75. スズキノヤマ帝国 キヌア島(6)
「おはようございます!」
相変わらずまだ暗い朝に起きてしまったローズである。リンカはオレファと一緒にすでに台所で忙しく朝餉を作っている。ハインズは風呂場を洗って、お湯を準備している。エファインは食べる環境を整えて、窓を開けたり空気を入れ換えなど、てきぱきと働いている。毒味役のハティは外で軽い朝運動をしている。ガレーは自分の部屋の布団を片づけている。エフェルガンはまだ寝ている。本当に皆、エフェルガン以外、家庭的な男達だ、とローズが思った。
ローズ自身も何かを手伝おうとした。けれど、エファインがほぼ全部仕事を終わらせてしまった。仕方がないから、ローズがハティと一緒に朝運動をすることにした。ハティは軍人ではないけれど、十代の頃からエフェルガンの毒味役として仕事をしているため毎日護衛官達とともに軍人生活している。そのおかげで体つきが結構筋肉質になったという。ハティの家系は代々王家の毒味役として、優秀な一族だ。幼いころから修業を始めた、とハティは言った。そしてハティは朝運動しながら、笑って小さい頃の修業の話をした。いや、笑える場面じゃないところが多かった、とローズは彼を見ながら思った。しかし、本人にとってそれらはただの過去だった。ハティにとって、父親と二人で食事するのが一番恐ろしかったらしい。何しろ、父親に、どこで毒を仕込まれてしまったか分からないから、例え目の前にご馳走が用意されていたとしても、冷や汗をしながら食事を口にした、と頭をかきながら笑った。毒に当たった時に、父親はただ黙って目の前に座って見ていただけだった、という。かなり苦しんでいた後、やっと毒消しを飲ましてくれた。ちなみにハティも自分の子どもに同じことをしている、と言った。しかし、それで何度も奥さんに怒られたらしい・・。家業を続けるのも難しいことだ、と苦笑いをした。毒味役は誰でもやれる仕事ではないから、ローズは毒味役一家で生まれなかったことに、神様に感謝している。
朝運動が終わって、ハインズがお風呂の準備ができたと知らせてくれて、ローズが先に入ることになった。お風呂が終わって、朝の仕度をして、他の護衛官も次々と風呂や支度を終わらせている。エフェルガンはまだ寝ている。
「姫、お願いしても良いですか?」
ハインズが困った顔をしている。
「なんでしょう?」
ローズが彼を見て、うなずいた。
「殿下を起こして下さいませんか?いつもケルゼック殿が起こすのですが、今日はケルゼック殿が国軍基地にいるので、殿下を起こせる人がいなくて、・・困っています」
「そんなに朝弱いのですか?」
ローズが聞くと、ハインズがうなずいた。
「夜遅くまで仕事してしまうと、朝がなかなか起きないんです。私が起こしていても、また二度寝、三度寝まで・・」
「そうか。それは困ったね。分かった起こします」
「お願いします」
ローズがうなずいた。
「ローズ、もうすぐご飯だから早くしてね!」
「はい!」
台所からリンカの声が聞こえた。オレファの笑い声も聞こえてきた。
ローズはエフェルガンの部屋に入って、扉を閉めた。布団の上にぐっすりと眠っているエフェルガンの顔はとても穏やかで。頭の羽根耳が、・・やはりかわいい。ローズが思わず触ってしまった。やはり普通の羽根だ。だたピンと伸び跳ねているだけだった。本当に何のための羽根が分からないけれど、・・かわいい。エフェルガンの頭を口づけしようと近づいたら、いきなりエフェルガンが動いて、ローズを抱いて、彼女の唇を軽くキスをした。そして彼が彼女の体を捕まえて、素早く体を動かしひっくり返した。びっくりしたローズがエフェルガンの下敷きになってしまった。彼の体の重さで動けなくなった。
「捕まえた」
「うむ。起きていたの?」
ローズが聞くと、まだ眠そうなエフェルガンが微笑んだ。
「美味しそう・・」
「え?」
「ローズ・・」
「あの、おはよう、エフェ・・・んーー!」
いきなり唇に口付けされている。しかも長く・・・。ローズが頭がおかしくなりそうだ。
「ローズ・・」
