712. アルハトロス王国 悩み
「やぁ、欅さん」
「あ、ミライヤさん、こんにちは」
「あはは、こんにちは。今はミレーヌという名前を名乗っているの」
「そうだったね。ごめんね、ミレーヌさん」
欅はにっこりと微笑みながらミレーヌを見ている。
「問題ないわ。で、どこかへ出かけるの?」
「うん、親方様の頼みで、首都まで行くんだ」
「あら」
ミレーヌが馬車の中身を覗いてみると、荷物が多い。欅がこれから納品しに行くのでしょう、とミレーヌは思った。
「一人で?護衛の人は?」
「護衛官と一緒でね。あの人だよ。イルカというらしい。レベル8だそうでね」
「へぇ」
暗部なんだ、とミレーヌが馬車の運転手と会話している男を見ている。
「首都へ行くなら、私と一緒に行かない?その方が早くなるよ」
「それもそうだね」
欅がうなずいて、荷物を見て、またミレーヌを見ている。このような大量の荷物を持っていくと、一日もかかりそうだ。欅は早めに用事を済まさなければならない事情があるからだ。今週末、彼の妹の百合が結婚するため、彼はその準備に追われている。
「じゃ、お願いしようかな」
「あいよ」
ミレーヌが微笑んだ。
「私がもう少し買い物したいけど、・・うーん、そうね、あと一時間ぐらいで、そこの角で待ち合わせようか」
「分かった。一時間後だね」
「あいよ。また後でね」
ミレーヌが手を振って、数人の配下と一緒に店に入った。欅もまたせっせと荷物を運んで、馬車に詰め込んだ。
約束の時間になると、欅達が馬車に乗って、ミレーヌが指定した場所へ移動した。そこではすでにミレーヌの配下達がいる。彼らの手には大きな袋があった。ミレーヌは遅れて来て、彼らを見て、微笑んだ。
「これで全員かな?」
「はい」
従者の一人が答えた。ミレーヌはうなずいて、魔法を唱えた。場所移動するための輪っかが現れると、彼らがその輪っかをくぐった。
あっという間に、龍神の都に着いた。
「本当に早いですな、欅様」
「まぁ、ね」
イルカが言うと、欅は笑って、うなずいた。
「欅さんはこれからどこへ行くの?」
「僕はこれからいくつかの店に行って納品するけど、ミレーヌさんは?」
「私は宮殿へ直行する。陛下はローズちゃんの本が気になって、頼んできたの」
「言えば良いのに。一冊ぐらいならあげるよ」
「ははは、一冊ならもらったけどね。残念ながら私が頼んだのは二百冊でね」
「そんなに?!」
欅が驚くと、ミレーヌは苦笑いした。
「ローズの愛好会、ラウル達も欲しいってさ」
「あ~、なるほど」
欅はなぜか納得して、うなずいた。彼が良く知っている。ミレーヌの部隊、レネッタ王国特殊部隊のほとんどがローズのことが好きだ、と周囲にいる人々から聞いた。食事処や飲み屋では赤い服が特徴的な彼らはローズの話になると、異常なほど興味津々で、熱心だ。そしてほとんどの彼らがローズの絵を持ち歩いている。
お守りだ、と。
欅が彼らのことは個人的に知らない。けれど、そこまでして、自分の妹を慕ってくれたことを聞くと、なんだかとても嬉しい。まるで神様を慕うほどだ、と彼は思った。
「えーと、ミレーヌさん、ちょっと聞いても良い?」
「ん?」
「まさかだと思うけど、ミレーヌさんは、ローズちゃんの絵を持ち歩いてしていないよね?」
「持っているよ」
ミレーヌが即答すると、欅は驚いた。
「え?」
「え・・って?」
「いや、ローズちゃんの絵って、何で?」
欅は首を傾げた。すると、ミレーヌがカバンから一枚のお守りと取り出して、欅に見せた。
「テア神殿、勝利祈願」
欅はそのお守りに書かれている文字を読んだ。そしてそのお守りに描かれてる女性を見つめている。
