29. ドイパ王国 皇子の誘拐
ローズは身を起こして、周囲を見つめている。体がもう光ってない。どうやら休んだところで、ここに運ばれたようだ。
光った自分について、彼女が何も分からない。なさけないと思っても、何も答えにはならない。
本当は、自分が何者なのか、分からない。
モイはローズに飲み物を差し出した。懐かしい花のお茶だ。ゆっくりと一口を飲んで、ほのかな甘みのある花のお茶だ。ローズはこのお茶が大好きだ。
「他の人は?」
「今国王陛下との会談中だ、と聞いています」
「そうか」
ローズは残りのお茶を飲み干して、寝台から降りた。服はもう水着じゃなくて、ゆったりとした普通の服になっている。かわいい花柄のワンピースだ。買った覚えが無いけれど、多分、これが宮殿側から提供された民族衣装かもしれない。
モイはローズの靴を持って、履かせた。髪の毛も自分のクシでといてから、整えた。もうこのように甘えられることが、そろそろできなくなる。これから彼女はダルガに甘えてもらうことになる、とローズは思った。
「失礼します。龍神の姫君様、国王陛下がお呼びでございます」
宮殿の家臣らしき者が部屋に入った。ローズは周囲を見渡した。この部屋には、彼女とモイ以外は誰もいない・・。
「ここにはいないよ。部屋、間違ってない?」
「いいえ、あなた様のことでございます」
「む、私は龍神の姫じゃないんです。アルハトロスの青竹の里の領主の娘、薔薇・ダルゴダスと言います。普段はローズと呼ばれるけど」
ローズが首を傾げながら言った。
「はい。分かりました、薔薇様」
「ローズで良いよ。参ります」
「はい、ご案内します、ローズ様」
彼が頭を再び下げてから、後ろに下がった。
「モイ、行って来ますね」
「はい、行っていらっしゃいませ」
家臣はローズを国王陛下のところまで案内している。それにしてもとても大きな宮殿だ。天井が高く、壁にたくさんの飾りがあって、とても美しい。これが南国風の色鮮やかな宮殿だ。ローズはいた部屋から中庭に回って、一つの大きな居間に入り、また長い廊下を通る。数名の衛兵が立っている。その廊下の先にはまた居間がある。美しく飾られているその居間には大きな扉があって、その扉の前に衛兵がいる。ローズが扉の前に立ち、案内してくれた家臣は彼女に到着したことを告げた。すると、中から扉が開きその家臣は横に移動してローズを中に入るようにと合図した。
「どうぞ、お入り下さい」
「ありがとう」
ローズは国王陛下がいる部屋に入って、周りを見ている。右側に柳、ダルガ、リンカ、ミライヤとジャタユがいる。左側には中年ぐらいの鳥人族の男性がいる。フクロウのような感じがするけれど、ローズはその男性の種族が分からない。中央に、玉座に座っているのはおそらくこの国の国王だ。その国王の隣にジャタユに似ている男性が立っている。とても凛々しく、威厳がある人だ、とローズは思った。多分、その人は第一王子で、王太子であるのでしょう。また数名の男性もいる。武官らしきの格好をしている。
「お、来たか龍神の姫!」
王が言うと、ローズが首を振った。
「いいえ、私は薔薇・ダルゴダス、アルハトロスの青竹の里の領主の娘でございます。龍神の姫ではございません」
「はてな、飛龍神殿の司祭が、その方を龍神の姫と申したぞ」
「勘違いかもしれません」
「まぁ、良い。そこに座るが良い。会議を続けよう」
「はい」
ローズは示された席に座って、黙って聞くことにした。彼女が座ると、目の前にいるその男性に見つめられた。彼の目が大きくて、ローズはその大きな目が気になってしまった。すると、その人は国王陛下に失礼を詫びて、ローズの前に立って、頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私はススキノヤマ帝国の大使、ズルグンと申します」
