頼みます。私はまた新王陛下の守りに行くね」
「はい、お任せ下さい」
カールが丁寧に頭を下げた。ミレーヌはダルゴダスに頭を下げてから再び輪っかの中に入った。
「あと数分で、また来るんだ」
ダルゴダスは険しい顔で言った。
「敵の狙いはこの里の勢力を疲れさせることですね」
「そうだな」
ダルゴダスはため息ついた。ダイとオノデラが魔力回復薬を飲んで、配った兵士達に礼を言った。
「ところで、なぜ貴殿らがここに来た?」
ダルゴダスは周囲を見渡しながら隣に立っているカールに聞いた。
「ローズ様が心配でね」
カールは微笑みながら言った。彼の部隊がすぐさま状況を確認した。
「ローズか・・。聞いても良いなら、ローズとはどう言う関係だ?」
ダルゴダスが聞くと、カールは微笑んだ。
「彼女は私の利き腕を斬った人です。敵対の立場にあったので、仕方がないことでした」
カールの答えに、ダルゴダスは彼の利き腕を見た。確かに義腕だ。
「今でも彼女を恨んだのか?」
「いいえ」
カールは首を振った。
「その逆です。愛しくて、仕方ないぐらい愛しいと言ったら、怒りますか?」
カールの答えを聞いた瞬間、ダルゴダスは思わず苦笑いした。
「彼女はもう結婚しておる」
「分かっています。だからこのことは私の内心にだけに留めていることにしました」
「ふむ」
「それに、私とローズ様は仲が良い友達になったのですよ」
「そうか。貴殿も龍の紋章とやらを持っているのか?」
「いいえ。私には龍の神の加護がなくても、戦いに負けたことは、ローズ様との戦い以外は、ありません」
「ほう」
それなりの自信があるのか、とダルゴダスはうなずいて、剣を再び握りしめた。新たな敵がまた現れた。カールの魔法師たちが瓦礫の後ろに隠れて、注意深く敵を見つめている。
「確かに、貴殿は領主だな?」
「はい」
「ここに来ても問題ないのか?」
「と言いますと?」
「領内のことや国のことなど」
「領内のことなど、心配する必要はありません。万が一私が命を落としても、息子がいるので、彼は後を継いでくれるでしょう」
「息子か・・、貴殿は結婚したのか?」
既婚者のくせにローズを愛しているなど、とダルゴダスは思った。
「妻が息子を産んだ後、他界しましてね、私はあれからずっと独身です。その理由も、彼女を愛していたからのではなく、単なる仕事で忙しかっただけですね」
貴族の結婚には、愛という言葉が含まれていない。ダルゴダスもそのことを百も承知した。前の世界も、この世界にも、同じだ。ダルゴダス自身は、フレイを愛しているかと聞かれたら、すぐに答えは出ないでしょう。ただ、フレイと結婚したことによって、この里で異世界から来た彼らは居場所ができた。その代わり、フレイが背負った里の人々の安全と生活も保たれる。
互いのためだ、と。
「ふむ、なるほど」
「それに、ローズ様のためなら、私は惜しみなく戦います。例え世界に喧嘩を売ることになっても、やりますよ、全力で」
カールも剣を抜いた。
「貴殿も危険な人だな」
「お褒めにあずかって、光栄です」
カールがそう言って、微笑んだ。褒めていない、とダルゴダスは言おうと思ったけれど、やめた。なぜなら、敵は動き出したからだ。すると、突然カールが手を上げて、合図を出した。魔法師らが構えて、突っ込んで来る敵に向かって、一気に攻撃魔法を出してから、バリアー魔法を放った。
「弓矢、構えろ!」
ザーッと弓部隊が一斉に弓を持って、敵を狙う。
「撃って!」
カールが合図すると、魔法師部隊が一斉にバリアー魔法を消した。続いて、弓部隊が一斉に敵に向かって矢を放った。弓矢部隊が矢を射終えると、またバリアー魔法が展開された。実に素早く、効率の良い戦闘法だ、とダルゴダスは思った。
物資を担当した兵士らが突然前に走って、バリアーを担当した魔法師らに魔力回復薬を配った。矢から生き残った敵は槍を投げ込んだけれど、ほとんどバリアーに防がれて、届かなかった。
「第二魔法部隊! 攻撃開始!」
第二隊の魔法師らがバリアー魔法を張っている魔法師らの後ろに上がった。
「攻撃開始!」
バーン!
