753. 襲撃の真相(16)
ロッコが帰還したと言う知らせはあっという間に広がった。病院でズルグンの護衛をしている護衛官の一人が急いで屋敷へ走って、ファリズへ連絡した。連絡を受けたファリズとエトゥレがすぐさまロッコがいる暗部本部へ向かった。
外の騒がしい音に気づいて、目を覚ましたローズは事情を尋ねると、状況を把握した。スルティのことを聞いて、ローズはすぐに着替えて、ソラと数人の護衛官らと一緒に病院へ向かった。
「ソノダ先生、緊急患者が入ったって?」
医療師の休憩室へ入ったローズが聞くと、ソノダはうなずいた。
「まったく、あなた様って人は・・。まぁ、起きてしまったから仕方がないか。はい、入ったよ。これは彼女のカルテです」
ソノダが呆れた様子でローズを見て、机の上に置いたカルテを渡した。
「ふむふむ。エルムンド国籍のスルティさんですね」
「エルムンド国籍だった、と言いますか、彼女と父親はこれからレネッタへ亡命するつもりで来た。それはロッコさんから聞いた」
「レネッタか。うーん、あとでミレーヌさんに聞いて見るわ・・。それにしてもこの傷の数々・・、信じられない・・、ひどいわね」
ローズはカルテに書かれているスルティの状態を読んで、ため息ついた。
「私もそう思う。良く生きているんだなって」
「ええ、そうね」
ローズはうなずいた。
「あと、ロッコさんから聞いたけど、彼女は男に乱暴されたってね、それを確認して欲しい」
「分かった」
「彼女は自分が汚されていないと言ったが、ロッコさんはそのことについてなんとも言えないらしい。ただ、望まない妊娠ということもあるから、確認した方が良い。必要ならば、早めな処置をした方が良い、と私は思う」
「分かった」
ローズがうなずいた。女性は男性に乱暴された場合、いろいろな可能性が出てくる。望まない妊娠になると、女性にとってとても大変なことだ。好きでもない男性の子どもを産むとなると、大変な苦痛になるでしょう。その女性の将来を考えた上で、手遅れになる前に、賢明な判断が必要だ。
「彼女は今眠っている?」
「はい、先ほど起きたが、回復薬を飲まして、今眠っている」
ソノダが説明すると、ローズはうなずいた。そのカルテでソノダがやっていた治療が詳しく書かれている。出血を止めて、指の骨折を治した。後はいくつかの骨のひびも治したと書かれている。ソノダがここでお茶を飲みながら休憩したということは、魔力が切れて休んでいるところでしょう、とローズは思った。
「父親は今どこに?」
「ロッコさんと一緒に行った。多分暗部本部へ行っただろう」
「へぇ、父親も暗部なんだ」
暗部じゃなければ、暗部本部は気軽に立ち寄る場所ではないからだ、とローズは思った。そもそも一般人にとって、秘密主義の暗部は謎の組織だ。別の言葉で言うと、得体の知れない場所である。
「暗部だった男だ。今は無職ってね」
「ふむふむ」
「最後の仕事はご飯屋だって」
「彼の料理は美味しいかな」
「分からないよ」
ソノダは苦笑いした。
「まぁ、おなかが空いたら、後で料理長に言っておくよ」
「そうね、朝餉が欲しいかも」
「何人前が欲しい?」
「うーん、今日はちょっとだけ多めかな・・」
「じゃ、百人前なら足りるか、先生?」
「うん、多分足りる」
ローズがうなずいた。魔力回復薬もあるから、問題ない、と彼女は思った。
「ふ~む、顔の復元もしないといけないのね」
ローズは再びカルテを見て考え込んだ。
「女性だから、そのままだと将来が不安だろう」
「うん」
ローズがうなずいた。
「この女性は、ロッコとどう言う関係なんでしょうね」
「知り合いだ、とロッコさんが言ったが、恐らく暗部の仕事上の知り合いだと思うよ」
「ふむふむ」
「可能な限り、ロッコさんのことを言わないようにしよう」
「うん、そうね。分かった」
ローズがうなずいた。扉がノックされた音がして、ソノダが返事すると、その扉からエファインが現れた。
「あら、エファイン。今夜は非番なんだから、寝ても良いのに」
「そうはいけません」
エファインは首を振った。
「ローズ様の手伝いが私がします」
「あら」
ローズが笑った。近くに立っているハインズもうなずいた。