どう見ても、ローズだ。ただ、その絵にある女性が狐の耳をしている。鮮やかな紅色の耳が刺繍でとてもリアルだった。
「この人が、ローズちゃん?」
「その顔にある模様はローズちゃんしかいないでしょう?」
「確かに」
欅がうなずいた。ローズの顔の模様は庭人形だったローズに柳が描いた落書きだった。けれど、そのことは多く知られていない。身内だから知った、ローズの秘密だ。
「でもなんでローズちゃんがテア神殿に?」
欅がそのお守りをミレーヌに返した。ありがとう、と。
「彼女は女神テアだから」
ミレーヌがそのお守りを大切に触れてから、カバンに入れた。
「レネッタにとって、かけがえのない、とても大切な女神だよ」
「良く分からないけど」
欅が首を傾げると、ミレーヌは微笑んだ。
「まぁ、分からなくても良いんじゃない?」
「うーむ、確かに彼女の周りに龍がいる、ということぐらいは知っているけど」
「それだけじゃないんだ」
ミレーヌが欅を見上げた。本当に大きな鬼人だ、と彼女は思った。けれど、とても穏やかで、優しそうな人だ。
「ローズさんは本当に女神なんだよ、欅さん。そのままの意味で、人の姿で歩き回っている女神なのよ」
「あのローズちゃんが?」
「そうだよ」
ミレーヌが微笑んで、うなずいた。
「なぁ、みんな?」
ミレーヌが周囲にいる配下に聞くと、全員うなずいて、ポケットからそれぞれのお守りを出した。それを見た欅とイルカが思わず苦笑いした。
「そういうことね、欅さん」
「良く分からないけど、ローズちゃんを大切に思ったことを、改めて嬉しく思った」
欅は優しい笑みでミレーヌ達を見て、頭を下げた。
「ありがとうございます」
欅を見ると、ミレーヌが微笑んで、うなずいた。やはり欅が優しい人だ、と彼女は思った。そして欅はミレーヌ達と別れて、納品する予定の店に向かった。
「この調子なら仕事が早く終わりそうだね」
「はい」
数軒廻ったところで欅が言うと、イルカはうなずいた。
「お昼はどうしようか?」
「ダルゴダス様がいつも訪れる店がありますが、行かれますか?」
「良いね。案内して」
「はい」
イルカがうなずいて、馬車の運転手に指示を出した。しばらくすると、彼らはある店の前に着いた。馬車の運転手が馬車を止める場所を探すと、店の下男が彼らを駐車所へ案内した。欅とイルカが店の中に入ると、店の主人は欅を見て、すぐに分かった。
「ようこそ、欅様」
「あれ、僕のことを知っているの?」
「もちろんですとも」
店の主人は微笑みながら彼らに案内した。
「私は昔料理長の下で修業しましてね」
「そうか」
欅がうなずきながら、メニューを見ている。彼が気になった料理を頼んで、護衛官と駐車場にいる馬車の運転手の分も注文した。
「お待たせ致しました」
「うわ、美味しそうだね」
店の主人が欅が注文した料理を運んで来て、机の上に並べた。欅の向かい側に座っているイルカの料理も並べられると、二人とも嬉しそうに手を合わせた。しばらく二人が舌鼓している間に、他の客が入って、メニューを見ながら会話している。仕切りがあるため、彼らは欅たちが食べている姿が見えない。
「聞いたか?あれの娘が結婚するってさ」
「へぇ。どこの男があれと結婚するの?」
「遠くからの貴族らしい」
「物好きだね」
彼らはいくつかの料理を頼んで、また会話した。
「あれの姉ちゃんも外国人と結婚したってさ」
「じゃ、今海外に?」
「まさか。あれが今でも親の家にいるらしい」
「なんていう女だ」
一人の男が吐き捨てたかのように言った。
