47. アルハトロス王国 龍神の都 暗殺事件(4)
しばらく待っていると、三人の暗部の者が来た。ロッコが暗部隊員らと何かを話している間に、ローズは床に出てきた枝を切った。
いつ見ても、彼女の技は破壊的で、痛々しい。それと比べると、ロッコの鮮やかな動きや美しい殺傷力とはまったく正反対だ。
暗部では、そのような技が教えられるのか、と彼女が向こうで話しているロッコを見つめている。興味があるから習いたいと思うけれど、きっとロッコに断られる。ダルゴダスにもきっとがみがみと言われる。それに、ロッコは彼女の要望をいつも上手に断っている。暗部の魔法もダメだったから、暗部の殺しの技なんてもっとダメでしょう、とローズは思った。
「ローズ、こいつはこの者たちに引き渡そう」
「うん。もう枝を切った。ぐるぐるは解かなくても良い?」
「そのままで良い。しかしすごいな、トゲが食い込んでいる」
「うむ。痛そうだけどね」
ローズがその暗殺者を見て、素直に言った。
「まぁ、気にしなくても良いよ。悪い奴なんだから、これからの拷問に・・、おっと、いけない。おい!こいつをさっさと連れて行け。飛び矢に注意してな。貴重な生き証人だから」
「はい」
「では、失礼します」
暗部隊員3人はしっかりと縛られた剣士を連れて出て行った。やはり彼らの態度から見ると、ロッコは結構えらい地位にいる人だ、とずっとロッコを観察したローズが分かった。見た目はとても若い青年だけれど、その年齢は柳の二倍ぐらいあるんじゃないか、と。でも声までとても若々しく、中年だと思えない。
「どうした、ローズ?」
「あ、ううん」
「疲れたか?少し休憩しよう。まぁ、ここは女王様の寝室なんだね。広いな」
「うん。私の寝室よりも2-3倍広い」
ローズが言うと、ロッコは驚いた。
「ローズの寝室もそんなに広いのか」
「うん。一応、姫だからね。隣の部屋はリンカさんとミリナさんの部屋があって、私の部屋と繋ぐ扉があるんだ」
「それは普通だね。でも女王様の部屋にもそのような扉があるはずなんだがな・・」
ロッコは部屋を調べ始めた。
「あった」
ロッコは一つの扉を見つけた。色は壁に似せて、ぱっと見ると良く分からないほどきれいに作られたものだ。扉を開けると、隣の部屋が見えた。
「これは女王様がお休みになる時に使われるはずの護衛官の部屋だ。当然のことだが、女王の妹であるローズでさえ、リンカさんとミリナさんの護衛が付いているのだから、国の一番えらい人である女王様には必ず護衛官が付いていなければいけない」
ロッコがそう言いながら、壁を調べている。
「事実はどうなっている?」
「この部屋は使われていないようだ」
「それはおかしいよ」
「俺もそう思ってる。でもこの部屋は誰も使ってないようだ。見て、ホコリがある。宮殿内の女王様の周辺にホコリがあるなんてありえないさ。俺の家ならホコリだらけだが、ここは宮殿だぜ?しかも女王様の寝室の隣にある部屋だ」
「変だね」
確かに変だ、とローズがうなずいた。
「ちょっと調べようか」
「うん」
念のために探知魔法を使ったが、ローズたち以外に誰もいない。部屋にある扉を見つけたが、鍵がかかっている。ロッコは良く分からない技で扉の鍵を開けた。まるで泥棒が獲物の家の鍵を開けるときのような技だ。
「そういう技は暗部でも教えられるの?」
「まぁ、多少こういう技術があるよ、と・・」
「面白そうだね。私は暗部で修業しても良い?一ヶ月間ぐらいなら、色々と学べそう」
ローズがロッコの顔を見つめながら聞いた。すると、ロッコは呆れた様子で彼女を見た。
「あのな、一国の姫が、こういう技を身につけて、何の役に立つか?」
「でも女王様はできると思うけど」
「女王様は元々暗部だったからだ」
「じゃ、今から私は暗部で修業しちゃダメ?暗部の魔法やロッコの殺しの技にも興味があるの」
「そんなかわいい笑顔で言われてもダメだ。ローズが言ってることは恐ろしいことだからな」
ロッコがローズの鼻をつまむと、ローズは少し引いた。
「む!暗部の部下にしたいと言ったのはロッコなのにな。矛盾してない?」