バリアーが消えた瞬間、市場の向こうに囲んだ壁側に隠れた敵が吹っ飛んだ。カールが合図を出すと、前衛部隊が素早く前に出て行って、残った敵を一掃した。
「また来るのか・・」
「来るだろう」
ダルゴダスはうなずいた。カールは前衛部隊の動きを見て、考え込んだ。この繰り返しで、ダルゴダスの体力を削る予定となると、強い敵は後で来る、ということだ。
「矢を回収せよ」
カールが言うと、兵士らは動いて、弓矢部隊が放った矢を素早く回収した。
「敵は同じところから出てくるのか?」
「どうだろう。ダイ、敵はどこから出て来た?」
カールが周囲を見ながら、ダルゴダスがダイに聞くと、ダイはいくつかのポイントを言った。
合計三カ所だ、と。
「そこに爆発装置をつけたまえ!」
「はっ!」
数人の特殊部隊が動いて、ダイが言った場所へ向かった。けれども、彼らが設置し終わった瞬間に、また魔法の輪っかが現れた。特殊部隊が急いで後ろに下がったものの、爆発に巻き込まれた。
そのとっさに、ダイは能力を発動させて、特殊部隊の兵士らだけを捕まえて、後ろに下げた。その直後に、魔法師らが急いでバリアー魔法を発動させた。
「医療師!」
兵士の一人が大きな声で言うと、医療師らしき人が急いで走って、ダイが救出兵士らを確認した。一人がかなり重傷だった。彼は急いで痛み止めを注射して、その兵士に緊急手当てをした。足が爆発に巻き込まれて、その足がなくなってしまった。
「ローズは後ろにいる。行け!」
ダルゴダスが言うと、医療師はカールを見ている。カールがうなずくと、彼は急いで他の隊員に命じた。その他の特殊部隊の兵士らが比較的に軽傷だった。
「その方法はダメだな。効果はあるが・・」
「はい」
ダルゴダスが言うと、カールはうなずいた。敵の出現する時間がバラバラだ、ということだ。
「ダルゴダス様はどうやって戦いましたか?」
「敵が出現する瞬間、ダイが彼らを捕まえて、そのまま一掃した」
「そうですか、ふむ」
「だが、10回以上も繰り返されると、さすがにダイの魔力が持たなくなった」
「そうですね」
確かにそうなるだろう、とカールは思った。けれども、たった三人で、10回も敵の攻撃を耐えたダルゴダス達に、カールはとても尊敬する気持ちになった。
この戦いは長期戦だ。そう確信したカールは急いで部隊を再編成した。
「敵が来ます!」
「撃って!」
ダイが言うと、カールは大きな声で号令を出した。すると、無数の矢が飛んで、敵を襲った。その中に、爆発物が付けられた矢があって、敵に大きなダメージを与えた。
「オノデラ!」
「はい! 火炎砲!」
ダルゴダスが命じると、オノデラは魔法を唱えた。すると、その辺りに一瞬にして燃え上がる炎に包まれている。爆発から逃れた敵兵が必死にまた輪っかへ戻ったとした。けれども、輪っかが閉じられてしまった。炎に呑み込まれた瞬間、彼らは大きな声で叫んだ。
「その作戦を考えた人は万死に値する人だ。いや、あれはクズだ。自国の兵士をゴミのように使うなんて・・」
ダルゴダスは炎を見て、怒りを露わにした。例えそれが勝つための方法であっても、許しがたいことだ。
「その人ならダルゴダス様のご子息の手にあるらしい」
「本当か?」
「はい。我が専属占者がそう言いました」
カールは涼しい顔で炎を見ている。
「捕まえた人は違う人らしいが・・、エッゼル殿ではないと断言できる」
「ほう?」
「背中に青い色が見える、と占者が言った」
