33. ドイパ王国 約束
『やっと会えた、龍神の娘よ』
『誰?』
ローズは眠気から起きて、周囲を見つめている。何もない空間だ、と彼女が思った。
『我か?我は飛龍と呼ばれるものだ』
『飛龍様?鳥人族の神様だと聞いたけど・・』
『そうだ』
姿なき声が聞こえている。ローズがキョロキョロしながら、周りを見ている。
『失礼しました!』
『良い良い。敬語は無用だ』
『はい』
彼が笑いながら言った。
『どうだ、空を飛ぶ気分は?』
『いろいろと便利だと思います』
ローズが素直に答えた。
『ははは。素直だ』
『あはは』
『その能力は我が与えたものだ。使うと良い』
『ありがとうございます』
『龍神様からそなたの誕生を聞いてな、何が良い贈り物がないかと思ってな、それにした。気に入って、良かった』
彼がまた言った。彼が龍神から聞いたのか、とローズは思った。
『都で覚醒したときに初めて空を飛んだけど、この能力だったんですね』
『そうだ。そなたがまだ未熟だったから、うまくは能力の開花できなかったようだが、今は問題なく使えるようだ』
『ありがとうございます』
ローズが笑いながら言った。
『ははは、また会う日までだ。ははは』
変な夢だった。年をおいたおじいさんのような感じだったけれど、姿が見えなかった。そのおじいさんの声の持ち主は、何もない空間の中に立っている彼女に、声をかけて飛龍と名乗った。この地域の神様だ。声が聞けて嬉しいです、飛龍様!、と彼女が微笑んだ。
「んー」
「ローズ」
「うむ・・んー」
「おはよう、ローズ」
声が聞こえた。目を開けると、あの緑色の瞳だ。柳が寝台に座って、彼女を見ている。優しく頭に口付けをした。
「おはよう、柳」
「おはよう、ローズ。気分はどう?」
「うん、まだ眠い」
「そうか。もう少し寝る?」
「ううん。起きる」
「ゆっくりで起きよう」
柳は優しくローズの体を起こした。思った以上に体が重く感じて、まるで病み上がりの感じだった。柳がローズの体を寝台の背中かけにつけた。彼がローズの顔をじっと見ている。とても穏やかな顔だ。
「柳、どうしたの?」
「きれいだ」
「ん?」
なんかよく分からない、とローズが首を傾げた。一体どうしたんだ、と彼女が混乱した。
「モイを呼んでくる」
柳は部屋を出て、外で侍女に声をかけた。ローズは今どこにいるかと、部屋全体を見渡した。どうやらジャタユの屋敷の部屋だった。
しばらくしたら、外でモイの声が聞こえてきた。彼女が扉から二人の侍女とともに入って来た。柳は外にいるようだけれど、部屋に戻らなかった。
「ローズ様!おはようございます!お加減はいかが?」
「おはよう、モイ。大丈夫だよ。ちょっと眠いけど、大丈夫だ。多分お腹が空いたからかな」
「そうですか。良く起きてくださいましたね。はい、花のお茶です。どうぞ」
モイが微笑みながら花のお茶を差し出しただ。とても温かく落ち着く味だ。
「ありがとう、モイ。今度このお茶の作り方を教えてもらわないといけないな。モイが結婚したら、もう飲めなくなるからな」
「欲しいなら、結婚しても、毎日届けに行きますよ」
「あはは、ありがとう、モイ」
「いえいえ、ローズ様は友達になるとおしゃって下さったから、私も精一杯友達にならないと・・」
「友達だから敬語はいらない」
「はい!」
モイは温かいタオルを持って、ローズの顔を優しく拭いた。二人の侍女もローズの寝間着を脱がし、優しく体を拭いてくれた。
「なんか、体が変だ」
ローズが気づいてしまった。胸が発達している。これは大人の女性の胸だ。手も足も以前と変わらない長さだった気がするけれど、手と足が子どものと違って細くなって、体の形が大人の体に変わっていた。一番びっくりしたのが髪の毛がとても長くなった。2メートル以上もあるのだ。一体、彼女の体に何があったのか?、とローズが首を傾げた。
「モイ、私の体がおかしいよ。何があったの?」
ローズがモイに聞いた。
「ローズ様は、二ヶ月間もずっと眠っていましたよ」
「え?!二ヶ月間も?!」
「はい。昨夜までずっと光っていたし、全然起きなかったし、心配でした」
