69. スズキノヤマ帝国 皇帝陛下の命令
ローズは、今、エフェルガンと一緒に宮殿にいる。先日の件で、皇帝と話し合うことになった。ローズたちは皇帝の執務室に案内された。扉が開くと、皇帝の補佐官によって中へ進むようにと案内した。
ローズとエフェルガンは中へ入り、その奥に大きな机に向かって座っている皇帝に挨拶をした。陛下は目の前に用意された椅子に座るようにと、手で合図した。ローズとエフェルガンはその椅子に座って、おとなしく待っている。
「困ったこになったな、エフェルガン」
皇帝がため息をついて、エフェルガンに言った。
「はい」
エフェルガンが答えた。
「報告書をすべて目を通した。まさかここまでことを発展してしまったとは・・」
「まだことを公になっていません。私が関係者や目撃者、全員に口止めしました」
エフェルガンがそう答えると、皇帝がうなずいた。
「よくやった。あれは公になってしまったら、とんでもないことになる」
「はい」
皇帝はローズを見て、しばらく考え込んだ。彼が突然立ち上がった。それを見たエフェルガンもいきなり立ち上がった。
「アルハトロスの第一姫、ローズ姫、このたびの無礼をお詫び申し上げる」
皇帝は頭を下げて詫びた。エフェルガンもそれを合わせて頭を下げた。上が頭を下げたら、当然その下にいる者は同じ行動をしなければいけない。これはこの世界のルールなのだ。
「お受けします。どうか頭をお上げ下さいませ」
皇帝は微笑んで、そして再び椅子に座る。エフェルガンも再び彼女の隣に座る。
「姫にお願いしたいことがある。聞いてくれるか?」
「はい」
ローズがうなずいた。
「余はあの皇后を死なしたくない。ああ言う人でも、余が愛した女性だ。色々と苦労をかけて、そうなってしまったんだ」
「はい」
「彼女がもう二度と姫に手出しできないように離宮に住まわせ、外に出られないようにする」
「うむ」
ローズが戸惑った。
「また何か?」
皇帝がローズを見て、確認した。
「彼女に、二度とエフェルガン皇太子に暗殺者を送れないようにしてもらいたいですが、可能ですか?」
「暗殺者?」
皇帝が首を傾げて、今度はエフェルガンに見ている。
「ローズ・・」
エフェルガンが思わず言った。
「もしかすると、陛下はご存じないのですか?」
「何の話だ?」
「エフェルガン皇太子は命が狙われているのです。皇后陛下に・・」
ローズが言った。訳が分からない皇帝がエフェルガンを見て、確認した。
「本当か、エフェルガン?」
「はい」
「なぜ報告しなかった?」
「迷いました。それでも私を産んでくれた母上だから・・」
「気持ちが分かる。が、この場合、余は知らなければいけないことだ。この国を背負っている余は、知る義務がある」
「申し訳ありませんでした」
皇帝がため息をついて、またあ考え込んだ。
「エフェルガン、その方はこの国の未来を背負っている身である。その命は自分一人のものではないと自覚を持っていなさい」
「はい」
皇帝が鋭い目で言った。
「皇后に接触する者をすべて再確認して、厳重に隔離をする。それで良いかな、ローズ姫よ」
「はい」
「カルディーズの首は本日から見せしめのため、さらし首にした。謀反の罪でな」
「はい」
「その母親も本日から後宮から隔離の屋敷に送られた」
「母親まで・・」
「連帯責任だ」
「・・・」
皇帝がはっきりと言った。彼がそうやって、後宮にいる女性たちを管理している。
「エフェルガン、報告にあった名前とその証拠、すべて確認した。本日から彼らを捕らえ真偽にかける」
「はい」
「謀反したものは全員処刑にする」
「はい」
「その主犯の首はどうした? 首をとったと報告にあがったが、どこにもないぞ?」
「皇后陛下に渡しました。ローズ姫を侮辱した御礼として・・」
それを聞いた皇帝が眉を顰めた。
「なるほど。その方はやはり余の息子だ、ははは」
なんだか、この会話、怖い方向に行くんだけど・・。この親子、敵に回すと怖い。ローズはそう思いながら、二人を見ている。
