42. アルハトロス王国 青竹の里 友達
アルハトロスに女王は即位したという知らせが国中の話題になった。しかも女王は青竹の里出身で、その領主のダルゴダスの部下でもあった。
なぜ龍神様が異世界から召喚したダルゴダスではなく、その部下である若い娘の鈴を新王として選んだか、と様々な意見が出ている。けれど、この国は龍神の国だから、神が決めたということには異論を唱える者がいない。神託は絶対的である。
鈴は女王となったため、当然暗部の仕事も、影丸とのペアも、青竹の里の籍も、すべて抹消されることになった。神籍になると、そういうことだ。人としての繋がりがすべて消されてしまう。今の女王鈴は神籍となり、もう普通の人ではない。神と同じように、不死である存在になった。
女王鈴は都の宮殿にいて、国の再建に挑んでいる。聡明な鈴ならできる、とローズが思う。ダルゴダスもその関係でものすごく忙しくなってしまった。朝早くから夜遅くまで様々な専門分野の人達と会議をしたり、執務室で仕事をしたり、資料を読んだりしている。ダルゴダスは女王鈴の要としての姿勢をとり、国へ全面的な協力をする。これからは、この滅びかけた国をどのように建て直すのか一番大変な時だと、ダルゴダスは今日の夕餉の時に言った。
女王が即位したという知らせも、海外にまで広まった。周囲の国々からも、遠くにある国々からも、即位の挨拶のために数々の大使が都に訪れる。ダルゴダスとフレイも即位儀式の時に都まで登城した。
あの襲撃の後、都がほぼ壊滅状態になったが、皆の力で、なんとかその形を取り戻すことができた。一年間に、どれほどお金や努力が費やされたかか想像ができないぐらいだ、とローズは思った。里の優秀な技術部は都でこの一年間大変頑張っている、とダルゴダスが言った。とても誇らしげに職人達のことを褒め称えた。都がまだこれからも復興に向かっているため、職人達の活躍はこれからも重要な役割を担っていくのでしょう。
そんなある日、美術の勉強しているローズの部屋に侍女リエナが来て、執務室まで直ちに来るように伝えられた。絵を描いている最中だったため、顔や衣服に絵の具が付いているけれど、着替える時間がなかった。「直ちに」だと言われたら、その時の作業を中断し、すぐに行かなければいけないのだ。
執務室に到着すると、入るようにと扉の前にいる護衛官に合図された。執務室に入ると、ダルゴダスと見知らぬ男性一人がいる。ローズは挨拶すると、なぜか二人とも彼女をじっと見て、しばらく固まってから、笑い出した。きっと彼女はとてもみっともない格好しているのでしょう。顔ぐらい洗っておけば良かった、と後悔した。
「いやいや、申し訳ない。とてもかわいいお嬢様ですな、ダルゴダス様」
「ははは、許せ、オオギ殿。娘は今勉強中でな、この様子だと、絵を描いている最中だと見た」
ダルゴダスは笑いながら、オオギという男性に言った。
「うむ、ごめんなさい。顔を洗ってきます」
ローズが困った顔して、謝罪した。
「問題ございません」
「だそうだ」
オオギがそういうと、ダルゴダスもうなずいた。
「ローズ、明日の朝、朝餉の後、このオオギ殿と一緒に都に行くと命ずる。これは女王陛下のご命令だ」
「はい。私で一人ですか?」
「無論共に行く者も付ける。侍女は都で用意されるから、連れて行かなくても良い。護衛たる者2名をこちらで用意する」
「はい」
また旅を出るのか、と彼女が思った。
「持っていく物は?」
「身を守るもの一式と旅の間に使う衣服ぐらいで良い。都でそなたの衣服は用意されるそうだ、しばらくの滞在だから、読む本数冊を持って行っても良いだろう。女王陛下への土産物はこちらで用意する」
ダルゴダスはそう命じた。
「しばらくって、どのぐらいですか?」
「分からない。女王陛下次第だ」
「はい」
「しばらくの間、そなたの顔が見られないのを寂しく思うが、里の代表として行って参れ。恥ずかしくしないように、しっかりとやりなさい」
「はい。では準備に失礼します」