「その願望は今撤回した」
「けち」
ローズが口を尖らせた。ロッコがそれを見ると、微笑みながら、またローズのほっぺをつまんだ
「なんでそこまで殺しの技を身につけたいのか?」
ロッコが笑いながら言った。
「だって、ロッコの技がきれいなんだもの。私の技なんて、破壊的で乱暴で美しくない」
「もともと系統が違うんだ。ローズは魔法が得意で、その魔力で敵を倒す。俺は、暗部だから、基本的に忍び込みや暗殺などの裏の仕事をする。公にできない仕事は、裏で暗部がそれを背負いやることだ。要するにローズが表の顔としたら、俺はローズの影で仕事をする。目立たない仕事なんだから、当然できるだけ気づかれずに、音もせず、確実に敵を倒す」
確かに、そうだったのかもしれない。
「でもなんか格好良いな」
「俺からみると、表にいるローズの方がまぶしく見える。任務中の暗部の命は使い捨てさ」
「そうなの?」
ローズは首を傾げた。
「そうだ」
「でも暗部も人だから、簡単に死んではいけない。死んだら悲しむ人がいるから」
「俺には・・」
「ロッコが死んだら私は悲しむ。今朝、山で言ったでしょう?」
「そうだったね。ごめん、忘れていた。そんなことは長い間ずっと考えたことなかったからな。ありがとう、ローズ」
「うん」
ロッコが微笑んだ。そして彼が周囲を見て、また動いた。
「じゃ、この扉の向こうに行こうか。何があるか楽しみだ」
「なんか、今のロッコの笑顔が怖い」
「ははは。ローズの先ほどのかわいい笑顔と比べたら、今の俺の笑顔の方がかわいいと思うよ」
「むむむ」
「さーて、行くぞ」
「はい」
ローズはバリアーを自分自身にかけた。ロッコは、ゆっくりと扉を開けた。扉の向こうは廊下だった。左と右の突き当たりにそれぞれ扉がある。ロッコは地面に罠がないかと確認してから左に進んだ。扉を開けるとそこは女王の書斎室だった。書斎室に特に何もないと判断して、ロッコは再び扉を閉めた。今度は右のつきあたりの扉を目指す。再び地面に罠があるかどうかと念入りに確認してから向かった。慎重な人だ、とローズは思った。
扉には鍵がかかっていなかった。ロッコは慎重に扉を開けた。そこは女王様の執務室だった、この扉は隠し扉のようだ。
「ローズ、ちょっと女王様に執務室の隠し扉の存在を確認してくれ」
「はい」
鈴に確認したところ、扉の存在は知っているが、扉そのものが壊れて長い間使われていない、と側近の方から言われた、と鈴は答えた。修復させようと計画を立てたそうだけれど、色々なことで計画が先延ばしになったという。側近の名前も聞き、あとは事実の確認だけだとロッコに伝えた。
「なるほどねぇ・・」
「ロッコ、何か分かったの?」
「あの剣士達はここから入ったんだ。ここに仕掛けがあるんだ。こうすると簡単に開く。壊れたと思われたが、実はこのように、細工されていた」
「ふむふむ」
ローズがうなずいた。
「本来ならば、女王様の部屋まで、あの居住区域の扉を通らなければいけなかったが、そこにはガイル殿が立って守っていた。無傷で侵入できるとは思えない、なぜならガイル殿のあの様子だと死んでもその扉を守り抜くんだという姿勢だったからね」
ロッコが言うと、ローズもうなずいた。
「うん。謀反に加担しているとも見えない」
「その通りだ。俺は同じことを思ってる」
「と言うことは、やはり側近の誰かが謀反に関わっているんだね」
ローズがそう言いながら、また動き出した。
「ローズを襲った暗殺者の服装から見ると、あれは正規軍の服装だった」
ロッコの言葉を聞いたローズが足を止めて、振り向いた。
「本物の軍用制服だったの?」
「そうだ。国軍の制服を数着を持っていても、怪しまれない人物だということは軍に所属している者か、あるいはその権限を持つ者か」
「そして、この状況で誰が得する、ということだね」
「そうだ」
ローズがしばらく考え込んだ。
「女王がいなければ、妹の私が女王の代わりに表に出て政権をにぎることになるよ。これは十分ありうることだよ?」
「そう言うことをさらりと言えるんだね、ローズ」