「んーー!」
また情熱的な口付けをされた。
「エフェルガン・・」
彼が何も返事せず、今度は耳に軽い口づけをした。
「何?」
「う!」
耳たぶが噛まれてしまった。彼の息が荒くなっている。その熱い息が耳の中に伝わっている。体中に電気が走っているような感じがした。
「ハインズ達が・・あーん・・」
「ローズ・・」
「ハインズ達が扉の前に・・いるの」
「ん?」
「だから・・今、皆が・・外にいるの!もうすぐ朝餉だから起こして、・・と・・んーー!」
エフェルガンがまた彼女の耳を噛んだ。
「そうか」
「あーあ、ダメ、・・これ以上したら、エフェルガンは・・リンカに・・噛まれるよ?」
息が苦しくなったローズがエフェルガンに言った。
「はっ!・・・・・・・それはまずいな・・」
「うん。だから、起きよう・・」
「ごめん、寝ぼけていたかも・・」
「うむ」
エフェルガンが瞬いて、少しずつローズの体から退いた。
「ぶっ・・くくく」
「くすくす」
扉の外からハインズとガレーの笑い声が聞こえている。
「ほらね」
ローズがその扉を見て、言った。
「・・起きよう」
「うん。先に出るよ」
「ああ。もうちょっと落ちついてから出る」
部屋の外に出ると、扉の前にハインズとガレーはくすくすと笑いながらで中の様子を覗いている。もう・・恥ずかしいよ、とローズが顔を赤くした。エフェルガンは顔をまくらで隠した。
「やっと起きられたか、殿下」
「やはり姫様に起こしてもらった方が早く起きられましたね」
「うるさい」
エフェルガンはハインズに向かってまくらを投げた。ハインズが笑いながらそのまくらをキャッチした。
エファインも微笑みながら、無言で机の上にお皿やグラスを並べている。そして外でハティの声が聞こえていて、ケルゼックが帰ってきたようだ。オレファは次々と料理を運んできて、エファインがオレファの手伝いに回った。エフェルガンは寝室から出て風呂場に向かった。ローズはおとなしくテーブルの前に座った。護衛官達が次々とテーブルの周りに座る。リンカは手にグラスをもって台所から現れた。
「ローズ、耳はどうしたの?」
リンカが突然足を止めて鋭い目で見ている。ガレーは彼女の耳を診て確認した。
「あ、これは、さっき・・エフェルガンに・・噛まれ・・」
パリン!、とリンカの手にあるグラスが粉々に砕かれていて床の上に飛び散った。リンカの手から血がぽたぽたと落ちている。リンカはグラスをにぎり潰したのだ。
「リンカ、手が・・」
「大丈夫・・」
まずい・・リンカの殺気が・・、ものすごく冷たい殺気が部屋中に漂っている。護衛官達も一瞬で全員立ち上がった。ケルゼックですら冷や汗をしてしまった。
「お待たせ・・」
風呂場から出てきたエフェルガンに全員から視線が集まった。
「殿下」
ケルゼックが困った顔でエフェルガンに声をかけた。エフェルガンは何があったがしばらく理解しなかったようだ。ガレーはローズの近くに来て、耳を診にきた。
「ローズ姫を噛んだなんて・・殿下、寝ぼけていたとはいえ、ここまで赤くなると、彼女が今日一日、この赤い耳で過ごすには・・。あああ、歯形まで付いてしまって・・姫が大変お困りになるでしょう?」
ガレーが道具箱を取り、リンカの手を診て道具箱から治療道具を出した。
「リンカさんの手まで、こんなにガラスの破片が刺さってしまい、大変だ。じっとしてね、今手当するから」
ガレーが呆れた声をして、リンカの手を手当している。エフェルガンは顔が真っ青になり、頭を下げて、謝罪した。
「ごめんなさい!寝ぼけてしまったんです!本当です!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「ふん!」
リンカは人の姿でも猫の呆れたあの「ふん!」の声を出すのね・・。その間、大きな笑みをしながらオレファが床に散らばったガラス破片とリンカの血の痕を掃除している。
「まぁ、寝ぼけていたから仕方なかった。謝ったし、良いよね?リンカ」
「今度またしたら、猫の歯形を殿下の体にたくさんつけてやる」