ローズは立ち上がって、頭を下げて、ズルグン大使に挨拶を交わした。
「薔薇様ですね?」
「ローズと呼んで下さい」
「分かりました、ローズ様。では会議の続きをしましょう」
ズルグン大使は中断された会議を詫びて再び自分の席に戻った。
何の会議なのか分からない彼女のために、軽く説明された。ズルグンの国、ズズキノヤマ帝国は先日オオラモルグ王国というモルグ王国の姉妹国との間で問題が起きた。モルグ人は世界中に数多く散らばっていて、最大勢力であるモルグ王国に続いて、最近至るところで、小さな集落から始まった地方のモルグ王国がいくつか誕生した。この一つは南の海でも勢力を伸ばし、今は一つの国となったオオラモルグ国は周囲の国々にとって脅威的な存在である。
「スズキノヤマ帝国の皇子、エフェルガン皇子は敵の罠に陥れられて、魔石にされたという目撃者情報がございました」
ズルグン大使が説明した。
「それは大変だ」
ローズが言うと、彼がうなずいた。
「さよう。敵軍は何かしらの空飛ぶ乗り物を乗って逃亡したと・・」
「そしてその空に飛行したものに気づいたレイは、それを追ってやられてしまった、と?」
ローズが言うと、ズルグン大使がうなずいた。
「さよう」
「なるほど。恐らくそれは飛行船だと思います。音も無く、気配もなく、それを可能にしたのは機械的な技術ですね。龍神の都と同じようなやり方で、飛行船で奇襲をしたのです」
「ローズ様はなぜその乗り物が飛行船だということが分かったのですか?」
「なぜ・・と聞かれても困るんだけど。うーん、ポン!、とその名前が頭に出て来た、といえば納得しないよね?あはは、どうしよう・・」
昔の記憶は言えないよ、とローズが苦笑いした。飛行機や飛行船など、前世では歴史の本に載ったぐらいの存在で、空を飛ぶための乗り物である。人類は宇宙まで行った彼女の前世は、この世界とまったく違う世界だった。
「なるほど。それはきっと龍神様のご加護でしょう。やはりローズ様は特別な存在でございます」
「そんな・・ことは・・ない。私は普通の女の子です、加護でも何でもない。ただモルグ人が乗っているものは、あれは空を飛ぶ乗り物で、飛行船であることが分かった、それだけを理解して欲しい」
ローズが難しい顔して、首を振った。
「はい、分かりました」
ズルグンがうなずいた。
「飛行船はどうやって動くか?その中にモルグ人が乗っているのか」
ジャタユの質問にローズがしばらく考え込んだ。
「私はモルグ人の飛行船がどのように動かされているかが、分からない。でも、恐らく、何かの動力を持って、動く物だと思う。浮きやすいガス・・えーと・・つまり空気のような、見えない物質を入れて、機体を軽くして、浮かせるんだ。機械で、方向や色々な操作を行うことで、行きたい所まで運んでくれる」
「恐るべし空を飛べない種族の知恵だ」
王がそう言いながら、彼女を見つめている。
「はい。私も空を飛ぶことができないので、空に飛びたいという思いは分かります。だからきっとモルグ人の学者達は色々な方法を使って、空を飛ぶ方法を見つけたと思う」
ローズが言うと、ズルグンがまたうなずいた。
「あれはどうやって見つけられるのですか?このままだ攻撃されても気づかないで、敵もどこへ逃げてしまうのも追跡ができず見逃してしまいます。皇子の行方もつかむことができません」
ズルグンがそう言いながら、困った顔をした。
「困ったのぉ」
王も言うと、全員うなずいた。
「レイさんはどうやって気が付いたのですか?」
ローズがジャタユに問いかけた。
「空に、星空と違う光を見た、と彼が言った」
「それだ。あれは飛行船のランプ・・つまり、灯りだ」
