28. ドイパ王国 護衛隊員襲撃事件
「んー・・」
「おはよう、ローズ」
目を開けると南国風の天井が見えた。柳の声を探して、身を起こしたら寝台の前で座ってる柳の後ろ姿が見えた。上半身裸で、南国風の半ズボンを入っていて、タオルで長い髪の毛を乾かしている。
「おはよう、柳」
「今日は二人揃って寝坊してしまったみたいだ」
「うん、昨日もそうだったけど、もう二日間連続して寝坊してしまった」
ローズが苦笑いして、寝台から降りた。
「さっき、使用人が来て、朝餉を届けに来たんだ」
「みんなはもう食べたかな」
ローズが柳の隣に来て、白湯を飲んだ。
「ミライヤ先生とリンカさん、そしてジャタユさんは相変わらず朝が早かったから、普通の時間で朝餉を取ったそうだ」
「へぇ、ミライヤ先生はいつも朝が遅いのに、ここに来ると早くなるんだね」
「気持ち的に、多分落ち着かなかったかもしれないな。夜にあまりぐっすりと寝ると、いつジャタユさんに襲われるかとね・・」
「別の意味で、それは怖いな」
ローズがまたあくびして、目を擦った。
「リンカさんが守ってくれるから大丈夫だと思うがな」
「うん。そういえば、ダルガさん達は?」
「朝餉の時間にまだ起きてなかったらしい」
「珍しいね」
「まぁ、良いんじゃない?新婚夫婦だし・・」
「婚約すると言ってたような気がするけど、もう夫婦になったの?」
「見れば分かるだろう。もうあのラブラブぶりは新婚だ、と俺だって分かる」
柳がそう言いながら、白湯を飲んだ。
「この世界では正式な婚姻はしなくても、夫婦になれるの?」
「庶民なら問題ない。あとで登録すれば済む話だからな。ただダルガさんは武人だから、それなりの手続きしないとあとで面倒なことになる」
「なんで?登録だけじゃだめなの?」
「モイは父上の屋敷の侍女だからだ。ちゃんと父上に願い届けを出さないと、ダメなんだ。正式に願い届けを出して、婚姻届けを出して、モイを武人の配偶者として登録しなければいけない」
柳はそう説明しながら、また髪の毛をタオルで乾かした。
「どうして配偶者登録をしないといけないの?」
ローズが首を傾げながら、聞いた。
「武人は戦争や討伐などに出る義務があるからだ。もしもの時に、残された家族が困らないためだ」
「そうか。柳も戦争に出るの?」
「出るさ。実際に出ただろう?あの都の奪還作戦のときに」
「そうか。あれは戦争だったんだね」
「ああ。ローズには辛い思いになったな」
「うーん、本当のことをいうとね、良く分からない。辛いというか、苦しいとかが分からない。獣しか倒したことがなかったから人の相手にするとかなり不安だった。殺したくなかったのに、殺されそうになって、何人か殺してしまったりして、悲しかった。でも余裕が無かったから、すぐに悲しいことを忘れてしまって、複雑な気持ちだ」
ローズがため息ついて、うなずいた。
「そうか。できれば、ローズはもう戦争を参加して欲しくないんだ。辛いことは俺一人で背負えば十分だ」
「私には決定する権限がない」
「俺もだ。悔しいことに。ローズが武人ではないのに」
「先生は私が魔法戦士だと言ったけど、私はそれがなんの職業が分からない」
ローズは首を傾げながら言うと、柳が微笑んだ。
「武人の職業の一つだ。魔法を武術が両方得意とする武人のこと。数が少なく、とても貴重な人材だ」
「へぇ・・」
「リンカさんとミライヤ先生はこの魔法戦士に分類とされている。エリート職だ」
「すごいな」
「ちなみに給料も良い。何もしなくても毎月の手当が大きい。無論、緊急事態が起きる場合、前線に行く立場になる」
「私も前線に行くのかな。でも手当もお小遣いも何ももらってないけど」
「ローズは金の能力もっているから、おそらく後ろで指令官と共にいるんだろうな。アルハトロスに戻ったら、恐らく金の能力者として登録されると思う。登録された金の能力の武人は、今のところまだあの鈴さん一人だからな」
「ということは、私の道は武人なのか?」
「今のままだとそうなりそうだ。父上はどうお考えを持つのか、俺には分からない」
柳は手を伸ばして、ローズの髪の毛を触れた。かわいい「妹」だ、と彼が思った。
「分からないが、俺ならローズを隠したい。どこかに隠して、他人に正体が分からないようにする。そうすれば、誘拐される心配はない」
「誘拐?なんで私は誘拐されるの?」
「金の能力はとても希なんだ。どの国も欲しがっている。だから鈴さんのペアは、あのレベル7の影丸さんだ。あの人は暗部の副隊長で、上から二番目だ。どこに行っても一緒で、住む場所まですべて秘密にされている。だが、ローズはまだ自由だ。武人ではない今のローズは、まだそこまで知られてないと思う」
