66. スズキノヤマ帝国 皇后陛下のお招き
戦。
執事のフォレットが詳しい話を教えてくれなかったけれど、エフェルガンはこれから彼女を狙っている勢力を討伐に征く。つまり戦争に行く、ということだ。
勢力という言葉に引っかかる。それは一人や二人じゃないという意味だ。謀反でも起きているのか、あるいは他国の攻撃を受けているのか、ローズは分からない。ローズの部屋の前にも数人の衛兵が配置された。そして先からリンカもいない。いったいどういうことが起きているのか、分からない。侍女達に聞いても、皆、口をそろえて分からないと答えた。
まだこの国にいてから数ヶ月間しか経っていなかったのに、もう戦争の原因になってしまった。そう思うと、胸が苦しくなってしまった、とローズは思った。エフェルガンや彼の配下達のことを思うと、眠れなくなってしまった。無事で帰って来て欲しい。もう誰が死んだ、という知らせを受けたくない。
ローズは力を絞って、なんとか寝台の背もたれまで体を動かすことができた。いつもと違って、今回は長い眠りから目を覚ましたというのに、力がまったく入らない状態になっている。いつもすぐ動けるようになったが、今回は違った。オオラモルグと比べたら、チアータからバナダ村に続いて連続した戦闘になり、魔力がかなり消耗された。けれど、オオラモルグの化け物戦と比べたらバナダ村の化け物戦がそんなに大変じゃなかった。にもかかわらず、この体に対する負担が思った以上に大きかった。今の状態を見れば、それを実感した。
いったいその戦いの後は何があったのか?リンカの不在理由にも関係があるのか?、とローズはいろいろなことを考え込んでしまった。
ローズは目を閉じて、意識を集中する。龍神の都の神殿で司祭に祈りの方法を教えてもらった。彼女が本当に龍神の娘なら、何らかのヒントがあるかもしれない。心からエフェルガン達の無事の帰りを願っている。リンカも無事に早く帰るように、と祈った。何があったか分からないから余計に心配だ、とローズはため息ついた。リンカは猫である以上、どこにうろついているのも分からない。リンクをかけてみても通ながらなかったから、遠くにいるかもしれない。
祈りの最中に突然浮かび上がった言葉があった。それは鏡だった。鏡を見て祈れば良いのか、と彼女が首を傾げた。鈴の金の能力のような、鏡を使い味方の様子をうかがう術のようなものか?けれど、手元に鏡がない。手鏡ぐらいお化粧箱の中にある。その手鏡は欅からいただいたものだ。
もっと大きな鏡が欲しい。でも今はもう夜になった。フォレットにお願いしたら迷惑になるかもしれない。けれど、やはり気になって仕方がない。ダメもとで、フォレットにリンクをかけて、頭の中で言葉を伝えることにした。さすがエフェルガンに留守を頼まれたほどの執事フォレット。初めてのリンクにもかかわらず、とても冷静に答えた。
フォレットと二人の侍女達はローズが欲しがっている大きな鏡と灯りを持ってきた。寝台を囲んでいるように、灯りを設置してくれた。これは結界の役割となる。鏡は彼女の前に置いた。準備をすべて整え終わって、侍女達は外に出て行った。フォレットは念のため部屋の前で待機すると言った。何かあったらすぐ対応できるようにするためだと言って、とても頼もしい執事である。
寝室が再び静けさに戻り、ローズは祈りを捧げることにした。そして突然光が現れて、彼女はその光の中に包まれて、周りは何もない空間となった。目の前に鏡があった。そしてその鏡に映ったのが戦火の炎の風景だ。夜間に強いミミズクフクロウ種族は夜間の戦闘に得意としている。空中戦と陸上戦の両方を、鏡が見せた戦争の激しさが恐ろしく感じる。その戦争の中で、エフェルガンがいると分かると、ローズはやはり不安でたまらない。無事でいて欲しいと祈った。心からそう願っている。ローズの思いが届くのなら、きっと彼が無事に帰ってくる、とローズは信じている。
鏡は別の所を映し出した。そこに映ったのはリンカだった。リンカは戦場にいることを初めて知った。いつからリンカがこの戦いに関わっているか、まったく分からない。
今日の昼に目覚めたばかりの彼女が、何が起きているのか分からない。けれども、それはどうでも良いことだ。今はリンカやエフェルガン、そして護衛官達や兵士達に無事に帰ってくることを願うしかできない。彼女はただ彼らのために祈りし続けているのだった。
