724. アルハトロス王国 レベル1
武人にとって、戦いは当たり前なことだ。特に自然環境が豊かな里で修業すると、獰猛な動物と出会う確率が高い。
そのために、討伐部隊が存在する。けれども、討伐部隊も人不足だ。柳が留学している間に、リンカやヒョーなどが借り出されて、あちらこちらで人に被害を獰猛な動物たちを狩りまくることになった。
「里の近くに雷鳥の巣があったという報告を聞いた。が、確認したときに、もう巣が空だった。まさかそいつらが人里を襲って狩りしてしまったなんて・・」
ヒョーがそう言いながらダルゴダスの机にある報告書をとって、読み始めた。
「だが、問題はそれではない」
ダルゴダスがため息ついて、全員の顔を見ている。
「雷鳥が、救援が来る前に、すでに全部死んだ。死骸は守りのドームのような物体の周囲に転がった。これはどう言う意味か、分かっていると思うが・・」
「さすがあんたの孫だね、ダヴィード」
「うむ・・」
ヒョーはその報告書を持って、ソファに座った。
「やはり彼がレベル1だと不自然か?」
「当たり前だ」
ダルゴダスの言葉を聞いた途端、ヒョーは即答した。
「あの大きさの雷鳥が、1羽でもレベル8やレベル9の人でさえ倒すのも困難だ。今回は5羽、しかも蔓一突きで殺された。これはどう意味するか、あんただって理解しているんだろう?」
「もちろんだ」
ダルゴダスがうなずいた。巨大雷鳥1羽が人里に現れたことだけでも大事だ。雷鳥が襲われて滅びてしまった村や町なんて、普通に聞いている。だからそのために討伐隊が存在している。
「あんたの孫は間違いなく、化け物レベルだ。だから、俺にくれ。最強の戦士に仕上げてやるから」
「彼はまだ4歳だ」
ダルゴダスが考え込んだ。成長過程がおかしかったローズと違って、フェルザは普通の子どもだ。ローズが産んだ、スズキノヤマの皇子だ。
「母親が2歳の時にモルグの化け物に勝ったのだから、4歳の息子もそれぐらいできても、おかしくない」
「ふむ」
「それに、父親も、謎に包まれている奴でね」
「ふむ」
「なぁ、青蛇?」
ヒョーが言うと、さっきからずっとだんまりしたロッコが顔色を変えずに、彼を見ている。
「俺はちゃんとレベルを公開したよ、ヒョー殿」
「公開しても良いレベルの方が正しいのでは?」
「・・・」
ロッコが答えなかった。確かに、ヒョーの言う通りだった。けれど・・。
「親が強いからだと言って、必ず子が強いということは限らない」
ダルゴダスが言うと、しばらくその部屋の中にある重い空気が流れている。
「だが、あの雷鳥どもを一撃で殺したのは、間違いなく、フェルザだな、ロッコ?」
「はい」
ダルゴダスの質問に、ロッコはためらいなく答えた。
「例の殺し屋について、あれは何者だ?」
「ササノハから来た者です。移住者に紛れ込んで、この里に来た、と思われます」
「どうやってレベル1に入った?」
「本物の女の子を拉致して、倒してから、変化したと思われます」
「女の子は無事か?」
「はい」
女の子は近くで保護された、とロッコは説明を加えた。
「だが、あれは風使いのマーニと言われる凄腕の暗殺者だと聞いたぞ?」
「そうですね」
ヒョーが言うと、ロッコはうなずいた。
「確かに彼女は風を使う暗殺者ですが、フェルザも風を使っていることも確かです」
ロッコが答えると、全員しばらく考え込んだ。忘れるところだった、とダルゴダスは思った。フェルザも、エフェリューも、柊も、風龍の紋章を持っている。
「風使いのマーニが酸欠状態で発見されました」
「酸欠・・」
ロッコの報告に、ヒョーが瞬いた。そのことを報告書に載っていなかった。
「なぜ風使いのマーニがフェルザを狙った?」
「依頼を受けたらしい。ローズの息子の中で、一番弱い奴を連れて来いって」
「何のために?」
「ペットにしたいらしい」
「・・・」
ダルゴダスが怒り出した。言葉がない怒りとなると、本当に恐ろしい、とヒョーは彼を見て、思った。ダルゴダスの体に赤いオーラがメラメラと現れた。
「ロッコ」
「はい」
「お前の息子に話を付けてこい!」
「何のお話ですか?」
「わしの孫が、ペットになんて、そのような考えを持つ者がいなくなるように、強く見せてこい!」
ダルゴダスが言うと、ロッコが考え込んだ。
「恐らく彼は、残りの二人を守るためにやったと思います」
「残りの二人が、彼よりも強くない、とでも?」