「でもあの戦いで、光ってる私の姿を見た者が多かった。あれでもうばれたんじゃない?」
ローズがやはり自分のことを気にしている。
「まだの謎だと思う。今まで無かった能力だからな。金といっても、ローズの能力と鈴さんの能力とは違うし、龍神のたたりだという者がいるから、しばらくそっちになりそうだ」
「そうか」
「影丸さんは俺たちを暗部に入れたがる理由もなんとなく分かるが、俺は暗部のやり方が嫌いだ。朝昼晩に監視されることで、息が詰まりそうだ。小さい時、俺が監視されたことだって分かる。人の視線を時には不愉快に感じる」
「そうなんだ」
ローズがうなずいた。
ぐ~~~~~~~~~~~
「見事な腹ぺこだね、ローズ」
柳が笑みを見せて、ローズの顔に指で触れた。
「うん、でもまだ顔を洗ってない」
「じゃ、早く顔を洗って、朝餉にしよう。今日は海で泳いでみたい。海での泳ぎ方が分かるか?」
「うん、昔良く海で泳いだんだ」
「昔?ああ、前世の話か?」
「うん、何となくだけど、その記憶が残っている」
「それは楽しみだ。俺の泳ぎの教官になってくれ」
「はい!」
朝餉を終えたローズたちは部屋の前にある海を泳ぐことにした。柳は本当に天才なのか、あっという間に海での泳ぎ方をマスターした。彼がローズよりも上手にできた。やはり運動神経が良い人だ。しかも今はちょっと潜る練習を挑戦している。
この島の周りの海は浅い。けれど、島の反対側に行くとちょっと深いところがある。その深いところの海の中の景色はとてもきれいで、色様々な珊瑚や魚がたくさんいる。ちなみに島の上から所々に監視をする衛兵もいるため、安心して島の周りを泳ぐことや陸での散歩や探検もできる。ローズたちは泳いだ後、島の反対側に上がって、誰もいない浜辺を散歩することにした。
鳥人族は自由に空を飛んでいるのに、なぜわざわざと船を乗って、島に行くか、と柳に問いかけたら、なんと答えはシンプルだった。それは娯楽だからだ。時間をかけて船旅をするのが、ここでは最高級の娯楽だからだ。飛ぶですぐに行ける距離なんだが、数時間かけてゆらゆらと海の上にいるのが彼らにとって、最高の娯楽なんだ、と彼が笑いながら言った。空を飛べないローズたちにとって、少し理解しにくいことかもしれない。
散歩に疲れたから、浜辺に座り込んで海を見ることにした。柳もローズの隣に座って、きれいな海を見つめている。
この広い海を見ると、彼らがとても小さく感じる。どこまで見ても海だ。所々には小さな島々が見えるけれど、海に囲まれている。海を見るといつの間にか無言になってしまう。心も空っぽになってしまうからだ。
「寒くないか? ローズ」
柳は声をかけた。
「ううん。柳は寒いの?」
「ああ、ちょっとね」
「いっぱい泳いだからね。そろそろ皆がいるところに戻ろうか?」
「そうだな。ここからぐるっと歩いてまわる?あるいはまた泳いでいく?」
「どれもいいよ」
適当に返事したら、海の上に何かがあったと気づいた。
「ねぇ、柳」
「何?」
「なんかいる」
「何を?」
「水面に、何かがいる」
「魚か?たこ?」
「いや・・、鳥っぽい」
「浮いてるの?」
「うん」
「水鳥?野生か?」
柳が言うと、ローズが首を傾げた。
「たぶん違う。なんか、かなりまずいと思う。鳥は空を飛ぶ生き物だから、鳥の姿で海に浮いている自体はまずいことだと思う。海の鳥とは違う形をしている」
「見てこようか?」
「この距離は結構遠いよ。先生かジャタユさんに連絡しないといけない」
「リンクをかける?」
「やってみる」
ローズがうなずいて、ミライヤにリンクしてみたが、お酒が入っているそうで、うまく繋がらなかった。リンカにリンクしたら、一発で繋がった。海の上の場所や方向を細かく教えた後、リンカがジャタユに知らせろ、とローズに告げた。しばらくして上空にジャタユとリンカと複数の護衛は空を飛んで、目的の時点の上空に着いたようだ。
網やロープを使って、その鳥らしきものを島まで運んだ。ローズたちのところに衛兵の一人が来て、近道を教えてくれた。距離がちょっとあったので、柳がローズを肩にひょいっと、後ろ向きにして、足を固定しながら素早く移動した。荷物のような運ばれたローズはちょっと気持ちが悪くなったけれど、なんとか吐かずに済んだ。それにしてもやはり山道でも早く動ける柳に感心した。やはり訓練を受けた体は違うんだね。
「レイ!」
ジャタユの声が聞こえた。海に浮いていたのは護衛のレイだった!
