743. 襲撃の真相(6)
ジュネヴィルは素早く動いた。別の部屋にいる使用人らもダイニングルームに入って、一斉に動いて、それぞれが持っている刃物でオスダを狙っている。再び咳き込んだオスダは彼らの攻撃を防ぐことができたものの、困難になって来た。
「しゃないな・・」
さっきまで座っているロッコは立ち上がった。
「あいつを殺して、その犯人として、俺だというんだろう?」
ロッコは冷たい殺気を発した。
「風呂場の鏡で俺の姿を覗いたりして、俺が知らないとでもいうのか?」
ロッコが素早く動いて、オスダを殺そうとした使用人の服の襟を後ろからつかんで、引っ張った。
「最初はただの悪趣味かと思ったけど・・」
ロッコはその人を強く後ろへ投げ飛ばした。彼は壁にぶつかって、そのまま床の上に崩れて、ビクッとしなくなった。
「国が違ったら、いろいろな風習も違うだろうけど・・」
ロッコは素早く前に動いて、もう一人の襲撃者を素手で殴って、数メートル先に飛ばして、机にぶつかった。
「客人を、殺人の陰謀に巻き込むのは、どうかと思ってるよ!」
そしてロッコは近づいたもう一人を素早く蹴った。その人が壁にぶつかって、そのまま崩れて、びくっと動かなくなった。
「動けるか、オスダ様?」
「あ、ああ」
オスダはふらつきながら、立ち上がった。
「こいつらは全員あんたの使用人なんだけど、どうする?殺す?生かす?」
ロッコが聞くと、オスダが口を袖で拭きながら考え込んだ。
「当主である私を殺そうとする真相も知りたいから、一人だけ生かせば良い」
「分かった。生きるのは誰にする?俺はあんたの家のことは知らんから、指で教えて」
そう聞いたオスダがうなずいた。
「あの人、扉の近くにいる人を、殺さないでくれ」
「分かった。あんたはここにいて、生き延びてくれよ!」
「かたじけない。おえー!」
オスダはまた吐いた。一度吐いたからか、口から出ていたのは胃液だけだった。けれど、その後、血まで吐いてしまった。
彼は重傷だ、とロッコは振り向いて思った。けれど、この時点でも、ロッコは自分の変化を解きたくない。
ロッコが素早くオスダを引っ張り出して、ダイニングルームの端っこに座らせた。そしてロッコが床に落ちているフォークとナイフを素早く取って、投げた。そのフォークとナイフが二人の使用人らに命中して、そのまま二人が絶命した。ロッコがそれだけで止まらず、そのまま飛び込んで、ジュネヴィルを素早く攻撃した。急に攻撃を受けたジュネヴィルが必死に抵抗したものの、ロッコの一蹴りで彼の抵抗がむなしく終わった。そしてロッコは最後の一人、オスダが殺すなと言う使用人に向かったところで、オスダが倒れた。
「オスダ様!」
ロッコが気を取られた瞬間に、その使用人が素早く部屋から出て行った。
ロッコが素早く倒れたオスダの容態を確認した。まだ生きている。けれど、状況が良くない、とロッコが思った。
『さっきの男を捕まえろ、ケルズ。そしてここへ連れて来い!』
ロッコが命じると、どこからか現れたケルズが素早く走って、外へ出て行った。ロッコが素早くオスダをひっくり返して、胃の中身を吐かせた。
この様子だと、彼は長い間このサルシナ葉っぱの毒に犯された、とロッコは思った。実に計画的な犯罪だ。
けれど、オスダは敵国の剣士だ。敵が一人減ったことで、ロッコにとって都合が良い話だ。
「どうしよう・・参ったな」
ロッコがため息ついた。扉の向こうからケルズが戻って来た姿が見えた。ケルズの口に傷だらけの男性がいて、乱暴に引っ張られてきた。逃げた使用人だ、とロッコはケルズを見て、うなずいた。男性が生きているけれど、意識がない。男性の手が変な方向に折れ曲がっている。恐らくケルズの攻撃を受けた時にできた怪我だろう、とロッコは思った。
