67. スズキノヤマ帝国 夜の出来事
ここは皇后の屋敷にある地下の奥にある部屋だ。狭い部屋で、窓もない。
ローズは周囲を見渡した。部屋の中にきれいな寝台が一つあり、椅子一つと机がある。机の上に灯りが一つある。何のためにこのような部屋があるか、分からない。本当に、とても奇妙な作りである。美しい飾りの寝台に、ふかふかな布団や毛布が整えられている。また上等な絹も使われていて、とても美しい刺繍まで施されている。
しかし、この部屋の狭さと寝台の大きさは、とても合わない。窓もないこの狭い部屋は何のためにあるか分からないけれど、悪趣味だ、とローズが思った。
ローズがこの部屋に入ると、外から扉が閉められた。小さな灯りが一つのみで、昼間なのに、とても暗い。これが皇后陛下流の花嫁修業か、とローズが思うと、彼女が疑問を思った。とても普通だと思えない。ここで暴れて出るのは簡単だが、他人を巻き込むのはできれば避けたい。
暇だから、ローズは鏡を帯のすき間から取り出して、念じてみることにした。やはり戦火の様子しか映らなかった。エフェルガンの様子が気になるけれど、鏡には映らなかった。リンカがエフェルガンに力を貸しているということは、ローズと関係のあることで、どうしても動かなければいけない状況だったとしか思えない。他国の者として、スズキノヤマ国内の問題に首を突っ込むわけにはいけないと、リンカだって分かる。だからエフェルガンの戦はただの反乱や討伐ではないのでしょう。モルグ人と関わりがあるかもしれない。しかし、それと皇后が言った殺戮とは、どう関わりがあるのか、とローズが分からない。そして、まさか裏で、皇后陛下がモルグ人と通じているのも、ありだ、と彼女が思った。またカルディーズ皇子とはどういう関係なのかも、気になる。
少し疲れたから念じることをやめて少し横になる。とても快適な寝台だ。なんでこんな狭い部屋にこのような良いベッドがあるでしょう、とローズは考え込んだ。牢屋としては豪華すぎる仕様である。
何時間経ったのでしょうか、ローズのおなかが空いている。感じ的にはもう夕餉の時間を過ぎている。監禁することで、彼女をおとなしくしてもらうためでしょうけれど、このぐらいで彼女が泣いて怖がるとでも思うのでしょうか、とローズが思った。あるいはエフェルガンを尾引出すための餌として使うつもりのでしょうか。
扉が突然開かれた。兵士とご飯を持ってきた使用人が入り、机の上に食事を置いた。そして無言で出て行った。これはご飯なのか、と彼女が見た。見た目はまぁまぁ、プチ豪華な食事だ。けれど、毒が入っているかもしれない。でも食べないとおなかが空いてしまう。それに良いにおいがする。食べるべきか、食べないべきか迷う。
扉がまた開いた。今度はカルディーズ皇子が入ってきた。笑顔で葡萄酒が入っている瓶を持ってきた。
「食べないのか?」
「毒が入っているかも知れない」
「毒は入ってないよ。あなたを失ったら、すべての計画が台無しになるからだ」
「何を企んでいるの?」
ローズが彼に聞いた。
「あなたに言ってどうする?」
「どうしようもないでしょう。私はここに閉じこめられているのだから」
「それはそうだな」
「ふむ」
カルディーズはローズの隣に座って、持ってきたグラスを机に置いた。そして持ってきた葡萄酒を注いだ。その葡萄酒を彼女に差し出した。
「お酒はいらない」
「毒は入ってない」
カルディーズはその葡萄酒を自分で飲み干した。そしてまたそのグラスの中に葡萄酒を入れた。
「そういう問題ではない。私はお酒が苦手なんだ」
「どうして?」
「苦いから」
「お子様みたいなことを言う」