気が付いたら朝になった。鏡に彼女の顔以外何も映らない。いつの間にか寝てしまったかもしれないけれど、良く分からない。記憶にもない。しかし、昨日と比べたら、体に力が入るようになった。
ローズは寝台から降りて見ると、問題なく立てるようになった。それにしても髪の毛がものすごい長くなった。歩くと床掃除のモップになってしまうほど長い。これは切らないと日常生活が不便になる。
それよりも、彼女の身長が伸びた!やった♪!、とローズが嬉しさのあまり踊り出した。
彼女が壁に立って、大体の身長は20センチぐらい伸びた、と計った。けれど、体が大きくなったから靴のサイズも合わなくなってしまった。何もかも、全体的のサイズがバランス良く大きくなってきた。4歳児にしては、120センチの自分が大きい方だ、とローズは思う。しかし、この国では誰も彼女のことを4歳児として思っていないようで、嬉しい。体が小さい大人の女性として接触してくれている。
部屋の扉を開けると、やはりフォレットがいた。彼がずっと一晩中待機していたようだ。ローズが詫びると、何の一つ嫌な顔をせず、理解してくれた。部屋に戻ったローズは机の上に置かれている手紙を目にした。リンカの手紙だった。場を離れることを詫びて、エフェルガンの討伐作戦に参加するという内容だった。日付から見るともう一週間前のことだった。リンカがこの手紙を書いた時彼女がまだ寝ていた時だった。一週間前となると、その時にもうすでに作戦が始まっていたということだ。ローズが起きてきた昨日は、たまたまエフェルガンがここにいたかもしれない。偶然かどうか分からない。けれど、彼に会えて良かった、とローズは思った。
侍女達が部屋に来て、ローズのために新しい靴や下着、そして衣服も用意してくれた。長い髪の毛を切りたいと伝えると、美容室の人を手配してくると返事した。医療師も来て、彼女の健康状態をチェックした。問題ないと言われたけれど、まだ無理してはいけないと言われた。
当分の間、朝運動も激しい組み手や剣の修業もダメだと言われた。当然のことだけれど、徹夜で勉強することも禁じられている。ちなみに長く湯につかることもまだダメだ。なんていう厳しい先生だ。
ということで、医療師の先生が出て行った後、侍女達がお湯を運んで、部屋で彼女の体をタオルで拭くことになった。本当はお風呂に入りたかったけれど、仕方がない。新しい服に着替え、気分がさっぱりとなった。
待ちに待った美容室の人だけれど、ローズが戸惑った。なぜなら、美容室の人とともに来たのは司祭だったからだ。ローズが首を傾げて、呆れた顔で見つめている。
結局ドイパ国のと同じく、祈られてから、髪の毛を切ることになった。また切った髪を丁重に箱に入れて神殿に持って帰ることになる。ローズはとても複雑な気持ちになった。
エフェルガンの要望もあって、髪の毛をあまり短く切らないことにした。腰辺りまで切れば、前よりも動きやすくなる。ちなみに、公式の場を出席する時に髪の毛を結う必要があるからあまり短くすると髪型がおかしくなるから、ほどよい長さにした。
ローズは久しぶりに朝餉をダイニングルームで食べて、とても気分が良かった。朝餉の後、中庭にあるガラス部屋へ行って、植物の状態を確認したら、全部完璧な状態であることが分かった。ローズが寝ている間に暗部のエトゥレと執事のフォレットが面倒見ている、と使用人に教えられた。というか、ローズが自分で育てていた時よりもずっと青々としている。なぜだ・・、と彼女がそれらの植物を見つめている。エトゥレが戦場に行っているから、帰ってきたら御礼を言わないといけない、と彼女が思う。
戦争について、城の者は誰一人もローズに詳しい情報を教えてくれない。恐らくエフェルガンの命令でしょう。そして城の中でも、必ずハインズとエファインがセットで付いてくる。これも恐らくエフェルガンの命令でしょう、とローズは思った。
ちなみにどうしても外出したい時に、事前にフォレットを連絡しなければいけない。主であるエフェルガンが不在中の城では、留守を任されているフォレットが最高責任者となった。だから、彼がすべてを把握しなければ、あとで面倒なことになると説明された。
