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人形姫ローズ  作者: ブリガンティア
スズキノヤマ編
70/811

70. スズキノヤマ帝国 キヌア島(1)

「ローズ、今大丈夫か?」


エフェルガンは勉強部屋の扉から現れてきた。風呂上がりで、濡れた頭をタオルで乾かしながらローズが書いた課題一枚を手に取って、読み始めた。


「うん、ちょうど最後の課題が終わった。あと小論文だけで、今日は疲れたからもう休むことにするわ.明日の朝早くから書くかな」

「ふむふむ、なるほど。そういうことか」


エフェルガンがうなずきながら、課題を読みながら言った。


「うむ」

「小論文は旅先でも書ける。明日は朝早くから出発するよ」

「うむ」

「手紙で提出すれば良い」


エフェルガンがそう言って、ローズを見ている。


「そうか」

「ローズ、ちょっと僕の部屋に来てくれる?見せたいものがある」

「うん」


エフェルガンは手にした課題の紙を返した。ローズは机の上に散らかっている紙をきれいにして、小論文に必要な本1冊を選んで、整理した。インクの瓶の中身を確認してから、ペンを筆箱に入れた。これで明日準備ができた、と。


ローズの部屋とエフェルガンの部屋はとても近い。というか居間を挟んで向かい側にある。それらの部屋が、元々この城の昔の主夫婦の部屋だったらしい、と。


荷物を部屋に置いてからローズはエフェルガンが待っている扉の前に行って、そして彼の部屋に入る。


「おじゃまします~」

「どうぞ。入って」


エフェルガンの部屋はとても広い。ローズのと違い色合いだったが、とても気品がある部屋だ。広さは彼女の部屋の二倍ぐらいだ。大きな屋根付きの寝台がある。その近くにソファとテーブルがあって、向う側にも机と棚がある。またいくつかガラス付きのタンスが壁に並んでいる。そして寝台の向い側の壁に、彼女の絵が飾られている。屋根の上でエフェルガンが描いた絵だった。


「あの絵・・」

「ローズの顔だ。寝る前に見る顔で、起きても最初に見る顔だ」

「そう言われると、なんか恥ずかしい」


エフェルガンが微笑んだ。


「またローズの絵を描きたい。まだ約束を果たしてないからね」

「満月の日に、絵を描くんだよね」

「そうだね。色々と忙しすぎてなかなか満月のときに会えなかった」

「うん。で、ここに呼ぶ理由はその絵についてじゃないと思うけど・・」


ローズが言うと、彼がうなずいた。


「そうだね。ローズの短剣のことだ。残念ながら行方不明になってしまったようだ。手鏡も見つからなかった。髪飾りは見つかった。フォレットに返した」

「そうか」

「短剣がないと困ると思うから、僕の短剣をあげようと思う」

「え、良いよ・・」

「いや、是非もらって欲しいんだ。僕の短剣でローズの守りになれば、嬉しい」

「ありがとう」

「これらは僕の個人で集めた短剣だ」


エフェルガンはガラスのタンスのドアを開けて、数々の短剣をローズに見せた。


「気に入るものがあればローズにあげるよ」


エフェルガンは何本か短剣を取って、テーブルに並べた。どれもとても見事な短剣で、目が奪われるほどの美しさだ。


「やはりローズって宝石を見るよりも、本と武器を見ると目が輝いている」

「うむ」

「気に入ったのがある?」

「抜いても良いですか?」

「良いよ」


エフェルガンがうなずいた。


「ありがとう」


ローズが短剣を取って、鞘から抜いた。


「こだわりがあるのか?」

「うん。にぎって、どんな感じかが知りたい。体の一部になる物だからね」

「ふむふむ」

「あとは鞘よりも短剣その物の質を確かめたい」

「分かるのか?」

「私は一歳から短剣をにぎり始めたんだ。里の一級の鍛冶屋が作った短剣だったから、その切れ味と重さ、そして堅さ、最後に金属の美しさが分かる。今まで使った短剣はとても美しく、実用的な短剣だった。鞘は欅兄さんが作ってくれたんだ。シンプルで良い。どの色の服でも合う。長く寝てしまった時以外は毎日欠かさず手入れをしていたの」