「恐れ入ります」
「まぁ、良い。後でそれもさらし首にする」
「はい」
「あとは、姫、できれば先日のことをお国の方に秘密にして欲しいのだが・・」
皇帝の本音がここにある、とローズがそう思った。
「はい」
「余はアルハトロスと戦争したくない。不満や怒りがあると理解しているが、どうか、このことは・・無かったことにしてもらえないか、と思ってな」
「うむ。大使はこのことについて知っていますか?」
「今のところは知らないはずだ。全員エフェルガンに口止めされたからだ」
「なら、大丈夫か。リンカの方に私から話します。私も戦争をしたくありません」
「感謝する」
皇帝が満足した顔をした。
「その代わりだが、来年度からアルハトロスからの留学生受け入れ体制の枠を増やすのと、アルハトロスに本や書物の贈り物を送ろう」
「ありがとうございます!」
「さて、もう一つ姫にやってほしいことがある」
「はい?」
ローズがまた首を傾げた。
「この国を回って見てもらいたい」
「ん?」
「数ヶ月間かかるかもしれないが、エフェルガンとともに、各地に行って、視察をしてもらいたい。我が国の問題や改善すべきことなど、エフェルガンと一緒に見つけて欲しい。もちろん維持すべきものや、すぐれたものも見つけて欲しい。これもきっとアルハトロスのためにも役に立つことだと思う」
「はい、でもなぜ私ですか?」
「姫は優れた観察力を持っている、とズルグンから聞いた。この国のために、ぜひその力をエフェルガンに分けて欲しい。若い世代の意見が必要だ」
皇帝が微笑みながら、エフェルガンを見て、またローズを見た。
「うむ、やってみます。でもあまり期待をしないで下さい」
「ははは、楽にやれば良い。姫がずっとエフェルガンのそばにいてくれれば望ましいが、まだそこまでの関係ではなさそうだ」
「うむ」
皇帝が笑って、うなずいた。しかし、彼が本当にある意味、怖い人かもしれない、とローズは思った。
「エフェルガン」
「はい」
「二人で力合わせてうまくやりなさい。命令だ」
「はい、心得ています」
エフェルガンがうなずいた。
「あの・・」
「何か?」
「私の課題と宿題、そしてたまったレポートがあるのですが、それらを終わらせてからでも良いですか?」
「出発は一週間後だからそれまで終わらせるが良い」
「無理です。まだ分からないことばかりですから」
「先生が教えに来るようにせよ」
「む・・」
ローズが異議を唱えようとした。けれど、皇帝がずばっと言ってしまった。
「エフェルガン、手配を任せた」
「はい」
「そうだ、忘れるところだった」
皇帝陛下は机の引き出しの中から一つの箱を取り出した。箱を机に置いて、ふたを開けた。そこに雷鳥石2つが入っている。きれいに磨かれて、とても美しい輝きをしている。
「余はこの美しい輝きの宝石を見るのが初めてだった。実に美しい」
皇帝が雷鳥石を見て、うなずいた。
「はい、狩りの時の雷鳥石ですね」
「そうだ。一つはエフェルガンにやると約束した。さぁ、好きな方を選べ」
「ローズが選んで良いよ」
「え?エフェルガンで良いよ」
ローズとエフェルガンが言い交わすことを見て、皇帝が笑った。
「ほう、もう名前の呼び合うまで発展したのか?」
「いや、あの、その・・うむ・・」
ローズが恥ずかしい顔をしたら、皇帝が思いっきり笑った。
「ははは、早く孫の顔がみたいな、エフェルガン」
「陛下・・」
皇帝がまた顔が赤くなったエフェルガンを見て、笑った。
「よし、余が選ぶ。一番光が美しいものにしよう。二つに分けてベルトの飾りにすると良い。二つで一つ、一つで二つ。スズキノヤマとアルハトロスの両国の良い関係になるようにな。そして姫とエフェルガンの関係も良い方向に発展するようにな」
皇帝がそう言いながら二人を見つめた。
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ローズとエフェルガンがうなずいた。