「うーん、多分それは私の性格だから」
「でも俺はそういうはっきりという女性が好きだ。話がすっきりするから」
「ありがとう」
「じゃ、続けて」
「うん。えーと、恐らく、昨日の夜、私の部屋に侵入しようとした目的は暗殺ではなく、誘拐だったと思う。私を誘拐すると同時に女王様を魔石にして、その女王様が入っている魔石を飛行船の者に渡し、ことを終わらせる予定だったんだ」
「なるほど」
「リンカさんの行動は予想外だったか、計算に入れていなかったか分からない。日頃、猫として生活していたから私の護衛としての情報が敵側に伝わってなかった可能性がある」
「すると計画を立てた人と、実行をする人と、別々の所にいたということだ。計画を立てた人なら、ローズの護衛のことなら分かるからな」
「この時点で、リンカさんの正体を知っていた者は私と女王以外には、オオギさん、と侍女長アルネッタと侍女ミランダと侍女サイラと三人の部屋の護衛官だった。侍女ミランダと二人の護衛官は残念なことに死んでしまった。もう一人の護衛官は昨日意識不明だったけれど、今どういう状態か分からない。残りは侍女サイラと侍女アルネッタとオオギさん。でもオオギさんは重傷だと女王様が言った。侍女アルネッタはリンカさんの人の姿を知っているが、猫の姿は知らない。この時点で関わりがないと思っても良いと思う」
「侍女サイラは?」
「もしサイラが謀反に関わりがあったとしたら、叫んだりはしなかったわ。サイラは叫んだから、私が気づいて応戦できた。この時点で排除できるかと」
「ということは、全員無関係?」
「でも、そう思うと、何か引っかかるよね」
ローズがまた考え込んだ。
「そうだな。しっくり来ないね。ミリナ様は女王様から特命を受けて宮殿から姿を消した。同時に護衛官であるリンカさんも猫になって、人の姿を消した。ローズの周りに、護衛官らしき者はあの部屋の前にいた三人だけだったと、監視した者は謀反の実行班に伝えた」
「問題は誰が、どこから監視したかということだ」
ローズ我僧言いながら考え込んでいる。
「そうだね。俺が監視役なら、屋根の上か、あるいは大胆に向こう側にある女王様の部屋から監視するね」
「屋根の上からだと私が気づく。私に怪しまれずにやるとしたら、やはり女王様の部屋からだと思う」
「そうだね。ローズは俺の部下達の存在も分かったぐらいだもんな」
「うん」
「あいつらは俺の部下よりも優れているとは思えない」
ロッコがそう言いながら、考え込んだ。
「まぁ、私がロッコの部下と一度も戦ったことがないから、分からないの。けれど、あの晩、襲ってきた奴らは大した強さではなかった」
「でもローズは矢を避けることができなかった」
ロッコが微笑みながら、ローズを見つめた。
「うむ、あれは油断した。ロッコがいて、助かった。ありがとう」
「今度油断したら命に関わるから、本当に気をつけてな」
「うん」
ローズがうなずいた。素直だ、とロッコが微笑みながら思った。
「で、そうなると、あの待ち伏せもローズを捕獲するための作戦だったかもしれないね」
「多分そうなる。私を戦闘不能にして、どこかに連れて行くつもりだったかもしれない」
「その間、女王を罠にはめておけば完了、ということだった」
「でもリンカさんが宮殿に戻った。そしてミリナさんも現れた。状況が一変したということだね」
「そうだな。なんとなく状況が読めた」
二人とも同時にうなずいた。
「あの殺された大臣達はどう思う?」
「多分、あの大臣達は謀反への加担を拒んだため、殺されたと思う」
「あのエコリアの領主のバカ息子は?」
「バカ息子?あの玉座の近くに死んでいた人のことか?」
ロッコがそう聞くと、ローズがうなずいた。
「うん。私はあいつがきらいだった。しつこかった。食事中にいやらしく私をじろじろと見て、求婚までしてきた」
「柳がその場にいなくて、良かったね」
「うん。ロッコがいたらどうする?」
「ローズがそんなに不快なら、離れたところでこっそりとやるかもしれないな」
「あくまでも目立たないんだね」