「毎日・・」

「うん。武器と防具は命に関わる物だから、ちゃんと愛情を持って、毎日、丁寧に手入れするんだ、と昔ダルガさんに教えられた」

「護衛官だった人だね」

「うん。よく覚えているね」


ローズがうなずいた。


「ローズの関係者をちゃんと覚えないといけないからね」

「うん。エフェルガンはすごいね」

「どうして?」

「私はそこまで覚えられないかもしれない」

「癖かな、これは」

「癖?」


ローズがその短剣を鞘におさめて、エフェルガンを見ている。


「身を守るために、すべて関わる者の名前や情報を把握しないといけないんだ」

「そうか」

「その短剣、気に入ったのか?」

「この中から一番良いかな・・と思って」

「よく分かるね」


エフェルガンがそう言いながら、その短剣を持って、抜いた。


「エフェルガンもそれを気に入ったの?」

「基本的にあのタンスにある物はすべて僕が気に入って集めたものばかりだ。ローズが先ほどにぎっていたこの短剣は、僕にとって一番質が良い物だと思っている」

「ならそれをやめよう。エフェルガンのお気に入りをもらう訳にはいけない。また無くしてしまったら大変だから」


柳の大切な短剣を失ってしまったことがあったから、ローズはため息つきながら、思った。


「問題ない。僕は普段他の短剣を使うから、大丈夫だ」

「いや、良いよ」


ローズが首を振った。


「ぜひもらって欲しい。短剣の良さが分かるローズなら、この短剣を使いこなすことができると思う」

「そんなに貴重な物なの?」

「そうだな・・この短剣はスズキノヤマの武器職人の名人が作った物だった。今はもう亡くなったけど、これはあの名人が作った最後の武器だったんだ」

「そうなんだ。だからか・・」


ローズがそう言いながら、うなずいた。


「だからって?」

「この金属の模様が・・武器を作った過程でできた模様なんだ。とても美しく、力強い短剣だな。この短剣を作った人の愛情を感じているわ」

「本当にローズって変わった女性なんだね」

「うむ」

「でも驚いたよりも、嬉しいよ。僕と同じものをみている人がいるんだ・・」

「私も嬉しい。短剣の話なんて、侍女たちに言っても理解されない。逆に刺繍の話なんて、私が分からないわ」


ローズがため息して、言った。


「刺繍がきらいなんだ」

「見るのは好き、使うのも好き。でも自分で作るのはごめんだ。裁縫や刺繍の修業に良い思い出がなかった」


ローズが言った。


「そうだったんだ」

「針が、ぐっさりと刺さって、手を貫通したの・・痛かった」

「それは痛そうだ」

「うん」


苦い経験だった、と。


「じゃ、その短剣をローズにあげるよ。この中で一番鞘が地味だけどね。旅から帰って来たら、良い飾り職人に頼んでもっと上品な鞘を作ってあげるよ」

「良いよ、これで。地味な物の方が使い勝手が良いんだ。どの服装でも合うから」

「少し着飾ったほうが、公の場にも合うんだ」

「うむ、確かに」

「まぁ、上品に作らせるよ」

「うん、ありがとう」

「あとは・・これもあげようと思ったんだ」


エフェルガンはテーブルの上にある数々の短剣を鞘にしまって、元の場所に戻した。そして彼は別の棚から一つの箱を手にして、ローズにあげた。


「開けても良い?」

「どうぞ」


開けたらその箱の中身は美しい手鏡だった。欅が作ったものとほぼ同じサイズだった。


「わ・・」

「気に入った?」

「うん。良いの?」

「是非使って欲しい。無くしてしまったから。それにないと困るよね。女性にとって必要なものだから」

「うん、ありがとう」


ローズがうなずいた。


「そもそも、なぜ手鏡を皇后陛下の屋敷に持って行ったの?」

「エフェルガンのことが心配で、鏡で見ようと思った。でも映ったのは戦火の炎ばかりだった」

「見られるのか?」

「うん」


ローズがうなずいた。


「一晩中、ずっと無事を祈った。あの屋敷の部屋の中にでも祈った」

「ローズ・・」

「私は無事を願うことしかできなかった。祈りの中で鏡は色々なものを見せてくれたんだ。言葉が届かなくても、思いなら届くかな・・って」