モイがそう言いながら、衣服を確認した。
「ごめん、モイ。心配をかけた」
「いえいえ。ただ眠っているだけだ、と医療師や飛龍神殿の司祭が教えてくれたからほっとしました。けれど、一ヶ月も、二ヶ月も、ずっと眠っているから、どうしましょうと思ったところで、起きて下さって、嬉しいです」
「ありがとう、モイ」
「いいえ、私の役目ですから」
モイが微笑んだ。
「しかし、寝ている間にこんなに体が成長してしまって、どうなっているんだ、これは?」
「私も分かりません。でもこれで確信をしました。ローズ様はやはり特別な存在であるからだ、と思います」
「うむ」
二人の侍女はローズにゆったりとした服を着せてくれた。その服がとても着心地が良い服だ。上等な絹で、肌触りもとても良くて、かわいらしい花柄で刺繍されている。髪の毛もきれいにくしでといてくれた。長い・・長すぎる。波のような髪で、長く、黒く、つややかできれいだ。けれども、このまま歩くと、床の掃除になってしまう。困った、とローズが言った。
「髪が長いから切ろうか?」
ローズが言うと、一人の侍女が残念そうに見えた。
「もったいないでございます」
「いや、不便だから切りたい。だって、私の身長よりも長いよ?伸びて欲しいのが髪の毛じゃなくて、体の方にして欲しい」
ローズが呆れた様子で言った。
トントン
扉をノックした音がした。返事をしたら、ミライヤとリンカが中に入った。
「ローズちゃん!やっと起きたのねぇ。嬉しい~♪」
「おはよう」
ミライヤもリンカも嬉しそうにローズを見つめている。
「ミライヤ先生、リンカさん、おはようございます」
ローズが丁寧に挨拶した。
「気分はどう?」
「大丈夫です。ちょっとおなかが空いただけ」
「うん、なら大丈夫だね。今ジャタユが台所担当に食事の準備を命じたから、もう少しで待っていて下さいね。きっと起きたらおなかが空いたんだろうって」
「勘が良い人ですね」
「そういう人なのよ」
「ミライヤ先生にぴったりの人ですね」
「むむむ」
ローズがそう言うと、ミライヤは驚いた。
「一本取られたね、ミライヤ」
「あはは、ごめんなさい」
リンカがそう言いながら、ローズが体を起こそうとした。けれど、なかなか力が入らない。二ヶ月間も寝ていたから、こうなるのだ、とローズは思った。
「まだ無理をしてはダメだよ」
「大丈夫です。今困っていることが一つある」
「どうしたの?」
「髪の毛が長くなりすぎて、どうしようかと」
「そうね。長いのが良いけど、こんなに長くなると歩きにくいね」
「うむ、切ろうかと思ったけど、どのぐらい切れば良いかな」
「半分ぐらいで良いんじゃない?柳に聞いてみるよ」
「ん?なんで?」
「あの人はローズの保護者だ。勝手に切ったら後でがみがみと言われるのがいやだから」
リンカは外に出て、柳と話をしている声が聞こえた。しばらくして、またリンカが部屋に入った。
「ローズが望むままで良いって」
「じゃ、半分ぐらいばっさりと切って欲しい」
ローズがそう言うと、侍女がうなずいた。
「かしこまりました」
一人の侍女は退室した。多分美容専門の者を呼びに行くらしい。
「ミライヤ先生、私の体が変になった」
「どういうこと?」
「胸が・・大人の胸になった」
「あらま・・下着を着けないとね」
ミライヤが微笑んで、即答した。
「いや、心配なことはそこじゃないと思う」
「ほかには、何かあるの?」
「いや、どう考えてもおかしいでしょう。私はまだ二歳なんだから、変だよ」
ローズが言うと、ミライヤもうなずいた。
「そうか・・。二歳か。お誕生会もしなくてごめんね。ばたばたしすぎて、ローズちゃんの誕生会を開くのが忘れてしまった」
「いや、あの、・・」
このかみ合わない会話はなんだったのでしょう、と彼女が首を傾げた。問題は誕生日でも、髪の毛でもない。突然と変わっている体だ、と彼女はそう思いながらミライヤたちを見つめている。
「お誕生日おめでとうございます」
「誕生日、おめでとう」
ミライヤたちが一斉に誕生日の祝いをした。
「うむ、ありがとうございます」
この世界はやはりどこかが変だ。明らかにローズの理解を超える出来事が次から次と起きてしまう。
