721. スズキノヤマ帝国 モルグ人の移住者(2)
ローズは自分の目を疑うほどだった。その様子は当然護衛官のハインズやソラに見られていた。いくら小さな声で言っても、彼らは揃って、その男性を見ている。
「ほら、皇后様に挨拶しろ」
兵士が言うと、ローズはその兵士を止めた。病人に手荒なことをするな、とローズは注意した。兵士がうなずいて、丁寧に後ろへ下がった。
「お名前は、覚えていますか?」
ローズが聞くと、彼は首を振った。
「じゃ、少し見ますね。大丈夫、私は医療師だから、心配しないで」
彼の手や首には傷痕があった。傷は治ったものの、彼の記憶が戻らなかった、と担当者が言った。
ローズは彼の頭を確認すると、確かに痛々しい傷痕があった。だから彼が記憶を失っても過言ではない。
「私はローズ」
ローズが彼の目を見つめながら言った。彼は瞬いて、そして微笑んだ。
「ローズ・・?」
「そう、ローズだよ」
「ローズ」
彼が何度も彼女の名前を口にした。
「私は・・」
彼が何かを言おうとした。
「あなたは?」
ローズが言うと、彼が口を閉じた。そして首を振った。
「私は・・誰ですか?」
彼が逆にローズに聞いた。そんな彼を見ると、ローズの目から涙が流れている。
あまりにもザーラに似ているから、と彼女は思った。そのような痛々しい状態で、ローズは彼を抱きしめたくなった。けれど、できない。なぜなら、彼はザーラではないからだ。
ザーラはもう死んだ。
あの日、ザーラ・テサロはローズの目の前で、命を落とした。
「分からないわ」
ローズは優しい言葉で言った。
「ただ、あなたはあまりにも私が知っている方に似ている」
「誰に似ているのですか?」
「私の恩人よ。彼のおかげで、今の私がいる」
ローズは彼を見つめながら言った。
「でも、彼はもうこの世にはいないの」
「それは残念です」
彼もまたローズを見つめながら言った。この瞬間は二人だけの世界のように感じる、とソラたちが気づいた。
「ローズ様、そろそろ」
ソラが言うと、ローズは我に戻って、慌ててうなずいた。
「ローズ」
「何?」
彼がまた彼女の名前を呼んだ。ローズが再び彼を見て、尋ねた。
「その名前を、もらっても良いですか?」
彼の言葉を聞いた瞬間、ローズは戸惑った。
「ごめんなさい、私は決められないの」
ローズは首を振った。
「あの名前は彼の名前だから、私が知った彼のものだと思う」
「それは残念です」
彼はそう言って、がっかりした様子だった。けれど、その後彼が微笑んだ。
ローズが知ったその笑みはザーラの笑みにそっくりだ。今でも、ローズは彼の笑みが好きで、忘れることはない。
「困らせてしまって、申し訳ありません」
「いいえ、私こそ・・」
ローズが彼の手の上に、自分の手を重ねた。
「いつかあなたの本当の名前が思い出せると良いですね」
「はい」
二人はまたしばらく無言で見つめ合った。そしてローズはザーラが好きだった歌を歌うと、彼が瞬きせず、ローズを見つめている。
「聖なる神よ、この男に完全なる回復を与えて下さい」
ローズが祈って、彼の額に口付けした。ローズは彼を見てから、無言で外へ出て行った。
気持ちを整理しなければならない、と彼女は思った。このことを、絶対にエフェルガンの耳に入るからだ。いくら恩人にそっくりでも、彼はモルグ人の男性だ。
病人だからといって、エフェルガンは絶対に嫉妬する。
「大丈夫ですか、ローズ様?」
その仮設住宅の外でエファインが白湯を注いでローズに差し出した。
「ええ」
ローズはその白湯を受け取って、飲み干した。
「昔、里で彼と同じ患者がいました」
ローズがコップをエファインに返して、空を見上げた。
「記憶喪失ですか?」
「うん。名前はナオナさんでね、とてもきれいな女性なの」
ローズはため息ついた。
「彼女が爆発を受けて、頭の怪我が酷かった。なんとか治ったものの、記憶が戻らなかった」
「それは残念ですね」
エファインが言うと、ハインズもうなずいた。
「彼女は今どうしているのですか?」
ソラが聞くと、ローズの顔に涙が流れた。ソラが慌てて自分のポケットからハンカチを差し出すと、ローズがうなずいて、それを受け取った。涙をきれいに拭いてから、そのハンカチをソラに返した。