「じゃ、早速やりますか。行って来ます、ソノダ先生」
「はい、行っていらっしゃい」
ソノダがローズを見てうなずいた。ローズは休憩室を出て、スルティの部屋へ向かった。何人か暗部隊員がいて、彼らはローズを見て、丁寧に道を開けた。
ローズは部屋の中に入って、眠っているスルティを見ている。まだ若い人だ。恐らく成人になって間もない年頃でしょう。なのに、この姿はかわいそうすぎる、とローズはそう思いながら、スルティの頭を触れて、そのまま治療し始めた。
細かい調整が必要な治療だったから、数時間がかかった。治療が終えると、ローズは休憩室へ戻った。夜が明けて、すっかり朝になった。休憩室の一角に、百人前の弁当が届けられて、山のように重なっている。それを見たローズが笑いながら、弁当箱を取って、食べ始めた。
「やぁ、ローズ。ここで飯を食ってるんだ」
ロッコは休憩室へ入った。
「やぁ、ロッコ。食べる?」
「良いのか?」
「うん。一個減っても、大した差がない。全然問題ないよ」
「ははは」
ロッコが笑って、弁当の山から一箱を取って、そのままローズの前に座った。
「護衛官はもう食べたのか?」
「うーん、一応彼らの分もあるから、順番に食べるって」
「ふむふむ、じゃ、頂きます」
ロッコは弁当箱を開けて、ローズの前で食べ始めた。
「彼女はどうなった?」
「(もぐもぐ)大丈夫だよ。順調 (もぐもぐ)」
「返事は食ってからにしなよ」
ロッコはそう言って、ご飯を口に入れた。ローズは笑って、うなずいた。
「彼女の顔を復元したよ。脳は、ソノダ先生の言う通り、脳震盪があった。恐らくここへ来るまで、彼女が相当気分が悪かったのでしょうね。でも心配しないで、それも治したよ。ばっちり!」
「ふむふむ」
ローズは次の弁当箱を開けて、再び食べた。
「体中にできたあざと数々の傷跡も消した。ソノダ先生は出血を止めて、骨折も治したから、かなり助かったわ」
「後でソノダ先生に礼を言わないといけないな」
ロッコは最後のおかずを食べて、弁当の中に入ったデザートをローズの前においた。一口饅頭だ。
「あら、やはり甘い物を食べないのね」
「ははは、あんたがいなければ食うけどな」
ロッコは笑って、白湯を飲んだ。
「で、もう一つ言わないといけないのは・・」
ローズが手を止めた。
「彼女が乱暴された痕はあったけど、処置した方が良い?」
「ふむ」
「あなたが望むなら、元通りに整えることができるよ」
「処女に戻す、ということか?」
「うん」
ロッコは考え込んだ。
「彼女の父親と相談するよ」
「彼女は、とある権力者によって乱暴された、とカルテで書かれているけど、やはりその権力者の子どもを妊娠すると困る?」
「大いに困る」
ロッコはため息ついた。
「あの男は俺が殺したからな。貴族でも、あの男はクズだ。奴は彼女をボコボコにしてから、彼女が気を失った時にやったかもしれない。ふむ・・、やはりそうだったか」
「うむ、かわいそうに」
「あの国では、それが普通だって」
「ひどい。許せないわ」
「その思いは俺が預かった。あんたは彼女の治療に集中してな」
ロッコが微笑みながら言った。ローズはまた次の弁当に手を出した。
「父親は今どこにいるの?」
「宿で少し休んでいる。昨日ぎっくり腰していたからな」
「じゃ、ついでに治すから、後で私の診察室へ来るように、と伝えて」
「分かった。ありがとうな」
ロッコが微笑んで、うなずいた。
「ソノダ先生から聞いたけど、彼女たちはレネッタに行くって?」
「ああ、後でミライヤ様に言うつもりだ」
「私が言うわ。でも何でレネッタへ?」
ローズはまた次の弁当箱を開けた。それを見たロッコが思わず笑った。よく食べる、とロッコは思った。
「スズキノヤマとエルムンドから遠くへ逃げたいってね。まぁ、その方が良いと思った。その代わり、彼は俺たちが欲しがる情報を教えてくれる」
「ふむふむ。情報は手に入れた?」
「ばっちりだ」
ロッコは笑いながらうなずいた。そして両手を合わせて、食事に感謝した。
「ロッコ、あなたも戦争に征くの?」
「ああ。でも、立場的に、俺は表に出ない方だ。これはあくまでもスズキノヤマとエルムンドの喧嘩だからな。アルハトロスは今の所、真ん中にあって、中立だ」