「ジャタユに言っておくわ。今日はローズの誕生日と・・」
「うん、お願いね、リンカ」
リンカは外に出て行った。また柳とダルガの声も聞こえていた。
「あの、先生。私はやはり変なの?」
「何が?」
「体といい、能力といい・・、すべて」
ローズがうつむいていながら、言った。
「ローズちゃんはローズちゃんだ。確かに普通の人とはちょっと違うけど、まぁ、特別な存在であると認識しておけば、おかしいも何でもないわ」
「うむ。でもちょっと違うというレベルじゃない気がするけどね」
ミライヤが微笑んでくれた。ローズの疑問を、どこかにその微笑みで終わらせるかもしれない。
「そうだ、あの戦いの後は覚えているかしら?」
「どちらの?」
「オオラモルグの戦い」
「あ、そう言えばそうだった、何がなんだか、ちんぷんかんぷんで、最後に良く覚えてない」
ローズがそう思いながら、言った。
「ローズちゃんが全力で柳さんにあげた回復魔法のおかげで、柳さんは元通り元気になったよ」
「それはよかった」
「ええ。だけど、あれ以来、彼はずっとローズちゃんのそばにいて、朝も昼も夜も、ずっとこの部屋にいたの。口数も減ってしまったわ。心配だけど、今ローズちゃんが起きたから、もう心配いらないわね」
「はい」
「スズキノヤマのエフェルガン皇子も元気になって、挨拶にしたいと申し出があったけど、ローズちゃんがずっと寝ているため、ジャタユに通じて断ったの」
「なんか失礼なことしてしまったわ」
「ううん、問題ないの。ローズちゃんの方が大事だから、とジャタユが言ったの。客人であるローズちゃんを戦争に巻き込んで、申し訳ない、と謝ってくれた」
ミライヤがローズの手を取って、うなずいた。
「私たちはジャタユさんに恩義があるから、大丈夫です。これで借り貸しはない、と笑って言って下さい」
ローズが微笑みながら言うと、ミライヤがうなずいた。
「そうだね。でもあの人もそういう清算したことがないのよ。自分が借りがある時だけきちんと払うけどね」
「なんか、良い男だね。そういう男が好きだわ」
「柳さんが聞いたら嫉妬するかもしれないわよ」
「ミライヤ先生もね」
「ははは。お、髪を切る者が来たかな?」
部屋に飛龍神殿の司祭と髪の毛を切る美容室の者が入った。飛龍神殿の司祭が来たなんて、なんだか大げさだ、とローズが呆れた様子で思った。ローズは椅子に座らされて、祈られて、希望な長さで髪の毛を切ってもらった。その切った髪の毛はきれいな器に入れて、神殿に持ち帰ると言われた。司祭は丁寧に頭を下げてから部屋を出た。
いったいなんだろう?、と彼女がまた首を傾げた。
「ローズちゃんは、ここでは龍神の姫君と言われているからだよ」
「なんか変だ」
「神託が出たそうだよ」
「うむ」
また彼女が知らないうちにいろいろな噂が広がっているのか、とローズは心配そうな様子でミライヤを見つめている。また柳を苦しめるような内容じゃなければ良いのだけれど、とローズは思った。
美容室の者はローズの髪の毛を整えた。きれいな髪だと褒めて、簡単に結った。そして、髪飾りを付けてくれた。鏡を見せてくれたけれど、ローズは自分の顔が変わっていることに気づいた。
「先生、私の顔まで変わっている」
顔立ちは大人になっている。今まであった幼さい感じがどこかに、消えた。
けれど、まだ顔の模様がある。それが柳が描いた落書きだった。しかし、全体的に大人の女性だ。
残念なことに、身長が1メートルのままだった。とはいえ、手と足はバランス良くなって、おなか周りはスリムになった。これによって、個人的にスタイルが良くなったとローズは思った。けれど、この身長はどうにかならないかなと複雑な気持ちになった。
「そうだね、とてもきれいになったよ」
「うむ」
額にものすごく赤い楕円型のあざがくっきりと見える。なんとか前髪で隠した。
「このあざが段々赤くなってきた」
「それはきっと能力の開花によって現れた印だと思うわ」
「そうか」
能力と言えば、夢で聞いたの飛龍様の言葉、飛ぶ能力だ。試してみるかな。飛ぶと念じれば良いのか、と彼女が思った。