「死んだの。モルグが都を襲った時に、ナオナさんが愛した男性を守って、死んだの」
「記憶を失っても?」
「ええ」
ローズはうなずいた。その事実がザーガ本人から聞いた。記憶がなくても、彼女の体が覚えている。だから、それが本能だ、とローズは思った。
「彼の頭にある傷とナオナさんの傷とは、とても似ているのですか?」
「うん、ほぼ同じ場所です」
ローズはうなずいた。頭の後ろの傷となると、とても難しい。例え体が完璧に治ったとしても、記憶は元に戻らない可能性がある。ナオナのように、と。
「では、あの男は、もう治らない、ということでございますか?」
「うん、そうね。恐らく、そうなってしまう可能性が大きい。医療師として、やることはほとんどなくなったので、聖龍様に願うしかできない。叶うかどうか、分からないわ」
ローズはため息ついた。彼女がナオナの話を持って来たのは、その男性のことを忘れるためだった。ローズの狙った通り、その後エファインんたちは何も聞かなかった。
ローズたちはその後エフェルガンと合流して、仮設住宅の話をしながら家の様子を報告した。エフェルガンがうなずきながら、新しい住宅街の計画を見ている。彼の隣で、担当者が緊張した様子で説明した。その担当者の後ろで、領主も緊張した様子で彼らを見ている。
「この計画をもう少し計算せよ」
エフェルガンが険しい顔で周囲を見ている。地盤をかたくする必要があるかもしれない、と彼が思った。
「かしこまりました」
「計算が終わったら、余の所へ持って来るように。後ほど、大臣にも伝えよ」
「は、はい!」
担当者が緊張した様子でうなずいた。皇帝命令なので、最優先にやらなければならない。
「領主アート・アーミ子爵」
「はい!」
エフェルガンが緊張している領主に呼ぶと、領主がビシッと答えた。
「本土から遠くなのに、よく頑張った。これからも良い仕事を期待する」
「ありがとうございます!」
エフェルガンが周囲を見渡した。彼が満足した様子でうなずいて、集まっている人々に向かって手を振った。そしてローズの手をにぎって、神々の鳥であるダルセッタの背中に登って、ソマーレを発った。
エフェルガンが空中で魔法の輪っかを唱えると、見上げている人々の前で皇帝一行がその輪っかをくぐって、また別の所に出た。
「ソマーレの人々に、魔法を披露しても良いの?」
「どうして?」
「真似されたら、大変じゃないか、と思ったりして」
ローズが言うと、エフェルガンは笑った。
「その覚悟でやった」
エフェルガンは目の前に広がっている大地を見渡した。
「モルグが真似しても良いが、俺たちも当然それ以上に力を持っている。やり合いたいなら、いつでも相手にしてやるよ」
そのつもりだ、とエフェルガンは言った。彼はダルセッタを操縦して、目の前にある町に向かった。
その日は、また二つの町に回った後、一行が宮殿に帰った。ファリズと遊び疲れたエフェリューたちがエフェルガンたちを迎えに行く途中で寝落ちしてしまった。彼らがそれぞれの護衛官の肩で眠っている姿を見たローズとエフェルガンは思わず笑った。
「ローズは先に部屋へ戻れ。早めに休め」
「あ、うん」
ローズがうなずいて、エフェルガンを見ている。エフェルガンがこれからまた仕事しなければならないからだ、と言ってそのまま執務室へ向かった。
部屋に戻ったローズは一旦風呂に入って、夜の支度をして、部屋の前にある庭で歩いた。彼女の周囲に、数名の護衛官らがいる。今の彼女が一人で行動することなんて難しい。
不可能に等しい。
ローズはため息ついた。あの少女の夢を叶えたい。医療学をソマーレの町で作れば、数多くの人々が学びに来るでしょう。
けれど、魔力がない人は難しいでしょう。かと言って、魔力がない人のために、この国の医療学は進んでいない。アルハトロスでさえ、つい最近でスズキノヤマの医療学が優れていることを認めて、全国統一することになった。
魔法ができない人は医療師にならない。それは今の常識だ。
けれども、里の医療師は、魔法ができる人とできない人もいた。今は全員統一されるけれど、たしかにいた。
今すぐにでも彼女が里に帰って、その事実を確認したい。魔力がなくても、医療師になれるかもしれない。