「ローズ」


エフェルガンがいきなりローズを抱きしめた。とても強く、そして熱く・・。


「エフェルガン・・」

「監禁されていても、僕のことを思ってくれたんだ」

「エフェルガンが心配だから・・」

「ありがとう」

「ううん。私こそ、エフェルガンに助けられた。ありがとう」

「お互い様だね」

「うん」


ローズがうなずいた。こんなにも距離が近い彼をみて、彼女が微笑んだ。


「ねぇ、ローズ・・」

「ん?」

「口づけしても良いか?」

「唇以外なら・・」

「その近くなら良いってことだね」


エフェルガンは指をローズの唇に当てて、優しくなぞりながら、唇の近くに優しく口づけをした。しかし、ローズの中に・・押さえきれない感情が湧いてきて、体が熱くなってしまった。彼を求めてしまいそうで、ローズはエフェルガンの体に手を回した。エフェルガンもまた強く抱きしめていて、その温もりを肌に伝わってきた。


「あなたたち、こんなところで何をしている?」


不機嫌そうなリンカの声が聞こえてきた。机の上に猫の姿で座っている。


「あ、いや、短剣と手鏡をもらったんだ」

「そうそう、それを渡したんだ」


ローズとエフェルガンが慌ててそれを言って、離れた。


「ふん!」


リンカが鼻を鳴らして、二人を見ている。


「じゃぁ・・そろそろ寝るね。明日早いし、・・だよ、・・ね?」

「う、うん・・そう、だね。お休み、ローズ」

「お休み、エフェルガン。・・色々・・ありがとう」


ローズとエフェルガンがうなずいて、手を振った。


「はい、さっさと部屋に戻るよ、ローズ」

「はい!」


その夜、ローズが、多分エフェルガンも、良く眠れなかった。リンカは猫の姿でローズの部屋にあるソファの上に一晩中ずっといた。


朝餉の後、ヒスイ城を出発した。今回は、ローズ、エフェルガン、護衛官リンカ、護衛官オレファ、護衛官ケルゼック、護衛官ハインズ、護衛官エファイン、毒味役ハティ、暗部エトゥレ、暗部兼医療師ガレー、この十人で旅しすることになった。


移動用の巨大フクロウは五羽が空に飛び立った。途中ローズの学校に寄って、時間外提出箱の中に課題やレポートを入れて、提出した。残りの小論文は旅先でゆっくりと書いて、輸送で提出するつもりだ。


ローズは今回の旅で、冒険者風の衣服を提案した。そこでエフェルガン達が賛同してくれることで、驚いた。という訳で、全員の身なりが地味な服装や冒険者らしいの身なりとなった。またエフェルガンのえらそうな言葉使いも一時封印することにした。毒味役のハティもさりげなく毒味鑑定をすることだ。暗部の者はこのような旅には慣れているけれど、日頃いつもえらそうなエフェルガンは慣れていない。彼にとって初挑戦だ。ローズも冒険している学生とエフェルガンの恋人役で、リンカは彼女の猫と友達役だ。このパーティはエフェルガンがパーティーリーダーとしての冒険者パーティーだという設定にした。荷物が少ない方が良いので、必要なものだけを持って行くことにした。それ以外の物は現地調達ということにする。目立たない身なりだ、と現地の生活が直に感じることができるし、より正確な情報を知ることができるかもしれない、とローズは思った。


最初に行くと決めた所はスズキノヤマの最北にあるキヌア島である。大きさは中型な島で、大きな町が一つと複数の小さな村ががある。この島の西と北側は海があって、海の向こう側はドイパ国の島がある。防衛の視点から見ると、この島は重要な位置にあり、スズキノヤマの軍事施設もある。


キヌア島の特産品は布である。良質の綿の布や絹まで作られて、島民の経済を支えている。穀物があまり育たないこの島で、魚介産業はとても重要である。本土との貿易で色々な食材が市場に溢れている、と本で紹介されている。


そのキヌア島に到着したとき、昼餉の時間が過ぎてしまった。フクロウは町の外に止めて一時預かりの所に休ませることになった。この島を訪れている旅人も同じようなフクロウを使っているため、至る所で、フクロウ用の預かり場所がある。ちゃんと水と餌も用意してくれる、という。