城の中でやることがあまりないので、おとなしく勉強部屋でたまった課題をやることにした。あまりの夢中で昼餉まで忘れてしまい、食事は勉強部屋まで運ばれてしまった。当然毒味役も呼ばれて、確認してもらった。ローズは完全にフォレットに管理されている。食事終えたら、再び課題に夢中している間、外で騒がしい音がした。しばらくして、一人の兵士が現れた。宮殿からお迎えが来たという知らせだった。ハインズがフォレットに事実確認してもらっている間に、ローズはエファインと一緒に自分の部屋へ戻ることにした。念のため武器を身につけることにした。
昨日目覚めたばかりなんだから、完全に体力が戻っていないから、戦闘になるとかなり不利となりそうだ。それに朝方ぐらいまでずっと祈っていたから、ローズはあまり寝ていなかった。正直に言うと、体調が良くない。
しばらくしたらフォレットが部屋に現れた。外の状況を分かりやすく説明してくれた。簡単に言うと、皇后陛下はローズと会いたい、ということだ。
ローズを迎えに来たのは、エフェルガンの兄であるカルディーズ皇子だ。カルディーズ皇子は皇帝陛下の側室が産んだ子であるため、エフェルガンより年上であっても、母親の身分の違いで皇太子になることができない。要するに、皇后が産んだエフェルガンの方が身分が高く、その身分の差で皇太子の座の争いにカルディーズは、エフェルガンの比較相手にすらならなかったという。しかし、エフェルガンの母である皇后は、どういうつもりでカルディーズを使わしているか、気になる、とローズは思った。
「状況は分かった。フォレットは、私が行くべきか否か、どう思う?」
ローズがフォレットに聞いた。
「個人的な意見だと、ローズ様は行くべきではないと思いますが・・」
「ふむ。でも私は行かないと、この城の者になんらか被害を加える可能性が高いでしょう?」
「はい。その通りでございます。皇后陛下のお招きの邪魔として、処罰の対象になるとカルディーズ皇子が仰いました。これは皇后陛下の直々の命令であるだからだ、と主張なさった。また護衛官も不要だと指示がございました」
フォレットが難しい顔をして、言った。
「分かった。では皇后陛下のお招きに喜んで受けよう、とカルディーズ皇子に伝えて下さい」
「ローズ様、もしローズ様が行きたくないと言うならば、我々はローズ様を命にかけても、お守りします」
「その心だけいただきます。大丈夫ですよ、フォレット。こう見えていても、私は龍神の娘であり、アルハトロスの第一姫でもある。私の身に何かあったら、このスズキノヤマにあの伝説の鬼神が暴れてしまうから、カルディーズ皇子や皇后陛下は下手に手出しをしないと思うわ」
「伝説の鬼神・・龍神様が召喚なさったあの鬼神・・?!」
「そう。あの伝説の鬼神と呼ばれる人は私の父上なの。ちなみに兄上も強い鬼神だ」
柳が行方不明中とは言わないけれど、彼が強い鬼神であることに変わらない、と。
「なんと・・」
「だから心配しないで下さい。龍神の娘でありながら、私は鬼神の娘でもあるから、負けるはずがないわ」
「分かりました。では、カルディーズ様にローズ様のご返事を伝えに参ります」
「うん。よろしくね。私は準備をしてから行くわ」
「かしこまりました」
執事のフォレットは頭を下げて外に出ていった。ローズは侍女達に支度の準備をお願いした。衣服が全部小さくなったからできるだけ正装に近い服を準備してもらうように頼んだ。その間に急いで手紙を書いて、エフェルガン宛てに魔法で送った。
鳥を飛ばしたら絶対見つかるから、魔法なら気づかれる心配はない。魔力を少しかかるけど、これは以前エフェルガンが教えてくれた魔法なのだ。
侍女達はスズキノヤマの正装を持ってきた。なんとかサイズが近いものがあった。正装に身を包み、髪の毛もセットしてもらい、宝石で着飾りをした。口紅も付けて、短剣も腰に付けた。念のため欅の手鏡を帯に持って行く。
手鏡だから見つかっていても心配いらない。なぜなら鏡は女性の必須アイテムだからだ。これで準備万端だ。これから女性らしいの戦いに挑むことになるかもしれない。
侍女達に付き添えられ、城の前で待っているカルディーズ皇子の元へ向かった。窓から見えている物々しい体制の警備と、それをにらみつけるような数多く国軍の部隊だ。城の周りを囲んでいる移動用の巨大フクロウに乗っているのはカルディーズ皇子の部隊のようだ。だからと言って、びびる彼女ではない。ローズは凛とした態度でカルディーズ皇子がいる方向に向かって、歩いている。