『そこに置いて、ケルズ。良くやった』
ロッコが微笑んでケルズを見た。ケルズがロッコの手に頭を擦ってから、消えた。ロッコはその使用人が自害しないように、ダイニングシートを裂いてその男性の口に詰め込んで縛った。
ロッコが周囲を確認してから、ポケットから解毒剤を出して、オスダに飲ました。そして彼が床に落ちたカバンを拾った。遺体だらけのダイニングルームからオスダを別の所へ移動させる必要がある、とロッコは思って、そのままオスダを外へ運んだ。
「ここなら良いか」
ロッコはオスダをリビングに寝かした。今オスダを部屋に寝かしたら、リスクが高いとロッコは思った。
ロッコは部屋を出て行って、周囲を確認した。ほとんど人がいない。不気味なぐらい、この大きな屋敷の中に人がいない。厨房も空っぽだ。まだ温かい料理が並んでいるけれど、人が誰一人もいない。ロッコが別の部屋に入って、周囲を見渡した。
広い寝室だ。自分が泊まった部屋に似ているから、客用だろう、とロッコは思った。けれども、その部屋が長い間使われる形跡がない。やはり週に二日しかいない当主だからか、部屋もかなり放置された様子だった。ロッコが棚を開けると、きれいな布が何枚かあった。ロッコはその布を数枚取って、再び部屋に戻った。
オスダの体に布をかけてから、ロッコが再びダイニングルームに戻って先ほどの男を引っ張って、リビングにつれて行った。彼を適当に置いてから、ロッコが再びダイニングルームへ戻って、使用人らの遺体をまとめた。壁にぶつかった人が死亡した。最初に襟をつかんだあの使用人も死亡した。フォークに刺さって死亡したのは料理人だった。ナイフに刺さった死亡したのは昨夜の馬車の運転手だった。ジュネヴィルを始め、ロッコと戦って死亡した数名もこの屋敷の使用人らしい格好している。
ロッコがジュネヴィルに術をかけると、もう死んだはずのジュネヴィルの目は開いた。
「あんたに依頼したのは誰だ?」
「エルザ・マイヤー」
「その人は何者だ?」
「宰相」
死んだはずのジュネヴィルはそう答えた。
「宰相はなぜガーランド家に目を付けた?」
「権力争い」
「宰相とガーランド家が争っているの?」
「いいえ」
ジュネヴィルが否定した。
「エルザ・マイヤーは、オスダ・ガーランドの伯父・・」
「伯父なのに、甥っ子の財産を狙うのがおかしいだろう」
「オスダ・ガーランドは・・言うこと・・」
ジュネヴィルの動きが止まった。ロッコが彼を見て、ため息ついた。
「もう限界か」
ロッコがもう動かなくなったジュネヴィルを見ている。その体がもう硬くなったから、動けなくなった。人が死ぬと、時間を少し経つと、体が硬くなってしまう。ロッコの術は人が死んでかたくなってしまったら、発動停止になってしまう。
「あと一つだったのにな」
ロッコが立ち上がって、再びリビングに入った。オスダがまだ気を失って、眠ったままだった。
『出でよ、地獄の門番、マルズ』
ロッコが命じると、足下に二つの目が現れた。
『この部屋は誰一人も出入りができないようにせよ。そして彼が起きたら、知らせてくれ』
『御意』
ロッコの足下の影に現れた目から不思議な声が聞こえた。そしてロッコがそのまま消えた。
現れたのはエトゥレがいるエインハイム公爵の屋敷だ。ロッコが現れると、一人で鳥籠の中に閉じ込められたエトゥレが嬉しそうにうなずいた。
「行くよ」
「ホー、ホー」
ロッコはその鳥籠に手を触れた。鍵が外れて扉が開くと、エトゥレがすぐさまロッコへ向かって飛んで行った。
「報告すべきことは?」
