713. アルハトロス王国 百合の結婚
待ちに待った日がやってきた。今日は百合の結婚式なので、ローズは朝っぱらからとても忙しい。
「ローズ様、その場所にいると邪魔なので、おとなしくリビングでお待ち下さいませ」
侍女長が言うと、ローズがしくしくしながらおとなしくリビングルームに移動した。リビングルームに行くと、彼女の息子達は叔父の檀と遊んでいる。叔父と言っても、檀とローズの息子達がたった一歳ぐらいしか年の差がない。ついでに言うと、エフェリューたちは檀の妹である撫子、つまり彼らの叔母よりも年上だ。檀は今年になってからやっと走れるようになったから、走ることが楽しくて仕方がない。4人が家中に走り回っているを見たローズは、仕方なく彼らと一緒に遊ぶことにした。
「百合の結婚にも、あのド派手な音楽もやるの?」
「そうみたい。アルハトロスの伝統だからね」
ローズが近づいたリンカに聞くと、リンカはうなずいた。今日は猫の姿ではなく、ちゃんとした護衛官の服装で来た。
「あれ?タケルは?」
「タケルは今厨房で手伝っている」
「へぇ、できるんだ。えらいな」
「そうね」
リンカが微笑んで、うなずいた。
「シシオくんの手伝いらしい」
「シシオ?」
「あの猪王子」
「あ~」
シシオというスワノヤマ王子がローズの父上であるダルゴダスに弟子入りを願って、この里に来た。けれども、ダルゴダスは弟子を取らないから、彼のことを里にいる先生らに任せている。しかし、仮にも王子なので、ダルゴダスが保護しなければならないことで、職業を与えらざるを得なかった。シシオの仕事は下男なので、使用人の中でも一番下にある。けれども、彼は文句を言わなかった。これで武術やいろいろな知識を学べるなら、良し、と。
「タケルも下男なの?」
「いや」
リンカが首を振った。
「タケルは食料調達班に入ったよ。毎日芋掘りしている。仕事の後、学校に行くけどね」
「へぇ、すごい。まだ若いのに」
年齢的に、二歳か三歳ぐらい、とローズはそのような話を聞いた。けれども、その成長が大変早くて、今はもう青年になった。異常な早さで、誰もが驚いた。けれど、ローズが彼のことを知っている。タケルは、リンカを求婚したオレファの生まれ変わりだった。
「そうね」
リンカがうなずいて、素早く走って、木の上から落ちそうになったエフェリューを捕まえた。
「殿下、今登ってはいけない」
リンカが言うと、エフェリューは口を尖らせた。まだ登った途中の檀も侍女達に降ろされた。どこからか現れたロッコがフェルザと柊を捕まえた。
「まったくおまえら、あまり暴れないでよ」
ロッコの左右に、フェルザと柊がロッコの両手に捕まって、口を尖らしている。ロッコはそのまま下に降りて、二人にそれぞれの侍女らに渡した。ローズはにっこりと微笑みながらロッコをみて、礼を言った。ありがとう、と。
「子どもたちは元気だね」
「うん」
ロッコが言うと、ローズはうなずいた。ロッコはもうすでに走ってしまった彼らを見て、笑った。侍女泣かせの子どもたちだ、と彼は言った。
「本当に、誰に似てるとやら」
「ローズに似ているだろう」
ローズが言うと、ロッコは即答した。
「えっ!私は良い子だったよ?!」
「どこが?ははははは」
ロッコが笑って彼らを見ている。現れた護衛官らによって、彼らが捕まえることができた。けれど、そろそろ時間だから、子どもたちにおとなしくしてもらわないといけないので、護衛官らが素早く彼らの手と足を洗った。
「あなたもそろそろ準備した方が良いよ、ローズ」
「はい」
ローズがうなずいた。ロッコが微笑んで、しばらくローズを見つめてから、屋根の上に飛んで行った。ローズは飛んで行ったロッコをしばらく見てから、侍女達と一緒に支度しに行った。
着飾っている百合がとても美しかった。今日は彼女が変化を解いて、赤い瞳と白い髪の毛をそのままさらけ出した姿だった。ありのままの姿を受け入れてくれた男の元へ嫁ぐその姿はとても凜々しい。百合の覚悟を表したものだ、とローズは思った。
百合は自分で刺繍した服装を纏って、きれいに着飾っている。銀色の糸で美しい絹を刺繍して、紛れもなく貴族の証だ。白銀の髪の毛にキラキラと光っているティアラにいくつかの宝石がきれいに調和している。百合の母であるフレイは微笑んで、愛娘を見つめている。
貴族の定めだ、と彼女は知っている。遠くへ嫁いでいても、自国を忘れてはならない。これからの百合は、嫁いだ先のスズキノヤマと自国のアルハトロスの架け橋になるように、とフレイは願った。
「奥様、ダルゴダス様がお呼びになります」
一人の武官が入って、知らせて来た。フレイがうなずいて、百合の手を取って、二人はゆっくりと歩いた。ミレーヌとソライヤは二人の後ろに歩いた。その次は長女であるローズと三女の菫があるいている。