「では、下がって良い」
ローズたちは頭を下げて別れの挨拶をした。
「そうだ、エフェルガン。その謀反した者とモルグ人との関係を暗部に調査を命じた。この件はその方に任せた」
「はっ!」
エフェルガンは一礼をしてから、ローズを連れて退室した。
エフェルガンは宮殿を案内してくれた。見事な作りで、その豪華さで息を呑むほどの驚きの連続だった。やはりスケールが違う。龍神の都の宮殿の作りとは違う感じがして、五百年間の平和が物語っている。長く続いていた戦争によって滅びかけてしまったアルハトロスには、もうこれほどの豪華な建物が存在しない。今は豪華な建物を作るよりも民の生活の建て直しや防衛に政策を優先にしていると女王である鈴に聞かされたことがある。
美しい建物や庭園を見て回ってから、エフェルガンは自分の執務室に連れて行ってくれた。城にあるエフェルガンの執務室にすら行ったことがないのに、いきなり宮殿の執務室で大丈夫なのかとちょっと心配だけど、心のどこかで嬉しく思う。
エフェルガンの執務室がとても静かな一角にある。周りに各部署の長官の部屋があるけれど、ほとんど扉が閉まっている。あちらこちらで衛兵が立っていて、一般の使用人や侍女では入れない区域になっているようだ。
部屋に入ると、そこはとても広い空間である。大きな机や会議用の机もあり、そして落ち着いた色のソファがある。壁に本棚がずらりと並んでいて、その中身は資料で埋め尽くされている。
そして壁に、見覚えがある絵が飾られている。それはローズが描いた龍神の都の宮殿にある彼女の住処の建物の絵だった。池に囲まれているあの建物で、懐かしく思った。しかしローズはあの個性的な絵をここで飾ると、ちょっと恥ずかしい。
「楽にして。ちょっとやらないといけない仕事があって、少し待っていて下さい」
「うん」
「その絵だが、結構気に入ったよ」
「下手過ぎて恥ずかしいよ」
「いや、僕は個性的だと思う。形にこだわらず色合いも斬新だが、ちゃんとどこの建物かが分かる特徴もある。仕事のことでいき詰まったとき、それを見ると、他の視点を考えるようになった。とても助かっている」
「そうなんだ」
そのような使い方があるのか、とローズは不思議な目でエフェルガンを見ている。
「また絵を描きたいなら道具を与えるよ」
「その内にまた描きたいけれど、今はたまった課題を何とかしないと卒業できない」
「そうだな。ローズ、暇なら、角にある本棚の本なら自由に読んでも良いよ」
「うん。そうする」
エフェルガンは机に向かって座り黙々と仕事始めた。まだ若いのに、仕事ができる人なんだ、と彼を見て思っている。ローズは角にある本棚に向かって一冊の本を取り出した。この国の地図と地方について詳しく書かれている本だ。ソファに座り、一枚ずつ読んでとても細かい情報が入っている。特産品、自然、人口、経済、防衛、軍事、教育などが載っている。スズキノヤマの国の広さにアルハトロスの八倍以上もあるのに、ここまで細かい情報が分かるなんて、やはり調査が隅々まで届いていると感心した。いつかアルハトロスにもこのような本が欲しいと思う。ローズは自分の国のことがよく分からない。どんな国かと聞かれたら、おそらく答えられないのでしょう。
「その本、気に入ったか?」
エフェルガンの声がローズを本の世界から引き戻した。夢中で、どのぐらい時間が経ったか分からない。
「うん。とても面白くて、つい夢中になった」
「じゃ、それをローズにあげるよ」
「え?仕事に使うでしょう?良いよ、高そうだし」
「同じ本は何冊かあるから問題ない」
「そう?でもこれは国の秘密でしょう?他国の者である私が持っていて、大丈夫?」
「ローズはいずれ僕の妃になるから、大丈夫だ。この国と関わりを持つようになり、逆に言えば、知った方が良い情報だ」
「うむ、まだ結婚すると言ってないよ?」
「その気になるように、これから働きかけるよ。僕は諦めないから、ローズが僕の妃になるように、努力する」