「昨日と大した変わりませんので、報告もありません」
「分かった。ここで押さえたい者はいるか?」
「いません」
「なら、行くよ」
「はい」
ロッコとエトゥレがその部屋から消えた。現れた先は地獄の神殿だった。
「ここは・・」
「地獄だ」
ロッコが短く答えた。エトゥレは変化を解いて、人の姿に戻った。
「これから先は、ファリズ殿がいる」
「はい」
「彼がこの国の王を聞き取りの最中だけどよ、王はそれなりの覚悟だから、以外と結構しぶといと思う。だからあんたが彼を手伝ってくれ。何か分かったら、早速里に戻って、親方様とあんたの皇帝に連絡してな」
「ロッコ殿はこれから何処へ?」
「ちょっとやるべきことがあってね、俺に構わず、ことを進めてくれ。あとレネッタのエッゼルという野郎もササノハから情報を持って来てくれると思うから、その情報を合わせて、行動してくれな」
ロッコが柔らかい口調で、微笑みながら言った。けれど、エトゥレの顔に不安があった。万が一、彼が情報を読み間違ってしまったら、スズキノヤマにとって、大きな損失となる。
「あんたは大国の暗部長官だ、エトゥレ殿。自信を持って、しっかりしろよ」
ロッコがエトゥレの不安を理解したかのように、微笑みながら言った。エトゥレがうなずいた。
「そうですね」
「じゃ、行け。この道をまっすぐに行くんだ。ファリズ殿の名前を言えば、案内してくれる者がいる。見た目はともかく、あれはファリズ殿の忠実なしもべ達だ」
「はい!では、失礼します!」
エトゥレはうなずいて、敬礼した。そしてロッコが見せた方向へ走った。途中で彼が足を止めて振り向いたけれど、ロッコの姿はもうどこにもない。
不思議な人だ、とエトゥレはしばらく考えた。けれども、彼も分かっている。ずっとロッコに甘えてもらう訳にはいかない。そもそもロッコはアルハトロスの者だ。彼が協力してくれたのは、事件が里で起きたからだ。そして、襲われたのは彼が昔からずっと守っているローズだからだ。エトゥレが息を整えて、大きな声でファリズの名前を叫んだ。すると、一人の半透明の者が現れて、エトゥレに道案内した。
エトゥレを回収したロッコが再びガーランド家の屋敷へ戻った。ロッコが現れると、地獄の門番であるマルスがロッコの影に目を開いた。
『先ほど複数の男らが現れました』
『ふ~む。で?』
『全員、眠らせました。隣の部屋でまとめました』
『ご苦労だった』
ロッコがうなずいた。
『全員の手と足を縛ったか?』
『はい』
『引き続き、この部屋に誰一人も通すな』
『御意』
マルズが目を閉じて、消えた。ロッコがソファの上でまだ横たわっているオスダを見て、ため息ついた。
「本当に、俺って何をやってるんだ」
ロッコは眠っているオスダを見てから、マルズが倒した「侵入者」がいる部屋に入った。
「おい、起きろ!」
ロッコが乱暴に横たわった男のおなかを蹴った。その男が目を覚まして、ロッコを見ている。
「誰だ、お前は?」
「誰だって良いだろう?」
ロッコがしゃがんで、彼を見ている。
「なぁ、あんたはなぜここに来た?」
「・・・」
「いい加減に答えてよ。俺は忙しいんだから」
ロッコがため息ついた。彼がそのまま手でその男の頭を地面に付けた。
「一度しか言わねぇ。あんたはなぜここに来てんだ?」
「・・・」
その男は急にだんまり混んだ。ロッコもだんまり混んで、彼を見ている。そして次の瞬間、ロッコの手が紫色になったと同時に、男の悲鳴が部屋中に響いた。
「はぁ、はぁ、言う、言うから、・・」
男が途轍もない痛みを耐えながら言った。彼の目から涙が流れている。
「で?」
「命令を受けたんだ」
「誰から?」
「依頼者・・」
