741. 襲撃の真相(4)
東にある港町。
穏やかな風で、海に恵まれている町だ。海からは魚介だけではなく、真珠も採れる。そして賑やかな貿易で、町だけではなく、国全体も豊かになった。一言で言うと、とても恵まれている場所である。
そのような豊かな国が、なぜアルハトロスで問題を起こした?しかも、その相手はスズキノヤマ・・。いくらなんでも、バカな人でさえ分かっている。おとなしい猛獣であっても、猛獣は猛獣だ。そして世界一大国であるスズキノヤマはその猛獣に例えされるほど、当てはまっている。刺激を与えるのは、賢いことではない。
しかし、この国の王はこのことを承知の上で、ガムルとイズミルをズルグンを殺すことを命じた。けれども、あの二人はローズへの攻撃について、否定した。
では、ローズへの攻撃とズルグンへの攻撃は無関係だったのか?
あの二人が否定しても、実際に青竹屋敷を攻撃した者たちは、シルマの星というササノハの暗殺者ギルドだったことも、ロッコは分かっている。
では、この国とシルマの星との関わりは何だったか、とロッコは手にした酒が入っているグラスを見ながら考えた。
「隣、開いているか?」
「あ、どうぞ」
ロッコに声をかけたのは大きな男だった。この飲み屋が混み合っているから、どうやら開いている席がなかなかなかった。
「ありがとう」
その男はロッコの隣で座って、店員に何かを注文した。店員がうなずいて、厨房に向かった。
「まさか今日はこんなに混んでいるなんて・・」
その男が言うと、ロッコは視線を彼に移した。
「普段はこんなに混んでいないのか?」
「おや?」
ロッコの質問に、逆にその男が首を傾げた。
「お主はここの人ではないな?」
「あんたは?」
「あ、これは失礼。私はオスダ・ガーランドだ。ここの常連だ」
「エムル・ダルシ、商人だ」
その男が自己紹介すると、ロッコがグラスを置いて、うなずいた。
「ガーランド様は何をなさっている方?」
「オスダと呼んで下さい。私は剣士だ。週に二日が休みだから、その度にここへ来ている」
「ほう?何か名物料理とかあるんですか?」
「名物か・・」
彼は考えながら料理を運んで来た店員を見ている。
「名物かどうか分からないが、私はここのラーメンが好きだ。ありがとう」
「どうぞ、ごゆっくり」
店員が丁寧に頭を下げて、他の客の呼びかけに応じた。
「これでね、うまいんでね・・」
オスダは嬉しそうにラーメンを嗅いで、食べ始めた。
「確かにうまそうだ。欲しくなったな。おいー!俺もラーメンをくれ!あと、葡萄酒をもう一本を追加!」
「はい!」
先ほどの店員が嬉しそうにうなずいた。そしてその店員がまた厨房へ走った。
「賑やかだね」
「そうですね」
ロッコが残った葡萄酒をグラスに注いで、周囲を見渡した。
「良くこの町に商売を?」
「いや、今回は初めてだ」
「へぇ、どこから?」
「イワノクニだ」
「遠いな」
「ははは、そうだね」
「何を売りに?」
「糸だった。まぁ、糸を売るついでだったからね。目的はこの町の珍しい物を調べて、いくつか買うつもりだ」
ロッコが葡萄酒を飲みながら言った。
「珍しい物か。ここにいると、すべてが当たり前に感じた。以外と、他国にとって何が珍しいかが分からない」
「ははは、そうだね。だから俺のような商人が必要だろう?」
ロッコが笑うと、オスダも笑って、美味しそうにラーメンを食べている。
「お待たせ致しました!」
店員は一杯のラーメンと葡萄酒の瓶をロッコの前に置いた。
「ありがとう」
「どうぞ、ごゆっくり!」
店員が頭を下げて、また他の客の方へ行った。忙しい店だ、とロッコが店の様子を見てから、レンゲでラーメンのスープを味見した。
「本当だ。これはうまい!」
「ははは、言った通りだろう?」
「ああ!感謝するよ」
ロッコが食べ始めた。隣に座っているオスダが食べ終えて、ゆっくりと酒を楽しんでいる。
「オスダじゃないか?休みか?」
「ちょうどこれから休みだ」
一人の男がオスダに声をかけると、オスダが快くその人の話を応じた。
「隣は?」
その男がラーメンを食べているロッコに気づいた。
「エムル・ダルシ殿だ。イワノクニから来た商人だ」
「どうも」
ロッコがうなずいた。
「エムル・ダルシだ」
「ジャレン・シャーウッドだ。こいつの友だ」
その男が自己紹介をして、店員に何かを注文した。
「ここで座っても良いか?」
「構わんよ」