城の前に着くと、カルディーズ皇子は笑顔で彼女を迎えに行った。カルディーズはローズの手をとり、口づけをした。心に込めていない口付けでしょうけれど、とりあえずローズは微笑みで返す。カルディーズ皇子は年齢的に恐らく20代後半か30代前半あたりだ、とローズは思う。顔はエフェルガンとまったく似ていない。皇帝陛下にも似ていないから、側室である母君に似ているのでしょう、とローズは思った。見た目は悪くない、というか、結構美男だ。ガッチリとした体格でエフェルガンよりも背が高い。しかし、その目は冷たい。その笑みの裏にどんなことを企んでいるか分からない。
「フォレット、私の植物と猫の世話を頼みます。昨日猫に鈴を付けるのを忘れて、今どこに遊びに行っているのか分からないわ。私のかわいい猫が帰ってきたら、首輪に鈴を付けて下さい。鈴を付けないと、どこにいるのか、気づかなくて困ってるの」
「かしこまりました。ローズ様の猫を探して参りますので、ご安心ください」
フォレットが頭をさげて、言った。
「うん、お願いします」
ローズは近くに立っているフォレットにいうと、彼がうなずいた。
「ローズ姫は猫がお好きなんだ」
「はい。大好きです。でも猫だから、どこに遊んでいるのか、たまに分からなくて、困ってるの」
「おなかが空いたらきっと帰ってくると思う。大丈夫だ」
「そうですよね。では、参りましょう、カルディーズ皇子」
カルディーズ皇子はローズの抱いて、自分のフクロウの上に乗せてくれた。ローズは目を閉じて、フォレットにリンクかけ、彼の頭の中に彼女の思いを伝えた。
(大丈夫よ、エフェルガンにも連絡を入れた。心配しないで)
フォレットはまた頭を下げた。そしてローズたちの出発を無言で見送った。
宮殿までの旅はほとんど無言だった。宮殿に着くと、すぐに皇后の屋敷に連れて行かれた。皇后の屋敷は後宮の手前にある。とても豪華で、広い建物だ。さすが国一番の女性の住処、スケールが違う。この広さは父上の屋敷より数倍も広い。エフェルガンはこの屋敷で産まれて育ったのを想像してみた。けれど、ローズは小さなエフェルガンはどんな顔だったのか、思いつかなかった。
皇后の屋敷に到着すると直ちに奥の部屋に案内された。丁寧に案内されていても、ここは敵陣だ、と彼女が思った。油断してはいけないところだ。
ローズが案内されたのは、奥にある部屋だった。その部屋で、エフェルガンの母、皇后が座って待っていた。ローズは皇后に挨拶した。皇后は微笑んで、目の前にある椅子を手で示し、そこに座るようにと合図した。
「ようこそ、ローズ姫」
「お招き、ありがとうございます。ご用は何かと伺っておりませんが・・」
ローズが丁寧に言った。
「楽にしてもよろしい」
「お言葉に甘えて、そうさせて頂きます」
ローズがうなずいて、皇后を見つめている。
「聞いたところで、アルハトロスは武人の国だから、あまり貴族のお付き合いがないと聞いたわ」
「その通りです。戦争で、ほぼ全員死んでしまったから、その文化や伝統も幻になってしまいます」
「ほぼ全員?」
「はい。母上は唯一生き残ったアルハトロス王家です」
「ローズ姫の母君はきっと苦しかったでしょう?」
皇后がそう言って、哀れみの様子で見た。
「そうですね。親兄弟を全員亡くしたことで、きっと悲しんでいたのでしょう。しかし、父上との今の生活では、幸せそうです。少なくても、子どもの私がそう見えます」
「子どもは何も知らないわ」
「多分、その通りかもしれません。けれど、母上は幸せかどうか、それは母上の問題であって、私の問題ではない」
ローズが思ったことをそのまま口にした。
「ローズ姫は同じ女性として、なぜそう思うのか?」
「なぜだと言われても・・」
「あなたは同じ立場になるかもしれませんよ?」
「その可能性が十分あります。この立場である以上、政略結婚なんて当たり前な話ですから、好きでもない男の妻になってしまったら、それは運が悪いと思っています」
「運が悪いか」
皇后がそう言って、ため息をついた。
「それしか思い浮かばないんです」
「ふむ。さて、姫は、エフェルガンをどう思うか?」
「殿下はとても優しくしてくれています。聡明で、強い方で、私にとってとても良い親友です」
「親友?あれはどいうつもりで姫に近づいているのか分からないのですか?」