「ここにいるのか」
後ろからエフェルガンの声がした。ローズが振り向いて、立ち上がった。
「もうお仕事は大丈夫なの?」
「今の所、仕事は終わった」
エフェルガンがうなずいた。
「ファリズお兄様は?」
「トルドへ帰った」
「あら、お夕餉を一緒に食べようかと思ったのに」
「今夜は忙しい、と彼が言った」
「ふむ」
「トキア町のお嬢さん、ミア、覚えているか?彼女がトルドへ行ったらしい」
「へ?」
ミアは確かまだ後3か4年ぐらい成人になる、とローズは思った。ミアは5歳の時からファリズが好きで、彼を求婚した。とんでもないことだと誰もが思ったけれど、本人が本気らしい。
「まだ早いんじゃないの?」
「余もそう思った」
エフェルガンはローズの手をとって、中庭からダイニングへゆっくりと歩いている。
「だが、ミアはトルドへ行って、トルドでお手伝いしながら生活を学びたいと言ったらしい。それでトルドへ行ったが、兄上は彼女の住まいを準備に追われているらしい」
「彼女が一人で行ったの?」
「父親と一緒にトルドへ行った。トルドで商人の家族に入って、修業しながらいろいろと勉強するらしい」
「父親はずっとトルドに?」
「いや、明日トキアへ戻る、と兄上が言った」
「じゃ、ミアが一人でトルドに留まるの?」
「そうなるらしい」
「あらま」
二人がダイニングルームに入ると、侍女達が直ちに食事の準備をしている。子どもたちは疲れて、起きなかったらしい、とエフェルガンが言った。もし彼らが起きたら、個別に食事を手配する、と侍女の一人が言った。
「来年辺りに、あの三人がここと別の宮殿に入ることになる」
「彼らはまだ小さい」
「小さくても、言葉もちゃんとしゃべれるようになったし、勉強と訓練が集中できると思う」
「うむ」
「それにローズの負担も減ると思う」
「子どもたちが負担だなんて、一度も思ったことはないよ」
ローズが反論した。けれども、エフェルガンは一度決めたことだから、変えられない。来年、彼らがスズキノヤマに戻る時に住まいも別の宮殿になる。
「アルハトロスには、もうすぐ寮に入るかもしれない、と兄上が言った」
「うむ。エフェリューと柊がまだ上手に走れないよ」
入るとなると、フェルザが先に入るかもしれない。
「いや、あの三人、しっかりと走ったよ」
「うむ」
「兄上と一緒に遊んだ時に、分かったらしい。あの三人、わざと自分の力を出さないようにしているらしい」
「え?」
ローズが手を止めて、エフェルガンを見て、首を傾げた。
「あの三人、彼らの護衛官らよりも早く走った。ただ、今までわざと護衛官らに合わせている、らしい」
「・・・」
「剣の方は、確かにエフェリューと柊がとても上達している」
「うん」
ローズがうなずいた。最近フェルザが良くサボっているからだ。
「だが、フェルザが思った以上に、とても上手に武器を使っている」
「フェルザが全然練習していないのに?」
「そう思うだろう?」
エフェルガンは苦笑いした。
「フェルザは、手にした物を、すべて武器になるらしい」
「・・・」
「ハンカチが岩を斬れるほどの力を持っている」
「3歳の子どもが?!」
「ああ」
エフェルガンがうなずいた。
「だから心配するな。あの三人なら、大丈夫だ。護衛官らは後ほど父上と話し合ってから決めよう」
「うむ、はい」
ローズは食欲を失った。次から次といろいろなことが起きてしまったからだ。そんなローズの様子をみたエフェルガンが心配している。けれど、彼が何も言わなかった。
夕餉が終えると、ローズは先にダイニングルームを後にして、中庭へ戻った。
「部屋に戻ったかと思ったら、ここにいるのか」
エフェルガンが声をかけると、ローズが彼を見て、うなずいた。
「食事もあまりしていなかった。味が合わなかったのか?」
「うむ、あまりおなかが空かなかった」
ローズが気まずく答えた。エフェルガンは彼女の隣に座って、手を背中に回した。護衛官らが少し離れた場所で待機している。
「ハインズから聞いた」
しばらく無言だったエフェルガンが話をし始めた。
「ザーラ・テサロは、誰だ?」
「私の恩人です」
「モルグ人か?」
「うん」
「彼が何者だ?」
「彼はアクバー・モーガンの護衛官でした」
「!」