「ああ、彼か」
ロッコのことだ、とダルゴダスはうなずいた。
「ご存じなんですね」
「ああ。彼は優秀だ」
「そうですか」
けれども、彼について、何も分からない。占者はそれ以上、彼について何も見ることができなかった。結局占いはそこで終わった、とカールは言った。
「あの人は何者ですか?」
「暗部だ。わしの専属暗部だ」
ダルゴダスがそう言って、向こうから出てくる敵を見つめている。あれは紛れもなく、モルグ人だ。赤い瞳の軍勢だ。カールも彼らを見て、急いで魔法師らを後ろに下げた。モルグ人らが凄まじい早さでオノデラの炎を突破した。けれども、次の瞬間ダルゴダスが大きく吠えながら剣を振り降ろした。
数十人の敵が後ろに飛ばされた。ダルゴダスの剣を受けた者はそのまま地面に落ちて、ビクッと動かない。体が間二つになった人もいる。ダルゴダスは凄まじい早さで彼らを斬って、そして手を地面に叩いた。すると、敵を刺す尖った土が地面から現れて、敵を刺し殺した。カールは瞬いて、目を疑った。なぜなら、ダルゴダスの前に、地面が扇の形になって高く尖っている。その範囲が数メートルもあって、一キロ先まで見えた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!モルグまで使いやがって、絶対楽に殺さないからな!」
怒ったダルゴダスの体から赤いオーラはメラメラと大きくなった。
「来ます!」
ダイが大きな声で言って、次に来る敵に再び力を放った。けれども、敵の数が多い。ダイがつかみきれない敵に、オノデラが広い範囲で炎を放った。カールの魔法師らも範囲攻撃魔法を放った。矢も大量に敵に向かって飛んで行った。けれども、敵の後ろからも魔法が放たれてきた。魔法師らが急いでバリアー魔法を唱えたけれど、逆にそれで前衛が動けなくなった。カールは急いで指示を出して、バリアー魔法を撤回した。魔法師らが後ろへまた下がって、単体攻撃に切り替えた。
カールは素早く動いて、見えた敵を斬り捨てた。彼の動きは無駄がない。一人、また一人と、次々と敵の攻撃をかわしながら、敵の首を刎ねた。まるで死神のように舞う、とダルゴダスは戦いながら思った。前衛もカールに続いて、敵と斬り合っている。魔法師らと弓矢部隊が敵を狙い撃ちしながら、身を守るようにしている。前衛と違って、彼らはほとんど軽装備だから、攻撃を受けると、大変なことになるからだ。
「父上!」
後ろ側からいきなりファリズの声がした。ダルゴダスが振り向くと、ファリズが走って、高く飛び込んで、そのまま踏み台魔法を唱えながら空中へ向かった。制御を失った飛行船の上に、ザーガが戦っている姿が見えた。飛行船は市場に向かって速いスピードで落ちて行く。
「ザーガ!退け!」
ファリズが叫ぶと、ザーガが急いでその飛行船から飛び降りた。ファリズは大きな斧を振り下ろしながら飛び込んで、飛行船を攻撃した。少しでも被害を押さえないといけない、とファリズは必死に飛行船を破壊した。飛行船が間二つに割れたが、今度は住宅街にまっすぐに向かっている。まずい、とザーガは思った。次の瞬間・・。
「バリアー・シールド!」
突然ローズの声が聞こえた。ダルゴダスはその声に視線を移すと、そこにローズがいる。彼女はエフェルガンの鳥、ダルセッタに乗っている。
バーン! バーン!
飛行船が住宅街を囲んだバリアーの上に落ちて、爆発した。