「なんとなく分かりますよ。でも、互いに知らない者同士だから、まず友達からと・・」
「あれは父親に似て、目的のために手段を選ばない人だ」
「まぁ、確かに、多少、腹黒いかもしれませんね」
「腹黒い? あはははは・・」
「違いますか?」
皇后が豪快に笑った。
「あれはそんな生やさしい人ではないわ」
「弟君のことですか?」
「それもあるが、彼は今何をしているかを知っているのか?」
「戦としか教えてもらえませんでした」
「戦?いいえ、違うわ。殺戮ですよ」
「殺戮?」
「そう、私に忠誠を誓った者たちの殺戮に行っているのです」
「その者達は私を襲った者達のことでしょうか?」
「襲ったのではなく、助けようとしていたのです」
「助ける?何からですか?」
「彼の陰謀からです」
皇后がそう答えた。その答えで、ローズが首を傾げた。
「どんな陰謀ですか?」
「自分の立場をかためるために、周りに対立している者たちを排除しようとしているのです。あれは無慈悲で、権力にしが興味がない人ですわ」
「お言葉ですが、エフェルガン皇太子は皇后陛下の実の息子でしょう?なぜそこまでひどく考えているのですか?」
「母親だから言えるのです。あれは私が産んだあの皇帝の子どもですから」
皇后が恨みを満ちた声で言った。
「皇后陛下と皇帝陛下の間に何がったか知らないけれど、私は自分の母親に憎まれてしまったエフェルガン皇太子が哀れだと思います」
「哀れ?あの人は哀れの気持ちに値するほどの者ではないわ」
「うむ。私たちは仲良くになれそうにありませんね」
「悪いことは言わない。あの人の味方をやめて欲しい」
「否だ、と答えたら?」
「説得に応じるまでここに居てもらいます」
「それも否と答えたら?」
「ヒスイ城の者たちの安全を保証しませんわ。ニエル大使も不幸の事故に遭ってしまわれるかもしれませんよ」
ピンチ!どうする・・、とローズが考え込んだ。
「なるほど。ならばこの身をしばらく皇后様に置いておきます。ただし、彼らの身に何かあったら、皇后様にもただでは済みませんよ」
「ほう?私を脅迫するつもりですか?」
「ええ、当然。お互い様、立場的に同等と考えています」
「同等ではないわ」
「いいえ、同等です。いや、私の方が上ですね。私の身になにかあったら龍神様はだまっていません。そしてあの伝説の鬼神である私の父上もね、この国を滅ぼしに来るかも知れない」
「鬼神・・あの伝説の鬼神はお父上だと?」
「そうです。ついでに言うけど、兄上も鬼神で、とても強い。ちなみにドイパ国のジャタユ王子は私の従兄弟のミライヤの婚約者であるため、私ととても仲が良いのです」
ローズは自分の切り札を出した。
「あの大魔法師のミライヤ?ジャタユ王子と?」
「そうですよ」
「嘘でしょう?」
「嘘ではありません。私はただ、皇后陛下にご自分の立場を理解してもらうために言わなければいけないことです」
「その言葉は偽りであるかどうか、調べさせてもらうよ」
「どうぞ、ご自由に私のことをお調べ下さい。あ、もう一つ言い忘れたわ。この国の守り神である聖龍様は私と仲が良いんですよ。良く話をかけて下さっていますわ」
「今は嘘に決まっているわ」
「あら、そう思うなら祟られていても私の責任ではありません。一応、忠告したということにします」
ローズが皇后を見て、言った。
「あなたはかわいくない姫君ですわね」
「それは褒め言葉としてお受けします。ありがとうございます」
皇后陛下は怒りを満ちた顔で手を叩いて、従者を呼んだ。
「誰か、姫を奥の部屋にご案内しなさい。今日から花嫁修業のため、こちらの方に住むことになると宮殿に連絡しなさい」
「はっ!」
従者の者はローズを見て、案内する合図をした。ローズは立ち上がって皇后陛下に頭を下げて、一言をいう。
「怖い花嫁修業ですね」
皇后はすごい顔になった。しかし、一所懸命我慢をしているように見える。
「お黙りなさい。その口の利き方も、ちゃんと直さないといけないわね」
「皇后様こそ、あまり怒ると顔にしわが増えてしまいますよ。では、失礼します」
「きぃーーーーー!早く連れて行きなさい!」
「は、はい!」
完全に怒らせてしまった。
あの人はエフェルガンの実の母親だと思えないぐらいヒステリーな人だ。エフェルガンがその遺伝子を受け継がなかったことを祈る、とローズは一度振り向いて、思ってしまった。