「お待たせ致しました」
フレイは丁寧に言って頭を下げた。すると、ダルゴダスが手を伸ばして、うなずいた。ソライヤは百合をファルマンの隣に立たせてからミレーヌの隣で座った。
ファルマンは百合の手を取って、二人でダルゴダスの前に座った。ダルゴダスが法律を読み上げて、結婚規約を二人の前に述べた。
「アルハトロス王国、青竹の里、領主ダルゴダス公爵次女、百合・ダルゴダス、一度だけ尋ねよう。この男、名はファルマン・アルセンナ、身分はスズキノヤマ帝国、子爵。彼とこの結婚を進めても良いのか?」
「はい」
ダルゴダスの質問に、百合はうなずいた。すると、ダルゴダスはペンをファルマンに差し出した。ファルマンは証明書を読んでから、自分の名前を書いた。ファルマンがダルゴダスにペンを返すと、ダルゴダスがそのペンを受け取った。
「ファルマン殿、わしの娘、百合はわがままでじゃじゃ馬な娘だが、わしにとって、かわいい娘だ」
「はい」
ファルマンが緊張して、うなずいた。
「百合を大切にしてくれ」
「全身全霊で、百合を大切にして、生涯をかけて、彼女を愛し、養い、幸せにし、お守り致すことを、誓います」
ダルゴダスがうなずいて、証明書に名前を書いた。証人として、柳がサインしてから、大使のズルグンがサインした。
この結婚は、スズキノヤマにとって、大変重要な事だ。エフェルガンは彼らを見てうなずいた。これから楽しみだ、と彼が隣に座っているローズの手をにぎった。
「そなたら二人は、正式な夫婦となった」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、百合を頼んだぞ」
「はい」
ダルゴダスはファルマンと百合を見て、うなずいた。ファルマンは百合のヴェールを丁寧に上に巻き上げると、百合の顔が見えた。
赤い瞳に、白い髪の毛だ。
「きれいですね、百合」
「ありがとうございます」
ファルマンが言うと、百合が恥ずかしそうに微笑んだ。すると、ミレーヌが立ち上がって、魔法の輪っかを開いた。二人はその輪っかをくぐって、そのまま神殿へ入った。しばらくしてから、彼らが戻って、ダルゴダスに神殿で祝福を頂いたことを報告した。ダルゴダスがうなずいて、宴を合図した。
「僕たちの結婚と比べたら、案外早く終わったな」
エフェルガンがローズに言うと、ローズが微笑んだだけだった。ローズがエフェルガンと結婚したときに、龍神との対面が一番時間がかかったからだ。今回はそれがなかった。司祭が祈って、終わった。
「改めて、僕と結婚してくれて、ありがとう、ローズ」
「私こそ、いつも大切にしていただいて、御礼を申し上げます」
ローズが丁寧に言うと、エフェルガンは微笑んだ。二人は子どもたちと合流して、ともに食事することにした。
「あら、エルキア殿も来ているんだ」
ローズがズルグンの隣にいるエルキアを見て声をかけると、エルキアは丁寧に挨拶した。
「友の妹君がご結婚なさると聞いたので、気になってしまいました。どうしても見たいので、無理を言って、来てしまいました。皇后様、妹君のご結婚おめでとうございます」
エルキアが言うと、ローズが微笑んで、うなずいた。
「妹の結婚に祝福して下さって、嬉しく思います。ありがとうございます」
ローズが言うと、エルキアはまた丁寧に頭を下げた。ローズの子どもたちが現れると、皆で食事をした。とても和やかな雰囲気でエフェルガンたちは舌鼓ながら、会話した。
「あれはガルタ将軍でございますね」
エルキアが別の机で座っているエルク・ガルタを見て、ズルグンに聞いた。ズルグンがうなずいて、微笑みながらパンを取った。
「さよう」
ズルグンはそう言いながらパンをちぎって、スープに入れた。
「あの若い女性は?」
「ローズ様の妹君、三女の菫様でございます」
「菫様か・・。お二人の関係は?」
「とても良い関係のご友人、と言いましょうか」
ズルグンは微笑んで、スープを飲んだ。
「菫様が来年成人になられるので、ガルタ将軍にとって、とても良い機会だと思います」
「そうでございますね」
エルキアがうなずいた。けれど、彼らの周りにも若い武人達が必死に菫に話をかけている様子が見えた。
「ガルタ将軍がこれから大変ですな」
ズルグンがスープを飲みながら言った。このパンをそのまま食べても美味しいけれど、スープと合わせて食べると、その美味しさが増していく、と彼は思った。
「菫様は、まだご婚約していらっしゃらないのですか?」
「まだでございますね」
「ガルタ将軍が早くなさった方が良いかもしれません」
「当然、彼もそれを考えているのでしょう。もたもたしたら、彼女が他の男に取られてしまうから」