ローズがうなずいた。
「あ、そうだ。ローズ。そなたの鼻にその赤い色はとても似合うぞ」
「むむむ」
「ははは、まぁ、下がって良い」
ローズは頭を下げて退室した。服の袖で顔を擦ると赤い色が付いている。なんだか恥ずかしい。赤い鼻で、都からの人と対面してしまった。ダルゴダスだけならともかく、初対面の人とこんな姿で会ってしまったとは・・。
しかし、都まで行くのか・・、とローズは思った。なぜダルゴダスがそう簡単に女王の命令を受け入れたのか、と。
やはり立場的に女王の方が上だから、それに従う。里の職人街までさえ、外出許可すら出てないローズだけれど、馬車で数日間かかる龍神の都まであっさりと行かせるのは疑問に思った。けれど、きっと父上には考えがある、とローズは思った。
部屋に戻ったローズは、美術の先生と侍女リエナにダルゴダスの命令を伝えた。本日の勉強はここまでだと言われて、先生が帰った。次回の勉強は彼女が都から帰還してからとなった。
侍女リエナは侍女長と話して、どの服を持って行くか彼女たちが決めることになった。ローズは武器や防具の手入れにすることにした。最近、防具が少しきつくなっていて、胸が少し大きくなったせいだとローズは思う。けれども、ダルゴダスに新しい防具を作って欲しいことは言えない。ベルトを少し調整すれば何とかなるでしょう。短剣の手入れもして、きれいに磨いた。
持って行く本が数冊ほどを準備することだ。一つのカバンに収まるようにとダルガの口癖を思い出した。旅はやはり身軽の方が良いと思って、あまり厚い本を持って行かないようにする。後はエフェルガン皇子からもらった飴玉の箱と、忘れてはいけない柳からのブローチだ。このブローチだけは忘れてはいけない、とローズが思った。数々の宝石や飾り物よりも、彼女にとって、このブロッチはとても大切なものである。柳が命をかけて手に入れた雷鳥石で、欅が心を込めて作ってくれたブローチである。ローズの大切なお守りだ。
エフェルガン皇子からもらった人形はこの部屋に置いていくことにした。なくしたら大変だし、荷物も多くなる。あの人形はとても気に入ったけれど、しばらくお別れだ、とローズは思った。
ダルゴダスとオオギという都からの客人はVIPルームで食事をすることになった。夕餉を終えて、ローズは明日のことを料理長に話したら、お弁当と旅で食べられる焼き菓子を作ってくれると言ってくれた。本当にとても優しい師匠の料理長だ、とローズは御礼をしてから、部屋に戻った。
あとはロッコに報告すれば良い、と彼女が思った。最近、暗部のロッコと良く会話をしていて、とても親近感がある。でも彼は暗部なんだから、これも彼の任務でしょう、とローズは思った。。
部屋に戻ると、リエナと侍女長が服の準備をしている。鎧と本を入れてから、調整して下さいと言ったら、本を減らすべきだと言われた。ローズが仕方なく数冊減らすことにした。
防具は持って行かなければいけない。万が一ということもあるという理由だ。下着も重要だ。なぜなら、彼女のサイズはどこにも売ってないからだ。残りは寝間着に使うものと数枚の服でおさまった。飾り物は簡単なもので一式にした。これでカバン一つでまとまった。
寝る準備を整えて、灯りが消された。もう誰もいなくなって、彼女が毛布を持って屋根の上に行った。屋根の上に行ったら、ロッコがもう待っている。珍しい、と彼女が思った。しかも、今日は二人の暗部が見あたらない。気配を消したか、あるいはちょっと席を外してくれたか、分からない。
「こんばんは、ローズ」
「こんばんは、ロッコ。今日は私よりも早くきて、珍しいな」
ローズは毛布を肩にかけながら言った。
「そうだね、あまり遅いとローズが寝坊してしまうかと思って、早く来た」
ロッコがそう言いながらうなずいた。
「私は必ずここに来ることを想定していたの?」
「そうだね。ローズが来ると思った。本当に来た」
「明日のことを、上から聞いたの?」
ローズがロッコを見つめながら聞くと、ロッコがうなずいた。
