51. アルハトロス王国 龍神の都 家族の訪問
今夜の星空はとてもきれいだ。雲一つもなく、満月の月が周りを照らしている。
ローズは、今日もいつも通り、屋根の上にいる。そしていつも通り、一人だ。暗部の者はいつも通り、近くにいるけれど、姿を見せることはなく、いない者として影で彼女を警護している。感じ的に警護と言うよりも監視に近い、とローズは感じる。やはり、見張られていることに違いない、と彼女は思った。
ロッコと別れてから数ヶ月間が経った。柳と別れてからもう2年になる。どちらも、ローズにとって、大切な人たちだ。彼らに会えない日々をとても寂しい、とローズは思った。たまに寂しさに耐えきれず、屋根の上で泣いてしまった。
夜は寂しいでも、ローズは最近朝や昼は忙しい。毎朝元気になったガイルが庭園の門の前で待っていて、訓練所まで一緒に行くことになっている。最近、彼女の剣の相手は第三将軍が快くしてくれる。第三将軍のエルガザーはいつも訓練所にいて、ガイルの仕事を手伝ってくれる。将軍はとても忙しいのに、軍の再建に励んでいるガイルの苦労を理解し協力している。
この国が滅びかけていたけれど、今は女王鈴とともに、人々が必死に再び立ち上がろうとしている。国の再建は大変なことだが、皆でやれば、きっとできる、と鈴は前に言った。ローズと鈴が、血のつながりがない姉妹だけれど、唯一の共通点は金の能力だった。そう、ローズと鈴が、この世に珍しい金の能力者である。金の能力とは対象者である他人に思いを乗せて遠距離会話や魔法の支援などを可能にする能力だ。しかも、複数の相手と同時に行えるため、とても便利な能力だ。また相手の目を借りることで、相手は今何を見ているのか画像として頭の中に入り、適切な指示や支援ができる。このとても希な能力に魅力を感じて、欲しがる国々が多い。ローズを守るために、鈴はわざわざ里から都に移住させて、妹として正式に発表した。だから一国の姫になったローズは、今こうして宮殿の住民になっている。当然、姫だから、自由に一人で出歩くことも許されない。この都に住んでから、外出はほとんど神殿へ行く時だけだった。あの謀反の夜は別として、ほとんど宮殿の壁を越えることはない生活をしている。都にいながら、都のことは何も知らない。
ローズの部屋とされる場所は、とても広い庭園である。庭園に囲まれた池のど真ん中に、彼女の住む場所がある。二階建ての建物で、毎日きれいな景色が楽しめる。またこの池に魚がたくさんいるため、たまに侍女達の目を盗んで魚釣りをする。暗部も衛兵も、そんな彼女を見て、たまに魚釣りの餌となるミミズを探した。良い人達だ、とローズがそれらのミミズを見て笑った。毎日習い事や訓練ばかりだと、やはり息が詰まりそうだからだ。事実上、彼女は籠の中の鳥だ。自由がない。だから毎晩星を眺めることで、息詰まりから、一時、解放される。
毎朝、ハードな訓練の後、部屋に戻って、お風呂に入る。お風呂や朝支度が終えたら、用意された昼餉を食べる。休んでから、習い事の先生方が順番にくる。これは彼女の日課である。
彼女は最近朝餉を訓練場で兵士達と一緒に食べることにした。その方が楽だからだ。部屋から訓練場までかなりの距離があるから、いちいち戻ると余計に疲れる。だから彼女が第三将軍の隣で食事する。第三将軍、エルガザーはとても大きな人だ。細かくいうと、熊人族だ。体が大きく、ガッチリとした筋肉質な体格をしている。顔は、中年っぽいけれど、頭の上にある熊の耳は意外とかわいい、とローズは個人的に思った。牙が口のすき間から出ているけれど、目がとても丸くて、茶色でキラキラしている。やはりかわいい、とローズは改めて思った。ただ気合を入れる時に、すごく大きな声を出す。やはり、熊だから、「ガオーーーー!」、と聞こえる。
そんな熊将軍は、小娘の相手にしてまったく手加減はしない。ローズは彼になん度も蹴り飛ばされた。しかもそのパワーは半端なかった。金のバリアー魔法をしなければ、ローズはすでにあの世へ逝ってしまうかもしれない。けれど、熊将軍のおかげで、彼女の武術の腕がかなり上がった。体が小さい彼女と体が大きな熊将軍が、互角に戦えるようになった。この時間になると見物人がたくさん集まってくる。彼らの目で、彼女ってどのように見えるのかな?、とたまにローズは気にしてしまう。しとやかな姫ではなく、凶暴な小さな姫として見えるのでしょう。夢物語に出て欲しくない姫様だ、きっと。