「うむ」
「けどな、青竹屋敷を攻撃した証拠が出たら、そこでアルハトロスは正式にエルムンドへ文句を言うだろう。あんたは一応、アルハトロス第一姫で、親方様の愛娘だからな。かわいいあんたが攻撃されたのだから、父ちゃんと都にいるあんたの姉ちゃんが怒っても当然だろう?」
「うむ」
「それにエルムンド使節団はすでに全員捕らえられて、首都へ送られた。ミリナ班が担当したのだから、大丈夫だろう」
ロッコがローズの不安を理解するかのように、分かりやすく説明した。
「王子の怪我なんだけど、あれが菫さんが悪かったと思うわ・・。王子に手をつかまれた菫さんはびっくりして、キャー!と叫びながら、とっさに相手の手をボキッと折って、そのまま投げ飛ばした。それで王子は庭にある木にぶつかって、複雑骨折になったのよ」
それを聞いたロッコが笑った。
「あの王子は菫様に無礼を働いたからだ、そういう報告をもらった。その容疑で捕らえられたんだ」
「へ?」
「あいつは菫様の手首をつかんだってことだろう?それこそ大問題だ。なぜなら、緊急事態の時以外、許可なくダルゴダス家の姫君を触っただけでも、普通に捕まるよ」
「そうなの?」
「そうだよ。それは侮辱罪に当たるさ。特にこの里では、下手したら死罪になるよ」
「うわ・・。知らなかった」
「まぁ、あんたは知らなくても良いけど」
「知ってしまったけど?」
「あぁ」
ロッコは思わず苦笑いした。
「忘れてくれ」
「努力するよ」
「・・・」
「忘れます、ロッコ様!心配しないで下さい!この饅頭に誓い、忘れます!」
「良し!」
ロッコは笑って、立ち上がった。
「さて、これから会議だ」
「忙しそうね」
「まぁ、な」
ロッコはうなずいた。
「なるべく犠牲を少なくするように、努力するよ」
「うん、お願いね」
「あいよ。じゃ、な」
ロッコは微笑んで、うなずいた。
「あっ、ロッコ・・」
ロッコは足を止めて、振り向いた。
「何?」
「生きて帰ってね」
「当たり前だ」
ロッコはローズをまっすぐに見ている。
「俺の命はあんたの物だから、絶対に生きて帰って来るよ。心配するな」
「うん」
ローズはうなずいた。
「じゃ、これから会議があるから、しばらく忙しくなる」
「うん、行ってらっしゃい」
「ああ、行って来るよ、先生」
ロッコが微笑んで、柔らかい口調で言った。そしてロッコは手を振りながら退室した。
「ローズ様、さっきの会話は、どういう意味でしたか?」
ハインズは気になったらしく聞いた。ソラも耳を傾けて、気になっている。
「ん?どの辺りの話?」
「ロッコ殿が、自分の命がローズ様の物だ、というところを・・」
「ん・・」
ローズが次の箱を開けて、考え込んだ。
「あれは昔からの約束事だよ。私と陛下と出会う前に、とある日、彼は私の護衛の役目から解かれて、暗部として仕事しなければならなかった。とても危険な任務に行くと言ってたわ」
ローズは微笑みながらハインズを見ている。微かな嫉妬が彼の視線から感じた。けれど、ローズは気にしなかった。
「私は、彼にお願いしたの。生きて、五体満足で戻って来るように、とね。それで彼は「はい」、と答えた。そして私に、自分の命を捧げると言ってくれたの。だから例え父上の命令でも、女王陛下の命令でも、彼は絶対に生き延びて、帰って来ると言ったの」
つまりどんな状況でも、死ぬことを拒否する、という意味だ。その言葉はロッコの生きるための呪文のようなものだ。
「我々も、ロッコ殿と同じく、ローズ様に命を捧げています」
ハインズが言うと、ローズはハインズを見て、うなずいた。
「そうね。いつも守ってくれた皆にありがとう、と思っているの」
ローズがそう言いながら、また新しい弁当箱を開けた。
「でもね、ロッコは暗部なんだから、本来の彼の仕事は私を守ることではないよ?けど、龍神様が私を守るようにと命じたから、彼は仕方なくその任務をやってるの」
「龍神様が・・」
「うん。昔からね」
ローズはうなずいた。
「それに、あの頃の私って、友達がいなかった。それだけじゃなくて、とても寂しがり屋で、自分が泣き虫のくせにとても生意気で、わがままだった。けど、ロッコがとても優しくしてくれたから、私は彼にとてもなついた」