そう考えただけで、体が浮いてしまった。目線はミライヤになった。それを見た侍女たちと美容室の者は急に足を床について、土下座になった。恐れ多くの龍神の姫君様だ、と皆口を揃って言った。ミライヤとモイはただ無言でローズを見ているだけだった。ローズがなんだか悪いことしたと思い、飛ぶことをやめて地面に着いた。
「怖がらせて、ごめんなさい」
ローズが謝罪した。
「いえいえ、とんでもないでございます。私たちは果報者で、一生この幸運に幸せを感じております」
「うむ、そうか。良かったか」
なんだかすごく複雑な気持ちだ、とローズは思った。アルハトロスでは、彼女が化け物として噂にされた。ドイパでは彼女が神なみに崇められている。本当に複雑だ。彼女はミライヤを見て、瞬いた。
「先生、モイ、お食事しても良いかな?」
「はい!行きましょう」
結局その場から逃げた方が無難だ、とローズは思った。ローズはミライヤの手をとって部屋を出る。一回振り向いて、世話をしてくれた侍女達と美容室の者にまた頭を下げて、礼を言った。そして扉の向こうに待ってくれた柳とダルガに朝の挨拶をした。
ローズがまだふらふらしたので、柳が彼女を両手で抱いて、食事をする部屋に行った。その部屋に到着すると、ジャタユがもう待っている。机に数々の食事が運ばれてきた。どれも見事な料理で、とてもおいしそうだった。
「おはようございます」
柳は彼女を床に下ろした。降りてから屋敷の主であるジャタユに挨拶した。
「おはよう、ローズさん。元気になって、良かった」
「はい、心配をかけてしまって、ごめんなさい」
「いや、私の方こそ、申し訳ないと思っている。せっかく休暇でここに来たのに、戦争に巻き込んでしまった。本当に申し訳ない」
「いえいえ。ここにいる皆が無事で何よりです。スズキノヤマのエフェルガン皇子も無事で、魔石にされた多くの民も無事で、良かった」
「はい」
「でも犠牲になった兵士達が多くて、悲しいです。彼らの家族に困らないように手を差し伸べて下さい」
それを聞いたジャタユが跪いて手を胸に当てて、丁寧に礼をした。
「やはりあなたは龍神の姫君です。そのような優しいお言葉を言って下さって、犠牲になった兵士達とその家族も救われましょう」
「うむ、頭を上げて下さい」
「はい」
ローズはジャタユの近くで座らされた。隣は柳が座って、そしてダルガだ。向こうの席にはミライヤとリンカとモイが座っている。7人でぷち豪華の朝餉・・いや、ブランチだ、と彼女が思った。実は日がもうすでに登ったため、皆がもうすでに朝餉を済ました。けれど、ローズが起きたことで、ついでに昼餉にするということになった。
「頂きます!」
美味しい料理を一口を入れたら、湧き上がる食欲がおなかの底から上がって来た。ローズが次々と料理を食べると、ジャタユは笑ってしまうほど、ローズの食欲にびっくりした。柳はなん度も彼女の顔についているスパイスや米粒などをきれいに拭いた。自分がはしたない、とローズが思った。
乙女はこのような下品な食事をするものではない!、と作法を教える先生の怒鳴り声が聞こえそうな気がする、とローズは思った。
「どうしたの、ローズ? おなかがいっぱいか?」
柳の声で、ローズは我に戻った。
「ううん。この料理おいしいから、レシピの本が欲しいな」
「料理でも習いたいか?」
ジャタユが聞いた。
「うん。アルハトロスに帰ったら、このような美味しいドイパ国の料理が食べられなくなるから、ちょっと寂しいかな」
「後で料理の本を探そうか。服や髪飾りも買いに行こう。そうだ、最高級の防具も作らせてあげよう。私からの贈り物としてもらって下さい」
「うむ、なんか悪い気がする。というか、ジャタユさん、敬語はいらないよ」
そう言われると、ジャタユがまた微笑んだ。おかしな子だ、と彼が思った。けれど、それで良い、と。
「ははは、分かった。こういう、普通の俺で良いっすか」
「うん、そうだよ」
「本当に変わった娘だ」
「ミライヤ先生の従兄弟だからな」
ローズが即答した。
「ごほごほごほ」
ミライヤ先生が咳き込んだ。