「お子様かもしれない。だって、まだ4歳だもの」
「四歳児はそのようなことを言うまい」
「あら、そう?」
「あまり機嫌が良くなさそうだな」
「当然よ」
ローズが彼に言った。
「ここに閉じこめられているから?」
「それもあるけど」
「他の理由は?」
「おなかが空いたからだ」
「じゃ、その食事を食べれば良いではないか?」
「毒味役がいないと食べないようにしている」
「俺は毒味役になろう」
カルディーズは遠慮無く一口ずつすべての料理を口にした。
「味はまぁまぁだな。これを作った料理人はクビだ」
「料理がまずいからクビにするの?あるいは・・」
「姫がそう願うなら喜んでその者の首を刎ねてやるよ」
「いや、しなくても良い」
ローズが首を振った。
「毒が入ってないから安心して食べて良い」
「うむ」
「まだ何か気になるのか?」
「なぜカルディーズ皇子がここにいるか、尋ねても良いかな?」
「姫と仲良くになりたいからだ」
「それは無理よ」
「どうしてだ?」
「監禁されている女性は助けてくれる人にしか好意を持たない」
「俺はその反対の立場か」
「そうだよ」
ローズが彼を見て、うなずいた。
「それでも、俺は姫と仲良くになりたい」
「なぜ私と仲良くになりたいの?」
「必要だからだ」
「権力のためか?」
「そうだ」
「ならお断りします」
ローズは首を振った。
「姫はご自分の立場を理解をしてないようだな」
「どういう意味なの?」
「大使と城の者の安全は姫次第だ。俺の言うことをおとなしく聞いてもらわないと、皆死んでしまうよ」
「む」
カルディーズがローズを制した。
「俺が無事ここからでなければ、彼らも全員死ぬ」
「そうしたら戦争が起きるよ」
「構わない。この国は強いからアルハトロスには負けない。遠いし、そもそもここに来る手段すら持たないアルハトロスはどうやって戦争を起こすのか、ぜひ聞かせて欲しいね」
「戦争相手はアルハトロスじゃないわ」
「ほう?ではどこだ?」
「龍神様とドイパ国よ」
「俺は神なんて信じない。それにドイパ国はスズキノヤマと同盟を結んでいる」
「あら、そう? 神を信じなくても、この世界に鬼神がいることぐらいは知っているでしょう?」
「あれは本当に居るかどうか不明だ。現実的ではない」
「現実的ですわ。残念ながら」
ローズが呆れて、言った。
「だったら、その鬼神をここに連れてくれば良い」
「まぁ、龍神様にお願いするしかないけど。半分鬼神ならドイパ国のジャタユ王子に聞けば連れてきてくれるだろうけど」
「半分鬼神?」
「そう。私の従兄弟なら半分鬼神だ。よくドイパ国に行ったり来たりはしている」
「それでもドイパ国はスズキノヤマと戦争しない」
「どうしてそう確信しているの?」
「そういう条約がある」
「なるほど」
ローズがそろそろ切り札が無くなることに気づいた。
「姫は俺と結婚すればこのスズキノヤマの将来の皇后にしてやるよ」
「あら、そんなの興味ないわ」
「欲しいものはすべて目の前にあるというのに?」
「そんな問題じゃないわ」
「では、何が欲しい?」
「城に帰してほしい。まだ課題が山積みだというのに、ここで皇子の戯言を聞く暇がないわ」
ローズが言うと、カルディーズが首を振った。
「戯言ではない」
「皇后陛下の命令で私をものにしろとでも言われているのでしょう?」
「そうだ。優しくできないなら力尽くでも」
「あなたは私に勝てるとでも思っているの?」
「勝てる。俺はエフェルガンよりも強いさ」
「哀れだわ・・」
「何を言われても構わんさ。さて、そろそろかな?」
「ん?何が?」
「薬の効き目が現れる時だ」
「むっ!」
これはしびれ薬だ。いったいいつの間に・・?!