「恐らく」
ロッコはうなずいた。離れた場所から、敵を見ない状態で、正確に急所だけを狙って、蔓一突きで倒せるほどの4歳児は、フェルザしかいない。恐らくこれからも、彼を超える子どもが現れないでしょう。
「エフェリューと柊も強いぞ?」
「そうですね」
ロッコがうなずいた。彼らも自分の子どもたちだから、理解している。
「だが、木の精霊の特徴がとても強いフェルザとは強さの桁が違います。剣の技なら、確かにエフェリューが一番でしょう。4歳児が野牛を倒せたという報告を受けたと思いますが、それも事実です」
「わしも驚いた」
ダルゴダスはうなずいた。
「柊も、エズラトカゲを倒したそうで、詳しい話はまだ聞いておりません」
「魔法と剣の組み合わせで倒したらしい。しかも、一人でトカゲを倒したらしい」
「そうでしたか」
ロッコがうなずいた。
「ですが、彼らは偽りなし、そのレベルの検定を受けたでしょう?」
「そうだな」
唯一、結果をごまかしたのはフェルザだけだ。ファリズも、柳も、エフェルガンも、その結果に異議を唱えた。
スズキノヤマで、岩を間二つにハンカチで斬ったらしい。ダルゴダスがその技を知っている。女人技と言う技で、ファリズの母親が良く使った技だ。最初はローズが蔓を用いてその技で獰猛な火熊を倒したことを見て、ダルゴダスが驚いた。そして今、彼の孫であるフェルザもその技を使ってしまった。
フェルザは、ファリズがその技を披露したときに、覚えてしまった。一度見ただけでその技を覚えて、ファリズの真似をして、岩を間二つに斬った、とファリズから聞いた。
あれは途轍もなく、危険な技だ。ただでさえ、結界をすり抜けることができる子どもなのに、その女人技を身につけた時点で、彼が触ったほぼすべての物が確実に武器になる。誰であろうと、彼に狙われてしまったら、命がない。ダルゴダスはそれを断言できる。
「フェルザは、自ら、おとりになるというのか?」
「そうだと思います」
強くなければ、そのような馬鹿なことはしない、とロッコが言うと、ヒョーもうなずいて、同じ意見だと言った。ダルゴダスが考え込んで、ため息ついた。
「それでも、わしは4歳の子どもに、そこまでして欲しくない」
長い沈黙の後、ダルゴダスは言った。
「彼と話して、真実を探ってくれ」
「彼の父親であるエフェルガン殿を呼びましょうか?」
「その方は本気でそう思っているのか?」
ダルゴダスは鋭い目でロッコを見ている。
「本気も何も、フェルザは生まれてからずっとエフェルガン殿が父親だと信じている」
「だが、その方も彼の父親だ。誰が見ても、そう思うほど、その方とフェルザはとても似ている」
ダルゴダスがため息ついた。孫達がどちらかの父親の特徴をしておけば、このような面倒なことにならないだろう、と。
しかしながら、龍神族であるローズの体の中で、交わった男性らの特徴が混ざってしまった。特にローズが良いと思った特徴がとても目立つ。なぜ三人ともの特徴が出ているのか理解できない、とダルゴダスは頭を抱えた。
柳から鬼人の血が入った。その証拠は三人の子どもに鬼人のオーラが現れた。エフェルガンからはミミヅクフクロウ人族の特徴である優秀の目も受け継いだ。子どもたちは遠くへ見えることだけではなく、暗闇でもきれいに見える。三人の瞳の色がオレンジであることも何よりの証拠だ。またロッコの特徴も、彼らの体にしっかりと現れている。
特にフェルザ。彼は猛毒だ。
顔がローズそっくりでも、フェルザの性格は紛れもない、ロッコだ。三人のお父さんたちの力が混ざっていると考えると、フェルザの能力が、恐ろしいほどに強い。
「エフェルガン殿が文句を言ったら、どうしますか?」
ロッコはそう言いながら、ため息ついた。本当なら、ロッコはローズを引き取って、子どもたちを全員自分の子どもにしたい。
「文句を言ったら、わしが彼と話す。その方は仕事をすれば良い。まず事情を知るために聞き取りの調査をするだけだ、と言え」
「分かりました」
トントン、と扉をノックする音がした。
「失礼致します」
一人の衛兵が見えた。
「何だ?今忙しい!」
「ズルグン様が緊急の要件で、謁見をお許し頂きたいと申し出ます」
「待たせろ!」
「かしこまりました」
衛兵がうなずいて、また部屋を出て行った。
「良いか、ロッコ」
ダルゴダスは小さな声で言った。
「はい」