ローズの答えを聞いたエフェルガンは険しい顔でローズを見つめている。他の護衛官らも思わず二人に顔を向けている。
「余に、彼のことを、話してくれるか?」
エフェルガンが優しい口調で言った。けれど、ローズはそれが頼みではなく、命令であることを理解している。
「私がアクバー・モーガンに拉致されたことを知っているよね?」
「当然知っている」
「あの時、どうしようもないぐらい、魔力も封印されてしまった。龍を呼んでも、龍から見ると、私が見えなくて、分からなかった。魔石から解放された直後、後宮に入れられたけど、すごく抵抗した。それでご飯を三日も食べずにいたら、風邪をひいてしまって、部屋に閉じこもった」
「モルグでは、部屋を与えられたか?」
「うん。でも、怒ったアクバー・モーガンはその部屋を破壊して、私をぶっ飛ばしてね・・。それで、風邪が悪化して高熱を出したから、モルグの医療師に薬を与えられたけれど、すべて吐き出した」
「・・・」
「それで、なんとか、少し具合が良くなっていた時に、土を掘って、土虫の幼虫を見つけて、食べた。木の実も美味しかったな」
「幼虫を食べたのか・・?」
エフェルガンの顔色が変わって、ローズに視線を移した。
「うん。レネッタで美味しい幼虫を教えてもらったんだ。だから生き延びることができた」
「・・・」
「でも、それでアクバー・モーガンが激怒したの。それでも私がモルグの食べ物を食べなかったからか、彼はますます怒り出して、侍従長の首を刎ねたりしてね」
ローズがため息ついた。
「私はアクバー・モーガンと一緒に食事するようになったのはその三日後だった。彼が毒味役一人を調達するために、他の国を滅ぼしに行くと言ったから、私は仕方なく食事した」
「・・・」
「それに料理人も並べられて、私が食べないと、彼らの首を刎ねると言ったから、仕方なく食べた」
ローズはまたため息ついた。すべての真実をエフェルガンに明かす必要はない、と彼女は思った。
「その日の昼から、地震と火山の活動が活発になってしまって、昼餉終えた私は、アクバー・モーガンの執務室から後宮に戻された。帰る途中に人を蹴り飛ばしたの」
「その人がザーラか?」
「ううん。私を罠にかけた人、ノメルディーヌという占い師だった。止めをする前に、ザーラが私を止めたの」
「それで?」
「それで、私が怒って、木を殴って、手が腫れてしまった」
「そのノメルディーヌという人を指名手配しようか?」
「ううん」
ローズが首を振った。
「彼女がもう死んだわ。ファリズお兄様が殺してくれたの」
「それは良かった」
エフェルガンがうなずいた。
「話を続けて」
「うん。で、あの日から、火龍や土龍などが暴れてしまった。後宮から火龍の火柱が見えるほどだった。でも、私が強力な封印をされてしまったからか、龍達が私の姿が見えなかった」
「龍の神々は、そうやってローズを見つけるんだ?」
「当然よ。だって、体が大きな龍だから、小さな私がどこにいるのか、探すのも難しいでしょう?」
「そうだな」
エフェルガンがうなずいた。
「それで?」
「うーん、それで、私が見つからなかったから火龍が怒って、地震が起きて、火山が激しく噴火して、アクバー・モーガンが後宮に行く暇もなくなった。私にとって良いことなんだけど、当時のモルグ人たちにとって大変だったのでしょう」
「そのようなことを考えなくても良い」
エフェルガンが即答した。自己自得だ、と。
「それで、ザーラとの関係は?」
「うーん、どこから話せば良いかな・・」
ローズが考え込んだ。
「あの日の夜からアクバー・モーガンが後宮に行かなかったよね」
「ああ」
「で、謀反が起きてしまったんだ」
「謀反・・?」
「うん」
ローズがうなずいた。
「さすがに死なない王には良しと思わない人だっているってことよ。アクバー・モーガンの器になる体が破壊されて、後宮にいるアクバー・モーガンの妃達が殺されたの。子どもまで、全員、殺されたらしい」
「ローズが良く無事で」
「うーん、正直に言うと、私もまた拉致されたの。眠り薬を飲まされて、謀反が起きたその夜にアクバー・モーガンの宮殿の後宮から外へ運ばれたの」
「・・・」