「ははは、愉快だ。そうだな。従兄弟だから、似た者同士だから、不思議はない」
「ちょっと、びっくりしたわよ。でもやはりこういうのが楽しいね」
「んだね。俺はこういうのが好きだ。幸せを感じる」
ミライヤが笑って、うなずいた。ジャタユもそう思って、うなずいた。
「うん」
「さー、たくさん食え!そうだ、ローズさん、お誕生日おめでとう!2歳か、いやぁ~若いね!ははは」
「ありがとうございます。でも本当のこというとね、私はいつ誕生したか、分からないんです。それに、本当に2歳かどうか、怪しいです」
「細かいことに気にしない。この世に誕生して、嬉しい、それで良いんじゃねぇ?さーて、食事終わったら、買い物にでも出かけよう。久々に10人で町に出かけるね。誕生日プレゼントも何が良いか買い物しながら決めよう」
「はい!・・あ、でも、その前に飛龍様の神殿に行きたい」
ローズがそう言って、ジャタユに願い出た。
「それは、またどうした?」
「挨拶と御礼を言いたいです」
「御礼?」
「うん、夢の中で会ったんだ。空を飛ぶ能力をくれたことを話して下さったの」
「なるほど。やはりローズさんは龍神の姫君だね」
「そう言われても、良く分からないの。でもあの能力のおかげで、戦いも少し楽になった。あの大きな奴をなんとか、皆の力を借りて倒せたし」
「あれはほとんどローズさんが倒したさ。俺は手伝っただけだ」
「うむ、正直言うと、あまり覚えてない。必死すぎて、何がどうなったか、あれから眠ってしまったから、ますます分からないんだ」
ローズは食べながら、そう言った。
「そうか。あれからねぇ、ローズさんが捕まえたあの化け物を召喚した奴が、実はオオラモルグの国王だったんだ。国王と言っても、まぁ、あの小さな島の国王だ。しかし、兵士らや武器が本土のモルグ王国から与えられたものばかりだった。条件は周辺の島々の住民で作られた魔石の上納することだったそうだ。毎年決まった量を納めなくてはいけない代わりに、兵士や物資など送ってもらえるらしい」
「あの強い剣士達も?」
「そうだ」
「かなり強かったんだね、あの剣士達は」
「そうだね。レベル10以上とみた」
「うん」
確かに彼らがとても強かった。柳でさえ、苦戦した、と。
「でも大丈夫、我々も強いから、なんとかなった。これからも、あの飛行船の対策も検討するつもりだ。アルハトロスのダルゴダス様にも、あとで情報交換条約を結びたいと思う」
「うまく対策ができると良いよね。で、住民達はどうなったの?国はごちゃごちゃになったんでしょう?またあの化け物を召喚したらどうするの?」
ローズが気になるところを聞いた。
「もうその心配はない。オオラモルグ国は滅亡した。今の名はただのオオラ島で、ドイパ王国の一部となった。ちなみにモルグ人軍事施設は今調査中だ。元々そこに住んでいるモルグ人は別の島に移した。もう魔法や魔石も禁じた。普通の民として生活して、働いてもらっている。魔法で悪さをしていたのは上の者達だけだったし、民はモルグ人であっても普通の生活をしていたから、咎める理由がない」
ジャタユがそう言って、白湯を飲んだ。
「寛大な決断をしたのですね」
「我が国王は寛大なお方だ」
「はい」
ローズはデザートに手を伸ばした。甘くて美味しい、と彼女が思った。この瑞々しいの果物のゼリーはとても冷たくて、甘い。
そうだ、とローズが何かに思い出した。
「ジャタユさん」
「はい」
「あの第一王子の息子さんの鎧を壊してしまって、ごめんなさいとお伝え下さい」
「それは問題ないんだ。へこんだプレートを見たら、逆に喜んだ。ローズさんの命を守って、役に立ったとすごく周囲に自慢をしているんだ」
「あはは、そうだったんだ」
「だから心配いらない」
「はい」
本当に変わった世界だ。ここに生まれ変わって良かったかどうか、疑問も多いけど、この人たちに囲まれて生活できるならとても気が楽だ。けれども、ここはドイパ国、ローズの国籍であるアルハトロスではないため、いつまでもここにいる訳にはいかない。そう考えながら、ローズは早く食事を終わらせて、出かける準備をする。