リンカがそう言うと、エフェルガンがまた頭を下げた。
「はい。反省します!」
護衛官達がまた座って微笑んでいる。エフェルガンは彼女の隣に座り、耳を見ている。
「ふん!」
「はい、リンカさんの手の手当が終わりました。今日昼ぐらいまで少し痛むが、薬が効くので、夕方にはもう治るでしょう」
「ありがとう」
「どういたしまして」
ガレーが微笑んで、うなずいた。
「では、姫様のお耳をちょっと拝見しましょう。薬を塗り、少し布で隠しましょう」
「はい、お願いします」
ガレーは丁寧に薬を塗り、清潔な布で耳を包んで固定した。髪の毛で少し隠してくれた。これであまり目立たなくなった。リンカは再び台所に入り、料理運びをしようとしたが、オレファとエファインが手伝いに動いている。
「殿下、言うのがどうかと思うが、こういうことは夜でやることですよ。明るいと、女性が恥ずかしがるでしょう・・」
ケルゼックが小さな声でエフェルガンに言うと、エフェルガンの顔が赤くなった。
「分かってる。あれは寝ぼけていたからだ」
「くすくす」
「ハインズ、うるさい」
もう、殿方たちは何を言ってるんだ、とローズが困った顔をした。けれど、南の地域では性の話はタブーではない。むしろ文化の一部である。
しかし、無理矢理でやると女性の人権問題に当たるため法律違反となる。あくまでも両者の合意の元で行われることだそうだ。だからリンカも猫の爪や牙で対応している訳だ。ジャタユ王子の腕も何回か噛んでしまったか、本人も数えられないぐらいした、とローズがリンカを見て思う。
待ちに待った朝餉が始まった。やはり皆の食欲がすごい、とローズが危機感を持って、思った。
あっという間に机が朝餉争奪戦現場となった。エファインが取ろうとしたお皿に、ハインズが先に取った。ケルゼックとエフェルガンはパンの奪い合いをしたりして、食卓に上下関係がないのだ。早い者が勝ちだ。護衛官の中から一番大人のオレファは笑いながら皆の様子をみている。彼もまた事前に食べたいものを台所で取っておいたのだ。ずるい、とローズは思った。
暗部エトゥレが帰ってこないことについて、ケルゼックが説明してくれた。エフェルガンはこの島にいる暗部の協力者または草にすべて探索への協力を要請した。またエトゥレはビリナを首都まで送り、暗部本部や内務省に協力要請を伝えに行くということになった。また外務省に、今回の件について説明し、ドイパ国大使への連絡などの手配も依頼するというエフェルガンの命令があった。仕事終わったら、直ちに戻ってこいという命令もあって、行ったきり来たりしているエトゥレが大変だ、とローズは思った。
激しい朝餉の争いが終わり、本日も勝者になったエファインに皿洗いの仕事を与えられた。毎回リンカの料理を残さず食べてくれたこの人たちを見て、リンカはとても嬉しそうな顔をしている。料理した人にとって、やはり美味しそうに食べてくれたことが一番のご褒美だ。
エフェルガンはしばらく領主の執務室で仕事すると言った。また内務省から調査員数名も派遣されることでしばらく帰りも遅くなる。基本的に昼餉と夕餉はこちらでエフェルガン班抜きで考えても良いってことだ。ハティがエフェルガンがいるところにいるため、今日も彼が班から外れた。エフェルガンはガレーにローズについていくように、と命じた。暗部であり、医療師であるガレーも毒に詳しいので、きっと役に立つとエフェルガンが言った。リンカは怪我したため、オレファと行動するようにということになった。リンカとオレファは昨日の魔石の件を調査する予定だ。ケルゼックとハインズはエフェルガンの仕事の手伝いになり、エファインがローズの護衛に回した。
ローズとガレーはムイネ村の薬の件を調べることになった。あの薬はまったくのでたらめな薬であり、なんの効果もなかった。それどころか、体に有害な物質も含まれていた、とガレーの調べで分かった。とても悪質であるため、エフェルガンはこの薬について調査することをガレーに命じた。地元の警備隊はエフェルガンの命令で現在動けないことになったため、調査の手伝いが得られないことになっている。とても厳しい状況だ。