「予想通りだ」
「いつ・・」
カルディーズが寝台に倒れてしまったローズを微笑みながら見た。体の自由がきかなくなった。言葉すらうまく話せなくなった。
「この寝台と灯りにしかけたさ。とても微量だから気づかなかっただろう。効き目に必要な量に達していくまで時間がかかるが、確実にかかる」
「む・・」
「ちなみに俺は毒消しを飲んだからな。あなたが飲みたがらないあの葡萄酒だ。まぁ、もう遅いけど」
カルディーズはローズを見て笑った。
「・・・」
「諦めたか?ははは、今夜たっぷりと可愛がってやるさ。朝まで寝かさないからな。ははは」
カルディーズはローズを寝台に寝かせてから、自分の鎧を脱ぎ始めた。
「そんなに睨みつけなくても良い。・・あ、睨みつけるはなく、これから愛しくなる相手を見つめているのか、姫」
「・・・」
「まぁ、良い。そのかわいい口から、どんな泣き声になるかこれからじっくりと聴かせてもらおう」
カルディーズはローズの帯に手を伸ばして、紐を解き始めた。紐が解かれ、服装が乱れてしまい、肌着が見えてしまった。カルディーズはそれを見て、笑いながら、乱暴に肌着を破り裂き、肌が露わになってしまった。そして彼の手は体の至る所を荒々しく触り、荒い息で首や顔に口づけをしている。
どうしよう・・。誰か助けて・・。リンカ・・、エフェルガン・・、と彼女が焦った気持ちで祈った。
こんなのはいやだ、と。ローズが思わず涙が出てしまった。しびれ薬で体が動けず、裸にされて、とても怖い。
「こ・・ろ・・す」
「何?」
「あなた・・を・・殺す」
「ははは、やってごらん。俺を殺せば、城の全員と大使の命もない」
カルディーズが笑いながら、裸になったローズを見つめている。
「そうはさせないわ」
突然聞こえてきた懐かしい声だ。扉が破れて、ローズがその人を目で追う。けれど、無理だった。
「なにっ!」
カルディーズはリンカの登場に驚いて、素早く自分の武器を取り、構えた。リンカも素早く動き寝台の上に乗り、服装が乱れているローズの体を近くにある毛布で隠した。もう一本の手は武器を構えながらカルディーズに向けている。
カルディーズは開いている扉に向かって走った。戦闘になるとリンカよりも体が大きなカルディーズはこの狭い部屋だと不利だ。
「大丈夫か?ローズ」
「はい」
「なら、良い」
「助かった」
「間に合って、良かった」
まだしびれ薬の影響があるため、体がうまく動かない。外の状況が分からないけど、カルディーズの怒鳴り声が聞こえていた。そして激しい武器と武器のぶつかり合い音がした。しばらくすると大きな悲鳴とともに外は静かになった。
何があったか分からないが、その間リンカはローズの服装を簡単に整えてくれた。この部屋にしびれ薬が仕掛けてあると頭の中でリンカにリンクをかけて伝えた。リンカは理解して、一刻も早くこの部屋から彼女を連れて出すと起こしてくれた。
「ローズ! 大丈夫か?!」
扉からエフェルガンが現れた。顔や体に返り血があったが、エフェルガン自身に大した怪我なさそうだ。
「だい・・じょう・・ぶ」
「ローズはしびれ薬で体が動かない。手伝って」
「僕に任せて。リンカは早く外へ出て」
「はい」
リンカは素早く外へ出て、駆けつけた敵兵士と戦うことになった。エフェルガンは、目に涙しながら乱れた姿の彼女を見て何も言わずに、ぎゅっと抱きしめてから、自分の肩掛け布を外し、ローズの体を隠すようにかけた。そして、彼が素早くローズを抱きかかえ、部屋の外に出た。そこに見えたものは床に転がっている絶命したカルディーズの姿だった。またリンカが殺したカルディーズの部下や皇后の兵士があちらこちらに転がっている。しばらくして、怒鳴り声や騒がしい音が前の方から聞こえてきた。