「そうだな。暗部だからな」
ロッコは苦笑いした。
「でも結果的に、あの人は死んだ。しかし、場所は玉座の近くだったよね。何のためにそこにいたと思う?」
「誘拐されたローズを思いながら、将来その玉座で共にこの国を支配する夢でも見ていたんじゃない?」
「でもそれって分かりやすすぎないか?「皆さん、聞いて、私は主犯でーす!」、と主張するような死に方じゃないか」
ローズがそう言ったら、ロッコは思わず笑った。
「こういう謀反の結末は失敗か成功のどちらかになる。成功したら万々歳だが、失敗したら命がない。謀反を起こした時点で死刑は確定している。当然加担した者も死刑だ。これは法律で定められている。知らずに加担した場合、裁判官の判決次第になる。だから主犯になりそうな者を仕立てておけば、万が一謀反の計画が失敗に終わった場合、そいつを殺せば怪しまれずに済むと考えるのだろう」
ロッコが細かく説明した。
「なんとなくだけど、分かった気がする」
「俺もだ。あとは証拠だけだな」
「でも、どうやって証拠を見つけるの?」
「それは俺の部下達に任せた」
「すごい!ロッコはそこまで考えていたの?」
「まぁ、経験上いろいろとやっていたからね。すべての可能性に当てはめてみることが大事だと思う」
「私はなんだかロッコを尊敬してしまった。弟子にして下さい、ロッコ先生~♪」
ローズがキラキラとした目でロッコを見つめている。かわいい、とロッコは思ったけれど、すぐにそのような考えを捨てた。
「ローズ、そのキラキラな目で俺を見つめながら、そんな怖いことを言わないで下さい」
「ダメ?」
「ダメだ」
「けち」
「・・・」
「師匠♪」
「ダメだ。俺は弟子を取らない」
「ううう、悲しい」
「ローズが暗部の考え方にでも汚染されたら、俺は果てしなく悲しくなる」
ロッコが優しい言葉で言った。ロッコは、ローズに心を奪われてしまいそうだ、と感じた。
「技だけでも良いのに」
「どうしても暗部の技が必要なら、暗部出身の護衛官をそばにおいておけばいい」
「私はロッコを指名する」
「俺は今任務の最中だ。このごたごたが終わったら再び任務に戻らないと行けない」
ロッコが言うと、しゅんとローズはうつむいた。
「また寂しくなる」
ローズが言うと、ロッコは思わずローズの髪の毛を触れて、口づけした。
「俺もだ。でも仕方がない。任務は暗部にとって最優先だからな」
「うん」
「でもまた会えるから、大丈夫だ。俺は必ず会いにいくと約束しただろう?」
ロッコはローズの髪の毛から手を引いた。身分が違いすぎる、と心のどこかでまた制止した。ローズは愛しい、とロッコは思ってしまった。
「うん。でも任務に戻る前に私ともう一つの約束を果たしてもらうよ」
「食事のことか?」
「うん。一緒に昼餉を食べようと約束したでしょう?」
「そうだね。でもまず、すべてがきれいに収まってからな」
「うん」
ローズがうなずいた。ロッコが微笑んだ。参った、とロッコは思った。
「さて、そろそろ女王様を迎えにいかないといけないな。ローズ、場所を聞いてくれ」
「はい」
ローズは再び鈴に現在の居場所を確認した。指定されたところへ行くと、鈴と二名の将軍がいた。この場所は宮殿内にある地下の緊急用迷路だ。とても複雑なため、むやみに入ると数週間ぐらい彷徨うことになるという。
鈴は無傷で、無事だった。リンカは負傷したと言っても、軽傷だった。鈴を守った時に、敵が放った矢をわざと受けた。回避したらその矢は鈴に当たってしまうからだ。ミリナはもちろん無傷で、無事だった。側近のオオギはまだ意識不明だけれど、ローズの回復魔法で、多分助かるでしょう。
一緒に来たミリナの部下達とともに、鈴を宮殿まで護衛した。途中で鈴はボロボロで泥だらけで汚いローズの寝間着姿を見て、ぎゅっと抱いてくれた。きっとローズの姿がとても惨めだったのでしょう。
しかし、今部屋に戻って着替えるのも気が重い。大切な侍女と衛兵二人も死んだからだ。鈴はそれを理解したかのようにただ黙って、ローズの手にぎって、宮殿に向かった。