家を出る前にエフェルガンにローズの小論文と本をヒスイ城へ送るように、とローズは頼んだ。フォレットに学校まで提出もらうようにと手紙も書いた。その後、洗濯物をまとめて洗濯専門業者に渡してから、彼女たちがそれぞれの役目に向かった。
ムイネ村に着いたローズたちは踊り子ニラの母親の家に向かった。医療師であるガレーは診察して、ガレーが持ってきた薬の中でいくつか飲ましてから、村長に国軍基地までの手配を頼んだ。彼女が煩った元の病気よりも、その村で売られている薬が病気の悪化の原因となった、とガレーが説明した。それは有害物質による中毒らしい。だから国軍軍基地の医療施設で調べる必要がある、とガレーが言った。手配にかかるお金もすべて国が全額持つと村長に伝えた。村長は直ちに手配して、ガレーが書いた手紙を持って、ニラの母親を国軍基地まで運んだ。
誰もいなくなった家に、ガレーは隅々まで調べている。今のガレーの顔は優しい医療師の顔ではなく、暗部の顔になった。ニラの仕事関係や手紙など、すべて確認された。また母親が飲んでいた薬の袋もすべて袋に入れた。これは証拠になるから、とガレーはローズに説明した。
ニラの実家の調査が終わると、今度は地元で売られている薬の流れについて調べる。お店の人は誰から仕入れていたか、領収書などをまとめて袋に入れた。薬の種類と仕入れた額や日にちまでことこまかく記録して、ガレーは次々とこの村にある家や店に足を運び、調査を行った。徹底的にデータを取り、記録した。またガレーも病人の数人も診察したりして、大変忙しかった。
ガレーは診察するたびに細かくローズに説明してくれた。この症状に、この薬などを、ローズに分かりやすく丁寧に教えてくれた。ちなみに、今日も出産の手伝いまでしたのだ。ローズが医療師の偉大さに、感謝している。
ハードな午前中がやっと終わって、お昼をしてから、今度は薬の商人を捜しに街へ戻った。もらった情報は名前と大体な場所だけで、なかなか見つからない。ローズが歩き疲れて、ガレーにおやつをねだったら、あっさりと許可された。近くにあるスイーツの専門店に連れって行ってくれると言われて、ローズがとても嬉しくて、小走りしながら店の方に行った。しかし、彼女が足をつまずいて、人にぶつかって転んでしまった。
「あ!」
「あ、ごめん」
「こちらこそ、ごめんなさ・・え?!」
彼女は自分がぶつかってきた相手を見て、驚いた。
「ローズ?!」
「ロッコ?!」
「なんでローズがここにいるんだ?!」
「ロッコこそ、どうしてここに?」
二人とも驚いて、確認し合っている。
「お知り合いですか?」
ガレーとエファインが来て状況を確認した。
「うん。アルハトロスで私の護衛官だった人なの。親友でもあるよ。名前はロッコ」
ローズが彼を紹介すると、ロッコがうなずいた。
「どうも。ローズ、立てるか?」
「うん。怪我もないから大丈夫よ」
ロッコは彼女の手を取って、手伝った。あの若々しい顔は相変わらず格好良い、とローズは大きな笑みを見せながら思った。髪の毛はまた変わって、短く切った明るい茶髪だ。ローズは笑って、彼がとても元気そうで安心した。
「失礼ですが、身分証明書をお見せ願います」
エファインはロッコに声をかけた。
「貴殿は?」
ロッコは警戒している。
「ローズ様の護衛官に勤めているエファインです。スズキノヤマ皇太子エフェルガン殿下の直属護衛部隊所属です」
エファインが自己紹介した。
「同じく、護衛官のガレーです」
ガレーも自己紹介した。
ロッコは胸ポケットから一枚のカードを出して、エファインに渡した。そしてもう一枚の紙を別のポケットから出した。
「アルハトロス王国暗部本部特隊、第3隊隊長ロッコだ。よろしく」
ロッコが自分のことを紹介して、うなずいた。
「ちゃんと首都暗部本部から許可もありましたね。確認しました。はい、お返しします。ありがとうございます」
「こちらこそ」
エファインがその身分証明書をロッコに返して、うなずいた。