駆けつけてきたのはオレファとケルゼックだった。彼らはローズを見て、驚いた顔をしたけれど、何も言わずに周囲を確かめながら動いた。エフェルガンの顔はとても怖いぐらい、険しい顔になった。彼は無言で、前に進んで歩いている。屋敷の中にエフェルガンの部下や国軍がたくさんいて、皇后の兵士を押さえている。
中庭に数人の死んだ兵士の姿が見えた。この屋敷は完全にエフェルガンに押さえられている。
エフェルガンは床の上に転がっている兵士の遺体に構わず、本屋敷に入り、皇后がいる居間に足を踏みいれた。そこに無表情で椅子に座っている皇后陛下がいる。エフェルガンはローズを抱きかかえながら自分の母親の前に止まり、怒りを満ちた顔で立って睨みつけた。
「母上、これはどういうことだ?」
「どう・・って?」
「なぜローズがカルディーズ兄上に辱めに遭わされたのか、その訳を説明してもらおう」
「知らぬ。その野蛮族の女はカルディーズを誑かしたのであろう」
「そんなはずはない」
「知らぬ。カルディーズに聞けばよろしい」
「カルディーズは死んだ。私が殺した」
「なんですって?!」
「彼は私を襲ったから、殺した。それだけだ」
エフェルガンは冷たい声で自分の母親を見つめながら言った。
「ケルゼック、例の物を母上に」
「はっ!」
ケルゼックはエフェルガンの部下が持ってきた箱を手にして皇后に一礼をしてから箱を皇后陛下の前に置いた。そしてその箱のふたを開けた。
「いやーーーーー!」
その箱の中にあったのは一つの人の頭だ。ローズがその首は誰の首か知らないけれど、皇后はそれを見た瞬間に悲鳴をあげて泣き崩れた。
「ケルゼック、皇帝陛下に報告せよ。皇后陛下はここから出してはならん。また自害も許さん。ちゃんと見張りの者をつけろ」
「はっ!」
「またここにいるすべての兵士と使用人と侍女達に告げる。今日起きた出来事は他言無用。決してローズ姫の身に起きた出来事を一言も漏らしてはならぬ。違反した者は、この手で殺す!」
エフェルガンは泣き崩れている母親を再び見つめている。
「母上、私を殺すために今まで何人も暗殺者を送り込んでも、快く相手にしたが、今回だけは許しません。この世で、私にとって誰よりも大切な人であるローズを巻き込んで、侮辱したことは、例え母上であっても許しません。産んでくれた恩を忘れないが、もうこれ以上母上の行いを見ぬふりすることができません。今宵は、その首と過ごし、明日皇帝陛下の裁きをお受け下さい」
皇后は何も返事をせず、ただ泣き続けている。
エフェルガンはローズをヒスイ城へ連れて帰ることにした。落ちないように片手でしっかりと抱きながら、巨大フクロウの操縦をしている。リンカはオレファと一緒に乗って、横で飛んでいる。ローズはまだしびれ薬の影響を受けて動けないけれど、言葉は少し話せるようになった。頭をエフェルガンの胸に置いて目を閉じた。エフェルガンの心臓の音が聞こえている。そして彼の温もりを感じている。
「城に着いたら、解毒を手配するから、しばらく我慢してね」
「うん」
「僕が不在にしたことで、辛い思いをさせてしまって、本当にごめん」
「ううん、大丈夫」
「その・・ひどいことをされて・・なんというか・・その姿に・・」
「まだ、何も・・されていなかった」
「そうか、良かった」
「うん。助かった」
ローズがうなずいた。
「良かった。フォレットがハインズとエファインを送ってくれたおかげで早く駆けつけることができた。ローズの魔法の手紙よりも彼らの到着の方が早かった」
「そうなんだ」
「でも本当に無事で良かった」
「借りてきた服が、破れて、ダメになってしまった。ごめんなさい」
「そんなの気にしない。服はどうでも良い。ローズが無事で何よりだ」
「うん。ありがとう」
エフェルガンはそれ以上、何も言わなかった。ただ彼の手が強く彼女を自分に寄せて抱いた。夜の冷たい風が吹いている中、彼の温もりで、暖かく感じている。