そのことが理由に、ローズとロッコの関係がとても良いことに不思議なことではない。ローズは昔の話をしながら弁当を完食した。ハインズ達が興味深くローズの話を聞いて、うなずいた。
「あ~、アゴが疲れた~!99人前の弁当~完食!ご馳走様でした~」
ローズは手を合わせて、食事に感謝した。
食事を終えたローズは自分の診察室へ向かった。途中で出会った他の医療師から、入院した患者たちの話を聞いた。そして、ローズは診察室の前で一人の中年男性が座っていることに気づいた。服装から見ると、彼はきっとスルティの父親でしょう、とローズは思った。その男性の隣で一人の暗部隊員が立っている。彼の顔が布で隠されている。けれども、ローズは彼を知っている。彼はロッコの家の隣に住んでいる人だ。彼もローズに気づいて、丁寧に頭を下げた。すると、その男性が気づいて、立ち上がった。ローズはにっこりと微笑んで、挨拶した。
「おはようございます。スルティさんのお父さん?」
「はい、おはようございます」
「私はローズです。ここの医療師よ」
「ローズ先生、娘は・・」
「中で話そうか?」
「あ、はい」
ローズは診察室の扉を開けて、中へ入った。ローズの合図でハインズが扉を閉めた。部屋の中に入れる人数を制限して、護衛官はハインズとソラだけが入った。
「ちょっと物々しいけど、ごめんなさいね」
「いいえ」
ダルタがうなずいた。昨日の夜からファリズとエトゥレの存在を知って、彼が気づいた。スズキノヤマはアルハトロスと同盟を組んでいる。そして護衛官らに囲まれて行動している目の前にいる女の医療師はきっとスズキノヤマにとって、とても大事な人だ。護衛官らの数から見ると、彼女は貴族かもしれない、とダルタはローズを見ている。この人はきっとロッコが言ったあの女性の医療師だろう、と。
「私は、スルティの父親、ダルタと言います」
「はい、ダルタさんですね」
ローズがカルテを見て、書き加えた。
「スルティの傷はほぼ治ったよ。脳震盪も、骨折も、骨のひびも、両目の周辺にある傷も、片目の眼球の復元も、出血も、あと顔の復元も、もろもろまとめて、すべてきれいになったわ」
「先生・・ありがとうございます!」
ダルタが嬉しそうにうなずいた。
「でも、一つだけ確認したいことがあって、まだやっていないことがあるの」
「と言いますと?」
「うーん、ダルタさんが気づいたと思うけど、スルティさんはあの夜、襲撃されて、そして乱暴されたことを、ね」
「彼女が・・、汚されていない、と言いました」
「私も最初はそう思ったの。けど、結果は違う。恐らく彼女が頭が殴られた後、気を失って、あの男に侮辱されたと思うわ」
「・・・」
「それでね、もしも、その行為で、妊娠してしまうと、大変ですよね?」
「はい」
「望まない妊娠になると、ダルタさんだけではなく、スルティさんにとっても、とても大変なことになると思う。何しろ、彼女がまだ若いし、未婚で、これからの人生を思うと、やはり悲しすぎるよね」
「はい」
もしも妊娠してしまったら、あの暴力的な男の子どもだなんて・・。そう思うと、ダルタの顔が曇ってしまった。
「ダルタさんが望めば、彼女の体内にあるあの男の種を全部取り除くことができる。そして彼女の処女を、元通りにすることもできると思う」
「本当ですか、先生」
「ええ、もちろんよ」
ローズはうなずいた。
「でも、ダルタさんの了承をもらわなければならないけど、・・本当に良いですね?」
「はい」
ダルタはためらいなくうなずいた。
「先生、娘は、スルティは、将来、誰かと結婚して、子どもを産むことができるでしょうか?」
「もちろん、問題ないよ」
ローズは笑って、うなずいた。ローズは引き出しの中から数枚の書類を出して、ダルタに渡した。
「あと、彼女には、このことを一切言わない方が良い、と思う」
「もちろんそうします」
そのような事実を一生知らない方が幸せだ、とダルタはそう思って、うなずいた。そして彼は書類を読んで、必要なことを記入してからサインした。ダルタはもう一度書類を読んでから、それらの書類をローズに返した。ローズが書類を確認してから、サインして、再び引き出しに入れた。