「ここでなんですが、どうでしょう、落ち着いたところで、一緒に甘いものを食べに行きませんか?」
ガレーが言うと、ロッコが笑って、ローズを見た。
「ローズのおやつの時間か?」
「うん」
ローズがうなずいた。
「じゃ、お言葉に甘えて、ご一緒させて頂きます」
ロッコがうなずいて、一緒にその店に向かって歩いている。
「ロッコってそんなにえらい人なの?」
「いや、俺はしたっぱだよ」
「えー?」
「ははは」
ロッコが笑った。
「ローズ様はご友人ととても仲が良さそうですね」
ガレーが言うと、ローズはうなずいた。
「すごく仲が良いんだ。ねぇ、ロッコ?」
「だね。二人で何度も死にそうになったからな」
ロッコが笑うと、ローズも笑った。
「ほう?ぜひお聞かせ下さい」
「ガレーも暗部だよ」
ローズが言うと、ロッコがガレーを見ている。
「どうも。同業者になると、警戒してしまうんだ」
「大丈夫よ」
ロッコの言葉を聞くと、ローズが言って、微笑んだ。彼らはスイーツの専門店に入り、個室を一つ借りて、いくつかのケーキや甘い物を注文した。個室があるから、かなり高そうなお店だ。エフェルガンに後で請求すると、ガレーが笑いながら言って、しっかりと領収書をもらってきた。注文した品がすべて運ばれて、ローズがウキウキとしながら甘いものを食べ始めた。
ローズはロッコがいて、とても嬉しくて仕方がない。
「ローズはなぜここにいるんだ?」
ロッコが聞いた。
「留学中だよ。今薬学を勉強しているんだ」
「この島で?何かの植物の調査でも?」
「偽薬の調査よ。エフェルガンの手伝いに来ているの」
エフェルガン、とロッコがその名前を知っている。
「そうか。文通友達の皇子様だったよね?」
「うん。ロッコこそ、なんでここにいるの?」
「任務中だ。まぁ、スズキノヤマの許可もあるから、暗部のガレー殿と護衛官のエファイン殿に言ってもかまわない」
ロッコが白湯を飲んで、ローズを見ながら話している。
「俺はある人物を追ってここまで来たんだ。その人は各地で猛獣等の召喚し、多大な被害に関わっていた人物だと分かった。一時、行方が分からなかったが、ミライヤ様から情報があって、この国のどこかにいると言われた。しかし、場所が曖昧だった。離島にいるしか情報がなかったから、片っ端から探し歩いているところだ」
ロッコがそう説明して、また白湯を飲んだ。
「名前が分かりますか?」
「魔法師ジェンだ」
その名前を聞いたローズがガレーを見て、驚いた。
「リンカたちが探している人物と同じ名前だ」
「リンカさんもいるのか?」
ロッコが聞くと、ローズがうなずいた。
「うん、二人で一緒にここに来たの」
「なら安心だ。ローズはあぶなかしいからね」
「うむ」
ロッコが笑って、うなずいた。
「ロッコ殿、後ほど我々と一緒にエフェルガン殿下を会いに来て下さいませんか?是非情報交換をしましょう」
「了解。同盟国である以上、我々は同じ敵を持っているからね。そいつはかなりの危険人物だから、スズキノヤマにいつ被害をもたらすか時間の問題だ」
「さよう」
ガレーが微笑んで、うなずいた。
「では、難しい話は後にして、美味しいお菓子を食べましょう。そうそう、先ほどの死にそうな体験をお聞かせ願いたい・・」
そう聞いたロッコが、笑い出した。
「ははは、あれか、飛行船を山に突っ込んだ話だな」
「あはは、あれはさすがに死ぬ覚悟だったわ」
「いやぁ。モルグ人の飛行船を二人で奪ってね、操縦士まで殺してしまって、操縦方法が分からず、焦った。ははは」
「ははは、本当に大変だったわ」
ロッコとローズは揃って笑った。
「ほう?お二人だけで、それを奪ったのですか?」
「そうだよ。このお嬢さんは結構あぶなかしくてね、一緒に空を飛んだらなんと敵の飛行船まで行ってしまったんだ。中に入っていたら、モルグ人が結構いたな」
「興味深い話だ」
「いやぁ、あぶなかしいも何も、状況はあれだったからな」
「何があったのですか?」
ガレーが興味深くロッコに聞いた。
「謀反があって、モルグ人も関わっていたの。スズキノヤマのと同じだったよ」