「医療師らしいぞ」
「女の分際で」
「女なんてそんな難しい仕事なんてできるはずがないさ」
「その通りだ」
彼らがしばらくだんまりして、飲み物をグラスに注いだ音がした。欅が静かに食べながら彼らの話を聞いている。
「女が王様なんかやってて、この国はもうだめだね」
「男が弱いから、女が偉くなったんじゃねぇ?」
「ははは、言えてる。そもそも良い男がもう残っていなかったと言う話だったから、異世界から男を調達したわけか」
それを聞いたイルカが食器を置いて、鋭い目で欅の後ろにある仕切りを見ている。
「お客様」
一人の下男が彼らの前に来た。
「なんだ?」
「店主はお客様のために料理のご提供ができないと申し上げております。その飲み物は無料で差し上げましたので、どうぞお帰り願います」
「はっ!なんだと?」
隣の席の客が怒り出して、下男に声を荒げている。
「今すぐに、お店から出ていて下さい」
下男がはっきりというと、男は立ち上がって、殴ろうとした。けれど、欅の蔓の方が早かった。欅の蔓は彼の手にぐるぐると捕まえた。
「何だ?!」
男が突然出て来た蔓に驚いた。欅が椅子を立ち上がって、仕切りの向こうから男を見ている。
「お店の人はあなたに出て行くようにとお願いしたんだよ」
「何だお前は?!」
「人の名前を尋ねる前に、まずあなたの名前を名乗るのが常識だろう?」
欅が涼しい顔で言うと、男は瞬いた。目の前の男が大きい。イルカがもうすでに動いて、もう一人の男を押さえた。店主は厨房から現れて、怖い顔で下男と同じ言葉を言った。
「さぁ、出て行け!二度と来るな!おい、塩をくれ!しっしっ!」
欅が蔓を解除すると、店主は二人の男を店の外へつまみ出した。二人が激しく抗議したものの、店主は容赦なく彼らに塩を撒いた。もともと里の出身である店主や下男にとって、大王ダルゴダスとその家族に対する侮辱が受け入れがたいことだ。
「申し訳ありません、欅様」
店主は欅に頭を下げた。
「良いんだ」
欅はため息ついて、隣の机を掃除している下男を見ている。
「あの人たちの注文は、僕が買いますよ」
「大丈夫でございますよ」
店主は苦笑いながら首を振った。
「なら、お弁当にしてくれると嬉しいな」
欅が言うと、店主は仕方なく、うなずいた。実際の所、あの人たちの注文料理はすべて出来上がってきたのだ。
「そこまで言うのなら・・」
店主がうなずいて、厨房へ戻って行った。
「イルカさんも、食事を終わらせましょう」
「はい」
イルカが自分のお皿を見て、うなずいた。彼はチラッと食事をしている欅を見て、無言でまた自分のお皿に集中した。
味なんて分からない。食欲がなくなってしまったけれど、とりあえず食事をしただけだ。イルカは手を合わせて、食事に感謝した。欅も手を合わせて、ゆっくりと白湯を飲んだ。
「店主、ご馳走様でした」
「ありがとうございます、欅様。またお越し下さいませ」
「うん。とても美味しかったよ」
欅はまとめて支払ってから、微笑みながら手を振って、店を後にした。二人が店を後にして、もうとっくに食事を終えた馬車の運転手と合流した。
「お弁当があるけど、どうしようかな」
「どうしましょうか」
欅が言うと、イルカは苦笑いして大きな箱を見ている。さすがに彼がおなかがいっぱいだ。欅でさえ、おなかがいっぱいで食べられない。
「まぁ、知り合いがいれば、あげても良いと思うけどね」
「ははは、そうでございますね。欅様は首都でのお知り合いはいらっしゃいますか?」
「うーん、ミレーヌさん意外、ほとんど商売関係ばかりだしな」
