750. 襲撃の真相(13)
ロッコが手を強くにぎって、怒りを鎮めようとした。けれども、良くなるどころか、ますますその怒りが激しくなった。けれど、ローズの顔が浮かび上がると、彼は目を閉じて、息を整えた。危うく自分が龍の感情に呑まれてしまうところだった。龍にとって最愛の女性のことになると、冷静さを失うほど、何もかも滅ぼす神獣だからだ。
『ゼルミウス、引き続きこれらの三人を調べてくれ。ジョセフ・イルミ、モスダ・アビル、そしてガビルタ・セルジョだ。何か分かったら、直接俺の頭に送れ』
『御意』
『行け』
ロッコが言うと、ゼルミウスが消えた。ロッコは地面に倒れた男を見てから、何も言わずに黒い光を解いて、その場を去った。
冷静に行動しないといけない、とロッコは川辺の公園から離れて町に向かって歩いている。
エルムンディアの町は夜になっても相変わらず賑やかだ。昼間は想像できないぐらいもっと賑やかだろう、とロッコが周囲を見ながら歩いている。
それにしても、エルムンドの本当の狙いはスズキノヤマではなく、アルハトロスだったとは、とロッコは足を止めて、夜空を見ながら考え込んだ。しかも、ローズを狙っていることとなると、これだけでも戦争の理由になる。もしもこの話が公になってしまったら、スズキノヤマ皇帝であるエフェルガンは黙っていないでしょう。恐らくエフェルガンは一番極端の解決方を選ぶに違いない。すなわち、戦争だ。それに、もうすでに知られている事実で、エフェルガンはローズのためにエルカモルグという国を滅ぼした。その時、犠牲が少なかったのは第一将軍であるファリズが先に侵入して工作を施したからだ、とロッコは思い出した。
けれど、今回は違う。
今回、ファリズは堂々とスズキノヤマ帝国使者としてエルムンドへ来る。神経を尖らせているスズキノヤマに挑発したエルムンドと正面衝突したら、大変なことになるだろう、とロッコは思った。
けれども、冷静に考えると、スズキノヤマが手にしている証拠はまだ不十分だ。何しても、この短時間で、エルムンドがこの襲撃と関わっている証拠を手に入れないといけない。でないと、使者となるファリズが危ない。
けれど、どこへ探せば良いか?
時間がない。明日、ファリズが来る。それまでに、証拠を手に入れたい、とロッコは自分が焦っていることに気づいて、ため息ついた。
落ち着いて、考えるんだ。ロッコは自分にそう聞かせて、目を閉じて、しばらく考え込んだ。
「おや、先ほどのお客さんだ?」
男性の声が聞こえた。ロッコは目を開けて、目の前に屋台の店主がいる。
「おじさんでしたか」
ロッコが微笑んで、彼を見ている。店主の前には大きな屋台の押し車がある。
「この時間になっても、まだぶらぶらと歩いているのか?」
「はい。家がどこにあるのか、なかなか思い出せなくて・・、この方向と思ったけど、違ったみたいで・・」
「お気の毒に・・」
店主が心配そうな顔をしている。ロッコは軽く笑って、彼を見ている。
「もう全部売れたのですか?」
「ははは、そうだね。お客さんが出た後、なんか分からないけど、急にたくさん売れて、珍しくこの時間で終わってしまった。ははは」
「それは良かったですね」
ロッコがにっこりと微笑んだ。
「お客さんはこれからどうする?」
「どうしようかな・・、いろいろ考え中です。家が見つからなかったら、適当に休む所を見つけて、野宿します」
「何なら、俺の家に来ないか?」
店主が言うと、ロッコは少し驚いた。
「それは迷惑になるでしょう」
「いや、大丈夫だ。まぁ、あまりきれいとはいえない家なんだけど、寝るぐらいなら十分だ。このように彷徨うよりも、しばらく俺の手伝いをして、その内、いろいろと思い出すだろう」
店主が親切に言った。ロッコは少し戸惑いながら、彼を見ている。
「分かりました。では、お言葉に甘えて、今夜お世話になります。どうぞよろしくお願いします」