「あの時の・・殿下の誘拐事件か」
「そうだ。ただ、彼らは女王様を誘拐する前に、リンカ達に潰されたの」
「リンカさんはすごいですね」
「そうだよ、あの黒猫は結構強いよ」
ロッコがうなずいた。
「まぁ、あれこれ、俺たちがなんとか無事だった。飛行船が山に突っ込んでしまったけどね」
「うん。でも残骸はかなり残ったから、今調査中でしょう」
「だね。そう言えば、ローズ、身長伸びたね」
ロッコがそう聞くと、ローズがうなずいた。
「うん、いろいろあって、伸びてしまった」
「また戦ったのか?」
「ちょっとね」
「本当にあぶなかしいな。せめてここでおとなしくしていろよ。俺が安心して任務に行けるようにしてほしいな。あまり事件に関わらないように、後で皇子に言っとくか」
「もう遅いよ。関わってしまったんだから、今更外されても、気になって仕方がないんだ」
「ダメだ。危険すぎる」
ロッコが首を振った。
「エファイン殿、このあぶなかしいお嬢さんを、どうにかなりません?」
「どう・・と言われましても、皇帝陛下の命令である以上、我々は精一杯お守りするしかありません」
「困ったな。可能ならポケットに入れておとなしくしてもらいたいが、はぁ~」
ロッコが困った顔をして、またローズを見つめている。やはり、かわいい、と彼が思った。
「ロッコのポケットに入れないわ」
「ローズは大きくなったからな。初めて会ったときよりも、ずっと大きくなったからな」
ロッコが笑って、彼女を見ている。
「そんなに小さかったのですか?」
「そう、このぐらいだった」
ロッコは40センチぐらいの長さを両手で表した。ガレー達は驚いた。
「小さかったのですね」
ガレーが言うと、ロッコもうなずいた。
「うん、でも毎日牛乳飲んだから大きくなったよ」
「いや、ローズの身長は牛乳によるものじゃないと思う」
「え?違うの?」
「気づけよ、ローズ。あなたは激しい戦闘した後、長く眠ってしまって、必ず大きくなったんだ。だから本当はすごく体に負担が大きいと思う」
ロッコが真面目な顔して、ローズを見ている。
「だからエファイン殿、ガレー殿、できればローズにあまり激しい戦闘に関わらないようにして欲しい。お願いします。心からそう願っています」
ロッコが頭を下げた。
「精一杯守らせていただきます」
「よろしく頼む」
ガレーとエファインがうなずいた。
「む」
「まぁ、そこそこの戦闘なら良いけど。彼女は暴れ足りないと、不満がたまってしまってな、何をするか分からないほどの暴れ娘だ」
ロッコがまた微笑みながらローズを見ている。
「ほほう」
「詳しく」
エファインとガレーが同時に言った。
「むむむ」
「ローズは里の暗部本部を半壊にしたんだ。俺の机まで粉々なった。グラウンド二枚や、壁や、周囲の建物も破壊された。地面にでかい穴ができたぐらいだったな」
「もう、ロッコ、そういうのを話さないで下さい。恥ずかしいんだから」
ローズが口を尖らせて、ロッコに文句を言った。
「驚いた・・」
「すごいですね」
またエファインとガレーが同時に言って、ローズを見つめている。
「うむ」
「皇子様は知っているか?この姫はかなり凶暴であることを」
「知ってるわ。ちゃんと教えた」
「怖くないと?」
「うん。平気だって。私と喧嘩してはいけないとノートに書いたぐらい」
「すごい人だね。ますます会いに行きたいな」
ロッコが言うと、ローズも微笑みながら言った。
「あとで会わせてやるよ。彼もかなり変わった人なんだから」
「殿下を変わり者呼ばわりしているのはローズ様だけですよ」
「あ、失礼しました」
「いやいや、嬉しいです。殿下と同等に考えて、素直に接触してくださったのはローズ様だけですよ。殿下は、今までそのような相手に恵まれていませんでしたから」
ガレーの言葉を聞いたローズが複雑な顔でいた。
「殿下にとって素晴らしい縁であると思いますよ」
「うむ」
ローズがうなずいて、自分のケーキを指できれいにした。もうほとんど食べ終わったからだ。