ジャレンが聞くと、ロッコがにっこりと微笑んで、ラーメンに付いている肉を食べた。うまい、とロッコは思った。店員が来て、お酒を持って、ジャレンの前に置いた。店員がまたどこかへ行くと、ジャレンが小さな声でラーメンを食べ終えたオスダに声をまたかけた。
「ところでオスダ、聞いたか?」
「何を?」
「ガムルが行方不明ってさ」
「へ?」
オスダが驚いた顔でジャレンを見ている。
「本当か?」
「ああ。今朝、暗部が来て、事情を尋ねてきたんだ」
ジャレンは周囲を気にしながら小さな声で言った。
「女のところに行った、という可能性は?」
「俺もそう聞いたらしい。なんかね、女のところで行方が分からなくなったらしい」
「他の女のところへ行ったとか?」
「まぁ、その可能性はある」
ジャレンがうなずいた。店員はジャレンが注文した料理を運んで来た。どうやら彼もまたラーメンを頼んだ。
「でね、おかしなことが起きたんだ」
ジャレンがまたひそひそと小さな声でオスダに言った。オスダが酒を飲みながらうなずいた。
「ガムルの女の住まいに向かったイズミル様も消えたらしい」
「へ?!」
オスダが驚きを隠せなかった。
「なんで?」
「分からん。彼の馬車が消えたんだ。護衛官らが全員、気を失った状態で発見された。全員、何も覚えていなかったらしい」
ジャレンが言うと、オスダが大きな目で彼を見ている。
「大変じゃないですか?」
「俺もそう思った」
ただの事件ではない、とジャレンはまた小さな声で言った。
「このことはもう公になったのか?」
「そんなことはあるわけないだろう?魔法省が情報を遮断しているに決まっている」
「だろうな」
オスダがうなずいた。
「それに、上からの圧力もあったらしい」
「上からか。それじゃ、仕方がない」
「ああ」
オスダが言うと、ジャレンはうなずいた。
「だが、本当は何が起きているのか?」
「俺も良く分からない」
「ガムルは複数の女と関係があるのは知っている。宮殿の剣士らが、彼を嫌った人も結構いる」
「まぁ、彼は顔が良いからな」
ジャレンがうなずいて、またラーメンを食べた。
「だが、任務の後に消えただけなら問題ないが、あのイズミル様まで行方不明したから、不気味としか言えない」
「普通にあり得ない。イズミル様は国の英雄だぞ?それに彼は確か来月結婚するんじゃないか」
「どうなっているんだ・・?」
「俺も分からない」
オスダが言うと、ジャレンは首を振って、ラーメンのスープを飲み干した。ロッコが酒を楽しみながら、時に店員につまみを注文したりして、さりげなく彼らの話を聞いている。
結局、彼らもイズミルとガムルの失踪について何も分かっていなかった。ロッコはそう聞きながら、再び空になったグラスに葡萄酒を注いだ。
「そういえば、エムル殿は今夜どこに泊まるか?」
ジャレンがふっと気がついて、ロッコに聞いた。
「この近くの宿を探そうと思う」
ロッコは微笑みながら店員が持って来たつまみを食べながら答えた。
「まだ宿を取ってないのか?」
「ええ、まだだよ」
ロッコがうなずいた。
「なら私の家に泊まって下さい。部屋ならたくさんあるから、一人ぐらいなら問題ない。宿賃も要らない」
「そうだな、オスダ殿の家に泊まれば良い」
オスダが言うと、ジャレンがうなずいた。
「ありがたいお誘いだけど、家の者は嫌がるだろう。見知らぬ人が家に入れるとか・・」
「家の者か・・、まぁ、掃除する人がいるが、別に問題ない」
オスダが笑って、自分のグラスに入った酒を飲み干した。
「それに、エムル殿が飲み過ぎたと見た。酔っ払うと、強盗に遭ってしまったら大変だ。せっかくこの町に来て、危険な目に遭って欲しくないんだ」
オスダが言うと、ジャレンもうなずいた。
「この町って、そんなに物騒なの?」
「港町だから、海外からの船乗り員も結構いる。だから気を付けないといけない」
オスダが言うと、ジャレンもまたうなずいた。
「オスダに甘えてもらって下され、エムル殿」
ジャレンが微笑んでうなずいた。
「それに、オスダは王家剣士団の剣士だ。信じられると思うぞ」
「分かった」
ロッコがうなずいて、少しゆら~っと立ち上がった。オスダは慌ててロッコの背中に手を回して、彼を支えた。
「ほら、もうかなり酔っているだろう」
「すまん、すまん」
ロッコがうなずいた。
「この町の料理が美味だったから、つい飲み過ぎてしまった」
「ははは、そうだろう。アーチバルド料理は世界一うまいからな」
アーチバルド、とロッコがその名前を記憶した。それはこの町か国の名前だ。