「あんたの依頼者は誰だ?」
「コルザ様・・」
「そいつは何者だ?」
ロッコが聞くと、その男がためらった。しばらく彼がだんまりすると、ロッコの手がまた光った。
「痛い!アアアアアアアアアアア!痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!言う、言うから・・」
「で、そいつは何者だ?」
ロッコは冷たい声で聞いた。
「宰相の、・・彼は、宰相の娘と結婚した人・・」
「ふ~ん」
また宰相か、とロッコが思った。
「宰相はなんでオスダを殺したがるんだ?」
「お前、知らないのか?」
「ん?何が?」
「宰相は、ガーランド卿を・・」
「じれったい。さっさと言え!」
「はぁ、はぁ、分かった。分かったよ」
その男がロッコを見て、うなずいた。
「ガーランド卿は、宰相様からの、縁談を、断った」
「へ?縁談を断っただけで殺すっていうのか?」
「俺も、なぜそうなったか、分からん・・。はぁ、はぁ、だが、俺らの仕事は、ガーランド卿を殺すためではない、信じてくれ、はぁ、はぁ、ガーランド卿を殺した執事らを、殺すためだった」
「ほう」
ロッコが彼の言葉に耳を傾けた。宰相が執事のジュネヴィルにオスダを殺すように命じたと同時に、これらの男達にもジュネヴィルらを殺すようにと命じた。
徹底されている計画だ。
「あんたは正規の剣士か?」
「いや」
彼は目を閉じた。
「この仕事を終えたら、正式に、剣士にする、と・・」
「あんたは本当にバカだねぇ」
「何でも言え、・・俺たちは、仕事が欲しい。剣士にしてくれるなら、やる・・、と思って・・」
「暗殺を頼んだ相手を殺すほどの奴が信用できねぇよ。あんたらも、この仕事を終えたら、奴に殺されると思うよ」
ロッコが呆れて手を離した。
「そう、なのか・・?」
「悪いことを言わんけど、その計画を忘れた方が良いと思うよ。剣士になりたけりゃ、正式な道があると思うから、こういう近道に頼らない方が良い」
「俺に、生きる機会を与えてくれるのか?」
「あんたは生きたいというなら、ね」
「生きたい」
男が急に泣いた。
「俺は、まだ3歳の娘がいる」
「そんな娘がいるのに、なんでこんな仕事をやってんだ?」
男は何も答えず、ただ泣いただけだった。恐怖と痛みよりも、彼は自分がどれほど情けないことが知らされたからだ。ロッコは彼を見て、彼の頭から手を離した。
「あんたの仲間達も同じか?」
「はい」
彼がうなずいた。あの痛みから解放されたからか、彼がとてもホッとした様子だった。
「聞いたと思うが、あなたは何者だ?」
「何者でも良いだろう?」
ロッコが即答した。
「あんたらは俺のことを知らない方が良い。いや、この会話ですら、忘れてもらおう。生きたけりゃ、俺のことを思いだそうとしない方が良い」
ロッコが立ち上がって、床に転がっている彼らを見ている。
『マルズ、彼らをこの周囲の森に捨てな。ここで起きた出来事を記憶から消せ』
『御意』
ロッコの影にある目玉が閉じた瞬間、明るい光が現れて、男らを呑み込んだ。男らが光に呑まれて、消えた。
ロッコが誰もいなくなった部屋から再びリビングに戻ると、オスダは頭を抱えて起きようとした。
「もう起きるか、オスダ様」
「あ、ああ」
ロッコがオスダの体を支えて、ソファのクッションをオスダの背中に置いた。
「ありがとう」
「良いってことよ」
ロッコが微笑みながらオスダの頭を触って、熱を確認した。熱が少しある、と。
「エムル殿がずっとここで?」
「そうだよ。オスダ様が倒れたから、一人にするわけにはいかないと思ってな、ここにいる」
「様はやめてくれ。エムル殿は私の恩人だ」