「夜間飛行はやはり見えにくい。おそらく一般的な鳥人族は夜に弱いため、夜の飛行船に気づかずに、侵入を許してしまったのも、おかしくない。高度がかなり高くなると、音も聞こえないし、聞こえても、周りの波の音で消されるし、仕方がなかった。それでもレイさんは優秀な護衛官だから、小さな光でも見抜いてしまった。確かめに飛んだら、迎撃されてしまったでしょうね」
ローズがそう言って、ジャタユに確かめた。
「そうだ」
「でも距離的に、この時点では、恐らく敵がもうこの近辺にはいない。多分彼らがもうオオラモルグに帰ったか、別のところに運んだかが分からない」
「何か良い知恵がありますか?頼む・・」
ズルグン大使が頭を下げた。
「オオラモルグという国の兵力ってどのぐらい強い?」
ローズが聞いた。
「どのぐらいなんだろう。小さな島国なら一日で攻められたら落ちるぐらいの強さだと聞いた」
第一王子がそう答えた。王もうなずいた。
「でもまともにススキノヤマを真っ正面から攻めなかったよね」
「それはそうだ。我々は強いからだ。ちなみに鳥人族の国々は連合になっているから、まともに正面からぶつかれば、すべての連合国と戦争になる」
ズルグンがそう答えた。
「戦争になったら、皇子の命が危う・・」
王が言うと、ジャタユもうなずいた。
「それどころか、行方が分からなくなってしまう」
第一王子がそう言った。本当に困った事態だ。
「まず皇子の行方を捜さなければいけないわね」
ジャタユの言葉に、ミライヤもうなずいた。
「オオラモルグに忍び込めない。私は目立ちすぎるんだもの」
ミライヤが言った。確かに、五本の角がある彼女の身元がばれてしまう。
「私なら、できる」
リンカの言葉で、全員リンカを見た。
「んだね、黒猫ちゃんだから」
ジャタユがうなずいた
「そうしてくれるか。リンカどの」
「良いわ。ただし条件が一つある」
「なんなりと」
ズルグンがうなずいた。王もうなずいた。
「私がいない間に、ジャタユさんは、夜に、ミライヤの部屋に忍び込まないことを約束してもらうわ」
「約束しよう。良いんだね、ジャタユ?!」
ジャタユの父であるドイパ王は、大きな笑みを顔に浮かびながら、ジャタユに向かって言った。
「仰せのままに、約束しよう」
ジャタユがそう言って、国王に言った。とりあえず、オオラモルグに入る方法などが、ドイパ国の暗部と会議になった。場所を移動して、具体的な方法はリンカとジャタユと暗部の者たちと細かい話になった。ローズの仕事はオオラモルグに入るリンカとリンクして、情報のやり取りをする。一人でオオラモルグに入ることになるリンカにとって極めて危険な仕事である。けれど、気配を殺すことが優秀なリンカなら大丈夫だ、とローズが思う。ダルガも同じことを言った。
ススキノヤマの勢力はリンカの情報を待つことになる。何かを分かった時点で、皇子救出作戦に移って、あるいはそのまま戦争となる準備も整えていく。皇子はまだオオラモルグにいる場合、すぐには救出可能だ。けれど、もうすでに本土のモルグ王国に移動されたら大変だ。
そうなると、大きな戦争になってしまう。実際に彼らのやり方ではもうすでに立派な戦争行為である。けれど、単体でモルグ王国と戦争したら、ススキノヤマもかなりきついでしょう。かと言って、連合国のすべての同意を得るにも、かなりのハードルが高い。どの国でも今のモルグ王国とは戦争したくない。なぜなら、不死であるモルグ国王アクバー・モーガンはかなりのやっかいものからだ。魔力が高く、戦術もかなりの人だと聞いた。ちなみに技術力も高い。恐らくその飛行船もアクバー・モーガンが考え出した物でしょう。不死を切ることができる武器さえあれば、何とかなるのに、とローズは思った。