ミレーヌは欅の従兄弟だけれど、レネッタの姫君だ、とイルカが思った。いくら何でもこのような弁当は食べないだろう。
「止まれ! こらぁ!」
突然馬車の前に一人の男が現れた。イルカが瞬時に武器を抜いて、動こうとしたところで、欅は彼を止めた。
「何の用?」
欅が穏やかな声で聞いた。
「お前! 良くも俺たちを侮辱したな!」
その男が欅に文句を言った。体が大きな欅は彼を見て、ため息ついた。
「怒らないといけないのは、僕の方なんだけどね」
欅は馬車から降りた。当然、イルカも降りて、周囲を警戒している。
「君たちは、僕の家族を侮辱したんだからね」
欅が言うと、彼らは一瞬にして気づいた。そして次の瞬間、訳が分からないほど、震えてしまった。
この男は、鬼人だ。
けれど、それが遅かった。穏やかな欅の顔が変わった。欅の口から牙が出て来て、その目も、明るい茶色から鮮やかな赤い色になった。
二人は剣を抜いて、構えた。それをみたイルカも自分の武器を構えている。
「イルカさんはそこにいて」
「ですが」
「僕が彼らに話を付けるよ」
欅はそう言いながら前に行った。彼の周囲にある蔓が発動して、うようよとしている。イルカが思わずうなずいて、欅を見ている。
一言で言うと、恐ろしい。
欅の腕からも葉っぱが現れた。
「僕は暴力が嫌いだよ」
欅はまた前に進んで歩いている。
「けどね、僕の妹たちが悪口をされたら、僕が許さない」
バーン!
欅が手を振った瞬間、男らが数メートルも飛ばされて、木々にぶつかった。
「ちなみにね、僕の妹たちはとても心優しい女性たちだよ」
バーン!
欅は倒れた男の一人にまた投げ飛ばした。その衝撃波でその男がびくっと動かなくなった。イルカが無言で欅を見ている。こんなに怒った欅を初めて見た。
柳と同じぐらい、恐ろしい。
けれど、いつも穏やかな彼に、誰もが彼は無害だと思った。武人レベルが0でも、鬼神は鬼神だ。欅は、紛れもなく、鬼神だ。鬼人と言う名前で言っても、中身は鬼神だ。怒った鬼神をやめさせることができるのは鬼神だけだ。イルカはそれをよく知っている。なぜなら、彼もまた異世界から来た一人だったからだ。
「あら、欅さん」
その声が聞こえると、欅は振り向いた。ミレーヌ達がいる。欅がもう動けない男を見て、そのままため息ついた。
「ミレーヌさん」
欅は近づいているミレーヌを見て、またため息ついた。
「喧嘩?」
「まさか」
欅は足下で動かない男を見て、首を振った。
「彼らはローズと百合を侮辱したんだ。だから、少しお仕置きしただけだよ」
「へぇ」
ミレーヌは足でその男を動かした。
「こいつとあいつがローズを侮辱したって?」
「女の分際で医療師をやってる、とか言ってたよ」
「ほう?」
ミレーヌが合図を出すと、ラウルはその男をつかんで、彼らのほっぺを叩いた。男が気がついたけれど、欅を見て、失禁して、また気を失った。ラウルの配下は彼らを拾って、ミレーヌにうなずいた。
「彼らのことを任せて」
ミレーヌが言うと、欅がうなずいた。
「分かった」
欅は力を鎮めて、元通りになった。けれど、体中から葉っぱがたくさん出てしまって、しばらくそのままになってしまった。
「葉っぱね。変わらないね、欅さん」
「うん、だから嫌いだよ」
「まぁ、仕方ないね」
ミレーヌが微笑んで、欅を見ている。
「でも、なんでミレーヌさんがここにいるの?」
「女王陛下が言ったから。怒った鬼人がいるってね」
「もしかすると、僕のことかな・・?」
「他に誰がいるの?」
ミレーヌは苦笑いして、欅を見ている。イルカがミレーヌを見て、女王はミレーヌたちを送ったことに違いない、と彼は理解した。