一日の日課が終わって、やっと自由な時間ができた。最近絵を描くことに夢中で、ローズはいつかスズキノヤマのエフェルガン皇子が描いた絵のような絵が描きたい。しかし、美術の先生は、彼女の絵を見る度にいつも決まったほめ言葉を言う。
「とても個性的な絵ですね」
やはり下手なのかもしれない。ここはやはりセンスの問題か、才能の問題でしょう。だったら、その個性的という評は、彼女しか描けない絵という褒め言葉として捉えることにする。
絵を描き終わって、侍女ミナと一緒に絵の具の片づけをしていたら、侍女コナが現れた。青竹の里からお客が来た、という知らせを持ってきた。客人はすでに女王鈴に会って、彼女と会う許可を取った、という。
そう、彼女と会いたいという人たちは必ず鈴の許可を取らなければいけないという異例なルールがある。
里からお客様が来るということは、ダルゴダスのお使いの者かとローズは思って、そのまま会いに行こうとしたけれど、侍女ミナに止められた。やはり姫らしく、ちゃんと着替えておかないといけない、と言われて、ローズは仕方なくきれいな服に着替えた。髪の毛は普通に三つ編みにしてシンプルな髪飾りを付けた。あまり長い時間客人を待たせてはいけないと思って、急いで支度した。客人は庭園で待っていると言われて、走って会いに行こうとしたら、怒られた。
「おしとやかに・・」
「む」
面倒くさい、とローズは思った。ルールが多い宮殿暮らしにはたまに嫌になるほど面倒なことだ。庭園に彼女が現れたら、二人の女性が頭を下げて丁寧な御礼をしている。よく見ると、母と百合ではないか!、とローズはとてもびっくりして、思わず走ってしまった。
「お久しぶりです、薔薇姫様」
「わーい、母上、百合お姉様!お久しぶりです!元気?」
ローズがいうと、侍女が咳き込んだ。ごほん、と。
作法の先生は、こんなはしたない姫を見たら怒るでしょう。
「うむ。ごめんなさい。でも、今日は母上と会うんだから、たまに良いでしょう?」
「分かりました。では、中へご案内しましょう」
「私は案内するよ。下がって良いよ」
「はい。では、失礼します」
侍女達は池の建物に戻った。ローズは頭を下げた母と百合に頭を上げるように言った。親子なのに、そんなよそよそしい雰囲気はいやだからだ。
「お元気にしていますか、薔薇姫様」
「む、母上、ローズと呼んで」
「ここは宮殿ですから、そうはいきません」
「母上は貴族だからそうかもしれないけれど、私は普通の武人の娘です」
「今のあなたは、一国の姫様ですよ」
「私は母上の娘であることには変わりません。ローズと呼んでくれないと、泣きますよ!大きな声で泣き叫ぶからね」
「まぁ・・!」
フレイがびっくり顔をすると、百合は笑ってしまった。
「あはは、失礼しました。もう、ローズったら!」
「は!百合お姉様が笑った」
「おかわりなさそうですね、ローズ。元気にしていますか?」
「うん。会いたかったよ。母上、お姉様」
百合はローズをぎゅっと抱いてくれた。母もその後、ローズを抱いて、頭をなでてくれた。久しぶりに会って、やはり家族は良い、と思う。
フレイたちに庭園を案内して、池のど真ん中に見える彼女が住む場所を見ると驚きの声をした。とても美しいと褒めた。
リビングでフレイたちのための準備が整えられていた。また使用人達が忙しく里からの荷物を運んでいる。フレイたちは鈴の提案で、今夜、彼女の隣の部屋に二泊ぐらい泊まることになった。それを合わせて、寝台や寝具の準備が行われている。そのことに関しては侍女達に任せている。今夜の食事もだ。
フレイは料理長が作った焼き菓子をローズへのおみやげとして持ってきた。ローズは久しぶりに食べた里の味に思わず涙が溢れてしまった。とても美味しくて、優しい味だ。また驚いたことに、料理長が執筆した本一冊ももらった。なんと、このレシピの本はただいま絶賛発売中だという。鈴の即位や協力体制にて、里を訪れていた各地の専門家や領主達は、料理長の料理のおいしさを忘れられず、問い合わせが多かったという。それらの問い合わせが仕事の邪魔になって、頭に来た料理長は、驚きの行動に出た。なんと、彼がレシピ本を書いて、里の出版社に依頼した、と。それを欲しがっている領主や国のえらい人たちの宛に送ったら、話題になった。あっという間に各地から注文が入り、今は予約でも数ヶ月間待ち状態になった。