「あの先生・・」
「はい」
「今の私が、その、まだお金がなくて・・、貯金は今の所このぐらいしかありません」
ダルタは懐から財布を取り出して、その中身をローズに見せた。金貨二枚、銀貨数十枚、そして銅貨が数十枚があった。
「スルティの治療費は、可能なら分割して、支払います。一所懸命働きますので・・、その、なんとか・・」
ダルタが気まずそうに言った。ローズはダルタを見て微笑んだ。
「その気持ちはとてもありがたいわ。けど、青竹の里の病院は基本的に無料です。特にスルティさんのように、理不尽な暴力によって被害を受けた人々には、特別の予算があるの。だから彼女の治療費は、全額、無料なの」
「本当に・・?」
「ええ、本当よ」
ローズはにっこりと微笑んだ。
「そのお金は大切にしまってください。それに、お二人はまだしばらくここにいるでしょう?だって、スルティさんの体力を回復するために、彼女がまだしばらく絶対安静をしなければならないのだから」
ローズはダルタを見て、うなずいた。
「ですが、我々はこれからレネッタへ行く、とロッコ様が言いましたが・・」
「レネッタのことは、私が後ほどミレーヌ姫殿下に言うわ。彼女はレネッタの姫君ですから、二人を受け入れるぐらいなら、問題ないと思うよ」
まさか目の前にいる先生がレネッタの姫の知り合いなんて、とダルタの顔に笑顔が表れた。さすが貴族だ、とダルタは思った。
「お願いします、先生!」
ごっつん!
ダルタが頭を下げたけれど、まさか机にぶつかった。それを見たローズは思わず笑い出した。彼女はダルタの額に回復魔法をかけた。ダルタ自身も恥ずかしそうで、なんどもペコペコした。
ダルタのぎっくり腰を治してから、ローズはスルティの部屋に行って、再び治療を施した。その治療はかなり時間がかかって、結局終わったのは昼間ぐらいだった。その間に、ダルタはずっとスルティの部屋の前に座っている。
「お疲れさん」
ロッコは部屋から出て来たローズに言った。
「あら、会議は終わったの?」
「ああ、ついさっき終わったよ。報告を聞くと、手術がまだかかりそうだから、どうなったか、気になってね」
「大丈夫よ、すべてきれいになったわ。元通りに戻ったよ」
「それはよかった」
ロッコは微笑んだ。その言葉を聞いたダルタも嬉しそうに笑顔を見せた。
「ありがとうございます!ありがとう、先生・・。本当に、ありがとうございます!」
ダルタが頭を深く下げた。ロッコはダルタの背中になでて、うなずいた。
「言ったろう? 凄腕の先生がいるって」
「はい」
ダルタは目から出て来た涙を袖で拭いた。
「ところで、ダルタさんは今、どの宿に泊まっているの?」
「ロッコ様はこの病院の前にある宿で、部屋を取ってくださった」
「じゃ、大丈夫だね」
その宿は患者の家族専用宿だ。場合によって、料金も無料になることもある。
「彼女はまだ寝ているけど、入っても良いよ。でも、静かにね」
「はい」
「では、お大事に」
「ありがとうございます!この恩は絶対に忘れません!」
ダルタが言うと、ローズは何も言わず、微笑んだだけだった。ロッコの部下が扉を開けると、ダルタはその部屋の中に入った。
ぐ~~~~~~~~~~~
恥ずかしい音がローズのおなかから聞こえた。それを聞いたロッコは思わず苦笑いした。99人前の朝餉に食べたのに、もうおなかが空いたのか、と。
「ご飯食べようか?俺もまだ何も食べてないから、腹減ったさ」
「うん。子どもたちも、今日はおじいちゃん家で昼餉を食べる予定なので、ロッコも一緒に食べよう」
「良いね。フェルザたちと一緒に食べるのが久しぶりだね」
「あら、そう?」
「まぁ、フェルザの修業は、このゴタゴタが終わってからまたやるよ。フェルザに、覚悟しとけ、と伝えて」
「あはは、分かった。そう伝えておくわ。でも、本人も理解していると思うよ」
ローズは笑って、うなずいた。道具を診察室に置いてから、彼女はロッコと一緒にダルゴダス邸へ向かった。
ローズの子どもたちは、母親が見えて来ると、一斉に彼女に抱きついた。ロッコは彼らを見て、笑った。この小さな幸せは、ロッコにとって途轍もない幸せだと感じながら、ともに食堂へ向かった。