ジャタユの屋敷から神殿まで大体10分間ぐらいがかかる。護衛のレイは元気になっていて、背中に乗せた。彼が元気になって良かった。あの死にそうな顔はもう見たくないからだ、とローズは微笑んだ。
神殿に到着すると、今朝ローズの部屋に来た司祭が迎えにきてくれた。丁重にローズたちを案内してくれた。祭壇でローズの髪の毛が入った箱があった。挨拶の儀式を終えて、しばらく彼女が神託の部屋に一人にされた。とても静かな部屋で灯りが部屋の角に四つあった。真ん中にきれいな座布団や鏡があって、壁に窓がない。鏡の後ろに飛龍の彫り物があって、とても神々しい感じがする。
「神様、いつもありがとうございます」
ふ~と風が吹いて部屋が真っ暗になった。なんか怖い、とローズは周囲を見て思った。しかも、鏡が光っている。そしてなぜかとても温かい気持ちになった。ローズは良く分からないけれど、とても不思議な感じがした。しばらくしたら、部屋の灯りが戻った。飛龍と別れの言葉をして、部屋を出た。
その後、ジャタユたちと一緒に色々な買い物をした。やはり女性にとって、お買い物はとても楽しいイベントでだ。布や服など、髪飾り、宝石など、ローズは良く分からないけれど、いろいろと勧められた。数々の宝石の値段が高そうだったから、一番地味な真珠の髪飾りを選んだ。本当はちょっと色合いがかわいいピンクと水色の宝石に真珠と組み合わせたものが気に入ったのだけれど、高そうだったからちょっと安いものにした。いくら何でもジャタユの自腹じゃ悪い気がする、とローズは思った。けれど、ジャタユはその悩んだ様子と遠慮しがちな彼女の様子を見逃さなかった。買ってくれたのは、その最初に手にしたあのピンクと水色宝石に真珠と組み合わせた髪飾りだった。ジャタユはあのお店でローズの髪の毛にその髪飾りを付けた。とてもよく合うと周りに褒められた。なんだか嬉しい、とローズは笑った。
その後、王家の御用達防具屋に行って、ローズのための防具を一式を作ってもらうことになった。最高級で、紋章の代わりに薔薇の花を打ってくれるそうだ。仕上がり次第、届けに行くと言われた。実は柳とダルガとリンカとミライヤの分もすべて新しく作ってもらった。もうすでに皆の分はジャタユ王子屋敷に届けられた。
武人にとって、壊れた防具は命に関わるものだから、皆がありがたく頂いた、とダルガに教えてもらった。ちなみに皆の武器やローズの短剣まですべてきれいに手入れされている。壊れた武器がなかったか、新しい武器が欲しいなら、すべて提供されたらしい、と。
最後に本屋に行って、ローズが欲しいと言ったレシピの本やドイパ国に関する本も買ってもらった。この世界では、本は高級品であって、あまりたくさん買うと重いし、値段もバカにならない。だからこの二冊だけにした、とローズは言った。
夕餉の時間にちょっとしたサプライス・パーティになった。第一王子ご夫妻とその息子ら三人が来て、ローズの誕生日を祝った。ローズに鎧を貸してくれた王子もいて、たくさんと話をかけてくれた。子どもだから、良く話が通じなかったけれど、色々な面白い話がきけた。素晴らしい料理や音楽、歌や踊りまで披露されて、楽しい時間を過ごした。ローズはこの世界に生まれてきて、初めての誕生会、心から嬉しく思っている。
お誕生会が終わって、すべては片づけられている時間帯になって、お風呂に入った。お風呂終わったら、一人で中庭に行って少し休んだ。ローズが起きたことだったから、健康に問題がなかったと診断されて、明日アルハトロスに帰るとミライヤは言った。もう二ヶ月間以上もここに滞在したから、そろそろ帰らないと、ミライヤの仕事がたまっているのでしょう。
それにモイとダルガのこともあるから、早く父の許しをもらわないといけない、とミライヤは思った。それに、ローズと柳はこれからペアを組んで、狩りや修業もあると言ったら、ローズはにっこりと笑いながら楽しみしていると言った。
注文した防具はできていたらアルハトロスに届けるとジャタユに言われたから、待つしかない、と。侍女が差し出した温かい牛乳を飲んで、一人で考えごとした。モイとダルガはもう部屋に入って、荷造りをすると言った。