「では、お言葉に甘えて、泊まらせて下さい、オスダ殿」
「良いとも」
オスダはうなずいた。ロッコがふらふらしながら、支払いを済まそうとした。けれど、ジャレンは先に払った。
「なんだか悪い気がして・・」
ロッコが戸惑いながら手を振ったジャレンを見た。そしてロッコが頭を下げると、オスダは笑った。
「高い物ではないし、問題ないだよ。ジャレンは陛下の近衛だからね。それなりに給料が大きい」
オスダが言うと、ロッコは瞬いた。場合によって、彼はジャレンを殺さなければならないかもしれない。
「では、帰りましょう。私の馬車は向こうにあるのだが、エムル殿の馬車は?」
「ない。俺は乗り合いでここに来たんだ」
「すごいだね」
「少しでも節約するためだ。俺は世界中の珍しい物を集めて、売りたいんだ」
「ははは、そうか」
オスダが不思議な目でふらふらしているロッコを見て微笑んだ。
「では、私の馬車を乗ろう」
「お世話になります」
ロッコが言うと、オスダがうなずいて、手を上げた。すると、駐車していた一つの馬車が動き出した。
「でっけぇ・・」
ロッコが言うと、オスダは笑った。
「古い建物だよ。親が残した建物だ」
馬車が彼らの前に止まって、運転手が急いで扉を開けた。
「どうぞ」
「お邪魔します」
ロッコが言うと、オスダが笑ってうなずいた。ロッコとオスダが馬車に乗り込むと、馬車がゆっくりと夜の町に走った。
「この町と貴殿が過ごした国とやはり違うのか?」
オスダは窓の外を見つめているロッコに声をかけた。
「全然違う」
ロッコがうなずいた。
「ここは、何というか、うーん、大きな町なんだけど、のんびりしている、って感じだね」
ロッコの答えを聞いたオスダが驚きを隠せなかった。
「これでものんびりというのか?」
「俺の目で、そう見えた」
「これ以上に騒がしい町があるというのか?」
「もちらんあるよ」
ロッコが微笑んだ。
「世界は広いよ、オスダ殿」
「そうか。いつか世界を旅したい」
「ぜひそうして下さい。そうなれば、自分が住んでいる場所がどれほど恵まれているか、分かると思う」
ロッコがにっこりと微笑んだ。馬車が止まって、運転手が扉を開けると、オスダが微笑んだ。
「着いた。どうぞ」
オスダが降りると、ロッコも降りた。そこに見えたのはとても大きな屋敷だった。
「でっけぇ・・」
「ははは、まぁ、こんな感じの屋敷だけど、住む人が私と数名の使用人だけでね、無駄に広いんだ」
オスダがにっこりと微笑みながら言った。二人は広い居間に入ると、一人の年老いた男性がいる。
「お帰りなさいませ、オスダ様」
「ただいま、ジュネヴィル」
「あちらのお方は?」
「私の飲み仲間だ。彼はイワノクニから来た商人のエムル・ダルシだ」
オスダがロッコを紹介すると、ロッコは丁寧にうなずいた。
「ジュネヴィルでございます。どうぞよろしくお願いします」
「エムル・ダルシ。こちらこそ、よろしく」
ロッコが軽く自己紹介した。
「ダルシ様は今夜ここでお泊まりですか?」
「そうだ。今日はちょっと彼が飲み過ぎたから、強盗に遭うと困る。せっかくこの国に来たのだから、安心して過ごして欲しい」
オスダがうなずいた。
「かしこまりました。では、部屋をご用意致しますので、少しお待ち頂けますか?」
ジュネヴィルが言うと、オスダは微笑んで、うなずいた。
「問題ない。エムル殿、待っている間に少し貴殿の国のお話を聞かせてくれますか?」
「喜んで」
ロッコがにっこりと微笑んで、うなずいた。そして彼はオスダの隣で彼に付いて行った。
広いリビングルームだ。とても感じが良い部屋で落ち着いた雰囲気の部屋だった。オスダとロッコが座って、しばらく和やかな雰囲気で二人が会話した。しばらくイワノクニにいたから、イワノクニの生活が大体分かって、良かったとロッコが思った。
でないと、ばれる。
意外とオスダがとても鋭くて、細かいことまで聞いた。
「失礼致します。ダルシ様のお部屋の準備ができました」
ジュネヴィルは部屋の中に入って、知らせに行った。
「分かった。ありがとう、ジュネヴィル」
オスダがうなずいて、目の前でお酒を飲んでいるロッコを見ている。
「と言うわけで、俺はこれで休もう。オスダ殿は?」
「私はまだしばらくここにいよう」
「じゃ、お休みなさい」
「ああ、お休み。また明日」
 
ロッコはグラスに残った酒を飲み干してから、立ち上がって、オスダに頭を下げて、ジュネヴィルと一緒に自分の部屋に向かった。