「まだ生きている!」
ミライヤは駆けつけてきた。直ちに回復魔法をかけた。柳がローズを肩から下ろして、レイのところに駆けつけた。意識がないが、まだ生きている、頭に傷があって、そこから大量の血が流れたらしい。ローズが血を止める魔法をかけた。連絡を受けたダルガも来て、三人で回復魔法をかけた、何しろ、鳥の姿のレイさんはとても大きいからだ。
「人型にはなれないのか?」
「気を失ったら無理だ。それにレイは純粋なオオタカ人族だから、これはレイの自然の姿だ」
ジャタユはローズの問いかけを答えた。なるほど。どうしよう、とローズは考え込んだ。彼女は鳥を治療したことがないからだ。とにかくレイは大量に血を失った。これを何とかしないと、状態が悪くなる一方だ。治療に詳しいミライヤはまだ本調子じゃない。なぜなら、彼女がお酒を呑んだからだ。ダルガはレイの生命維持に集中しているそうだ。
「血液の再生」
なんかよく分からないが、突然頭にその言葉がローズの頭の中でポンと出てきた。そうイメージして置けば、血液が再生するのか?、とローズが手をかざした。輸血じゃなくてもできるのか?でも何で増やす?どの魔法が有効?考え込んでしまった。血液の生成方法、どうした良いんだ。このままじゃ、レイが死んでしまう。ローズはそれがいやだ、と思った。なんとかしなければならない、と。
「ローズ、体が光ってる」
隣にいる柳が言った。いつの間に光ってしまった、とローズは首を傾げた。どうやら、集中してしまうと体が光ってしまうようだ。周りの者が驚いたけれど、ジャタユは気にしないようだ。ミライヤとダルガも集中している。
「うむ、今はまずレイさんを助けないといけないんだ。ちょっと私の姿が怪しいけれど、あまり気にしないで」
「俺は大丈夫だ。ただローズが大丈夫かどうか、分からないから声をかけただけだ」
「うん。私は大丈夫だ」
ローズがうなずいた。
「血液再生!」
ローズがそう言いながら突然魔法をかけた。意外とハードだ。血液の中にある鉄分を魔法で倍にして、血液として増やす。魔力がぐいぐいと吸い込まれるのをはっきりと感じた。しかし、この魔法を今やめれば、レイが助からない。やめる訳にはいかないんだ、と彼女が思った。大粒の汗がポタポタと頭の額や体から出始めた。まだ、まだだ。
「大丈夫か、ローズ。すごい汗だ」
「うむ、そろそろきつい。でも今やめたら、レイさん助からない・・そんな気がするの」
「それはまずいな。でもローズのことも心配だ」
柳はそう言いながら、ローズに近づいた。
「私の魔力を使って下さい」
一人の護衛官が近くに来た。すると彼の手の平から気を出してローズの背中にあてた。すると、すーと何かが体に入ってきたのを感じる、とローズが思った。けれど、それもあっという間に消えてしまった。まだまだ大量の気が必要なんだ。その護衛官はその場で倒れ込んだ。なぜなら、彼のほぼすべての気をローズにごっそりと吸われてしまったからだ。
「ごめんなさい」
ローズが謝ると、彼は首を振った。
「大丈夫です、ローズ様。レイは私の親友だから、少しでも助けになれば良いが、思った以上に私の力はたりなかったのです」
彼を起こした数人の兵士らがいて、ローズに近づいた。
「では、私の魔力を使って下さい・・」
「僕のも・・」
数人がローズの近くに来た。けれども、彼らの気を使ったら、もしもの時に対応が遅れてしまうから断った。エリート護衛のレイがこんな姿にした奴はきっと強い奴だ。もしここを攻めてきたら応戦できなくなる。それを説明したら皆が納得したようだ。