「で、その時非番になったザーラは、偶然にも拉致されている私を見かけて、私を追ったの。宰相の息子の家に運ばれた私を助けたのもザーラだった」
ローズが言うと、エフェルガンがうなずいた。
「彼は護衛官として任務を果たすだけだったんだね」
「ええ、そうね」
ローズがうなずいた。
「そのつもりだけなら、助けた後、私をまたアクバー・モーガンに差し出すでしょう?」
「違ったのか?」
「うん」
ローズがうなずいた。
「ザーラは南の町へ目指して、私を連れて逃げたの」
「なぜ?」
「アクバー・モーガンがやっていることは正しくない、と彼は思ったからだ」
「護衛官なのに、主の言うことを信じなかったわけか?」
「うーん、分からない。彼は護衛隊の隊長だったの。でも私を見て、なぜなんでしょうね、哀れだと思ったかもしれない、拉致された私を助けて、そのまま南へ逃がした。南からだと、筏や船でサナリナへいけるから、と彼は言ったわ」
「ふむふむ」
「でも、途中で、メフィア神殿で、謀反の張本人であるアクバー・モーガンの息子がいて・・」
「待って、なぜその人はローズがそこに必ず行くことが分かったのか?」
エフェルガンがローズの言葉を中断した。
「その人はザルレーンと言う人だった。モルグにある神殿を調査人だったけど、実はアクバー・モーガンの息子の一人だった。私が必ず神殿に寄っていくと想定できるのは、恐らく私の本性を理解したからだと思うわ」
「ふむ」
「メフィア神殿は、別名はテア神殿なの。この世で、初めてのテア神殿だ。昔、いつも土龍と一緒に泥遊びの場所だったんだ」
「・・・」
「まぁ、その事実は知っているのは私だけだったけど。今はあなたもケルゼックたちも聞いたけど、他言無用ね」
「ああ、分かった」
エフェルガンがうなずいた。
「それで、私を自分のものにしようとしたザルレーンと、私を南へ逃がしたいザーラが戦った。その戦いでザルレーンが死んだけど、ザーラも大怪我を負ってしまったんだ。それでも彼は一所懸命に私を背負って、走って逃げたんだ」
火山が激しく噴火した中、ローズは今でもそのことを忘れることができない。
「それで、南の町まで辿り付いたのか?」
エフェルガンがしばらく静かになったローズに聞いた。
「ううん」
ローズが首を振った。
「麓辺りで、彼は力尽きたの。私の目の前で、彼は粉々になって死んだの」
「粉々に・・」
「うん、彼が不死属性だったから、耐え切れない傷を負った時に体が粉々になってしまったの。それは不死の対価ですから、仕方がないことです。不死になった時点で彼の魂が壊れて、生まれ変わることができなくなったんだ。だから体ごと、粉々になってしまうんだ」
ローズが言うと、エフェルガンと護衛官らがうなずいた。貴重な情報だ、と彼らは思った。
「それで、ローズはどうやってモルグから逃げた?」
「ザーラが死んだ場所の近くで、風龍は魔法の輪っかを出してくれたの。どうやらメフィア神殿で少し休んだからか、私の体に纏わり付くアクバー・モーガンの魔法が浄化されたから、私の存在が分かったんだ」
「良かった」
「うん、本当に良かった」
ローズがうなずいた。
「でも、ザーラが亡くなったの。あの敵国で唯一の味方だった。本当は、彼に生きて欲しかった。でも里に行っても、本当に彼の居場所があるかどうか、分からなかった。だって、そう考えたのはサナリナにいてからだったし・・」
どの国の人はモルグ人に警戒するに違いないでしょう。ましてや、彼がアクバー・モーガンの護衛隊隊長だったから、なおさらだ。それに、秘密を守るためにモルグ王国も必ず裏切り者として彼を殺しに行くだろう。
けれど、彼はもう死んだ。
「そうか・・」
「敵だったけど、彼は私のために命をかけてくれた。彼のおかげで、今の私がいる。ザーラとは、たった数日間の知り合いだったけど、私にとって、とても大きな存在だった」
ローズは目から出て来た涙を袖で拭いた。エフェルガンがポケットからハンカチを探したが見つからなかったから、合図を出すと、ケルゼックが自分のポケットからハンカチを出して、エフェルガンに差し出した。
「辛かっただろう」
エフェルガンがローズの涙を拭いた。これでローズとモルグの関係が分かった、とエフェルガンが思った。けれど、それ以上、彼は何も言わなかった。