ズルグンが真剣な顔で二人を見て、うなずいた。エルキアもうなずいた。そして彼の視線が皇帝エフェルガンに移った。エフェルガンが葡萄酒を飲みながら、遠くから二人のことをとても気にしている様子が見えた。
「まぁ、今日はガルタ将軍にお任せしましょう。はい、ブロッサ子爵殿、もっと召し上がれ。ダルゴダス家の食事はとても美味ですよ」
ズルグンが微笑みながら机の上にある料理をエルキアに勧めている。エルキアはうなずきながら、料理を自分のお皿に盛った。確かにこの屋敷の料理は美味しい。エルキアが料理を堪能している間に、ズルグンは手を合わせて、考えながらエルク・ガルタと菫を見つめている。
昼餉が終わると、子どもたちが子ども棟に入った。人が多いので、何が起きたらまずい。それを想定して、彼らの護衛官らも子ども棟に入った。ローズはエフェルガンの隣で、外国から来た王家らの挨拶を受けた。結婚の披露宴なのに、客同士が外交の話し合いは普通だ。
「今日の主役が百合さんとファルマン殿なのに、彼ら以上に挨拶をもらったのは私たちで、なんだか悪い気がした」
ローズが毒味役のアマンジャヤからお茶をもらって、少し休憩した。エフェルガンがうなずいて、向こうにいるファルマンと百合を見ている。
「ローズはミレーヌ姫のところへ行って。ジャタユ王子が来ているから、先に挨拶してくれ。僕は後ほど挨拶していく」
エフェルガンが少し考えてから言った。ローズがかなり疲れているからだ、とエフェルガンは思った。実際に、ローズが息子たちの縁談を何度も断った。いくらなんでも、三人がまだ小さいからだ、と彼女は思った。
「分かったわ。またどこかのご夫人から縁談の話になれば、あなたに言うように、と伝えるね」
「ああ、そうしてくれ」
エフェルガンが微笑んで、ローズを見ている。そして彼がハインズとソラに、ローズと一緒に行くように、と合図した。三人がエフェルガンの前からいなくなると、ズルグンはエフェルガンに近づいた。
「エルムンド国の代表がガルタ殿に対して、ご不満を口にしたそうでございます」
ズルグンが微笑みながら、小さな声で言った。微笑みながら言う理由は、他の人が見ても怪しまれないからだ。
「ほう」
エフェルガンも笑みを浮かべながらうなずいた。完全な外交仮面だ。
「三女を諦めるように、と彼が申しました」
「我々が上の二人を取ったからか?」
「さよう」
ズルグンがうなずいた。
「三人目は自分たちが取る、と彼がガルタ殿に言ったら、ガルタ殿は相手にせず、ただ微笑んだだけでございました」
「正しい判断だ」
エフェルガンは微笑んだ。
「手を出さなければ、相手にする必要がない。だが、油断するな、と伝えよ」
「かしこまりました」
ズルグンがうなずいた。
「ファルマンは来週、我々と一緒にスズキノヤマへ帰るが、ガルタはしばらくこの里に行ったり来たりすることにしよう」
エフェルガンが少し考えてから、ズルグンに言った。ズルグンが小さくうなずいて、エフェルガンを見ている。
「また留学の延長ですか?」
「彼はしばらく海外空軍基地の将軍に任命する。アルハトロス周辺にあるすべての空軍基地の総合将軍にする。ついでに、可能ならば、空中戦闘も習ってもらいたい」
「かしこまりました。狙いの先生がございましたら、話を付けますが」
「リンカの父、ヒョー殿だ」
「あの御仁ですか・・」
「知っているのか?」
「はい」
ズルグンがうなずいた。
「白猫のヒョーという戦神だ、と聞いております」
ズルグンは丁寧に答えた。
「ですが、彼はとても危険な男でございます」
「分かっている。が、エルク・ガルタは彼のほんの少しの知識を得れば、我が国にとって、とても大きな力になるだろう」
エフェルガンはうなずいた。
「それにヒョー殿は空中で戦える。それがとても素晴らしかった。ぜひ、ほんの一部だけでも良いので、分けていただきたい、と丁寧に頼んでくれ」
「かしこまりました。ヒョー殿にそう伝えて参ります」
ズルグンがうなずいた。
「あと、ダルゴダス殿に、暗部の教育も頼みたい。そのための支払いもする」
「暗部でございますか?」
「ああ」
エフェルガンがうなずいた。
「エトゥレやオルカなど、数名をこの里で教育を願いたい。ロッコ殿の招待だ、と忘れずに申すが良い」
「ロッコ殿が?」
「そう申せば良い。ロッコ殿が知っている」
エフェルガンがうなずいた。
「とにかく」
エフェルガンは立ち上がって、ズルグンを見ている。
「エルク・ガルタに伝えよ。三女を、必ず手に入れよ。本や宝石など、彼女が望む物があれば、すべて揃えよ」
「かしこまりました」
ズルグンが頭を下げた。エフェルガンが遠くから手を振ったローズとジャタユ達を見て、手を振って、笑みを浮かべながら彼らの元へ向かった。