「でも、本当に、くれぐれも、気をつけて欲しい。俺が安心して任務に集中できるためにも、ローズの安全が必要だ」
「大丈夫ですよ、ロッコ殿。我々は必ず姫をお守りするから、ご安心を」
「頼む、ガレー殿、エファイン殿」
「はい、心得ております」
ガレーがうなずいた。
「そういえば、ローズは、アルハトロスの暗部隊員の花ですよ」
「ほう?」
ガレーがまた驚いた様子でロッコを見つめている。
「え?それは知らないよ?」
ローズが首を傾げた。
「暗部隊員のために、使い捨て命の俺たちのために、唯一人泣いてくれる人だからな。俺に死んではいけないという命令までくれたんだ」
「それは・・とても美しい話だ」
ガレーは目を擦った。
「あ、申し訳ない、目にゴミが入ってしまいました」
ガレーが目をきれいにした。
「うむ・・私はただ・・皆大切な人だから。いなくなると悲しいよ。暗部だけじゃなくて、護衛官の命も大切だ。死んでしまったらやはり悲しくて仕方がない」
「ローズは優しいだからな」
ロッコが言うと、エファインたちがうなずいた。
「エファイン殿も目にゴミが入ったか?」
「あ、はい。すみません」
エファインまで目を擦った。
「うむ、ガレー、お菓子をお代わりしても良い?」
ローズが言うと、ガレーがうなずいた。
「あ、どうぞ」
ガレーがうなずくと、ロッコが自分のケーキを差し出した。
「ローズ、俺のお菓子を喰って良いよ」
「いや、ロッコの分なんだから」
「まだおなかがいっぱいだ。さっき屋台で食べたからな。全然触ってないから、大丈夫だ」
「じゃ、言葉に甘えて、食べるよ」
「どうぞ」
ロッコが微笑んで、うなずいた。
「ロッコ殿はローズ様と本当に仲がよろしいですね」
「まぁ、長いお付き合いだからな。楽しい時も、悲しい時も、ともに過ごす時間が長くて、お互いの心の支えになった」
ロッコがローズを見つめて、うなずいた。
「うん。ロッコは私の大切な友達だ。大親友だ」
「そう言ってくれると嬉しいな。で、ローズ、ほっぺにクリームを付けないで」
ロッコはローズのほっぺにかかったクリームを指で拭いて、そしてそれを自分の口に入れた。
「やはり甘いな」
「甘いもの嫌いなの?」
「まぁ、こういう甘い物は一人で食べに行くものじゃないから。あまり食べない」
「そうか」
「でも今度会う時に、ローズが甘い物が食べたいなら、一緒に食べに行こうか」
「うん」
ローズがうなずいた。
「ローズ様とロッコ殿は会う約束があるのですか?」
「あるよ。任務から無事に帰ったら、一緒に昼餉を食べる約束をした。前回はローズが料理してくれたから、次回俺がおごることになる」
ロッコがうなずいた。
「うん、私は料理が下手だったけど、ロッコは全部食べてくれたの。それに昼餉の約束があると、ロッコは簡単に死ねなくなるでしょう?絶対無事に帰ってくると信じているの」
「そうだね。俺はもう任務中に死ねなくなってしまったな。ははは」
ロッコが笑って、彼女を見つめている。
「さよう。でも良い話ですね。同じ暗部である私はローズ様のような友人に巡り会えたら、幸せだと思います」
ガレーがうなずいた。
「じゃ、ガレーも、私の友達になる?」
「そんな、恐れ多いことを」
「いや、大丈夫よ。ガレーは私に薬や簡単な治療を教えてくれたら私はガレーの友達になるわ」
ローズが笑いながら言った。
「ははは、その手できたか」
「ロッコ殿も?」
「そうだね。俺はローズに星空の話をしたな」
ロッコがそう言いながら、白湯を飲んだ。
「うん。懐かしいね」
「そうだな」
ローズが笑って、ケーキを食べた。
「あはは、殿下のこともあるから、恐れが多いので、友達ではなく、ローズ様は私の助手になれば、薬や治療のことを学ぶことができましょう。長い旅となるゆえ、しばらくともに生活している。勉強する機会がたくさんありましょう」
「うん、よろしくお願いします、先生」
「先生だなんて・・ガレーだけでよろしいのです」
「はい!」
ローズが嬉しそうにうなずいた。
「頼もしい先生に出会えて良かったな、ローズ」
「うん。ロッコが教えてくれない毒のこともたくさん教えてもらいます」