ロッコが丁寧に頭を下げた。店主がうなずいて、笑った。
「じゃ、行こうか。そうだ、お名前は・・?」
「覚えていないんです」
「それは困ったな」
「付けて下さいませんか?」
「え?俺が?」
「はい」
ロッコはその店主をまっすぐに見ている。
「んー、じゃ、何が良いかな・・」
店主は考え込んだ。
「カルディなら、どう?」
「良いですね」
「じゃ、これからカルディと呼ぶよ」
「ありがとうございます」
ロッコはにっこりと微笑んだ。
「御礼に、その屋台車を、私が押します」
「いや、そんな」
「どうぞお任せ下さい」
ロッコが言うと、店主は笑って、うなずいた。
「俺はダルタと言うんだ。娘は一人いて、名前はスルティ。女房はスルティが小さい時に死んだ。流行病でね」
「そうですか」
「息子はいたけど、成人になる前に事故で死んでしまった。あの子が生きていたら、多分あなたと同じぐらいだ、カルディさん」
ダルタが語りながら帰り道を案内した。二人が暗い路地裏について、ある家の庭に入った。
「そこにおいて」
「はい」
ロッコは言われた通りにその家の庭にダルタの屋台を止めた。ダルタがテキパキと鍋やお皿などを降ろして、家の厨房へ運んだ。
「お父さん、お帰りなさい」
「あ、ただいま、スルティ」
「お客様?」
「そうだ。今夜ここに泊まるカルディさんだ」
ダルタが言うと、ロッコは丁寧に頭を下げた。
「カルディです。今夜お世話になります」
ロッコが言うと、スルティはうなずいただけだった。
「でもお父さん、うちはぼろだよ?」
「良いんだよ、ぼろでも。カルディさんは記憶を失っているんだ。そのまま町に彷徨っていたら、あの連中に捕まってしまう」
ダルタは鍋をコンロの上に置いて、荷物を片付けてから扉を閉めた。
「まぁ、カルディさんが望んだら、ずっとここに住んでも良いよ。ははは」
ダルタが笑って、呆れた様子で見ている娘の頭をなでた。
「部屋を頼むよ、スルティ」
「はい」
ダルタが笑いながら長椅子に座った。長椅子の隣にダイニングテーブルがあって、その手前には椅子があった。その狭い空間の向こうには部屋が二つあった。家の壁はレンガと板でできている。寝室は扉の代わりに、少し厚い布で仕切られている。スルティがダイニングの向こうにある部屋に入って、掃除し始めた。
「まぁ、座って下さい、カルディさん」
「さんは必要ありません。呼び捨てにしてください、ダルタさん」
「そうはいかないよ」
ダルタが笑いながらグラスにお茶を煎れた。そのグラスをロッコの前に置いた。
「まぁ、とりあえず、茶でも飲んで」
「ありがとうございます」
ロッコがうなずいて、お茶を飲んだ。普通の茶の味だ、とロッコは思った。
「先ほどダルタさんが言ったあの連中って?」
ロッコはグラスを置いて、ダルタに尋ねた。
「ケッシアの配下だよ」
「ふむふむ」
「奴らは若い人を集めて、洗脳してるという噂がある」
ダルタはお茶を飲んで、ため息ついた。
「なんのために?」
「さぁ、俺も分からない。だが、俺が知った若者は、みんなが変になったんだ。暴力的になって、・・けど彼らは政府の命令や言うことを素直に聞くようになった。今まで政府に批判的の奴らでさえ、従うようになったんだ。・・とにかく、あれは全部ケッシア一派の仕業だと思う」
ロッコが聞くと、ダルタが首を振って、それからお茶を飲んだ。
「お父さん、カルディさんに変な話をしないで下さい。町の噂なんて、本当かどうか分からないよ?」
スルティはそう言いながら古びた布を持って部屋から出て行った。
「本当だって。カルタさんの息子もそうなったって。様子が最近おかしい、とこの前、彼の奥さんが言ったよ」
「でもケッシア様がやったって、証拠がないでしょう?」
「それはそうなんだけど、とにかく若い人が夜中にあまり外でうろうろしない方が良い」
ダルタが言うと、ロッコがうなずいた。分かりました、とロッコは答えた。