「わしが彼を止める間に、お前はさっさとフェルザを会いに行け」
「はい。では、失礼します」
ロッコがうなずいて、そのまま消えた。
「見たか、ヒョー?」
「そうだね」
「他言無用だ」
「あい」
急に消えたロッコを目撃したヒョーは、ただ瞬いただけだった。
「あんたの婿たちは謎が多い」
「ふん!あの鳥皇帝がそのままの鳥なんだが、蛇の方は.長年付き合いでも、今でも謎だ」
ダルゴダスがため息ついた。
「だが、わしが彼を気に入った。だからローズを彼に与えた」
「その結果、このややこしい状況になった」
「ふん!」
ダルゴダスがため息ついて、机にあるグラスを手にして、その中身を確認した。
「これからどうする?」
「ロッコの報告次第だ。場合によって、フェルザをレベル1から外す」
「外したら、俺にくれよ、ダヴィード」
「考えておく」
「期待する。じゃ、里の周りに他の鳥がいるかどうか、探してみるか」
「頼んだよ、ヒョー」
「任せろ」
ヒョーが立ち上がって、報告書をダルゴダスの机に返した。
ヒョーが部屋の外へ出て行くと、外で人の会話が聞こえた。そして扉がまたノックされて、衛兵とズルグンが見えて来た。
「ズルグン殿、来たか」
ダルゴダスが青い顔をしたズルグンを見て、衛兵に合図を出した。衛兵が頭を下げて、部屋を出て行って、扉を閉めた。
「お忙しい所で申し訳ありませんが、フェルザ殿下が襲われたという報告があって、確認しに参りました」
ズルグンが尋ねると、ダルゴダスがうなずいた。
「巨大雷鳥が5羽、そして暗殺者が1人だった」
「巨大雷鳥と暗殺者・・?!」
ズルグンが耳を疑った。ただならぬ自体が起きた。
「雷鳥は5羽とも死んだ。暗殺者は生きて捕らえられた」
「その暗殺者について、詳しくお聞かせ願いたく存じますが・・」
「暗殺者は今、暗部で取り調べ中だ。わしも細かいことが分かっていない。今報告を待っている最中だ」
「ロッコ殿がまだでございますか?」
「見ての通り、まだだ」
ダルゴダスはため息ついた。
「そうでございますか」
ズルグンがうなずいた。
「なら、可能なら、私は殿下に面会を申し込みたく存じますが・・」
「今のレベル1の寮に暗部が仕切っている。申し訳ないが、調査が終わるまで出入り禁止となっている」
「レベル1に、何か起きたのですか?」
ズルグンが緊張した声で聞いた。
「暗殺者は、今日の遠足でフェルザの相棒役の女の子になりすました、という報告があった」
「殿下は・・?」
「無事だ。だが、状況確認のために今、聞き取りの最中だ」
ダルゴダスが言うと、ズルグンの顔に安堵が見えた。
「女の子は、どうなりましたか?」
「無事だと聞いている。だが、その詳しい話もまだ分かっていない」
ダルゴダスが緊張したズルグンを見て、ため息ついた。
「ズルグン殿」
「はい」
「スズキノヤマで、わしの孫たちの様子を聞かせてくれるか?前の公務では、何があったか聞いていないのか?」
「それは・・」
ズルグンが戸惑った。彼自身も細かい話は聞いていなかった。けれど、大体の話は知っている。そしてローズとエフェルガンがレホマで起きた事件について、一言もダルゴダスに言わなかった。
「あの暗殺者と関係あるかどうか分からんが、少しでも情報が欲しい。まぁ、おかけください」
ダルゴダスが立ち上がって、ソファに腰をかけた。ズルグンもうなずいて、ダルゴダスに言われるまま、ソファに座った。
「実は、私も詳しい話を存じておりませんが・・、聞いた話だと、レホマ州での公務に賞金首ハンターが現れたらしいでございます」
「ほう?」
「ですが、侵入する前に、ローズ様の護衛官に見つかって、そのまま雷で打たれて死亡した、と聞いております」
「雷か。あのソラという護衛官か?」
「さようでございます」
ズルグンがうなずいた。
「その賞金首ハンターの目的は、やはりフェルザか?」
「そのようでございます」
「ふむ」
「目的は、養子にしたい、と暗部関係者から聞いております」
「は!わしの孫はそう易々と触れらる者ではないわい!」
ダルゴダスが吐き捨てたかのような台詞を言った。
「その賞金首ハンターの依頼者を逮捕されたのか?」
「はい」
ズルグンがうなずいた。
「柳様のご協力を得て、レホマ州の賞金首ハンター協会が潰されました」
「柳か。この前ここに来た時に、一言もこのことについて言わなかったわい」