「これからまた宮殿へ戻るけど、少し寄っていく?」
「ううん」
欅は首を振った。
「これからあと数軒の店に納品をしなければいけないんだ」
「そう」
ミレーヌは馬車を見て、うなずいた。
「女王陛下が少し話したいことがある、と言ったけど、まぁ、今じゃなくても良いと思うわ」
「うーん、まさか、菫の縁談じゃないよね?」
「それもあるけど」
ミレーヌが微笑んだ。
「あなたの縁談について、と言ってたような・・」
「断って下さい」
欅は即答した。
「僕の相手は自分で選ぶ」
「だと思った」
ミレーヌが笑って、うなずいた。
「ミレーヌさんだって自分の伴侶を自分で選んだでしょう?」
「そうだよ」
「そういうことで、女王陛下だって暇じゃないんだから、いちいち他人の縁談に関わらないでもらいたい。僕の縁談もそうだけど、菫さんの縁談も、気にしないで下さい、と伝えて」
「あいよ」
ミレーヌがうなずいて、微笑んだ。本当に似ている、と彼女は思った。柳も、ローズも、きっと彼と同じことを言うのでしょう。欅は馬車にある弁当を取り出して、ミレーヌの配下に渡した後、馬車に乗り込んだ。欅が手を振って、馬車がまた動き出した。ミレーヌは弁当箱を持っている配下を見て、眉をひそめた。
「あれは?」
「お弁当だそうです」
「でも二つだけだし」
「あの二人の分、だそうです」
「は?」
ミレーヌはやっと目を覚ました二人を見て、ため息ついた。呆れた、と。
「二人とも大した怪我はしなかったようです」
ラウルが言うと、ミレーヌがうなずいた。
「相手が欅で良かった。柳やファリズだったら、もう首がどこに飛んでしまうとやら」
ミレーヌが彼らを見て、ため息ついた。この人たちは恐らく周囲の国から来たのであろう。けれど、アルハトロスもつい最近まで、ローズの活動に良く思わない者もたくさんいた。
女性が医療師なんて、聞いたことがない話だ。だからたくさんの人々にとって、その事実はとても刺激的だった。けれど、ローズは諦めないで自分の道を突き進んでいる。この国の女王も、きっと同じだ。女性が王になるなんて、初めてのことだからだ。
レネッタも、ローズに憧れて、これからもたくさんの女性も社会に出てくるでしょう。
男女ともに、手を取り合って、国を再建する。
戦争の記憶に苦しんでいるのは、アルハトロスだけじゃなくて、レネッタもそうだ。そして、意外と、スズキノヤマも、同じく国を再建している。
「二人を連行して、宮殿へ戻るよ。二人の取り調べはアルハトロス側に任せるわ」
「了解です」
ラウルがうなずいた。ミレーヌが魔法の輪っかを開くと、彼らがその輪っかをくぐった。
あれから数時間が経った。
その日の夕方、一人の家臣が鈴に報告書を持って来た。
「陛下、二人を解放致しました」
「そう。ご苦労であった。下がって良いわ」
「はっ。失礼致します」
その家臣が頭を下げて、執務室から出て行った。鈴がため息ついて、立ち上がって、窓のそばに行った。美しい中庭が見えて、彼女はしばらくその中庭を見つめている。
あの二人がアルハトロスの周囲の国、エルムンドから来た、と暗部が報告した。欅はその二人を倒した後、あの店で買った弁当をミレーヌの配下に託した。そしてミレーヌの配下は宮殿の暗部にその弁当を託した。
二人がかわいそうだから、後で食べさせて、と欅の伝言も伝えられた。誰もが聞いて呆れたことだ。欅が優しすぎる、と報告を聞いた鈴は思わず笑った。