「そう?」
ロッコが笑った。
「解毒剤を飲ました。緊急事態だから、俺がこの屋敷の外へ移動するわけにはいかない。医療師を呼ぶ余裕もなかったし、解毒が効くまで待つしかできない」
ロッコが机の上にある白湯をコップに注いで、少し飲んでからオスダに差し出した。毒はない、とロッコは言った。
「ありがとう。貴重な解毒まで使わせてしまった・・、本当にありがとう」
「良いって。旅先で何があるか分からないから、いつも用心して持って来た物だけだし。けどよ、あとで医療師に診てもらってな。あんたは結構重症そうだったから」
「本当に、何から何まで、礼を申す」
オスダはうなずいて、ロッコが差し出した白湯を受け取って、ゆっくりと飲んだ。吐きすぎたためか、喉の痛みを感じた。けれど、このぐらいなら平気だ、とオスダは思った。それよりも、オスダは床に転がっている家臣の一人を見て、ため息ついた。
「あいつか?」
「ああ」
ロッコがオスダの視線に気づいて、聞いた。
「生きているよ。あんたの希望通り、そいつだけを生かしてやったさ」
「貴殿はすごいよ、エムル殿」
「全然」
ロッコは軽く笑った。
「旅をするとね、時に山賊に襲われるんだ。身を守る程度ぐらいならできるけど、それ以上の相手になると、さすがにやべぇと思うよ」
「そうだな」
「だから俺が外に出て、助けを呼ぶよりも、あんたが目を覚ますまでここにいた方が良いと思った。それに、俺はこの国のことどころか、町のことでさえ分からねぇ。迷子になる可能性もあるけど、下手したら俺が犯人にされっちゃ、たまらないよ」
ロッコが苦笑いながら言うと、オスダは微笑んで、うなずいた。
「案内しようと思ったが、こんなことになるなんて・・、本当に申し訳ない」
「良いってよ」
ロッコが微笑んだ。
「これも旅さ。俺にとって、きっと忘れることができない旅になるだろう」
「そうか。改めて、礼を申す」
オスダが頭を下げた。
「警備隊を呼びたい」
「良いけどさ、その前に、こいつから事情を聞いてみるのもありだよ」
ロッコが立ち上がって、横たわっている使用人を軽く蹴った。
「おい、起きろ!」
ロッコが言うと、その使用人がゆっくりと動いた。
「ううう」
「ほれ、あんたのご主人様だよ」
ロッコが彼の頭をソファに座っているオスダに向けさせた。
「ひぃ!」
その使用人が震えて、オスダを見ている。
「なんであんたらが彼を襲ったか、素直に吐きな。何もかも」
ロッコが言うと、その使用人は首を振った。けれど、次の瞬間、ロッコが彼の腕をひねて、折った。使用人が痛みを満ちた声で大きく叫んだ。
「だから正直に言いなと言ったよ。あんたは、自分の主人を殺そうとしたんだから、その理由を分かりやすく説明しろよ。なぜ自分があんたに殺さなければならないのかってね」
ロッコが言うと、使用人が泣きながら痛みを堪えている。そして彼の口からいろいろな真実が語られた。オスダが信じられない様子で、その使用人の言葉に耳を傾けた。
「なぜ、エルザ・マイヤー様が、私を殺したい・・?」
「ガーランド様が縁談を断ったからです・・」
使用人がうつむきながら答えた。
「イミルカヤ様との縁談が破談したことが原因か・・」
オスダはため息ついた。
「そのイミルカヤ様ってのは?」
ロッコが聞くと、オスダはまたため息ついた。
「この国の姫だ。第三王妃が産んだ第一姫だ」
「姫なら、縁談を願えば、男が寄ってくるだろうが・・。彼女があんたと結ばなくても、十分もてると思うけど」
政略結婚だから、どの貴族でも喉から手が出るほどだ、とロッコが言うと、オスダがうなずいた。
「確かに・・」
オスダが少し考え込んでから言った。