しばらくしたら、柳が来た。手にコップを持っている。長い髪の毛が短くなっている。いつの間にか切ったのか、分からなかった。
「髪、切ったんだ」
「ああ、つい先、短く切ってもらった」
「さっぱりした?」
「ああ」
コップに口に当て手ながら、ローズの隣に座った。
「柳、荷造りをした?」
「したよ。ローズの荷物は今侍女にお願いした」
「あ、なんか迷惑かかるな」
「気にするな。ローズはゆっくりして良い」
「ありがとう」
「ああ」
柳がまた白湯を飲んだ。
「帰ったら、ペアをやる?」
「そうしたい。が、まず父と話をしないといけない」
「うん」
ローズがうなずいた。
「ローズ、ありがとう」
「何を?」
「あの戦いで助けてくれて、ありがとう」
「ううん。援護をまともにできなかった私こそ、ごめんなさい」
「いや、ローズは悪くなかった。俺が弱かったから、あのモルグ人剣士に大けがされて、結局あの化け物に負けたんだ」
「あれは異常な強さだった。私だって怖かった」
「俺はローズの力にすらならなかった。悔しかった」
「これからもっと強くなればいいんだ。修行に付き合うよ」
「そうだな」
柳がうなずいた。
「私はSクラスの猛獣を倒してみたいんだ。必ず連れてて下さいよ、柳」
「見つかったらね。ああいうのは普通にうろうろしないから」
「うん」
確かに、それが普通にうろうろしたら、里が潰滅してしまう、とローズは思った。
「柳」
「はい」
「心臓の音を聞いてもいい?」
柳は何も言わずに、彼女の肩を寄せてくれた。居心地の良い時である。
しばらく時間が流れた。隣の部屋の中から声が聞こえた。ミライヤとジャタユだった。ローズたちがここにいるのが知らなかったかもしれない。床に二人のシルエットが見える。
「やはりここから去るのか、ミライヤ」
「ええ、まだやることがあるからだ。それらを片づかないと、安心してあなたの元へいけないの」
「俺とともに、それをやることができないのか?」
「できない。これは私自身の問題だから」
ミライヤが首を振った。
「そうか。ミライヤのこと恋しくなるな」
「私もだ」
ジャタユの影がミライヤの影に近づいた。あの二人は、本当は・・愛し合っているのか?
「ジャタユ」
「ん?」
「今夜、一緒に過ごしても良いんだけど・・」
「ミライヤにそう言われたら、とても嬉しいんだ。だが、俺のプライドが許さない」
「私が・・そう望んでいても?」
「そうだ」
「なんで?」
「一夜ともに過ごしていても、ミライヤは、それでも俺のそばから離れるんだろう?」
「ええ、そうよ」
「俺はそれがいやだと思ってる。俺は、一夜だけじゃ、満足しない。俺は欲深い男だからだ」
「うむ、残念」
ジャタユはミライヤに、抱き合っていて、たぶん・・キスをしている。シルエットでそういう風にみえた。ローズと柳は黙って二人をみている。
「んー」
見るだけで、なんでこんなにドキドキしてるんだ、とローズたちが息を呑んだ。柳の心臓の音も早くなっている。
「向こうに帰ったら、たまに便り送って欲しい。会いたい、と理由が無くても良い、飛んで会いに行くから」
「はい」
「もちろん戦場でも、どこへでも、付き合うさ、遠慮無く連絡してくれ」
「魔法師が必要になったら、私を召喚して下さい。力になるわ」
「俺は、ミライヤを、魔法師として召喚したくない。妃として迎え入れたいさ」
「わがままな男だわ」
「そうさ。俺はわがままだ。特にミライヤのことになると、すべてかけても良いと思っている」
「すべてが片づいていたら、あなたの子を産みに行くわ。約束する」
「そうだな。楽しみだ。俺は心が広いから、赤い尻尾の子も、鬼神の子も、鳥の子もすべて好きさ。どの組み合わせになるのも楽しみだ」
「まだ・・先の話だよ」
「そうだな。今夜忍びこまないから、安心して、ゆっくりと休むが良い。明日は長旅になるからだ」
「んー」
二人の影はしばらくかさなった。ローズたちは音を立てずに、しぶしぶとその場を離れて、別の道で自分の部屋に戻ることにした。再会の約束を交わし合うあの二人に、時が止まるようにと、心のどこかに願っている。