旅人である二人は、アルハトロスのことが良く分からないからそのようなことを言った、と鈴は思った。けれど、それもアルハトロスの民だってそうだ。他国のことを知ろうとしないからだ。どの国でも、自分たちが大事だ。取り調べの結果、二人がただ聞いた話を喋っただけだったことが分かった。なので、エルムンド国の大使を召喚されて、大使の前で二人が二度とそのようなことを言ってはならないと約束してもらった。その後、彼らの身柄は大使に引き渡された。
考えてみると、もし同じことが起きたら、アルハトロスも、スズキノヤマも、どれも同じだ。そしてレネッタも、きっと同じでしょう。そう考えた鈴がため息ついた。
どの国も鬼神を恐れている。そして同時に、憧れている。鬼神だけではなく、唯一の龍神族であるローズに対しても、どの国も彼女を恐れて、欲しがっている。アルハトロスが彼らを守らなければならない。けれども、それが単純なことではない。
鬼神が強い。鬼神がいるから、この国が攻められていない。少なくても、攻めようとした国々が戸惑って、二度三度も考え直すでしょう。なぜなら、世界最強と言われたモルグでさえ負けたからだ。そして、モルグが龍たちによって、滅ぼされた。
しかしながら、女性鬼神が男性鬼神よりかさほど強くない。けれども、魔力は女性鬼神の方がとても高い。これは暗部だった鈴が知った情報だ。
純粋の鬼神族はともかく、と鈴が思った。ダルゴダスが始めとして、純粋の鬼神族は数名しかいない。ダルゴダス家にいる料理長セティ、侍女長のセシル、ミレーヌの母親でありダルゴダスの妹であるソライヤ、そしてあの里に数人の職人や武人・・、最後にスズキノヤマへ渡ってしまったダルゴダスの息子、ファリズだ。
それらの純粋な鬼神族以外はほとんど鬼人だ。ダルゴダスの息子たちはファリズ以外、鬼人だ。それでも、彼らもまた強い。弱いと言われている欅と百合でさえ、本気で力を使えば、国一つ滅ぼせるほどの威力がある。これは神である鈴が彼らの力を見抜いて分かったことだ。恐らく、彼ら本人でさえ、気づいていないでしょう。
菫も強い。だから鈴はどうしても彼女を国内に留めたかった。しかし、彼女の好みの男性を考えると、非常に難しいであることも理解している。あの百合でさえ、難しかった。百合はローズと良い勝負ぐらい、数々の縁談を壊した。やり方はローズよりかずっとかわいいけど、と鈴は思った。
「どうしようかな」
鈴が一人ごとして、また考え込んだ。鈴はこれ以上、鬼人をスズキノヤマへ渡したくない。しかし、どう考えても、答えが出ない。
トントン
「はい」
鈴が振り向いた。扉が開くと、家臣が現れた。
「陛下、オメルティア商店からの荷物が届きました」
「あら、そう?ここに運んで頂戴」
「はっ」
家臣達がうなずいて、大きな箱を運んで、机に置いた。箱を開けると、数々の食器が現れた。
「きれいだわ」
鈴がその箱からお皿を一枚取り出した。これは欅の作品だ、と鈴はすぐに見抜いた。今日、納品された物だ。
「確かに受け取ったわ」
鈴は箱を確認して、うなずいた。すべてきれいに飾られて、アルハトロス王家の紋章付きだ。
「これを明日、ダルゴダス家に届けられよ」
「はっ」
「下がって良い」
鈴が言うと、家臣達が再びその箱を外へ運んだ。非効率的なやり方だと分かったものの、そうしなければならない。可能な限り、仕事をたくさん回さなければならないからだ。
鈴がまた考え込んだ。しかし、しばらくすると、日が傾いて、執務室が暗くなり始めた。
「あら、もうこんな時間」
鈴は机を片付いて、部屋を出て行った。これからこの宮殿にいるレネッタの王、ノルガザーに夕餉をともにする約束した。彼女は微笑みながら、灯りの光で照らされている廊下に歩き出した。