意外な経済効果に、それに合わせて里の特産品の食べ物や調味料なども同時販売されている。それで、里産の調理器具も爆発的に売れた、という。里にとって嬉しい経済効果になり、お父上が大喜びだ、とフレイが言った。ちなみに鈴にも同じレシピ本一冊が料理長のサイン付きで送られていたらしい。これで都でも料理長の味が食べられると思う。嬉しい!、とローズがお菓子を食べながらうなずいた。
また百合から、きれいな刺繍された布をもらった。とても美しくて、どの服にすれば良いか分からないぐらい悩む。欅からきれいな髪飾りと鏡をもらった。欅の腕が上がった、とローズが思うほどの美しさにびっくりした。前もきれいだったけれど、今はもうそのレベルを超えているぐらいの仕上げになった。やはり職人技というのは、やればやるほど上がるものだと思う。素晴らしい。
菫はもう走れるようになった。今のところ、鬼神の能力が見られなかったが、体がとても丈夫で、体力もあるそうだ。周りは鬼神でなくても、武人としての性質がかなり高いと言われた。菫がどの道に進むのか、彼女次第だから、自由にさせるが良い、とダルゴダスが言ったらしい。
その父は、たまにローズが良く登った屋根に、夜一人で登って星を見るようになった、とフレイは言った。ローズがいなくなってからかなり寂しそうだったけれど、毎日の公務で忙しくしていて、元気にやっているそうだ。また機会があれば会いたいと言ったそうだ。ローズも父に会いたい、と言った。
鈴の拝領で、今夜の夕餉はとても豪華なものだった。親子三人、水入らずで楽しく夕餉を楽しんだ。
翌朝。
運動しようと思ったら、侍女ミナは今日の予定をすべてローズとフレイたちと過ごすために調整された、と報告した。また親子三人で都の観光や買い物も許されている。もちろんすべて護衛付きだ。ローズにとって、初めての都ツアーであって、とても嬉しく思った。用意された馬車と護衛たちで三人で買い物を楽しんだ。百合は大量の糸を買ってしまった。また本屋にいくと、刺繍の本や都の本も買い、とても満足した顔だった。フレイもいくつか買い物して、欅と菫とダルゴダスにあげる土産も買った。ローズは都の料理の本を一冊買ってもらって、料理長にプレゼントしよう、と思う。ローズはお金を持ってないから、王家の手形を見せるだけですべての請求は宮殿に送られるという。要するに、前世で言えば、クレジットカードのようなものだった。
ローズたちが案内された料理屋に入り、昼餉を楽しんだ。ここも事前に予約され、貸し切り状態になった。国にとって、重要な人物(VIP)として来店しているため、あちらこちらで暗部隊員や衛兵が立っていた。とても物々しい雰囲気だった。
料理は美味しかったけれど、落ち着いて食べられなかった。やはり普通の料理屋で食べたいと思う。百合も同じ意見だった。
観光に疲れて、宮殿に戻った。本当はローズが休める気がしなかった。ロッコが戻ってきたら、今度は二人で落ち着いて都の散策でもしたいと思う。しかし、ロッコがいつ戻るとやら、分からない。任務が終わるまで我慢するしかなさそうだ、とローズは思った。
百合は庭で自分の道具を使って、絵を描いている。やはりきれいな風景だから、絵を描きたい気持ちが分かる。写真がないこの世界では絵がとても重要な役割をしている。ローズの個性的な絵をみて、思わずフレイが笑ってしまったけれど、ダルゴダスにおみやげとして一番できが良い物を選んで、包んだ。
今夜の夕餉も豪華な料理だった。そして相変わらず残さず食べたローズである。しかし、体が痩せているローズを見て、フレイが心配になった。ちゃんと毎朝牛乳を飲んでいるか、と尋ねられた。ローズは毎朝訓練している兵士と一緒に朝餉を食べているというと、フレイがびっくりした。もちろん体力作りや体作りのために毎日牛乳が用意されていて、ちゃんと欠かさずに飲んでいると言っても、まだ信じられない顔をしていた。やはりフレイが思っている姫様生活と、実際に彼女がやっている生活とは、違うようだ。時代が変わった、とフレイは小さな声で言った。
それは本当のことかもしれない。フレイは唯一生き残ったアルハトロス王家の貴族だった。フレイ以外、全員戦争で死んでしまったからだ。悲しいことだけれど、事実だ。
その夜、ローズたち三人は明日の朝の別れが来なければ良いのに・・、と思いながら夜遅くまで会話を楽しんだ。とても幸せだった。フレイと百合の訪問で、精神的にとても救われたローズであった。