「はい。都に行くから、しばらく護衛から外される、という命令が出た」
「ロッコは私と一緒に行かないんだ」
ローズが聞くと、ロッコが首を振った。
「俺は都まで護衛するには10年早いと言われた」
「ロッコは強いのに」
「強くないさ。上と比べたら全然相手にすらならない」
ロッコがそう言いながら、ローズの手を取って、近くに座るように、と。ローズがうなずいて、ロッコの隣に座っている。
「そうなの?だって、ロッコは私を一瞬で、すぐに取り押さえたのにな。ロッコは本当は強いんだ、と思うけどね」
「何の話です?」
ロッコが首を傾げなら、聞いた。
「ほら、あの巨大雷鳥の襲撃に、私を雷鳥の上から下ろして、私を取り押さえたのはロッコだったんでしょう?顔を隠したから確信はないけど、あの時の暗部はロッコだったんだと感じた」
ドキッとロッコが一瞬と凍ったような衝撃を受けた。
「・・・なんでそれを?」
彼が聞いた。どうしても知りたい、と。
「あの時の波動と今のロッコの波動とは同じだから」
「・・・」
「怒らないで欲しい。私はロッコに首が針に刺されたことも理解した。任務だから仕方がなかった。でもあれはとても鮮やかな動きで、大した痛みもなかった。ロッコは本当にすごい暗部だと思うの」
「まいったな。ばれてしまったから、もうローズの前に行けなくなる」
ロッコが言った。
「今、他の暗部がいるの?気配はないけど」
「今日は俺一人だけだ」
「だったら、問題ない。私とロッコの秘密にする」
ローズがロッコを見て、にっこりと微笑んだ。
「俺が怖くないか?」
「なんで?」
「俺がローズを手にかけたから」
ロッコがそう言うと、ローズは首を振った。
「ロッコは無礼を許して下さいと言ったでしょう?それに対して私はロッコを許した。だから問題がない。それに、じたばたしていた私を押さえるために必要だったんでしょう?理解しているわ。最初はびっくりしたけれど、最近それを冷静に考えることができた」
ローズがありのままに言った。
「俺は、こんな敗北感を感じたことがない」
ロッコがため息をして、星空を見た。
「私たちは勝負ごとをしていないよ、ロッコ。友達として会話してるだけだよ」
「ローズは本当に変わった女性だ」
「普通の3歳児だよ」
「どこが?」
「うむ、実際に3歳だよ。体も小さいし」
「体さえ考えなければ、普通の大人の女性だと感じるけどね」
確かにそうだ、とローズは苦笑いした。
「やはり私ってかわいくない子どもなんだね」
「見た目はかわいいよ」
「うむ」
「でも中身は怖いかもしれないな」
「私もそう思う。自分は何ものかも分からない、自分は自分自身が怖いと思う時もある」
ローズがそう言いながら、ロッコを見た。ロッコも視線を彼女に移した。
「俺はやっと気づいた。なぜ柳がローズに、あんなに気にかけているか。俺も、今、同じ気持ちになってしまうかもしれない」
ロッコがそう言いながら、ローズの顔を見つめている。月に照らされている彼女が美しい。
「うむ、私は普通にしているだけなんだけどね。やっと話し相手ができたのに、怖がらせてしまって、ごめんね、ロッコ」
ローズがいうと、ロッコが首を振った。
「いや、二人だけの秘密ができてしまったし、俺も明日からもうローズの護衛じゃなくなるし、問題ない。じゃ、今夜は少し話そうか」
「うん」
「でも、ローズは本当に俺のことが怖くないか?」
ロッコはしつこいほど確認した。
「私は具体的な暗部の仕事が分からない。だから最初は暗部のことが怖い集団だと思った。無表情な影丸さんもいるけど、そうでもない暗部もいる。モイの出産で、名前が知らない二人の暗部隊員に助けられて、赤ちゃん達が生まれた時に一緒に笑ってくれた。それに私の周りの暗部達は、夜が寒いのに、私のような子どもの見はって、苦労かけた。ロッコまで私のために来てくれて、私の話しの相手になってくれた。任務とはいえ、皆忠実な人たちだと分かった。大変だけど、それが役目だと理解している」
