73. スズキノヤマ帝国 キヌア島(4)
「いやなものを見せてしまったな」
エフェルガンは後ろから声をかけてくれた。ローズは今屋敷の屋根の上にいる。昨夜の出来事でこの屋敷に連れて行かれて閉じこめられたけれど、エフェルガン達の働きによって、なんとかことが終結に向かっている。
この屋敷は領主の息子の屋敷だそうだ。どの国でも、バカ息子によって、一家が滅ぼされることになることがある。アルハトロスでも起きていた。あの時の謀反はエコリア地方の領主の息子が関わっていたことで、領主自ら自害した。家財没収で一家が国外追放という重い罰が下った、という。
エフェルガンはローズの隣に座って、背中の翼で彼女を覆うようにと広げている。
「ありがとう」
「寝間着のままじゃ、身動きがとれないな」
「うん」
ローズがうなずいた。男性がまだ良いけれど、女性は寝間着のままだと、どこにもいけないのだ。
「まさか荷物まで盗まれてしまったとは・・ 捕まったらあいつらをギタギタにしてやる」
エフェルガンがそう言いながら、怒りを露わにした。
「まぁ、扉を開けっ放しした状態だったから、しかたないよ」
ローズが言うと、エフェルガンは首を振った。
「大丈夫。エトゥレ達が今探索中だ。リンカもオレファと一緒にいるから大丈夫だ」
「リンカも寝間着のままじゃなかった?」
「オレファが今朝市場に行って。、服を一着買って来た。しかし、ローズのサイズがなかった。リンカは今オレファが買ってきた服で、僕たちの荷物の行方を捜している」
なるほど、とローズがうなずいた。
「オレファさんとリンカは意外と仲が良いかも」
「僕もそう見える。ずっとペアでいられるなら良いのにな」
「リンカのペアはあのミライヤ先生だよ」
「すごいな」
「あの二人の戦闘を見れば、多分エフェルガンも驚くでしょうね」
「そんなにすごいのか?」
「うん」
「じゃ、僕とローズが負けないように、良いペアとして頑張らないといけないな」
「うん。でも私はエフェルガンと比べたら武術が下手だよ」
「これから少しずつ息が合うように練習すれば良いと思う」
「うん」
ローズがうなずいた。
「ローズ」
「ん?」
「あの領主とその息子はどう思う?」
「うーん、どこの世界にも、そういう人がいるよ」
「アルハトロスにも?」
「うん」
「そうか。代々続くその権力を、自分たちの快楽のために私的使用され、法を犯した。僕の権限で彼がは裁かれることになるが、正直に言うと、気が重い」
エフェルガンがローズの背中に手を回しながら言った。
「でも裁かないとあの少女達や、今までさらわれてしまった女性達がかわいそうだよ」
「ふむ。取り調べで分かったんだ。以前さらわれた女性達がそのバカ息子とその仲間達に暴行を受けた後、闇商人に売り飛ばされてしまった。魔法の実験などに使われてしまうという・・」
エフェルガンはため息付いた。事実を言うことが相当辛かったのでしょう。
「彼女たちの安否は?」
ローズが聞くと、エフェルガンが首を振った。
「不明だ。今探索をさせているところだ」
「かわいそうすぎる」
「僕もそう思っている。死刑だけでは済まされない重大な罪だ」
「うん」
「彼らを野放しにしていた中央権力にも責任がある」
エフェルガンが言うと、ローズは首を傾げた。
「皇帝陛下ですか?」
「そうだ。だから僕は今どうしたらこの問題を解決するか、そんなことで頭がいっぱい。新しい領主も立てておかないといけない。ここは小さな島だが、重要な位置にあるから神経を使わないといけないところだ」
「人選にまだ難しいならしばらく保留しても良いんじゃないかな」
「ふむ」
「でも島民の生活に支障がでないように、ちゃんと役員を選べればいいかと思うよ」
「役員というと?」
「大臣みたいな人。領主代理でも良いんじゃないかな?とにかく島民にとって重要な問題を解決してくれる者が必要だと思う」
「なるほど」
「今警備隊がダメになったんでしょう?領主のバカ息子に成り下がった警備隊長なんて、ただの用心棒で、チンピラ同然だよ。守る立場にある者が人さらいの手先になったんだなんて、聞いて呆れたわ」
「その通りだ」
ローズの言葉を受けて、エフェルガンがうなずいた。