「部屋ができたようだ。今夜はもう休みなさい」
「はい。では、お先に失礼します。お休みなさい」
「お休み、カルディさん」
ダルタは優しい声で言った。ロッコはスルティが示した部屋に入って、扉の代わりに付けられている布を直した。古びた寝台に、きれいだけれど明らかに古いベッドシーツに包まれている薄いマットレスで、一枚の薄い毛布と枕だった。枕カバーは新しくなったけれど、明らかに誰かが使った枕だった。恐らくスルティの枕だろう、とロッコは思った。他人である彼のために、自分の枕を使わせるなんて、・・。ロッコは寝台に座って、枕の暖かさを感じた。
「お父さん」
外でスルティの声が聞こえた。ロッコが耳を澄まして、会話を聞いている。
「なんだ?」
「カルディさんは明日どこかへ行くの?」
「分からない」
ダルタの声がしばらくしてから聞こえた。
「彼は、嫌か?」
「いいえ」
スルティは即答した。
「なんだか、兄さんが戻ってきたような・・」
「サルディが帰って来た感じか?」
「はい」
ダルタは笑った。
「そうだな。サルディが生きていたら、彼のようになるだろうな」
「うん。なぜか、とても似ている」
スルティが返事した。ロッコは思わず自分の顔を触れた。適当に変化したものの、まさかそれがダルタの亡き息子の顔に似ているとは思わなかった。
「彼は事故で記憶を失った。名前も、家も、何もかもすべて忘れたと言った。町でぼーっとしている時に見かけて、声をかけたんだ。家がどこにあるのか、思い出せないって」
「かわいそう・・」
「カルディという名前も、俺が与えたんだ」
「そうなんだ」
「ずっと思い出せなくても良いと思うけど・・」
「うん、このまま、ずっとここに住めば良いと思う」
スルティは父親の呟きにうなずいて、小さな声で言った。
「私は寝るね、お父さん」
「ああ。お休み、スルティ」
「お休み」
スルティが隣の部屋に入った。ロッコは寝台に横たわって、考え込んだ。
ここにいるのは、普通の人々だ。危うく自分が彼らを滅ぼしてしまうところだった。ロッコは天井を見ながら、ため息ついた。モルグ人に取られた闇龍の体がすべて戻ったと同時に、闇龍の記憶と力がすべて自分に戻って来た。ローズのことで、自分がいつまで冷静でいられるのか、とロッコは自分の手を見つめている。
自分は人だ。龍ではない。
自分はフェル・アルトだ。闇龍ではない。
けれども、ロッコは気づいている。闇龍の力が戻ったことで、自分が今まで使えなかった地獄の神殿の力が自由に使えるようになった。地獄の王であるファリズを上回る権限を持った地獄の主である闇龍は、文字通り、地獄神殿のすべてを支配している。番犬のケルズと番人のザルズしか使えないファリズに対して、ロッコは地獄神殿のすべての機能が使える。ファリズが支配した神殿の一角に対して、ロッコは神殿のすべての部屋が使える。
そしてなぜこのようなことになったことも、ロッコは知っている。それは、闇龍がどうしても鬼神を救いたかったからだ。なぜなら、鬼神は闇龍とテアの間にできた子どもだったからだ。
だから選ばれた鬼神族は地獄の王になって、闇龍の力の一部を与えられた。異世界でいても、その一人だけなら、この世界にある地獄神殿に自由に行くことができる。番犬のケルズと番人のザルズを与えられて、彼が望むものは与えられる。命以外なら・・、すべて。それは闇龍なりの愛情だったかもしれない。
その王を選んだのも、ロッコだった。
ロッコはため息ついて、目を開けた。眠りを誘うための呪文を唱えてから、また目を閉じた。しばらくすると、外がとても静かになった。灯りも消えて、ダルタのいびきが聞こえている。ロッコが目を開けて、寝台に座り込んだ。
ゼルミウスからの連絡が来た。
ロッコがうなずいて、考え込んだ。やはりガビルタ・セルジョはこの国にはいなかった。そしてミリナ班が調べた暗殺ギルド、シルマの星にもその名前を知る人がいなかった。ミリナ班が来る直前に、シルマの星の団長が何者かに殺害されたからだ。