「ふむ」
「でも、私は友達としてのロッコと、暗部としてのロッコも、どちらも好きだよ」
ローズがにっこりと微笑んだ。
「好き?」
「なんというか、男と女の好きの感情と別にして、友達のロッコはとても話しやすい。物知りで、たくさん教えてくれた。だから一緒に座って、屋根の上で転がって、星を見ながら何時間も話せる。私にとって、とてもありがたい存在だ」
「暗部の俺は?」
「優秀な暗部だ。もしも私を抹殺するような命令が下りたら、ためらいなくやってくれるだろうな。痛みもなく、一瞬で」
ローズが隠さずに言った。それを聞いたロッコが一瞬、言葉を失った。普通の子供なら、自分を抹殺することなど、考えていないのでしょう。
「ローズには、そのような命令が下りないよ。里の大事な能力者の一人だからね。それに、俺は、ローズを殺せない。俺は今、ローズを守りたくなったからだ」
ロッコはローズを見つめながら、言った。この女性は大人だ、と彼が確信した。
「それを言ったら、暗部失格じゃない?」
「暗部がクビになったら、護衛官として働くかな、ははは」
ロッコが笑って、ローズを見ている。
「なるほど。逆に聞いても良いかな?」
「どうぞ」
「ロッコは、私のことが怖いの?」
「怖いと言えば、怖い。怖くないと言えば怖くない」
「どっちなんだ?」
「両方さ。ローズは俺の想像を超えたことをためらいなく言った。すべてを知った上で、俺と接触して、普通に会話までしている。俺が怖くないかという質問に対して、好きだと言われたら、どう反応すれば良いか、困ってる。それが怖いさ」
「なんかよく分からない。3歳児が分かるような言葉にしなさい」
ローズが呆れた様子で言うと、ロッコは笑った。
「ははは、俺だって、自分がなにを言っているのか、分からない」
「困った人だ。で、怖くないの?」
「そばにいて、とても良い気持ちだ。この数ヶ月間、毎晩ここにいて星空の話や季節の話などをして、こんなにも気持ちが良かった。任務とはいえ、俺はそれ以上のことを感じてしまったかもしれない」
今は言えない。その気持ちは、ロッコにとって、禁断だからだ。
「私も同じ気持ちだ。ロッコは良い友達で、とても良かったと思う」
「それは俺にとって怖いことだ」
「なんで?」
「暗部には任務中に私情を出してはいけない。どんな楽しい時間でも、あくまでも任務だ、と感情を切り離すための訓練もした。柳を監視した任務も、ローズの話し相手の任務を受けた時も同様に、普通の任務として認識した」
「暗部だから、そういう任務があってもおかしくないよ?」
「そうだな。最初はそんな感じだった。でもローズは俺の仮面を一つずつ取り除いた。隠そうとしたことまで知られてしまった」
「不快なら謝る。ごめんなさい」
「いや、それで良いんだ。ありのままの俺を知ったのはローズだけだ」
ロッコが微笑んで、彼女を見つめている。
「私はまだロッコのことを何も知らない。立場上もあるけれど、ロッコのことはまだ謎だね。でも、私に見せたロッコは、私にとって、とても大切な友達だと思う」
「ローズ、俺は、多分、今、本当の意味で、ローズの友達になりたい、かもしれない」
友達以上になりたい、かもしれない、とロッコは思った。しかし、それも言葉に出なかった。
「おかしなロッコ。私たちはもう友達でしょう?」
「任務だと知っていても、そう思うか?」
「うん。そう決めたから、そうした」
「そうか。俺たちは友達だから、今度俺のことをいっぱい話そう。任務と関わらずに、また会える日を楽しみにしているよ」
「うん」
ローズが微笑むと、ロッコも微笑んだ。彼女の笑顔が、ロッコの心に入ってしまった瞬間だった。
「じゃ、明日が早いし、長旅になるから、今日は早めに休んだ方が良いね」
「うん。お休み、ロッコ」
「お休み、ローズ。またね」
「うん」
ローズは屋根から降りて自分の部屋に入った。今日は大切な友達と会話してとても気分が良かった。明日に向かって、今宵は早く寝るようにした。