「だからそれもきれいに掃除しなければいけないところだと思う。汚職で組織的に腐敗しているんじゃないかな」
「痛いところを指摘してくれたな」
エフェルガンが苦笑いした。
「ごめんなさい」
「いや、僕の顔色を気にせず言ってくれたのがローズだけだ。いつも感謝している」
「なら良いけど、気に障るなら謝る」
「問題ない。まだ何か言いたいのがある?」
「うん。賄賂というのは、もらう人がいて、あげる人もいる。だから両方、同時に掃除しないと、新しい人がその席に座っていてもうまくいかなくなる。恐らく、ここは首都から遠いなので、役員がやりたい放題になっているか、と思う。ちなみに領主も代々この地にずっと昔からいるもので、社会的な地位を持っていて、誰も指摘する人がいなくなる」
「それはそうだな」
エフェルガンがうなずいた。
「だけど、領主の仕組みそのもの変えれば、多少汚職が押さえられるかな」
「ローズならどのように変える?」
「私は政治があまりよく分からないんだ。でも、例えば、別の地域から領主を選んで配属しても良いんじゃないかな。何年間ここで勤務してから、別の所に移動させる。要するに強すぎる権力を防ぐことができる仕組みを考えないといけないと思う。また移動することによって新しい環境に対する緊張感が生まれる」
「その考え方はとても新鮮だ」
「そう?」
「龍神の国ではそのような仕組みなのか?」
「ちょっと違がったかな・・多分」
「そう?」
エフェルガンが興味深くローズを見ている。
「私がいた世界、エフェルガンがいつも龍神の国というけれど、あの世界には、たくさんの国があった・・そんな気がした」
「一つの国ではなかったか」
「うん」
「で、ローズがいた国はどんな国だった?」
「記憶が曖昧けど、王様がいて、その下に総理大臣という人がいて、その下に大臣達がいる・・かな」
「総理大臣というのは宰相のことか」
「多分そんな感じだと思う。ただ、私がいた国では、民が選んだ者が総理大臣になる」
「それじゃ、皇帝と対立してしまうのでは?」
「そうなってしまう時もある・・、そんな気がした。絶対的な権力を防ぐために、その方法が適用されていると思うけど、世界そのものが違うからなんとも言えない」
「本当にこの世界とは違うんだね」
「うん」
「だから私の昔の知識なんて、ここで何の役にも立たないわ。エフェルガンが言った通り、昔の世界よりも、今の世界にもっととけ込むように、と思う」
「そうだね、覚えてくれたんだ」
「うん。すごく納得したからね」
ローズがうなずいた。
「ローズに言われると嬉しいな。僕の思いが届いたと実感した」
「私もいつかエフェルガンにためになるようなことが言えたらな」
「ローズと会話すると、色々なことが分かるんだ。僕にとって、とてもためになるよ」
「そう?」
「そうだよ。ローズは僕にとって特別な存在で、この世に誰よりも大切な存在でもあるんだ」
「ありがとう。エフェルガンも私にとって、大切な存在だ」
「お互い様、大切だね」
ローズが微笑んで、エフェルガンを見ている。
「ねぇ、エフェルガン」
「はい」
「あなたって本当に17歳なの?」
「今は18歳だ」
「いつ誕生日だった?」
「あのバナダ村の化け物と戦闘した日だった」
「知っていたら贈り物でもあげようと思ったのに」
「僕の誕生日の日には、いつも母上からもらっていたんだ。大量の暗殺者がな」
エフェルガンは苦笑いした。
「それは災難だ」
「そう。だから誕生日なんて大嫌いだ」
「そうか」
「ところで、どうして僕の年齢を聞いたの?」
「いや、なんか私よりすごく大人だな」
「それは興味深い発言だ」
「あ、しまった」
ローズは自分の失態を気づいた。
「まだ僕に明かしてない秘密があるんだね」
「うむ」
「気になるから、ローズのことが知りたいんだ。教えて」
「うむ」
「言わないと、教えてくれるまで毎日聞くよ?」
「それはいやだな。エフェルガンって結構しつこいね」
ローズは苦笑いして、言った。
「褒めてくれてありがとう」
「いや、褒めてないわ」
「そう? 残念だ。で、さっきの発言からいうと、ローズが僕よりも年上だった、ということになるかな?」
「うむ」
「ローズのすべてが知りたい」
「うむ。でも、秘密にしてくれる?」
「約束する。この命に代えても秘密を守る」