とりあえず今夜の宿を探すために街に入った。けれども、この日は祭りがあるから、どの宿もいっぱいの状態だ。屋台で、少し食べ物を買って食べてから、再び宿探しを試みていた。念のため、何人か別行動して、ローズとリンクで繋いで情報を知らせてくれる。ローズとエフェルガンとケルゼックは祭りの近くにある広場で町の様子を見ながら、待っていることになった。


祭り広場にはたくさんの人々で賑わっている。踊りも音楽もあって、とても楽しい雰囲気で溢れている。目の前に一人の踊り子がきれいな踊りを披露している。この地方の踊りでしょうか、とてもリズムがよく、明るい感じの踊りだった。周りの人々が音楽のリズムに合わせて手を叩いている。ローズも思わず手を叩いていたら、その踊り子は彼女の所にきて一緒に踊ろうと誘ってくれた。きっと小さな子だと思われているのでしょう。エフェルガンは、最初は困った顔をしていたけれど、楽しそうに踊っている彼女を見て、いつのまに笑顔になった。踊り疲れると、その踊り子に御礼をして、ケルゼックは踊り子の前にある箱にお金を入れた。どうやらローズたちは祭りを見に来る観光客だと思われているようだ。


しばらくしてリンカとオレファペアから宿の情報が入った。町はずれに空き家があって、数日間ぐらい借りることができるという。部屋がいくつかあって、寝るための布団やまくらも用意してくれるそうだ。普通の宿と比べたら少し高めだけれど、エフェルガンはそれで良いと判断した。どうやら町のお金持ちの別荘のようだ。祭りがある時期に宿泊施設としてよく貸し出しているという。


建物がきれいで、清潔している。寝室が3つあって、大きなリビング1つ、台所1つと水場が一つ備えられている。シンプルなシャワーとトイレが完備されている。リビングにふかふかな絨毯と低いテーブルがある。また座布団も人数分に用意されている。ロースとリンカは小さめの部屋にして、大きな寝室は4人ずつの寝具が用意されている。


家賃は前払いで一週間分を払い、延長したいならまた一週間分の家賃を払うというシステムだ。また食事は基本的に提供されてない。調理器具は一式揃っている。洗濯は専門の人は毎朝伺い、午後に洗濯された服を持ってきてくれる。費用は依頼された数次第で、意外と安い、とオレファは言った。


荷物を家の中に置いてから、ローズたちは再び町に出て観光を楽しむ。暗部のエトゥレはもうどこかに別行動となっている。またリンカも猫の姿になって、どこかに行ってしまった。猫だから、気ままに歩きまわっているでしょう、とエファインは笑いながら言った。


ローズたちは市場に入り、売っている物を見て回ることにした。物をたくさん買うことができないため、本当に必要な物か、どうしても欲しいという物だけを買う、とローズはエフェルガンに約束した。買うおみやげが旅の邪魔になるだけだから、買っても輸送でヒスイ城まで送らないといけない。けれど、これも身元がばれてしまう可能性がある、とリンカに言われた。だからできるだけ物を買わないようにする。


見たこともない果物や野菜がたくさんあって、ローズが一人で夢中になってしまった。数々の魚介類がお店に並んでいて、とても面白い。


布類の市場に行くと、そこにはたくさんのお店がある。どれも見事な商品が並んでいる。安い布でも、とても質が良い。あまりにもローズがキョロキョロしすぎて、エフェルガンはローズのために長めの上着一つ買った。とてもきれいな模様の布だが、豪華なものではない、とローズは嬉しそうにその上着を見ている。町の人が普通に着るような布だからこれからの旅にも役に立つ。とても良い作りで値段も安かった。首都でもこのような製品がいっぱいあれば良いのに、とローズは思った。安くて良い製品は庶民の味方である。


エフェルガン達は武器市場にも足を伸ばした。数々の武器や防具があって、やはり祭りに合わせて出店した所も多くある。各地からたくさんの冒険者がきて、品定めをして気に入った武器や防具を買いに来るという。エフェルガン達もまた自分たちの趣味の武器を見つけて色々と見ている。ローズも一つの魔法道具の露店をみて色々な物をみている。どれも怪しい物ばかりだったけれど、その中の一つに目を疑った。それは、モルグ人の術式の紙だ、と彼女が気づいた。しかも、あれはモイを攻撃した時の蛇を呼び出す術式紙とそっくりだった。


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