手がかりはまったくない。
もしかすると、その名前は偽名かもしれない。だとしたら、調査がますます迷路になってしまう。ロッコがポケットから紙とペンを取って、手紙を書いた。そしてその手紙を魔法で出そうとしたところで、ロッコが手を止めた。
『出でよ、ザルズ』
半透明の者が突然現れた。
『この手紙をファリズへさりげなく届けてくれ』
『御意』
半透明の者が手紙を持って、消えた。ロッコが安堵した様子でペンを片付けた。できるだけファリズとエッゼルにこのような状況を伝える必要がある、とロッコは思った。二人があまり早く着いても困るからだ。それに、出入りが自由にできない町だから、なおさら危険だ。
ロッコは悩みながら部屋の窓から外を見つめている。周囲はとても静かで、ダルタのいびきだけが聞こえている。
ロッコが部屋の外へ出て行って、水場で顔を洗った。そして彼は厨房で水をグラスに入れて、ゆっくりと飲んだ。
「眠れなかったのか?」
突然声が聞こえた。ロッコが振り向くと、声をかけたのはダルタだった。
魔法がすぐに解けた。
そうなると、彼は魔法に対する耐性が高い。ロッコは彼を見て、うなずいた。
「はい。喉が渇いたので・・」
「そうか」
ダルタが座って、毛布を自分にかけ直した。ロッコが彼を見て、微笑んだ。ダルタの寝床はあのダイニングテーブルの隣にある長椅子だった。
「なぜダルタさんがその椅子で寝ていたのですか?」
ロッコは思わず聞いた。
「ここは俺の寝床だ」
ダルタはダイニングテーブルの上に残っている彼のお茶を飲んだ。
「大体この時間に商売から帰って来て、仮眠してから朝の支度をしなくてはいけないから、ここで寝れば寝過ぎずに済む」
「そうですか・・。だから部屋で寝ていないのですね」
「そういうことだ」
ダルタはうなずいた。
「もう少し休んでも良いよ」
「ダルタさんは?」
「俺はもう少し寝る」
「分かりました。では、お休みなさい」
「お休み」
ロッコがうなずいて、また部屋に入った。ロッコは寝台に横になりながら考え込んだ。
このままだと動けない。あの眠りの魔法は人によって効果が違うけれど、大体5~6時間ぐらい効果がある。けれども、今の時点で、それを唱えてから2時間足らずで解けてしまった。
通常魔法が半分以下しか効果がない。これは偶然なのか、このような環境だからなのか、あるいは個人差の魔法耐性が高いだけなのか、調べる必要がある。けれども、そのことよりも、もっと大事な問題がある。
ガビルタ・セルジョだ。
ガビルタ・セルジョが架空の人物なら、彼の犯罪を示す証拠が出て来ないだろう、とロッコは思った。けれども、あの時の拷問でガビルタ・セルジョは外交官だということが分かった。外務省で調べれば出てくるだろうか、とロッコは寝台に身を起こして、考え込んだ。けれども、気づいたら、部屋の外で明るくなった。厨房で物音がしたから、ロッコが寝室から出て行った。
「おはようございます」
ロッコが挨拶すると、白湯を湧かしているスルティがにっこりと微笑んだ。まだ暗い朝だった。
「おはようございます、カルディさん。よく眠れましたか?」
「はい。ぐっすり、と」
ロッコは微笑んで、うなずいた。
「まだ朝早いけど、いつもこの時間に?」
「はい。朝支度しなければいけないので」
スルティは大きな鍋をもって水場に向かった。ロッコは彼女の隣に歩いて、見ている。
「手伝います」
「あ、いいえ、お客様なので」
「やりたいです。何をすれば良いのか、教えてください」
ロッコは鍋をスルティの手から取った。スルティは笑って、うなずいた。
「じゃ、この鍋に入っているお米を洗ってください。終わったら、このぐらいの水加減を入れて、厨房へ持って来て下さい」
「分かりました」