「国の姉上にそれを伝えて下さい。私は難しい立場にあるんだ」
「無論そうする。でもその前に、ローズの方から快く僕を受け入れてくれないと、話が進まないからな」
「受け入れるって?」
「言葉通り、すべてを受け入れることだ。身も心も、すべて、僕のものになってくれることだ」
ローズが彼を見て、瞬いた。
「かなり・・欲張りですね」
「そうだね。僕はローズのことになると、すべてが欲しい。そして、僕のすべてもローズにあげたい」
「うむ」
「今の反応だと、まだとまどっているんだね。少しずつその心を溶かしてやるよ」
「うむ・・」
エフェルガンは笑った。
「今日の仕事は終わった。これからローズの学校に行って、事情を説明しなければいけない。また防具工房にもローズの防具の再調整が必要だ。体が大きくなったからね」
「うん」
「それから旅用の靴や服も買わないといけない、かなり大変だ。一週間しかないからね」
「うん。あ、そうだ。エフェルガン、私の短剣と手鏡と髪飾りが皇后陛下の屋敷に置いたままだったが、それらを取り戻すことができるのか?」
「今は難しいね。何しろ厳重な警備の中だから。それに調査のために色々と持って行かれるから、見つかるかどうか・・」
「そうなんだ・・」
「大切なものか?」
「うん。お兄さん達からもらったものだった。髪飾りは城の借りたものだったけど」
「柳の短剣か?」
「うん。手鏡は欅兄さんが作ってくれたものなんだけどね。私の誕生祝いだったの」
「分かった。見つけたら、渡すよ」
「うん、ありがとう」
「では、行こうか」
エフェルガンは彼女の手を引いてともに外に出た。途中、暗部の所に寄って、さっきまで終わらせた仕事を渡して、暗部の者達にローズを紹介してくれた。これからの旅に連絡係と関わることになる数人を念入りにその特徴や名前を覚えるようにと言われた。やはり、普通の視察ではなさそうだ。確信はないけれど、それはローズの勘だ。
宮殿から出て、次は予定通り、ローズの学校に向かった。ローズはエフェルガンと5人の護衛官と毒味役一人を連れて、四羽の巨大フクロウに乗った。学校の庭に到着すると、騒ぎになった。窓から学生達が彼らを見て、ざわめいている。なぜなら、二人が皇帝を会いに行ったから、全員が正装姿で、かなり目立ってしまった。しかし、エフェルガンは気にせず、見物人に手を振って微笑んだ。さすが、セレブの生活に慣れている人だ・・、とローズは思った。ローズも不自然な笑みをしながら、エフェルガンと手を繋いで歩いている。恥ずかしい、と彼女は思った。しかし、エフェルガンは気にせず、わざと仲良くすることをアピールしている。
学校に入ると、二人が校長の所に行った。エフェルガンは皇帝の命令と学校側の協力をお願いした。余裕がない一週間と、これからの勉強体制を話し合って、学校側と合意ができた。これは権力の力だとつくづくとローズが思ってしまった。一般の学生の身分ではこのようなわがままができないのでしょう。
学校の用事が終わって、次は防具工房に行って、作り途中の防具のサイズ調整を行った。出発する前に完成するように、追加注文されて、防具工房の親方は顔に難色を示したが、数日後に城まで届けに行くと約束してくれた。皇帝の命令となると、すべての仕事を中断し、注文したローズの防具を最優先に取りかかるしかないからだ。
防具工房の用事が終わって、街の料理屋で昼餉を食べてから、聖龍の神殿に行ってお参りした。皇后とカルディーズのことで、なんとか無事でいられたのも、きっと神様が守ってくれたからだ、とエフェルガンが言った。意外と信心深い人だ、とローズは思った。
ちゃんと神様に御礼をしてから、複数の店にまわり、城へ戻った。当然城に帰ってきても、待っているのはたくさんの課題や宿題である。結局その日は、深夜まで勉強部屋で黙々と勉強して、宿題を数枚終わらした。
皇帝陛下よ、一週間じゃ、無茶すぎる!