「いや、命までやらなくても良いよ」
ローズが呆れた顔をすると、エフェルガンは笑った。
「約束したから、その秘密を教えて下さい」
「うむ」
ローズが少し戸惑って、彼を見ている。
「私が向こうの世界にいたとき、多分エフェルガンと同じ年だった・・いや、もうちょっと若かったかもしれない」
「僕と大体同じ年で、その時に、龍神様にこちらへ呼び出されたの?」
「うむ、呼び出されたかどうか、その記憶がないんだ。でも・・」
「でも・・?」
ローズが少し戸惑った。
「私はあちらで死んだの」
「そうだったんだ」
「爆発に巻き込まれて、死んでしまった。魂が彷徨っていて、多分、龍神様の導きでこちらに来たと思う」
「そうだな。きっと龍神様の導きを受けて、こちらに来たと思う」
「でも普通の人になれば良かったと思ったけどね」
「どうしてそんなに普通の人になりたいの?」
「自由が欲しいんだ。愛する人のそばに政治絡みなしで居られるって良いな」
「ローズは、あちらの世界で愛する人がいたのか?」
エフェルガンが聞くと、ローズがしばらく考え込んだ。
「多分いなかった。そんな記憶がまったくなかったから、分からないけど」
「そうか。じゃ、これから僕に愛される記憶をたくさん作らないとね」
「うむ」
「僕はローズを愛しているんだ」
「エフェルガンを愛してしまったら、私は多分ものすごく苦しくなると思う」
ローズはため息をついた。
「女王様の命令か?」
「うん」
「愛し合う心は命令でも妨げることができない」
「皇后陛下のように・・あの首は愛した男の首だったんでしょう?」
「そうだ」
「とても悲しかったでしょう」
「僕にとって、それは母上と父上とその人の問題であって、僕の問題ではなかった。父上と結婚しながら他の男を愛してもそれは母上自身の問題だ。ただ、ローズを監禁して、毒を盛って、侮辱したことに対して、僕の怒りがおさまらなかった。でもだからと言って、僕は母上をこの手でかけることができない。だから、せめてその首を母上にさしあげて、愛する人がひどい目にあった時の苦しみを分からせた」
エフェルガンがため息をついて、言った。
「もしも、もしも私が、皇后様のような立場になってしまったら・・」
「考えたくない」
「でも・・私は一国の姫である以上、好きでもない男のものになる可能性がある」
「その時にならないと分からない。が、僕は諦めない。どんな方法でも・・」
「例えそれが戦争を意味することでも?」
「そうだ。でも、可能ならば、戦争にならないようにと知恵を絞って考える」
「エフェルガン・・」
「僕は・・ローズを・・失いたくない」
「私もだ」
エフェルガンがぎゅっとローズを自分に寄せた。
「だから今は別れることを考えないで欲しい。例えそれが目の前で待っている未来でも、今はそれを考えないで欲しい」
「・・・」
「泣いているのか」
「・・・」
「ローズ」
「エフェルガンこそ・・」
「これは・・汗・・だ」
「私も・・汗・・かな」
ローズは微笑んで涙を拭いた。
「残りの期間、思いっきり楽しもう」
「うん」
「旅が終わって、城に帰ったら、庭に薔薇の花をいっぱい植えさせようかな」
エフェルガンが微笑んだ。
「なんで?」
「ローズの香りがたくさん感じるように」
「薔薇の花はトゲがあるから、庭の手入れが大変だよ」
「ローズにもトゲがあるのか?」
「あるよ。興奮すると出てくる」
「見たい・・」
「やめて・・」
「どうして?」
「見せたくない」
「ますます見たい・・」
「ダメ」
ローズが話が怪しい方向になってしまいそうで、どう逃げるかと考えている時、リンカ達が帰って来た。なんと、荷物を盗んだのはその貸し家のオーナーだった。
宿として家を貸し出して扉が警備兵に壊されて頭に来たらしい。弁償のために荷物を取って、財布や短剣までごっそりと持っていかれたため、盗難事件として処理された。エフェルガンは破壊された扉の弁償をしたけれど、荷物が取られたことによって人さらいの調査や召喚術式紙の件の調査が遅れてしまった。そのため、荷物を盗んだオーナーにかなりの怒りを示した。
ローズたちは結局その貸し家から出て、国軍関係者の協力を得て、別のところを探してしばらくこのキヌア島に滞在することになる。