「もう終わったことだと認識なされたのかもしれません。依頼者を含めて、関わっている者、全員が縛られた状態で見つかりました。もちろん、生きたままでございます。彼らへの処罰は暗部の調査が終えたら、またご連絡致します」
ズルグンが言葉を選びながら丁寧に言った。柳はダルゴダス家の後継ぎになる人だ。可能な限り、これからも両国の関係をずっと円満にしたい、と彼は思った。
「分かった。だが、柳が・・、か」
自分の子どもが狙われているのだから、柳にとって、それも当然なことだろう、とダルゴダスは思った。
「ですが、ダルゴダス様、先ほど暗殺と雷鳥を仰いましたが・・」
「その雷鳥らは里の周囲に巣を作ったらしい」
「雷鳥が・・、でございますか?」
「そうだ。先ほどヒョーが来て、巣が空だったと報告した。その直後で、あのことが起きた。念のため、これから彼と彼の弟子達が里の周囲を見回って、雷鳥の巣がまだあるかどうか確認する」
「私どもが、何かお手伝い致しましょうか?」
「そうだな・・」
ダルゴダスが考え込んだ。スズキノヤマの空軍が上から調べれば、調査も早く終わるかもしれない。
「少し手紙を書くから、しばし待たれよう」
ダルゴダスが立ち上がって、自分の机で何かを書いている。書き終えると、彼はまた立って、その紙をズルグンに渡した。
「協力要請書だ」
ダルゴダスが言うと、ズルグンがうなずいた。この紙があれば、いろいろと便利だ。
「確かに受け取りました。スズキノヤマ空軍がこれから上空から雷鳥を探して参ります」
ズルグンがうなずいた。
「エフェリュー殿下と柊殿下の護衛について、こちらから人を増やしてもよろしいでございますか?」
「あの二人は大丈夫だ。今のままで良い」
「ですが、フェルザ殿下を襲うのが失敗したから、他の二人を襲うという可能性もあると存じますが・・」
ズルグンが言うと、ダルゴダスがため息ついた。確かに彼が正しい。けれど、そんなことをしたら、レベル4の人々だって不快に思う。
そもそも、4歳児がレベル4になった時点で、レベル4の先生らが難色を示した。レベル4は自立を求められるレベルであって、これからレベル5になる人々を教育するための段階だ。レベル5から、職業も自由に選べるだけではなく、里から出ることも許される。そのような人々が、護衛が付いた二人を見ると、反発してしまう可能性もある。
あの二人がまだ幼いからだと言って、特別扱いはなし。今の護衛は、彼らは他国の皇子だからだ。
「エフェリューと柊がいるのはレベル4の寮だ。あの寮にいる人々は、戦いに慣れている。自衛も含めて、それなりに強い」
ダルゴダスはズルグンをまっすぐに見て、話した。
「フェルザのことは、暗部の調査が終えたら、その時に考える」
「かしこまりました。いつ頃調査が終わるでしょうか?」
「早くても今日中に終わると思うが・・。わしだって、何が起きているのか、そろそろ知りたい」
「ならば、私がこの屋敷で待ってもよろしいでしょうか?」
「時間がかかるかもしれないぞ?」
「かまいません」
ズルグンがうなずいた。
「邪魔は致しませんので、外で待たせて頂きます」
「分かった。こちらからも、何か分かったら真っ先にズルグン殿に連絡する」
「感謝致します」
ズルグンが頭を深く下げてから、その紙を持って外へ出て行った。外で何人かいるようで、人の声が聞こえた。そしてしばらくしてから、また静かになった。ダルゴダスはしばらく書類に目を通して、考え込んだ。
「失礼致します」
「ダイか」
「はい」
警備隊の総合隊長であるダイが入った。
「雷鳥の死骸をこれから解体して、その羽根と雷鳥石は後ほどこちらへ届けられます」
「羽根は向こうで処理しても構わん。雷鳥石だけがここで預かる」
「かしこまりました。あ、先ほどズルグン殿は雷鳥を見たいと申しましたが、どう致しましょうか?」
「許可してやれ」
「分かりました」
警備隊総合隊長のダイがうなずいた。
「スズキノヤマ空軍に、空中から雷鳥の捜索を依頼した」
「あ、だから先ほどエルク・ガルタ将軍がいたのですね」
「そうか。彼とうまく連携せよ」
「はい!」
ダイがうなずいた。
「後、そうだな・・、レベル1の寮に、本日ナマズが届けられるらしいが、その辺りもなんとかしてくれ」
「かしこまりました」
フェルザも楽しみにしているはずだ、とダルゴダスは書類を見て、微笑んでうなずいた。それを見たダイは敬礼して、退室した。