ロッコがうなずいて、米を洗った。とても大きな鍋だ、と彼は思った。スルティの指示通りの水加減を入れて、その鍋を厨房へ運んだ。以外と重い、と。
「ありがとうございます。あのコンロの上に置いて下さい」
「はい」
ロッコが言われたまま作業を進めた。鍋に蓋をしてから、昨日から味付けされた肉を煮込んでいる間に、ゆでた卵の殻を剥いた。それを終わると、今度はまた別の鍋で他の料理をする。やっと起きたダルタは、あくびしながら水場に行って、顔を洗った。そして彼はテキパキと昨日の夜に使った皿やスプーンを洗って、乾かした。
「カルディさん、市場へ行こうか?」
「はい」
ロッコがうなずいた。ご飯屋の朝は忙しい、と彼は思った。ロッコは手を洗って、煮込み料理に集中しているスルティを見ている。
「では、私はダルタさんと一緒に市場へ行きます」
「はい!行っていらっしゃい!あ、お父さんに塩を買ってきて欲しいと伝えて」
「はい、分かりました。では、行って来ます」
ロッコがうなずいて、もうすでに庭で彼を待っているダルタの方へ行った。
市場に行くと、ダルタは野菜と肉を買った。スルティの注文の塩も仕入れた。しばらく市場を見て回ってから、ダルタはスルティのための新しい靴を買って、そのついでに男性服の店に入った。
「この人に合う服一式をいくつか下さい」
ダルタが店員に言うと、店員がうなずいて、何着を持って来た。
「私が自分で払いますよ」
「あれは大切なお金だ。これから何が起きるか分からないから、取っておくと良い。だから俺からの服を素直にもらって下さい」
ダルタは微笑みながらロッコの背中とシャツに合わせて、テキパキと選んだ。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。これでその服を洗えるだろう?」
「はい、そうですね」
「まぁ、今日はゆっくりとしよう。俺の商売を手伝っても良いし、家で過ごしても良いし、スルティを手伝っても良いよ」
ダルタがそう言いながらそれらの服にお金を払った。店員が服を包んで、ダルタに渡した。ダルタがうなずいて、その包みをロッコに渡した。帰り道で、ダルタがいくつかのおやつを買って、ロッコと一緒に大量の荷物を持って帰った。
家に帰ると、スルティは朝餉を準備し終えた。買い物の荷物を片付けてから、彼らが三人で食卓を囲んで、食べた。
普通の味だった。けれど、ロッコの心のどこかで痛い。いずれ彼はこの一家から去る。ロッコはダルタとスルティの願いを応えることができない。
楽しい食事の後、彼らは朝支度した。この家にはお湯がないので、冷たい水でシャワーを浴びることが普通だと教えられた。ロッコは冷たい水を体にかけながら、ダルタたちの生活を思う。
決して楽な生活ではない。けれど、彼らは懸命に生きている。小さな幸せのために、一所懸命に働いている。
けれども、上の人たちの行いで、下にいる彼らがこれから起きる災難に遭う。遅かれ早かれ、エルムンドはスズキノヤマと戦争することになる。そう思うと、ロッコの心にまた痛みを感じる。それでも、彼はやらなければならない。
『ロッコ様』
突然半透明の者が現れた。
『なんだ、ザルズ?』
『王は私に、ロッコ様を手伝うように命じていました』
『分かった』
ロッコは体を拭いて、うなずいた。
『王はあと三日で、行く、と仰いました』
『了解』
『地獄も使えるので、何かご命令があれば仰って下さい』
ザルズが言うと、ロッコは少し考え込んだ。
『じゃ、まず、奴隷関係の役人、ジョセフ・イルミとモスダ・アビルを捕獲して、そのまま地獄に落せ』
『御意』
『そして、ゼルミウス』
ロッコが命じると、今度はまた別の者が現れた。
『はい』
『外務省の人、重要らしい人物を数人捕獲して、そのまま地獄へ落とせ』
『御意』
『行け』
ロッコがうなずくと、彼らが消えた。そしてロッコは笑みを見せながら風呂場を後にした。