どうやって敵の飛行船を見つけられるか、という課題に直面している。例えオオラモルグを攻撃しても、攻撃から難を逃れようとして、飛行船に乗って、本土のモルグ王国に逃げられたら、リンカの苦労が水の泡となる。なんとしても、彼らの逃亡を防ぐ必要がある。でもどうやって・・、とローズが困った顔をした。この世界にレーダーがないからだ。
そうだ、探知機魔法だ。あの影丸は隠れる者を探す時に、よく使っている魔法だ。原理はなんだろう?熱源か、数数の違いところを見つけるとか、ありうる、とローズが思う。でも空の熱源は色々ある。鳥もそうだ。けれど、夜には鳥が飛ばない、まぁフクロウは飛ぶけれど、この辺りの海を渡るまでは飛ばない気がする。
それに陸からどうやって空の上にある飛行船を乗って逃げるのか。魔法でしたら、どこかに魔法陣があるはずだ。
「えーと、探知魔法できる人はいますか?」
ローズが念のため聞いて見る。大体暗部はできると思うんだけど・・。
「私はできます」
一人の中年らしいドイパ国の暗部隊員が手を挙げた。
「あの、もし構わなければ、さくっと教えてくれますか?」
ローズが頼んだら、彼が困った顔をしている。暗部にとって、魔法や技は外部者に教えてはならないことであるからだ。
「教えてやれ。俺は許可する」
ジャタユは横から言った。
「別室を借りても良いですか?」
「自由に使ってくれ。飯もあとで運ばせるから、安心してやるが良い」
「ありがとう、ジャタユさん・・ あ、ジャタユ王子」
「さん、で良いよ。呼び捨てにしても構わない」
「そうはいかない」
「もう敬語すら使ってない仲じゃないか」
「あ、つい。ごめんなさい」
「気にするな。ミライヤの従兄弟は俺の従兄弟になるんだからな」
「叶うと良いですね。ジャタユさんみたいなすごい従兄弟が頼もしいです」
「おう、まかせろ!」
ローズが笑いながら言うと、横から呆れた様子のミライヤが来た。
「ねぇ、あなた達、なんで勝手に決めてるの?」
呆れたミライヤ先生はすごく不機嫌な顔している。ローズは笑って急いでその場から逃げた。暗部の者も一緒にきた。柳とダルガはまだ突入班と打ち合わせ中だから一緒に来ることができない。
ローズは別室で探知魔法を教えてもらって、数時間が経った。けれど、それはかなり大変な魔法だった。要するに、細かい物質の変化さえ読み取れば、何がどこにあるのがが分かる。一定的な波動を放ち、帰ってくる波動を読み取る。まるでレーダーだ。海の深さを測るためのやり方も似たようなものだった。違いは、機械を使うか、魔力を使うかのだけだ。機械を使って画面を見れば一発できるけれど、この世界ではそのような便利なものがない。やはり自分の感覚を研ぎ澄ませるしかないんだ。だからこの魔法が使える暗部は上位職になるわけだ。なぜなら、マスターするのにかなりの年月が必要だからだ。しかし、ローズにはそこまで余裕がない。今マスターしなければ、リンカを援護することができないからだ。援護する場所も、どのあたりになるのも分からないから困るんだ。オオラモルグ領内に入れば良いんだけれど、あちら側も警戒するのでしょうし、大変そうだ。
修業でローズは魔力を使い果たして、お腹が空いてしまった。その時ジャタユからの差し入れの食事が届いて、彼女は暗部の者と二人でありがたく頂いた。再び練習して、気づいたらもう真夜中になった。誰一人もローズたちの邪魔できないように、外に衛兵が立っている。しかし、なんとか、こつをつかんだ。なので、今日はこのぐらいにしよう、と暗部の者が言った。自分も、彼も、とてもと疲れたからだ。
寝室まで案内されているローズがもうふらふらだった。結局案内してくれた家臣によって運ばれてしまった。数年かかる魔法を一日でマスターしようとしたからだ、と駆けつけたミライヤに怒られた。けれど、これでリンカの援護ができる。また敵の飛行船も逃がさない、とローズが決めた。疲れのあまり、その後、ぐっすりと眠った。
明日はエフェルガン皇子の救出作戦開始だ!