「とても大きな屋敷だね」
「はい」
ジュネヴィルがにっこりと微笑んでうなずいた。
「オスダ殿って、貴族なのか?」
ロッコが聞くと、ジュネヴィルが一瞬驚いた。けれど、彼はまたにっこりと微笑んだ。
「はい。第57代のガーランド男爵家の当主であらせられます」
「あちゃ~、知らなかった。さっきからずっと庶民の言葉ばかりで会話した」
「ははは、問題ございません。当主様はとてもお優しい方ですから、そのぐらいは問題になりません」
ジュネヴィルが微笑んでうなずいた。
「こちらでございます。寝間着は寝台の上でご用意致しました」
「ありがとう」
ジュネヴィルが扉を開けると、そこはとても豪華な部屋だった。
「部屋、間違っていねぇか?」
「いいえ、客人であるダルシ様は今夜ここでお過ごしになります」
「・・・」
ロッコが無言で部屋に入って、周囲を見渡した。いくら何でも、豪華すぎる。
「一つ聞いても良いか?」
「はい」
ジュネヴィルがうなずいた。
「オスダ、あ、ガーランド様がこの屋敷でお一人で?」
「私どもを計算しなければ、はい、ガーランド様はお一人でございます」
「嫁さんはいねぇのか?」
「今の所、いらっしゃいません。ご両親も、ガーランド様が幼いころ、事故でお亡くなりになりました」
「そうか。だからか・・」
ロッコが言うと、ジュネヴィルは首を傾げた。
「何かお気づきでしょうか?」
「あ、いや。ただ俺の家族の話を聞いた時に、彼がとても寂しそうだった」
「そうでございますか」
ジュネヴィルは微笑んで、ロッコを見ている。
「じゃ、ありがとう。お休みなさい」
「お休みなさいませ」
ジュネヴィルが丁寧に頭を下げて、扉を閉めた。一人になったロッコが風呂場に入って、服を脱いだ。ロッコが体を洗ってから、自分の体が映った鏡を見つめている。そして彼は服を持って、机に置いたカバンの中に入れた。ロッコが部屋の周囲を見渡しながら寝台の上にある寝間着を取った。
ちょうど良いサイズだ、とロッコは思った。あの執事が人の体を見るだけで、大体サイズが分かる。
ただ者ではない。
ロッコはそう思いながら寝間着を着って、机にあるグラスに酒を注いだ。ロッコはまたそのグラスに入った酒を飲んでから、灯りを消して、寝台に横たわった。
『マルズ、我の代わりになれ。ぐっすりと眠っているふりすれば良い。万が一、会話しなければならない状況になったら、適当に返事すれば良い』
『御意』
ロッコが命じると、衣服を残して、消えた。次の瞬間、その衣服が少しずつ膨らんできて、ロッコの姿になった。
消えたロッコが町で現れた。暗闇に紛れて、ロッコが半透明のしもべ、ザルスから新しい服に着替えた。
『鬼神の子は今何処にいる?』
『市場でお食事中でございます』
『そうか。彼を見張ってくれよ』
『御意』
ザルスがうなずいて、消えた。ロッコが変化を改めて、素早く動いて、宮殿に向かった。
やはり行方が分からなくなったイズミルとガムルのせいで、護衛が多い。けれど、元々多いか、あるいは今夜から特別に多いか、ロッコが分からない。
衛兵が多いか、少ないか、彼にとって問題ではない。
唯一の問題は、証拠探しだ。王はどこでズルグンの暗殺の証拠を隠し持っているのかを、これからロッコにとって最大の問題だ。
ロッコが宮殿の庭に入り込むことができた。今までいつも事前に手に入れた図面を念入りに覚えたから忍び込んだ時に問題なかったのに、今回は図面なしだ。しかも、忍び込めるのはたった数時間しかない。これ以上伸ばすと、ファリズがイライラするからだ。そうなると、状況がますますややこしくなってしまう。オスダやジャレンのためにも、素早く動かないといけない。
『第十の封印解除』
ロッコが言うと、首から顔に青い線が現れた。彼が布で顔を隠して、慎重に宮殿内へ入った。人の気配を感じると、彼は自分の気配を消して、物陰に身を隠した。そしてまた進んで、一時間をかけて、やっと王の執務室らしき部屋が見えた。
ロッコがその部屋に忍び込んで、注意深く周囲を見渡した。その部屋には一人の男が机を物色している姿が見えた。床に数人の男性が意識ない状態で倒れている姿が見えた。ロッコが素早く動いて、持っている短剣で相手の首に付けた。
「どこの者だ?」
ロッコが聞くと、その男は手にした紙をロッコに見せた。
「ロッコ殿か。あなたはこれを探しているんじゃない?」
 
ロッコが瞬いて、彼を鋭い目で見ている。彼の手にはガムルの契約書があった。