「それはやめてくれ・・」
ロッコの顔が青ざめてしまった。
「同感です」
エファインが言った。
「毒と薬は紙一重だよ!」
「ローズはあぶなかしいから、心配だ」
「うむ」
「私は毒消しを作りたい。また事前に毒を防ぐ薬も作りたい・・だって、いつでも毒味役がいると限らないもの。ロッコのような毒に詳しい暗部やガレーのような医療師がそばにいなければ、食べるのに不安な自分とお別れしたい」
ローズが言うと、ロッコとガレーがうなずいた。
「それも一理あり」
「ですな」
ガレーとロッコがうなずいた。
「でも毒になるとやはり殿下と話し合ってからの方が良いかと思う」
エファインは真剣な顔で言った。
「ですね。殿下が許すというなら、教えましょう」
「うむ、やはり直接聞いた方が良いか」
ローズが複雑な様子で聞いた。
「アルハトロスに戻ってからでも良いと思う。ローズがそんなに毒について勉強したいなら、俺が落ち着いてからでも、教えてやるよ。何年後になるか分からないけどな」
「ロッコをいつでも召喚できるなら、ここまで神経質にならないと思うけど」
「ごめんね、ローズ。仕事だから仕方がないんだ」
「うん、分かってる。だから自力でなんとかしないといけないと思う」
「その思考が正直に言うと、怖いんだ」
ロッコが真面目にそう言うと、ガレーがうなずいた。
「これも殿下に話した方が良いかもね、エファイン殿」
「そうだね。ガレー殿が一人で決めてはいけないと思う」
ガレーとエファインが言って、うなずいた。
「分かりました。後で、私からもエフェルガンに言うわ」
ローズが言うと、ガレーがうなずいた。
「そうして頂けると助かります」
ローズはロッコのケーキを食べている間に、ロッコは急に黙ってしまった。彼はずっと彼女を見ている。
「ローズ」
「ん?」
「その耳はどうした?」
ドキッ!
ガレーとエファインも急にシリアスな顔になった。
「あ、うん、ちょっと・・虫に刺されてしまった」
「ひどいか?」
「薬を塗ってあるから多分大丈夫」
「毒があるかも知れないから、診てみようか?」
「いや、大丈夫だよ。心配しなくても良いよ。大丈夫なんだから・・」
「ローズが大丈夫というなら、信じる」
「うん」
「南国の虫が怖いから、ちゃんと気をつけないとね」
「うん」
ロッコが微笑みながら、ローズを見つめている。
「特に大きな虫だと、殺すのも、ちょっと難しいからな」
「うむ、気をつけます」
ローズがうなずいた。
「虫に刺されて痛かった?」
「ううん、大丈夫。ガレーに薬を塗ってもらったから」
「そうか」
「うん」
「じゃ、食べ終わったら皇子様に挨拶をしに行こうか」
「うん」
ローズはケーキを全部食べた。
「仕事の話もしないといけないよね」
「そうだね」
ロッコが顔色を変えずに言った。
「虫対策もちゃんとしてもらわないといけない」
「虫は良いよ。気にしないで」
「俺に、ローズのことを気にしないことなど、そういう概念はない」
ロッコが優しい口調で言った。しかし、ガレーとエファインはロッコの様子が急に変わったことに気づいた。
「私は大丈夫・・」
「分かった」
「うん」
「何かあったら、すぐには無理だろうけど、俺に頼ってくれ」
「うん」
「俺たちは・・・友達だから」
「うん、ロッコは私の大切な友達だ」
「じゃ、行こうか」
「うん。ご馳走様でした」
ローズがうなずいて、手を合わせた。
「ガレー殿、エファイン殿、皇子様の所までの案内をお願いします」
「分かりました。案内致します」
ガレーとエファインはロッコの言葉の意味が分かっていたようだ、とローズは思った。だから全員があんなに緊張していた。ロッコは恐らくローズの耳のことも気づいていた。けれど、それを直接言葉にして言わなかった。
今は殺気が消えたけれど、ベテラン暗部であるガレーは察知できないロッコの殺気にかなり警戒しているのも事実である。
しかしローズは気づいていた・・。それはロッコがフェルトというもう一人の人格に、切り替わった瞬間と、再びロッコに戻った瞬間だった。