「私と結ばないといけない理由はどこにもないと思う」
「だろう?」
「ああ」
オスダはまたうなずいた。
「けどな、あんたを殺そうとした宰相も甘く見てはいけない。一度あんたを殺そうとしたのだから、失敗と分かったら、また次の攻撃が来るだろう」
「それは困る。宰相エルザ・マイヤーは私の伯父だ。母の兄なんだ」
「じゃ、なんで伯父が甥っ子を殺そうとしたんだ?縁談が原因なら、なおさら理解できない」
「私も分からない」
オスダがため息ついた。
「エムル殿、一つ尋ねたい。あのサルシナ葉っぱの毒は、一度に服用すると、効果がないのか?」
オスダが聞いた。
「効かないというよりか、あれは苦いから、普通の人でもすぐに分かる。だからその苦みにばれないように、毒はお茶に混ぜて少しずつ使う。ようするに、時間をかけて殺すのが一般的なやり方だ。最後の一滴まで、毒がずっと体内に蓄積されて、じわじわと内蔵を破壊するんだ」
「エムル殿が毒に詳しい」
「あれぐらいは一般常識だ」
「そうなのか?」
「あんたが知らないだけだ。世界は広いよ」
ロッコはごまかして言った。
「やはり国が違うと、常識も違う。残念ながら、ここでは、そのようなことが一般的に知られていない」
オスダがロッコを見て、まっすぐに言った。
「毒の知識を持っているエムル殿と出会って、天がまだ私を見捨てていないようだ。改めて、感謝する」
「良いって」
ロッコが微笑んだ。
「なぁ、オスダ殿」
「はい」
「なんであんたがあの姫様との縁談を断った?もし構わなければ、その訳を聞かせて」
ロッコが聞くと、オスダは少し考え込んだ。
「個人的な理由でね」
オスダは小さな声で答えた。
「彼女は私の好みではない。ついでに言うと、彼女は別の人を愛していると聞いた」
「へぇ~。じゃ、なんで彼女が好きな男と結婚しなかった?」
「結婚できないからだ」
「と言うと?」
「その男が別の女性と結婚するからだ」
「ややこしい。婚約者がいるか」
はい、とオスダがうなずくと、ロッコはため息ついた。
「男が婚約者を選んだの?」
「どうなんだろう・・。婚約者がいると言いながら、姫と密会したと聞いた」
「ますますややこしい。姫を選ぶなら、その男が婚約破棄すれば良いじゃねぇか」
「私もそう思うが、残念ながら、この辺りの国々では正当な理由がなければ、婚約破棄や離婚が認められない」
「本当にややこしい」
ロッコが言うと、オスダは苦笑いした。
「その男が姫と結婚して、姫を第一夫人にすれば良い、と私がそのように申し上げたことを気に入らなかったらしい」
「へぇ。それであんたと姫の縁談が破談したわけ?」
「はい」
オスダがうなずいた。
「ふむ。で、宰相の家族構成を確認したいけど、良いか?兄弟とか、子どもとか」
「ああ、構わない。宰相は5人の兄弟がいて、一番上は今の宰相で、子どもは二人いる。二番目は長女で、国王陛下とご結婚なさって、第三王妃だ。つまりあの姫の母は宰相の妹君だった」
「ふむふむ」
「三番目の子どもは次男で、貿易をやっている。次は次女で、アドナン家に嫁いだ。一番下は私の母で、ガーランド家に嫁いだ」
「そうなると、姫とあんたは従兄弟同士じゃねぇか」
「はい」
オスダがうなずいた。
「従兄弟同士の結婚はここだと普通なの?」
「はい」
オスダがうなずいた。
「じゃ、姫とその男の恋は、公になってはいけなかったのか?」
「そうかもしれない。私が縁談を断った理由としてうっかりと申し上げたことを、伯父の逆鱗に触れただろう」
「ふむ」
ロッコが考え込んだ。
「その相手は誰なんだ?」
「エルムンド王国、第二王子、サマルディ王子だ」