そろそろ限界になってしまいそうだ、とローズが感じた。レイの体が少し動きがあった。血液再生がうまくいったようだ。ローズは一旦魔法をやめて、水分を取り、少し休憩することにした。柳がローズの顔と体にタオルで拭いてくれた。モイもダルガに水分と軽食を持って食べさせている。そう、まだ油断ができないんだ。ミライヤは回復しているようで、リンカが持ってきた水やパンを口に入れながら魔法をかけ続けている。
ジャタユたちは、周囲の調査や首都への連絡を行っている。なぜレイが海の上でこんな姿になったかが、未だにまだ何も分からない。昨日の夜はまだこの島にいたという目撃者がいるのに、今朝の朝餉あたりの時間帯からは見た者がいなかった、という。これは大問題だ。主であるジャタユさんですら気づかないから、監督責任問題に発展してしまう可能性もあるからだ。
ローズは使用人が運んできた軽食に少し食べてから、気を取り直した。光ってる自分が思いっきり怪しいけど、レイの命に代えられない。化け物の光る娘と言われても良いんだ。レイが助かったら、上等だ。
「自然よ!ローズが命じる:我に力を与えたまえ!」
凄まじい力が体の中に入ってくる。そしてローズの光も、恐ろしくまぶしくなった。額にある赤いあざが痛くなるほど、そこに力が集まって来たのも感じる。ローズはレイのそばまで歩き、地面に座った。レイの怪我した頭を右手で触り、傷を治す回復魔法を念じた。また左手は、心臓の動きを整えるために頭の近くの脈を探し、あてた。レイの体が大きいから、ローズの小さな手では心臓の所まで届かなかった。けれど、同じ脈なら良い、と彼女が思った。ミライヤとダルガは治療魔法をやめて、ローズを見守ることにした。
ドクン! ドクン!
レイの心臓の振動を感じた。良い音だ。大丈夫だ、あと少し。がんばって戻って来て、レイ!、とローズがずっと彼に魔法をかけた。
「うううう」
うなる声が聞こえた。レイの声だ。彼が戻って来たのだ、とローズの顔に笑みが見えた。
「レイさん、大丈夫?」
「はい」
弱い返事だが、良い進歩だ。
「よかった」
レイの意識が戻った、と知らされたジャタユは急いでローズ達の方へ向かって走ってきた。
「レイ!大丈夫か?」
「はい、ジャタユ様。申し訳ありませんでした」
「気にするな。今は休め。回復したら、何が起きたか説明しろよ」
「はい」
ジャタユはローズを見て、頭を下げた。
「部下の命を助けて下さって、感謝する」
「あ、いいえ。大丈夫です。でも、後で昼餉を準備して欲しいんだ。ものすごくお腹が空いたの」
それを聞いたジャタユは思わず笑ってしまった。
「了解した。ははは、ミライヤ、あなたの従兄弟は本当に面白いんだ。良いだろう、台所担当にローズさんのためにとびっきり美味しいものを作らせるから安心するが良い」
「はい!」
その後、レイの具合が少しずつ回復し、運び安くするために、一旦彼が人型になるようにしてもらって、数名の護衛とともに首都島まで搬送された。
ローズは用意された昼餉を食べてから、少し休憩のつもりでベンチに座ったが、疲れのあまり眠ってしまった。彼女はどのぐらい時間が経ったか分からないけれど、目を開けたら、そこは知らない天井で、知らない部屋にいる。隣にモイが座っている。
「ローズ様、お加減はいかが?」
「大丈夫だ。ここはどこ?」
モイはゆっくりと口を開く、小さな声で答える。
「ここは首都、ドイパ国の国王の宮殿の中です」